2009年01月31日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月31日(土曜日)






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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月31日(土曜日)




「新年」の「1月」も「31日」たちました。

あしたから。
最後の「冬」月の「2月」。
そしてあと「28日」四週間で。

「春」=「3月」になります。



-------------------------------
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




「新年」の「1月」がおわります。
いよいよ「晩冬」の「2月」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。


今は「新年」。「初春」です。
「新年」をむかえても。

これからいよいよに。
もっと深く。
ふかまる「冬」。
ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」です。

雪国の「冬」。

「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」を。
むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。

自在に「かんがえる」。
「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せ者です。






「新年」の「初春」だけれども。

「1月」は去り「2月」。

「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。

「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。

朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。

「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。

「冬役者」かけあしの怒涛のような。

音がきこえます。

「冬将軍」

とはだれのつくった「ことば」か。

すごい言葉と感嘆致します。




ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

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『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては
妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


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「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。

面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


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通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


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常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬野路はた見たりビロードのしだ
冬わらべのごときビロードのしだ
冬わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬山奥にひそむビロードのしだ
冬しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬山奥のしだのビロードのしだ
冬「まち」にもいきるビロードのしだ
冬けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬生い立ちしらずビロードのしだ
冬されどそのちからこそとほとしビロードのしだ




冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」の気配がうつろいて。
うつります。




冬まちなみ蒼く(あおく)
冬いろどりて
冬木々の榛葉のかがやけり
冬暑さの夏秋をうつろひて
冬ふかまるみどりの冬木なり
冬しずまるみどりの冬木なり
冬みのりの冬こそありがたし
冬みのりの冬こそこひしかり
冬虫なきてささやけり
冬木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月23日(火曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------











★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝






「今日は何の日」は。

「事実でない事柄についての科学」を
「病的科学として定義した」ことで知られている
高名な科学者。

極めて興味深い頭脳を有する科学者。

また界面化学(かいめんかがく)における
「ノーベル化学賞」受賞の化学者・物理学者。

1881年 - アーヴィング・ラングミュア、化学者(+ 1957年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

アーヴィング・ラングミュア:
Irving Langmuir
(1881年1月31日 -
1957年8月16日)は。

アメリカ合衆国の化学者であり物理学者です。

1932年に界面化学の分野への貢献でノーベル化学賞を
受賞致しました。

++++++++++++++++++++++

アーヴィング・ラングミュア:
Irving Langmuir
は。

コロンビア大学を卒業後。

ゲッチンゲン大学で。
ヴァルター・ネルンストのもとで化学を学びました。

1909年からゼネラル・エレクトリックの研究所で研究を始め
1950年まで在籍致しました。

++++++++++++++++++++++

アーヴィング・ラングミュア:Irving Langmuir
は。
極めて精緻な頭脳を持ち。

また
「事実でない事柄についての科学」を
「病的科学」
として定義したことでも知られています。

++++++++++++++++++++++

アーヴィング・ラングミュア:
Irving Langmuirは。

非常に独創的なかつ
「創造的な」化学者・物理学者で
あり。
その「業績」は多岐にわたります。

++++++++++++++++++++++

アーヴィング・ラングミュア:
Irving Langmuirの業績


不活性ガス封入による
タングステン電球寿命の延長(1913年)

ラングミュアの吸着式の提出

水素プラズマの研究→プラズマの命名(1928年)、

静電探針を考案

高真空水銀ポンプの発明

ラングミュアの真空計の発明

ルイス−ラングミュアの原子価理論(1919年)→オクテット則

白金の触媒作用の研究

単分子膜(ラングミュア・ブロジェット膜:LB膜)の研究(1934年)

キャサリン・ブロジェットとの共同研究

人工降雨の実験(1946年)

++++++++++++++++++++++

界面化学(かいめんかがく)について。

界面化学(かいめんかがく)は
「二つの物質が接する境界に生じる現象」
を扱う化学の一分野です。

研究領域がコロイド化学と近いため。
学会や雑誌などでは両者を合わせて扱われます。

++++++++++++++++++++++

界面化学(かいめんかがく)の事例

物質の状態により界面化学が扱う現象には
以下のような事例があります。

固体/固体界面;接着、摩擦、固溶など。
液体/液体界面;乳化、拡散など。
気体/気体界面;界面での拡散が速いため
界面現象として扱われることはまれである。
固体/液体界面;浸透、ぬれ、分散、
電気二重層、吸着、腐食など。
固体/気体界面;吸着など。
表面化学として独立の学問分野を形成している。
液体/気体界面;表面張力、起泡、消泡など。

数ナノメートルから数マイクロメートルの粒子(コロイド)
の現象を扱う

化学分野は、その界面現象も重要な要素であることから、
コロイド界面化学と呼ばれます。

++++++++++++++++++++++

界面化学(かいめんかがく)と
アーヴィング・ラングミュア:
Irving Langmuir

1932年にノーベル化学賞を受賞した
アーヴィング・ラングミュアは界面化学(かいめんかがく)
の分野の開拓者の一人として最も有名です。

アメリカ化学会が発行している
界面化学の雑誌には彼の名がついています。

界面化学が扱う最も重要な物質として。

乳化、分散、表面張力などに大きな影響を与える
界面活性剤があります。


++++++++++++++++++++++

界面化学(かいめんかがく)は。

また、化学工業で行われる触媒反応の多くは。

「固体触媒−反応物(液体あるいは気体)」の
不均一系で行われる
界面反応でありの観点からも界面化学は
極めて重要な研究課題と
なっています。

++++++++++++++++++++++






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の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 07:14| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月30日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月30日(金曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月30日(金曜日)



「初春」「新年」の。
1月も「30日」たちました。
あと「1日」で。
最後の「冬」月の「2月」。

そしてあと「29日」で「春」=「3月」
になります。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。
「初春」「新年」の。
1月も「23日」たちました。


昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「新年」と「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「新年」「初春」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪のふる冬にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに弓を射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「新年」のしずかなる。
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「新年」「初春」の。
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の
「木枯らし」もなにやら静かです。




新年の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみばかりです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「新年」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「新年」の。
空の色も。
まさしくも
「冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわり。
これから次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「新年」。
「中冬」です。
まだこれから「深い「冬」」です。
「晩冬」の「2月」からは。
「春」にむかいます。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」「新年」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側にむかう
気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。






冬池面(いけも)の水面(みずも)
冬おさなき小さなわかみどり
冬なもしらぬ
冬小さな緑の浮き草
冬若草うきつあつまりて
冬つらなり水面(みずも)
冬水面(みずも)をおおいたり
冬水面(みずおも)にて
冬風にきそいてさまよえり
冬ちひさきわらべのごとし
冬池面の水面(みずおも)の。
冬小さきちひさなわかみどり


冬いざいまこそは
冬よき季節にあらむ
冬水面(みずも)なるそら
冬ふと空をみる







冬早朝(はやあさ)に
冬けふもはだのさむけれど
冬ぬくもりのあさ
冬陽のありがたき
冬われあゆむがごと
冬陽はあたかくなりけり
冬葉木は冬木にかわりたり
冬みちをあかるくてらさむ
冬がいだく木
冬はぐくむ木
冬みどり木あおし
冬実りの木紅し(あかし)
冬来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実
蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬地にも木にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木ときわ木
冬ひろがりて
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけり冬




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝です。





「今日は何の日」は。

1741年(44歳) フリードリヒ2世が王位に就き。
専属宮廷音楽家として人生を仕え演奏と作曲を続けた
フルーティスト。

大王から固定給のほかに。
フルート曲を1曲作るたびに。
特別の謝礼金を支払われて厚遇された
フルーティスト。

1752年(55歳)「フルート奏法試論」を著述。

当時の音楽スタイルや
演奏法などを知る恰好の教本として
今でも読まれている(邦訳あり)。

1697年 -
ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:
Johann Joachim Quantz
(+ 1773年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:
Johann Joachim Quantzは。

1697年1月30日-1773年7月12日)は
ドイツのハノーバーの近くの
オーバーシェーデンで生まれました。

ポツダムで没した18世紀の
ヨーロッパを代表する名フルート演奏家で作曲家です。


フリードリヒ大王のフルート教師として有名です。

++++++++++++++++++++++


ヨハン・バプティスト・シェンクの年賦

1707年(10歳) 鍛冶屋の父が亡くなる。
ライプチヒの西に位置するメルゼブルクに住む
楽師の叔父に引き取られて
ヴァイオリン、オーボエ、チェンバロなどを学びました。

1716年(19歳) ドレスデンの楽隊に入ります。
ゼレンカに対位法を学びました。
またウィーンでフックスに師事致しました。

1718年(21歳) 
ドレスデンとワルシャワの両都市で活動していた
ポーランド王アウグスト3世
(ザクセン強健侯の息子)の楽団のオーボエ奏者となりました。

1719年(22歳) 
当時フルートの最高の名手と言われていた
ビュファルダン(Pierre Gabriel Buffardin)に
フルートを勧められ学びました。

フルート奏者として再出発。
後パリを含む各地で演奏し絶賛されました。

++++++++++++++++++++++

ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:
Johann Joachim Quantz
は。

1723年(26歳) 
プラハにて、ジュゼッペ・タルティーニの
演奏会に加わります。

1724年(27歳) イタリアへ旅行致しました。
ローマでガスパリーニ(Francesco Gasparini)に
対位法を学びました。

1726年(29歳) 
ロンドンに旅行しヘンデルに会います。

1727年(30歳) 
ドレスデン王宮礼拝堂のオーケストラとフルート独奏で共演
致しました。

1728年(31歳) 
フリードリヒ2世にフルート教師として仕えました。

1741年(44歳) フリードリヒ2世が王位に就くと
専属宮廷音楽家として残りの人生を仕えました。
演奏と作曲を続けました。

++++++++++++++++++++++


ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:
Johann Joachim Quantzは。


フリードリヒ大王の宮廷には。
当時の第一級の音楽家が集いました。

クヴァンツのほか。
大バッハの次男で1740年から1767年まで
チェンバロを担当した作曲家CPEバッハ(1714-1788)。

1732年から大王に仕えた
ヴァイオリンの名手で作曲家
グラウン(Johann Gottlieb Graun 1703-1771)。
同じくヴァイオリンの名手で作曲家
フランツ・ベンダ(1709-1786)らがいました。

++++++++++++++++++++++

ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:
Johann Joachim Quantzは。

大王はクヴァンツに固定給のほかに。
フルート曲を1曲作るたびに特別の謝礼金を支払って
厚遇致しました。

1752年(55歳) 「フルート奏法試論」を著述。

当時の音楽スタイル、演奏法などを知る恰好の教本として
今でも読まれています(邦訳あり)。


++++++++++++++++++++++

ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:
Johann Joachim Quantzは。
作品
300曲を超えるフルート協奏曲、約200曲のフルートを含む
室内楽曲や無伴奏曲があり、今日でも演奏されています。

ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ:Johann Joachim Quantz
は。
1773年7月12日(76歳) ポツダムで没しました。

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「続きを読む」=>


今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:13| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月29日(木曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月29日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「1月」がもう「29日」たちました。
あと「2日」で最後の「冬月」
「2月」になります。

そして。
見方をかえれば。
あと「30日ほど」で「春」の「3月」
になります。

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。




最後の「晩冬」2月間近です。
「晩冬」の冬になる。

雪国の冬になる。

「12月」の冬至を。
すぎれば「陽」は日々たかくる。
さ来年の
「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

また来年には。
「年もあらたまり」。
「春」そして「夏」に向かう。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真最中」です。

けれども「昨年」12月の冬至は

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝陽ののぼるのが早くなりました。

夕陽がおりえうのは遅くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )










「秋」から「冬」への移り変わりは

二階で足音のきこえるような



「かけあし」

のようでした。


「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。ゆっくりとあるいてきます。
だから。
「春」をまつのであれば。
「春」のゆっくりと歩いてくるのをまたねば
なりません。


「初春」「新年」。
平成21年になりました。

去年はおわりました。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

朝の「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。




この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「太陽」の「陽射し」。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげ。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
まことの。
「ごほうび」であるのでしょう。


「太陽のひかりのひざし」は



「いのちのめぐみ」です。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」です。




病院の庭園に「何本」もある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

たんぽぽ
のように
枝にみのらせています。

「やぶつばき」は。
「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花致します。

くれない色としろ色の積雪のようです。


「山茶花(さざんか)」「やぶつばき」の花の放ち。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。



「山茶花(さざんか)」

と「やぶつばき」

に。

「人生」の。

「解答」があるような

気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。


この「花」が。


「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は


香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて




ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音」もあるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬やま中さまよいて
冬やま中をわけいらば
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬やま中みつけたりやまの秋の華。
冬やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬山はぜの葉木。
冬やま中やまうるしの葉木。
冬やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬こす「はだか木」。
冬こす元気な木。たくましき木。


冬山萩(やまはぎ)の
冬花をかくして燃えたたむ
冬に実りの祭りなり
冬山はぜの葉炎
冬天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ










ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐ「小さい春」がみつかるでしょう。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------









+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++












★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。


私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。






「今日は何の日」は。
嗅覚或は嗅覚障害のメカニズムを。
「C. elegans シー・エレガンス」
という体細胞(核)数は959個。
そして神経細胞は302個ときまっている
驚異の実験動物を用いて解明し。
「ノーベル生理学・医学賞」を受賞した
「合衆国USA」の
「御婦人」の生物学者。

1948年 - リンダ・バック、生物学者、
2004年ノーベル生理学・医学賞
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

リンダ・バック(Linda B. Buck、
1947年1月29日 - )は。
アメリカの生物学者です。

嗅覚の研究により。

リチャード・アクセルと共に2004年
のノーベル生理学・医学賞を受賞致しました。


++++++++++++++++++++++

リンダ・バック:Linda B. Buckの。

ノーベル賞の対象となった
画期的な論文は1991年に発表されました。
彼女とリチャード・アクセルは。

1・
嗅覚の受容器が
Gタンパク質受容体の一種であることを見いだしました。
そしてその遺伝子群の同定に成功致しました。

2・
さらに哺乳類のゲノム中には。
約一千種の異なった嗅覚受容体を
コードする遺伝子が存在すると予想致しました。


この研究は嗅覚機能の分子遺伝学的解析に
大きな道を開いたものとして。

極めて高く評価されています。

++++++++++++++++++++++

リンダ・バック:Linda B. Buckは
ワシントン州シアトルで生まれました。

1975年にワシントン大学より
心理学と微生物学の理学士号を得ました。

1980年にダラスの
テキサス南西医療センターから免疫学で
学術博士号を取得致しました。

博士号取得後の仕事を彼女は
コロンビア大学にて
リチャード・アクセルの元で行いました。

++++++++++++++++++++++

リンダ・バック:Linda B. Buckが。

彼女がもっとも興味を持っている研究は課題は。

「フェロモンや臭いが
どのように鼻で検知されて脳に伝わっているか」
という現象の機構解明です。

また同時に嗅覚の実験に用いた
シノラブディス・エレガンス*=
「C. elegans シー・エレガンス」の。

老化の基礎的なメカニズムや寿命についても
研究しています。

++++++++++++++++++++++

リンダ・バック:Linda B. Buckは。

彼女はフレッド・ハッチンソン癌研究所の
基礎科学部門の正会員であり。

シアトルのワシントン大学の
生理学および生物物理学の客員教授であり。
今現在は
ハワード・ヒューズ医学研究所の研究員を
つとめています。


彼女は2004年に米国科学アカデミーに入りました。

++++++++++++++++++++++

リンダ・バック:Linda B. Buckの。

受賞
2003年、ガードナー国際賞
2004年、ノーベル生理学・医学賞

++++++++++++++++++++++


シノラブディス・エレガンス=
Caenorhabditis elegans:C. elegans シー・エレガンス)

は線形動物門 双線綱 桿線虫亜綱
カンセンチュウ目 カンセンチュウ科に
属する動物の一種です。

土壌に生息し細菌類を食べます。

多くの線虫が他生物に寄生することと知られて
いますが。
実際は大半の種は寄生致しません。
(Politz and Philipp, 1992; Baldwin et al., 2004)。

シノラブディス・エレガンス=
Caenorhabditis elegans:C. elegans シー・エレガンス)

同種も非寄生性です。
「C. elegans シー・エレガンス」は
体長約1mmで透明な体をもちます。
実験材料として非常に優れた性質をもちます。

様々な研究にモデル生物として広く利用されています。
多細胞生物として
最初に全ゲノム配列が解読された種でもあります。


++++++++++++++++++++++

シノラブディス・エレガンス=
Caenorhabditis elegans:C. elegans シー・エレガンス)


雌雄同体成虫の体細胞は959個で不変です。

ただし、多核細胞も存在するため
細胞数とは核の数を意味致します。

神経、筋肉、消化管、表皮、生殖巣
といった組織、器官をもちます。

胚は約14時間で孵化し幼虫
(L1〜4)はクチクラ層の脱皮を4回繰り返し成虫になります。

体の半分以上の体積を占める
生殖系列細胞は1000個を越えることもあります。

++++++++++++++++++++++

シノラブディス・エレガンス=
Caenorhabditis elegans:C. elegans シー・エレガンス)
の。

神経細胞はわずか302個のみです。

頭部の神経環と呼ばれる部位に
多数集まり脳に相当する領域を形作っています。

これだけの細胞で物理刺激に対する
回避運動や化学物質(NaClなど)や
温度と餌を関連付けた学習やベンズアルデヒドなどの
誘因性揮発性物質に対する順応などの行動を示します。

また。
個々の神経がどの細胞とシナプスもしくは
ギャップジャンクションを形成しているかが
電子顕微鏡の連続切片像から完全に再構築されています。

レーザーを照射して
特定の神経細胞を破壊する実験などから。

どの神経細胞が。
どのような行動に関わるかもある程度わかっています。

++++++++++++++++++++++

リンダ・バック:Linda B. Buckは
「C. elegans シー・エレガンス」という。
エレガントな実験動物を用いて。

嗅覚の解明結果をエレガントな論文として
発表致しました。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 11:07| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月28日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月28日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月28日(水曜日)



「初春」「新年」の「1月」も
「28日」たちました。
あと「3日」で最後の「冬月」の「2月」
です。
そしてあと
「28日」*「3日」=「31日」たてば。
「春」の「3月」になります。



★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「初春」です。
「28日」たちました。

今現在は
「1月」。
「新年」の「初春」の「中冬」です。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「1月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」「新年」を迎え。

さらなる深い冬越しの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える葉っぱの厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

「夜の「木枯らし」」に
弓射られて地上に落花致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花ひらく」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「毛氈(もうせん)花壇」のように。
「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地上の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落花現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「中冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は。

地上の「紅白」のはなびらで。
昆虫にその存在を
探知させているのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
1月の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。



山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちて。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
が楽譜のように記譜されているようです。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の
標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。


時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。


付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「1月」は「初春」「新年」の「中冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもとてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。












「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「12月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。


うっすらと「ドア」を開けると。

不協和音の「魔王:Erlkönig」のふく。

オカリナのような。

音色ではいりこもうとします。








そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「1月」。

雪国の冬です。




1月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の1月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い冬」のピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」が感じられます。



冬陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬空にも地にも天高くはれ。
冬の大気のひそみかくれ。
冬そらにみちてあふれれば。
冬吐息(ためいき)となり。
冬吐息が霧雨か霞になり。
冬おりてくるような感じです。
冬「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「中冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「中冬」
です。

初冬の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬山椒(さんしょう)の木の芽が
冬にも若葉はそだち。
冬若葉は冬の若枝となり。
冬若枝は天高くすこやかにのび。
冬のふかまりにますますすこやかに。
冬山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬深まりたり
冬空たかく
冬あやにしき
冬みどり木
冬さんしょう木
冬陽をあびてかがやけり
冬いざいまこそは
冬金色(かがね)にかわり
冬赤き秋空に燃えたたむ






冬さんしょう木
冬もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬わかば葉はいずるは花ならむ
冬(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬いざいまこそは
冬空(そら)たかくもえたたむ
冬金色(こがねいろ)なる
冬さんしょう木
冬(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬めだかのむれのひかりたり
冬むれておよげるひめだかの
冬みずのなかなるちいさないのち
冬みずのなかなるおおきないのち
冬みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけたは



ちょっと「こころしずまる気」がします
「初冬」です
「冬」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------



平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた診療スタッフで。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
限られた診療スタッフで。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。








「今日は何の日」は。

1931年5月27日に。
宇宙線やオゾンを研究するために。
自らが設計した水素気球に乗ってドイツのアウグスブルグ
上空16000mの成層圏に達した科学者。
これにより。
世界初の気球による成層圏到達となった科学者。

またさらに。
1948年気球の原理を応用して電気推進式の
深海観測船(FNRS-2バチスカーフ)を発明。
1954年
自らが発明したバチスカーフで4000mの深海に到達した
科学者。


1884年 - オーギュスト・ピカール、物理学者(+ 1962年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

オーギュスト・ピカール(Auguste Piccard、
1884年1月28日 ? 1962年3月24日)は。
スイスの物理学者、気象学者、冒険家です。

宇宙と深海に対して大きな関心があった科学者です。

++++++++++++++++++++++

オーギュスト・ピカール:Auguste Piccarは。

1884年、スイスのバーゼルに。
フランス系の家庭の双子の兄弟として生まれました。

少年時代から科学に興味を示しました。

チューリヒの大学で学んだ後。
1922年にブリュッセル自由大学の物理学教授に就任致しました。

同年息子である
ジャック・ピカール(Jacques Piccard)が誕生
致しました。

++++++++++++++++++++++

オーギュスト・ピカール:Auguste Piccardは。

1931年5月27日、宇宙線やオゾンを研究するために。
自らが設計した水素気球に乗ってドイツのアウグスブルグ
上空16000mの成層圏に達しました。

これは世界初の気球による成層圏到達でした。

この気球は直径30mと大型のものです。
地上と上空の気圧の差を巧みに利用したものでした。

1932年8月18日にはFNRS-1で自らの高度記録を更新しています。

彼はその後も気球に乗り続け
計27回の浮上で最高記録は23000mでした。

++++++++++++++++++++++

オーギュスト・ピカール:Auguste Piccardは。

1930年代からは深海への到達を志すようになりました。
第二次世界大戦のため研究の遅れもあったが。

1948年、気球の原理を応用して電気推進式の
深海観測船(FNRS-2バチスカーフ)を発明致しました。

浮力材にはガソリンを用いました。

1954年にオーギュスト・ピカール:Auguste Piccard
は。
自らが発明したバチスカーフで4000mの深海に到達しました。

++++++++++++++++++++++



バチスカーフについて

Bathyscapheピカールが発明した深海調査船は
バチスカーフ(Bathyscaphe)と呼ばれます。

細長い船体に、海水よりも密度が小さいガソリンを
搭載し浮力をつけました。

ガソリンは水圧によって潰れないという利点がありました。
沈降時は鉄のおもりをつけ。
浮上時はそのおもりを捨てるようになっていました。


1954年には自らが搭乗して深度4000mに達しました。
さらに1960年には。
アメリカ海軍のバチスカーフ・トリエステ号に。
彼の息子であるジャック・ピカールらが搭乗して。
マリアナ海溝チャレンジャー海淵に到達致しました。

++++++++++++++++++++++

エピソード
初めて成層圏に到達した気球は、
ベルギー、サントーメ・プリンシペ、
コンゴ共和国、カンボジアで
切手のデザインに採用されています。

孫にあたるベルトラン・ピカールは。
1999年に世界で初めて気球ブライトリング オービター 3による
無着陸世界一周を達成致しました。

++++++++++++++++++++++

オーギュスト・ピカール:Auguste Piccardは

1962年、スイスのローザンヌで死去致しました。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB" より作成
カテゴリ: スイスの物理学者 | 1884年生 | 1962年没

++++++++++++++++++++++






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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







続きを読む
posted by clinicayamamoto at 07:21| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月27日(火曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月27日(火曜日)



平成21年の「1月」も「27日」たちました。
あと「4日」で最後の「冬」「2月」になります。
そして「32日」で「春」の「3月」になります。




★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「中冬」です。


「初春」の。
「冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「初春」です。




暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「新年」「初春」
早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「独唱」から次第に「合唱」に
なってきました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜの
「木枯らし」の鳴いている場所がわかるように。
なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
「の季節にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにいるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもやくくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。
これから日々ゆっくりと
日は長くなります。陽はたかくなります。
よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」こそ「真冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。
雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。

「初春」の「中冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句

「手に取るなやはり野におけ蓮華草」

のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。


やはり野におけ。

蓮華草とからまつ


「中冬」の「からまつ」です。

そしていまからまつの時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。



「初春」「中冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」になりました。

雑草も。
冬草へと変貌しつつあります。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬地にも空にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木冬空
冬天高くひろがりけり
冬ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけりふゆ






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。




「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。




「今日は何の日」は。

ケープ植民地で軍隊の輸送にあたり。
南アフリカへの2回の航海では何も事件が発生せず。

この輸送で1903年にエドワード7世から
「Transport Medal」を授かり。

「最も安全な船長」という評価を
受けることとなった「船長」。

タイタニック号の船長にいたることになった。
「安全な船長」は「上流階級」の「指名船長」でも
ありました。
しかし「安全<な船長」も「オリンピック号」や
「タイタニック号」の頃には
「事故」もおこすようになっていた。
「大富豪が指名」の「安全な船長」

1850年 - エドワード・J・スミス、
タイタニック号船長(+ 1912年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス
(英語: Edward John Smith、
1850年1月27日 - 1912年4月15日)は
イギリスの船長です。

一般には、1912年に沈没した豪華客船タイタニックの
船長として知られています。

イギリススタッフォードシャーの
リッチフィールドには
彼の像が建てられています。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smithの略歴

私生活
1850年1月27日イングランド中部のハンリー
(現在のストーク・オン・トレント)で
陶芸家の父エドワードと母キャサリンとの間に生まれました。

エトルリア・ブリティッシュ・スクールに通った後。
13歳の時にリバプールで船舶の仕事に就きました。
後にギブソン・アンド・カンパニー社に入った。


++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smith

1887年7月12日、サラ・エレノア・ペニントンと結婚致しました。

1898年には娘ヘレンが誕生致します。
一家はサウサンプトンの赤レンガの家に住みmした。


「ウッドヘッド」と呼んでいました。
ヘレンによると、スミスは葉巻とその煙を愛しておりました。

葉巻の煙が作る輪を乱されたくなかったため。
葉巻を吸っている間は書斎に誰も入れさせなかったという
ことです。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smithの。

船長として1880年3月に。
ホワイト・スター・ライン社に移りました。
セルティックの四等航海士となりました。

その後、会社のオーストラリア航路や
ニューヨーク航路に勤務し。

瞬く間に昇進を重ねていきました。
1887年、蒸気船リパブリックの船長となり。

翌1888年には特別船長資格を取得ました。

また英国海軍予備役大尉となりました。

これは戦争の際には。
スミスとスミスの船が英国海軍のものとして
活動することを求められうることを意味していました。

英国海軍艦隊の船長であったため。
他の商船が
レッド・エンサインの権利を与えられていたところを。

スミスには
ブルー・エンサインを掲げる権利が与えられていました。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smith


大型船の船長として
1895年から9年間。
スミスは客船マジェスティックの船長を務めました。
1899年に第二次ボーア戦争が始まると。

スミスはマジェスティックとともに徴用されました。

ケープ植民地で軍隊の輸送にあたりました。
南アフリカへの2回の航海では何も事件が発生せず。

スミスはこの輸送で1903年にエドワード7世から
「Transport Medal」を授かっています。

スミスは「安全な船長」という
評価を受けることとなりました。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smith

スミスの先任順位が上がるにつれて。

乗客や乗組員から穏やかで華麗だという
評価を得るようになっていきました。

1904年、他の全ての船長から報告を
受ける立場の先任船長となりました。

乗客の中には大西洋を横断する際には
スミスの船を選ぶ者もいました。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smith
は。

イギリスの上流階級から。

自分たちの乗る船の船長をスミスにするよう
普段から要求があったことから「大富豪たちの船長」
として知られるようになりました。

先任船長となって以来、新しい船が出来上がった際の
処女航海で舵を取ることは決まった仕事となっていました。

1904年、当時世界最大であった
ホワイト・スター社の客船バルチックの船長となりました。

6月29日にリバプールを発ったバルチックの処女航海では。
ニューヨークまでの間に何の事故も発生しませんでした。

その3年後の1907年。
再び大型客船アドリアティックを与えられ
ました。
この処女航海でも事故は発生しませんでした。


アドリアティックの船長時代。
スミスは予備艦隊から永年勤続表彰を受けるとともに
中佐に昇進致しました。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smith

オリンピックの船長
スミスは世界で最も経験豊かな船長の一人という
名声を築き上げていきました。

そこで、再び当時世界最大の船となる
オリンピック級客船のネームシップ。

オリンピックの最初の船長として請われることとなりました。
リバプールからニューヨークに向けてのの処女航海は。
1911年6月21日に無事終了致しました。

しかし。
ニューヨーク港に接岸する際に。

その後の事件を予感させるような事故が発生しています。
水先人によって59番桟橋に接岸する際に。

オリンピックは12隻のタグボートのうち1隻を
右舷スクリューが発生させた後流によって
衝突させてしまっています。

タグボートは反転し、巨大な船体に衝突致しました。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス::Edward John Smith

ホークとの事故
1911年9月20日。
オリンピックは初めて大きな事故を起こしました。
イギリス海軍の防護巡洋艦ホークと衝突し
ホークは船首を破損致しました。

この衝突でオリンピックの防水区画のうち2つが破壊され。
プロペラシャフト1つが折れ曲がったが
自力でサウサンプトン港に戻ることが
できました。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス::Edward John Smithは

事故調査に際して。
海軍側は事故の原因がオリンピックにあるとして訴えました。
すなわちオリンピックが巨大であったため。

その吸引力により
ホークが引き込まれたというものであったのです。

この事件の最中、ブリッジにはスミスがいました。

このホークとの事故は
ホワイト・スター社にとって経済的な痛手となり
ました。

大型船にとって営業できない時期というのは
さらに事態を悪いものにし致しました。
オリンピックはベルファストに戻り
その修理を急ぐこととなりました。

これによりハーランド・アンド・ウルフは
タイタニックのプロペラシャフトの一つを
オリンピックに使いました。

タイタニックの完成を遅らせざるをえなくなったのです。

++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス:
Edward John Smith

1912年2月、海上に戻ったオリンピックだが。
プロペラブレードを破損し再びドックに
戻って応急修理を行うこととなりました。

オリンピックを直ちに運行できるようにするため。
ハーランド・アンド・ウルフはそちらに力を注ぐことに
なりました。

タイタニックの処女航海は
3月20日から4月10日に延期となりました。



++++++++++++++++++++++

エドワード・ジョン・スミス::Edward John Smith
は。
タイタニック
詳細はタイタニック (客船)を参照

それまでのトラブルにも関わらず。
タイタニックがサウサンプトンから処女航海に発つ際。
スミスは船長として再び任命されました。

スミスがタイタニックの処女航海を最後に
引退するということが決まっていたという説があります。

++++++++++++++++++++++

1912年4月9日の
ハリファックス・モーニング・クロニクルには。

スミスがタイタニックを
「会社がより大きくより豪華な汽船を完成させるまで」
担当し続けると伝えています。

4月10日。
スミスは外套に山高帽という服装で自宅から
タクシーでサウサンプトン港に向かいました。
午前7時にタイタニックに乗り込みまし。

12時の出発後、港に係船されていた
シティ・オブ・ニューヨークが。
タイタニックが通過する際のスクリューの水流に巻き込まれ。
係留具が外れてタイタニックに向かってしまいました。

スミスの迅速な行動により衝突は回避されました。
タイタニックの処女航海があっという間に
終わることは避けられました。

++++++++++++++++++++++



しかし4月14日の23時40分。
タイタニックは北大西洋で氷山に衝突致しました。
船は2時間40分後に沈没し約1,500人が命を落としました。
スミスもまた亡くなった者の一人であったのです。


最期の瞬間
タイタニックが沈んだ際、スミスがどのように亡くなったのかは
諸説があります。

数人の生存者たちは、救命胴衣を身に着け海中にいる
スミスを目撃したと証言しています。
一方で、オープンブリッジに浸水が及ぶ中
操舵室にいるスミスを見たという証言もあります。

ロバート・バラードの
『タイタニック発見(The Discovery of the Titanic)』では。
沈没の10分前にあたる午前2時13分にスミスがブリッジに入っていったとしています。

この説は1997年の映画『タイタニック』でも採用されています。

しかしこの他にも、Aデッキプロムナードまで戻ったスミスが。
その直後に窓が割れて船内の大階段に向けて吸い込まれていくのを
見たという証言もあります。

タイタニックは4月14日の23時40分頃氷山に衝突致しました。
翌日の2時23分まで沈まなかったのです。

このことは。
スミス船長の死亡日が1912年4月15日であることを裏付けています。

++++++++++++++++++++++







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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・








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2009年01月26日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月26日(月曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月26日(月曜日)



平成21年です。

「1月」「新年」「初春」です。
もう26日たちました。

平成21年の「1月26日」です。
あと「5日」で最後の「冬」の「2月」。
「2月」がおわれば「春」の「3月」になります。




今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「1月」「中冬」
です。




そろそろ とぼとぼと。

深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおり。
「あきらかなる」「中冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「1月」の「冬」の気配が。
手応えはしっかりと。
いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよいはじめています。




「初春」の「冬」へとかわり
深まる「かおり」。

この
「新年」の
「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。
毎年ちがいます。

「冬のかおりの変化(へんげ)」は。
「毎年」新しい。
「うれしい新品のかおり」
がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。
冬の季節の風から。
「新たなる新品のかおり」の「冬」
を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました。
「初春」「新年」。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼるにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「1月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。




「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「1月」の「初春」には。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の始まり」までの準備をすませて。

これからの。
「新年」の「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝はとても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「初春」「新年」。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらにうつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「1月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「冬」の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬さんしょう木
冬萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬みどり葉わか葉いずる花のごと
冬夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬なりてたゆまずとまらず
冬冬あゆみそだちて
冬幹は天たかくそだちたり
冬いざいまこそは
冬空(そら)にもえたたむ
秋冬金色(こがね)の炎
秋冬さんしょう木秋冬


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「冬」なのです。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------







私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。









「今日は何の日」は。

経済学賞の「ジョン・ベイツ・クラーク賞
(John Bates Clark Medal)」
で高名な。

また「合衆国USA」ではじめての
経済学者であった。

1847年 - ジョン・ベイツ・クラーク、
経済学者(+ 1938年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク(John Bates Clark、
1847年1月26日 - 1938年3月21日)は。

アメリカ最初の理論経済学者です。

コロンビア大学教授。
息子の。
ジョン・モーリス・クラークも著名な経済学者です。


++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク:John Bates Clarkは。

アマースト大学を卒業致しました。
チューリッヒ大学、
ハイデルベルク大学に留学致しました。

28歳で教壇に立ちます。

カールトン大学、スミス大学、アマースト大学、
ジョンズ・ホプキンス大学等で教鞭をとりました。

1895年以後1913年までコロンビア大学教授でした。


++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク:John Bates Clarkは。

ドイツ留学中にクニースに師事していたこともあり。

当初は歴史学派の影響を強く受け。
社会改良主義傾向の中にありました。

しかしその後極端な歴史主義的傾向に反発致しました。

「限界生産力説に基づく分配理論」
を展開致しました。

++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク:John Bates Clarkは。

1893年から1895年までアメリカ経済学会会長。
後にトラストや独占を容認するようになりました。

1935年には国際平和に対する関心から
『A Tender of Peace』を著しています。

++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク:John Bates Clarkの評価。

1947年にアメリカ経済学会はクラークの功績を称えて。
ジョン・ベイツ・クラーク賞を創設致しました。

++++++++++++++++++++++


ジョン・ベイツ・クラーク賞
(John Bates Clark Medal)は。
1947年以降アメリカ経済学会が隔年で授与している経済学賞です。
賞の名前は、アメリカにおける近代経済学の創始者ともいわれる
ジョン・ベイツ・クラーク
(コロンビア大学教授、1895−1913)にちなみます。

対象となるのは40歳以下のアメリカの経済学者です。
隔年且つ生涯に一度しか受賞できないことから。


アメリカの経済学者にとってはノーベル経済学賞より
受賞が難しいとも言われています。

2008年現在で、受賞者総数30名中12名(40%)が。
後に、ノーベル経済学賞を受賞しています。

++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク賞
(John Bates Clark Medal)

第1回受賞者のポール・サミュエルソン以下、
ミルトン・フリードマン、
ゲーリー・ベッカー、
比較的最近の例では
ジョセフ・E・スティグリッツ、
ジェームズ・ヘックマンといった面々が、
この賞の受賞後にノーベル経済学賞を受賞しているため。

数ある経済学賞の中でも最もノーベル賞に近い賞といわれることも
あります。
経済学における最高の賞の一つです。

++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク賞
(John Bates Clark Medal)

同賞受賞からノーベル賞受賞までの最短記録は。
ケネス・アローの15年でした。
最長記録は、ジェームス・トービンとロバート・ソローの
26年でした。
平均は、22年でした。

ポール・サミュエルソンは、
同賞(32歳)の最年少受賞記録保持者です。

2007年には、初の女性受賞者が誕生致しました。

++++++++++++++++++++++

ジョン・ベイツ・クラーク賞
(John Bates Clark Medal)

受賞者一覧
名前のあとのカッコはノーベル経済学賞の受賞年

1947年- ポール・サミュエルソン (1970年)
1949年- ケネス・E・ボールディング
1951年- ミルトン・フリードマン (1976年)
1953年- 受賞者なし
1955年- ジェームズ・トービン (1981年)
1957年- ケネス・アロー (1972年)
1959年- ローレンス・クライン (1980年)
1961年- ロバート・ソロー (1987年)
1963年- w:Hendrik S. Houthakker
1965年- w:Zvi Griliches
1967年- ゲーリー・ベッカー (1992年)
1969年- w:Marc Leon Nerlove
1971年- w:Dale W. Jorgenson
1973年- w:Franklin M. Fisher
1975年- ダニエル・マクファデン (2000年)
1977年- w:Martin S. Feldstein
1979年- ジョセフ・E・スティグリッツ (2001年)
1981年- マイケル・スペンス (2001年)
1983年- ジェームズ・ヘックマン (2000年)
1985年- w:Jerry A. Hausman
1987年- w:Sanford J. Grossman
1989年- デイヴィッド・クレプス
1991年- ポール・クルーグマン (2008年)
1993年- ローレンス・サマーズ
1995年- w:David Card
1997年- w:Kevin M. Murphy
1999年- w:Andrei Shleifer
2001年- w:Matthew Rabin
2003年- w:Steven Levitt
2005年- ダロン・アシモグル
2007年- w:Susan C. Athey

++++++++++++++++++++++










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2009年01月25日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月25日(日曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月25日(日曜日)



「新年」になりました。平成21年です。

今日は(日曜日)ですが。

もう「25日」もたちました。

とてもとても。

とても「寒い日々」が続いています。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
さらなる前の「晩秋」のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ

季節になりました。




山本クリニックの庭園には。
「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「寒い冬」の日々に。

「寒い冬」に「花粉」を運んでくれる
昆虫はとても少ないはずだから。

花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさん実る確率は高くなる」
はずです。

だから。
花期が「極めて短命」とは。
とても不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「冬」「初春」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の。
「初春」「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは
「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。まるで「ぶどう」のようです。

お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「1月」
本物の「冬」になりました。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。

そして。

「木枯らし」をなだめるように。

「粉雪」が舞います。

「粉雪」のほうが「役者」は上です。

「粉雪」は突如(とつじょ)天から舞い降り

ます。




きょうは。
とてもとても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにすらみえます。
「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。




最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
もうとっくにきこえなくなり。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。

「冬」の「ふうりん」のごとし。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さびさびと「さむい音」です。

「こうこう」

わびわびと。

「たき火をよんでいる音」です。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
皆で何かを真剣に考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「中冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「1月」になりました。
今年も平成21年がはじまりました。
「初春」「新年」。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。









そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」のようです。
「葉の去った枝」にはもう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「中冬」です。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年と毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてが黄金色」に
かがやき。
朝陽をしっかりと。
「絵になるように」受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう


「ざっくり感(ざっくりかん)」



のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なるらむ

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなるらむ

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬ミルクをそそそいだ空(そら)
冬トルコいしのプリンの空(そら)
冬はるかにとほくたかい空(そら)
冬ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬プリンの上のクリームのような空(そら)
冬睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬そのまたむこうにももっと大きな空(そら)





春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ



夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ



秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ



冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ



日々のうららのこもれびに

想いのいらかにかぜつよし

生きる力に祈りはせ

四季のつきひははやいくとせ







冬椎木(しいのき)は枝高し
冬そらに吼える若葉の穂束
冬そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬天にも地にもみどりはさける
冬のあさふかまりて
冬陽の光ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬いふこともなし
冬ゆたかなるかな秋冬






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。






「今日は何の日」
は。
稀代の大天才数学者
1736年 - ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ、数学者(+ 1813年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(Joseph-Louis Lagrange,
1736年1月25日 - 1813年4月10日)は。
イタリアのトリノで生まれフランスで活動した
数学者、天文学者です。

オイラーと並んで18世紀最大の数学者です。

彼の初期の業績は微分積分学の物理学への応用。

特に「力学」への応用でした。

++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrangeは。

その後さらに「力学」を一般化して。

「最小作用の原理」に基づく
「解析力学(ラグランジュ力学)」をつくり出しました。

ラグランジュの『解析力学』は。
ラプラスの『天体力学』と共に。
18世紀末の古典的名高い著作となりました。

++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrangeは。

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ解析力学の研究では。
ラグランジュはそれまでの幾何学的方法を排除して。
1・ダランベールの原理
2・仮想速度の原理を基礎として。

純粋な解析学の構築を行いました。

エネルギー保存則からは。
最小作用の原理を導出致しました。

++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrange
の。

また数論に関する業績も傑出しています。
「全ての自然数が高々四つの平方数の和によって表される」
という定理は。

「ラグランジュの四平方定理」と呼ばれます(1770年)。

また。
ウィルソンの定理(の逆?)を証明した(1771年?)のも
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrange
でした。

++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrangeは。

さらに彼は。
「五次以上の方程式がベキ根によっては解けないこと」
についても研究致しました。



++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrangeは。

根の置換など「群論の先駆けとなるような研究」
も行っています。

この問題は後にアーベルによって証明されました。

(もっともラグランジュ自身は
解けるための条件を示したのであり。
可解という可能性は捨てていなかったのです)

++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrangeは。

度量衡の標準化に尽力したことでも有名です。

彼はフランス革命を目撃し。
フランスの化学者だった
アントワーヌ・ラヴォアジエの処刑について
「彼の頭を切り落とすのは一瞬だが
彼と同じ頭脳を持つものが現れるには100年かかるだろう」
と嘆き語ったと言うことは有名です。

++++++++++++++++++++++

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrange
は。
またマリー・アントワネットの数学教師でもありました。

「なぜ私が残されたのかわからない」と
彼女やラヴォアジエの処刑を嘆きました。
一生苦しみました。

私には。
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ:Joseph-Louis Lagrange
の「純粋な頭脳」からの「この苦しみ」が
とてもよくわかります。

++++++++++++++++++++++






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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年01月24日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月24日(土曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月24日(土曜日)




「新年」も「24日」たちました。
あと「1週間」で最後の「冬」月の「2月」。
そしてあと「35日」で。
「春」=「3月」になります。



-------------------------------
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




「新年」の「1月」です。
「初春」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。


今は「新年」。「初春」です。
「新年」をむかえても。

これからいよいよに。
もっと深く。
ふかまる「冬」。
ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」です。

「冬」。

「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」を。
むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。

自在に「かんがえる」。
「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せ者です。






「新年」の「初春」だけれども。

「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。
「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。
朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。
「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。
「冬役者」かけあしの怒涛のような。
音がきこえます。

「冬将軍」
とはだれのつくった「ことば」か。
すごい言葉と感嘆致します。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

-------------------------------

『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


-------------------------------





「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。
面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


-------------------------------




常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬野路はた見たりビロードのしだ
冬わらべのごときビロードのしだ
冬わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬山奥にひそむビロードのしだ
冬しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬山奥のしだのビロードのしだ
冬「まち」にもいきるビロードのしだ
冬けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬生い立ちしらずビロードのしだ
冬されどそのちからこそとほとしビロードのしだ




冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」の気配がうつろいて。
うつります。




冬まちなみ蒼く(あおく)
冬いろどりて
冬木々の榛葉のかがやけり
冬暑さの夏秋をうつろひて
冬ふかまるみどりの冬木なり
冬しずまるみどりの冬木なり
冬みのりの冬こそありがたし
冬みのりの冬こそこひしかり
冬虫なきてささやけり
冬木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月23日(火曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------











★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝





「今日は何の日」は。
イタリアのソプラノカストラート歌手。

歴史上最も有名なカストラート歌手。
その音域は3オクターブ半も*あった美しい声であった
歴史上最も有名なカストラート声楽家。
(マリア・カラスは。
「4オクターブ」といわれています)

1705年 - ファリネッリ、カストラート歌手(+ 1782年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


ファリネッリ
(Farinelli 本名カルロ・ブロスキ Carlo Broschi
1705年1月24日 - 1782年9月16日)は
イタリアのソプラノカストラート歌手です。

最も有名なカストラート歌手でした。
その音域は3オクターブ半あったといわれています。

1994年には彼の生涯を描いた映画
『カストラート』が制作されました。

++++++++++++++++++++++

ファリネッリ:Farinelli
本名カルロ・ブロスキ Carlo Broschiは。
ポールポラに学びました。

1720年にナポリでデビュー致しました。
今日のイタリア全土およびウィーンで活躍致しました。

1734年から37年にかけては、ヘンデルの招きに応じて
ロンドンに拠点を移しました。


++++++++++++++++++++++

ファリネッリ:Farinelli
本名カルロ・ブロスキ Carlo Broschi
の声の美しさ。

その美声と声楽的発声技術の声楽技巧は
驚愕の的でありました。

「女性はしばしば失神した」等々の
記事がヨーロッパ各国に残っています。

++++++++++++++++++++++

ファリネッリ:Farinelli
本名カルロ・ブロスキ Carlo Broschi
は。

1737年にマドリッドに招かれました。
フェリペ5世の求めに応じて王室歌手として。

そこから20年超にわたり留まることになりました。

フェリペ5世は彼の好む僅か4曲のみを。

毎晩ファリネッリに王の寝室で歌わせました。

その代償として
年額5万フランを与えたということです。

++++++++++++++++++++++


ファリネッリ:Farinelli
本名カルロ・ブロスキ Carlo Broschi
は。

同王の没後、フェルナンド6世の治下では。
ファリネッリは台本作家メタスタージオや
多くのイタリア人歌手をマドリッドに呼び寄せました。

同地でのイタリア・オペラ隆盛のきっかけになりました。


++++++++++++++++++++++

ファリネッリ:Farinelli
本名カルロ・ブロスキ Carlo Broschi
は。

1759年にイタリア半島に戻りボローニャに隠棲し。
同地で没しました。

スペイン王室からの莫大な年金を受けての
裕福な晩年だったという
ことです。

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%AA" より作成

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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年01月23日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月23日(金曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。



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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月23日(金曜日)



「初春」「新年」の。
1月も「23日」たちました。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。
「初春」「新年」の。
1月も「23日」たちました。


昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「新年」と「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「新年」「初春」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪のふる冬にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに弓を射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「新年」のしずかなる。
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「新年」「初春」の。
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の
「木枯らし」もなにやら静かです。




新年の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「新年」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「新年」の。
空の色も。
まさしくも
「冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわり。
これから次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「新年」。
「中冬」です。
まだこれから「深い「冬」」ですが。
「新年」からは。
「春」にむかいます。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」「新年」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側にむかう
気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。






冬池面(いけも)の水面(みずも)
冬おさなき小さなわかみどり
冬なもしらぬ
冬小さな緑の浮き草
冬若草うきつあつまりて
冬つらなり水面(みずも)
冬水面(みずも)をおおいたり
冬水面(みずおも)にて
冬風にきそいてさまよえり
冬ちひさきわらべのごとし
冬池面の水面(みずおも)の。
冬小さきちひさなわかみどり


冬いざいまこそは
冬よき季節にあらむ
冬水面(みずも)なるそら
冬ふと空をみる







冬早朝(はやあさ)に
冬けふもはだのさむけれど
冬ぬくもりのあさ
冬陽のありがたき
冬われあゆむがごと
冬陽はあたかくなりけり
冬葉木は冬木にかわりたり
冬みちをあかるくてらさむ
冬がいだく木
冬はぐくむ木
冬みどり木あおし
冬実りの木紅し(あかし)
冬来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実
蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬地にも木にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木ときわ木
冬ひろがりて
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけり冬




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝です。





「今日は何の日」は。

ピアニストを夢見て。
ピアノを練習されるかたが必ずや
練習されるかお耳にする
練習曲集或は教則本《グラドゥス・アド・パルナッスム》。
そして
弾かれる「ソナチネ」で有名な。
また
ロシアのパーヴェル大公(後のロシア皇帝パーヴェル1世)
らをもてなす席で。
当時25歳のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと
競演したピアニスト。

(その後、モーツァルトは、父への手紙において酷評しています。)

1752年 - ムツィオ・クレメンティ、作曲家(+ 1832年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ムツィオ・クレメンティ(Muzio Clementi,
1752年1月23日 - 1832年3月10日)は
イタリアのローマに生れました。

イギリスのエヴァシャム (Evesham) で没しました。

作曲家・ピアニスト・教師・編集者・出版業者・楽器製造業者
です。


++++++++++++++++++++++


ムツィオ・クレメンティ:Muzio Clementiの作品

ベートーヴェンは。
ピアノ曲に関してはモーツァルトの作品よりも
クレメンティの方がピアニスティックで素晴らしいと
評価しています。

約100曲のピアノソナタと。

練習曲集《グラドゥス・アド・パルナッスム》。

ソナチネ多数などのピアノ作品と4つの交響曲と
小編成オーケストラ曲(Op.18 Nr.1及びNr.2)。
ピアノ3重奏曲などを残しています。

しかし、よく知られた作品は。
初級の練習用教材であるソナチネアルバムの中にある
作品36の1から6番までの6曲です。

++++++++++++++++++++++

ムツィオ・クレメンティ:Muzio Clementiの。

ピエトロ・スパダによる
ピアノソナタ全曲録音は1990年代にようやく行われました。

10人のピアニストに分担させた
《グラドゥス・アド・パルナッスム》全曲録音が
入手できるようになったのは21世紀に入ってからのことです。

近年は再評価される機会が増えました。
作品全集の新版が刊行中です。

++++++++++++++++++++++

ムツィオ・クレメンティ:Muzio Clementiの。

全曲録音をしたピエトロ・スパダは。
Op.33のピアノソナタを。
ピアノコンチェルトであったと解釈致しています。

ピアノ独奏曲からコンチェルトへの復元に試みています。

特に1楽章は、Op.2のNr.1を思わせるような
連続オクターブのAllegro・Presto演奏

(かなりヴィルドーゾ的である)があったり
めまぐるしく動く半音階のメロディー。
カデンツァがあったりと。
まさにコンチェルトそのものと言ってよいです。)

復元では。
カットされたと思われる。
コンチェルタント形式におけるオーケストラの
呼応部分を補ったようです。
++++++++++++++++++++++

ムツィオ・クレメンティ:Muzio Clementiの
全曲録音をしたピエトロ・スパダは。

独奏版を弾く(聴く)と。
何かしっくりこない物足りなさを感じます。

クレメンティの音源は
現在主にピエトロ・スパダのみであるのですが。


意外と知られていないけれども。

元々ホロヴィッツが好んでレコードに
録音していたのも大変大事な
事実です。

++++++++++++++++++++++

ムツィオ・クレメンティ:Muzio Clementiのソナチネ

有名なクレメンティのソナチネ
現在、元々は、裕福な貴族の娘のために書かれた作品です。
当初から教育的作品でありました。

Nr.1からNr.が増えるにしたがって。
技術的に難しくなっています。

このソナチネは何回も改定されたため、現代の出版社に。
指使い
(現在は1の指が親指であるのですが。
当時は「十字」で表し、人差し指が「1」の指であったのです。)

フレーズ、臨時記号等に混乱が生じています。

特に、有名なNr.1の1楽章は、音楽之友社と
全音でフレーズが違います。

これに関しては、ソナチネアルバム-
初版に基づく改訂版-が全音楽譜出版から新たに出版されたので、
そちらを参考にされるとよいです。

最近はピアノ学習者の登竜門となっています。

けれども意外にこの作品の研究があまりされていません。
簡潔なソナタ形式、フレーズ、スケール等の
ピアノの基礎技術・知識が詰まった作品です。

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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:22| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月22日(木曜日)










「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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に設定されてご覧下さい。)







東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月22日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「22日」たちました。
あと「10日たらず」で最後の「冬」
「2月」になります。
見方をかえれば。
あと「30日足らず」で「春」になります。

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になるのでしょう。
そしてまた「初春」がくる。


冬になる。

雪国の冬になる。
「12月」の冬至を。
すぎれば「陽」は日々たかくる。
さ来年の
「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

また来年には。
「年もあらたまり」。
「春」そして「夏」に向かう。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真最中」です。

けれども「昨年」12月の冬至が

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝日ののぼるのが早くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )










「秋」から「冬」への移り変わりは



「かけあし」

のようでした。


「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。ゆっくりとあるいてきます。
「春」をまつのであれば。
「春」のゆっくりと歩いてくるのをまたねば
なりません。


「初春」「新年」。
平成21年になりました。

去年はおわりました。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

朝の「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。




この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「太陽」の「陽射し」。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげ。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
まことの。
「ごほうび」であるのでしょう。


「太陽のひかりのひざし」は



「いのちのめぐみ」です。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」です。




病院の庭園に「何本」ある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

たんぽぽ
のように
枝にみのらせています。
まだ「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花致します。

くれない色としろ色の積雪のようです。


山茶花(さざんか)「やぶつばき」の花の放ち。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。



山茶花(さざんか)と「やぶつばき」

に。
「人生」の「解答」があるような

気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。


この「花」が。

「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて




ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音」があるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬やま中さまよいて
冬やま中をわけいらば
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬やま中みつけたりやまの秋の華。
冬やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬山はぜの葉木。
冬やま中やまうるしの葉木。
冬やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬こす「はだか木」。
冬こす元気な木。たくましき木。


冬山萩(やまはぎ)の
冬花をかくして燃えたたむ
冬に実りの祭りなり
冬山はぜの葉炎
冬天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ










ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐ「小さい春」がみつかるでしょう。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------









+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++












★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。


私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。



「今日は何の日」

1927年に19歳で学位を取得。
19歳でエネルギー密度行列の概念を。
フォン・ノイマンとは独立に発見
したロシアの物理学者。

理論物理学者の「常」で。

核爆弾の研究を強いられできるだけ「業績」を
あげないように努力したが。
結局「理論物理学者」の「御自分」にはかてず。

数値計算手法により水爆の核出力を算出すること可能になり。
結果的に水素爆弾開発に多大な貢献を致してしまった。
この貢献により、1949年と1953年のスターリン賞を受賞

1954年には社会主義労働英雄の称号を授与された。

ロシアの「ノーベル物理学賞:1962」*受賞の物理学者。
また物理学者の「ランキング方法」でも非常に
興味深いロシアの物理学者。
ちなみに。
特徴的なことは「詩」は好きだが。
「音楽を全く理解できなかった」「ノーベル物理学賞」
のロシアの物理学者。

(*絶対零度近くでのヘリウムの理論的研究)

1908年 - レフ・ランダウ、物理学者(+ 1968年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landau
(ロシア語:Ле?в Дави?дович Ланда?у、
ラテン文字転写:Lev Davidovich Landau、
1908年1月22日 - 1968年4月1日)はロシアの理論物理学者です。

絶対零度近くでのヘリウムの理論的研究によって
ノーベル物理学賞を授与されました。

エフゲニー・リフシッツとの共著である
『理論物理学教程』は、多くの言語に訳されて。

世界的にも標準的な教科書として極めて
よく知られています。

++++++++++++++++++++++


レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landauは。

ランダウは1908年。
ダビッド・ルボヴィッチ・ランダウの第2子として
アゼルバイジャンのバクーにて誕生致しました。

父ダビッドは裕福な石油技術者でした。

母リュボフは貧しいユダヤ人家庭の出身です。
但しこの「母親」は。
科学や教育に関し非凡な能力を発揮した母親です。

薬理学に関する論文や教科書を執筆し
ユダヤ人学校で子供の教育に携わるなど
いわゆる自立した女性でした。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landau
の。

ランダウの人格形成や科学的才能の開花については。
母リュボフの影響が大きかったと考えられます。

14歳でバクー国立大学物理学科に入学。
16歳でレニングラード大学に移りました。
1927年に19歳で学位を取得。

同年エネルギー密度行列の概念を
フォン・ノイマンとは独立に発見
致しました。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landau
は。

レニングラード物理工学研究所で。
磁場中の電子の運動、量子電気力学の研究を2年間行った後。

1929年に奨学金を得て海外留学に旅立ちました。

コペンハーゲンの理論物理研究所に1年間滞在して。
ニールス・ボーアとの共同研究を行いました。

その後、ドイツ、イギリス、スイスを歴訪し。

ヨーロッパの指導的理論物理学者と議論を重ねました。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landauは。

イギリスでは。
当時ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所にいた
ピョートル・カピッツァに出会いました。

カピッツァとの磁場中の自由電子に関する議論をもとに。

ランダウ反磁性に関する理論を纏め上げた。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landau
は。

1932年から1937年にかけてハリコフの
ウクライナ物理工学研究所の理論物理部長を務めました。
ここで理論ミニマムと呼ばれるカリキュラムを作りました。

ソ連における理論物理学者の育成を行いました。

また、エフゲニー・リフシッツとの共同で理論物理学教程叢書の
執筆を始めました。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landau
は。
1937年、モスクワの物理工学研究所の理論物理部長に就任致します。

同研究所長に就任したピョートル・カピッツァが発見した
ヘリウム4の超流動現象の理論的解明に着手致しました。

1938年4月28日に。
ランダウは同僚のYuli B.Rumer、Moisey A Koretsと
共に逮捕されました。

罪状はスターリンを批判するビラを作成したこと。

投獄生活は1年に及んだが、上司であるカピッツァによる
懸命な嘆願活動により釈放されました。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:Lev Davidovich Landau
は。
1941年、ヘリウム4の理論的説明をする論文を発表致しました。
この論文は。
1・
その後の物性物理学の基礎的概念となる
準粒子の概念を導入したことで知られています。

2・
またこの論文ではヘリウム4の波動伝播において
「第2音波モード」の存在を予言していました。

この「第2音波モード」は
1944年に実験的に観測されました。


++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:
Lev Davidovich Landau
は。

1940年代から1950年代前半にかけて。
ランダウはソビエトの。
原子爆弾および水素爆弾開発プロジェクトに
参加を余儀なくされました。

彼はこのプロジェクトに嫌悪感を示しました。

最小限の仕事に留めるよう努めました。

皮肉なことに、彼の考案した数値計算手法により
水爆の核出力を算出すること可能になりました。

結果的に水素爆弾開発に多大な貢献を致しました。

この貢献により、1949年と1953年のスターリン賞を受賞。

1954年には社会主義労働英雄の称号を授与されました。

1953年のスターリンの死後。
ランダウは核開発プロジェクトから脱退
致しました。

++++++++++++++++++++++

科学的業績
ノーベル物理学賞を授賞対象となった絶対零度近くでの
ヘリウムの理論的研究の他。

業績は多岐にわたります。
液体ヘリウムや金属中の電子系にも応用されることとなる
フェルミ液体(フェルミ流体、Fermi liquid)の提唱、
二次相転移の現象論(ランダウ理論)、
プラズマ振動の理論(ランダウ減衰)などがあります。

ランダウ理論の超伝導への拡張であるGL理論
(ギンツブルグ-ランダウ理論)の共同研究者である
ヴィタリー・ギンツブルクは
2003年ノーベル物理学賞を受賞致しました。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:Lev Davidovich Landau
の人物像


詩を好みしばしば家族の前で朗読を披露致しました。
一方、音楽にはまったく理解を示さませんでした。

演奏を耳にすると嫌悪感を示すことがありました。

++++++++++++++++++++++

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:Lev Davidovich Landau
の物理学者の「ランキング法」の発見。

ランダウは物理学者を。
0から5までのランクに分類して評価致しました。

このランクは対数スケールであり。

ランク1の研究者は
ランク2の研究者に比べ10倍の成果を上げると考えました。
この評価によると。

ランク0にアイザック・ニュートン。
アルベルト・アインシュタインはランク0.5。

ランク1にはニールス・ボーア、ヴェルナー・ハイゼンベルク、
ポール・ディラック、エルヴィン・シュレーディンガー、
エンリコ・フェルミ、サティエンドラ・ボース、
ユージン・ウィグナーらが位置づけられた。ラ

ンダウは自身をランク2.5に位置づけていましたが。
後にランク2まで評価を上げました。

++++++++++++++++++++++


レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ:Lev Davidovich Landau
は。

1950年代、量子フェルミ液体論を展開しヘリウム3の物性など。
多くの物性を予言し成果を挙げました。

これらの成果に対し。
1962年ノーベル物理学賞が授与されました。

1962年1月7日、自動車事故により瀕死の重傷を負いました。

奇跡的に一命を取りとめたものの物理学界に復帰することは叶わず。

1968年4月1日モスクワにて没しました。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 14:06| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月21日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月21日(水曜日)



「初春」「新年」の「1月」も
「21日」たちました。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「新年」「初春」です。
「21日」たちました。

今現在は
「1月」。
「新年」「初春」の「中冬」です。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「1月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」「新年」を迎え。

さらなる深い冬越しの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える葉っぱの厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

「夜の「木枯らし」」に
弓射られて地上に落花致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花ひらく」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「毛氈(もうせん)花壇」のように。
「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地面の上の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落花現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「中冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は。

地上の「紅白」のはなびらで。
昆虫にその存在を
探知させているのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
1月の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。


山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちて。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
が楽譜のように記録されているようです。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。


時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。


付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「1月」は「初春」「新年」の「中冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもとてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。









「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「12月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。


うっすらと「ドア」を開けると。

不協和音の「魔王:Erlkönig」のふく。

オカリナのような。

音色ではいりこもうとします。








そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「1月」。

雪国の冬です。




1月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の1月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い冬」のピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」が感じられます。



冬陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬空にも地にも天高くはれ。
冬の大気のひそみかくれ。
冬そらにみちてあふれれば。
冬吐息(ためいき)となり。
冬吐息が霧雨か霞になり。
冬おりてくるような感じです。
冬「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「中冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「中冬」
です。

初冬の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬山椒(さんしょう)の木の芽が
冬にも若葉はそだち。
冬若葉は冬の若枝となり。
冬若枝は天高くすこやかにのび。
冬のふかまりにますますすこやかに。
冬山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬深まりたり
冬空たかく
冬あやにしき
冬みどり木
冬さんしょう木
冬陽をあびてかがやけり
冬いざいまこそは
冬金色(かがね)にかわり
冬赤き秋空に燃えたたむ






冬さんしょう木
冬もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬わかば葉はいずるは花ならむ
冬(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬いざいまこそは
冬空(そら)たかくもえたたむ
冬金色(こがねいろ)なる
冬さんしょう木
冬(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬めだかのむれのひかりたり
冬むれておよげるひめだかの
冬みずのなかなるちいさないのち
冬みずのなかなるおおきないのち
冬みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけたは



ちょっと「こころしずまる気」がします
「初冬」です
「冬」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------



平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。



「今日は何の日」は。
私のフランスでは好きな作曲家のお一人。

歌曲は、シャルル・ボードレール、
テオフィル・ゴーティエ、
シャルル・ルコント・ド・リール、
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテなどの詩に
作曲され。

いずれも繊細な叙情表現や
リヒャルト・ヴァーグナーの影響を受けた
劇的表現に優れていて。

歌曲の最高傑作作曲家に数える者も少なくない
作曲家。

1848年 - アンリ・デュパルク、作曲家(+ 1933年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク、
Eugène Marie Henri Fouques Duparc、
1848年1月21日パリ –
1933年2月12日モン=ド=マルサン)は
フランス後期ロマン派の作曲家です。

大部分の作品を自ら破棄してしまったので。
歌曲を中心にごく少数の作品しか残されていないのですが。

「旅へのいざない」などの残された作品のいくつかは。
フランス歌曲を代表する歌曲とみなされています。

++++++++++++++++++++++


アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)
は。
デュパルク(1880年)パリに生まれました。

ヴォージラール(Vaugirard)地区にあったイエズス会の
コレージュにてセザール・フランクに
ピアノと作曲を師事致しました。

デュパルクはフランクの
最初の作曲の弟子の一人にあたるのです。

++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)
は。

普仏戦争への従軍後。

1871年11月9日にスコットランド出身の
エレン・マクスウィニー(Ellen MacSwinney)
と結婚致しました。

同年、カミーユ・サン=サーンスおよ
びロマン・ビュシーヌとともに。
音楽国民協会(Société Nationale de Musique)
を設立致しました。

ヴァンサン・ダンディとも交流が深かったのです。

++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)は。

今日デュパルクといえば17曲の歌曲が極めて有名です。

これらの歌曲は、シャルル・ボードレール、
テオフィル・ゴーティエ、
シャルル・ルコント・ド・リール、
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテなどの詩に。

作曲されたものです。

いずれも繊細な叙情表現や
リヒャルト・ヴァーグナーの影響を受けた
劇的表現に優れています。

歌曲の最高傑作に数える者も少なくありません。

++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)
は。

歌曲のほか少数のピアノ曲、管弦楽曲を作曲致しました。
(全部で約500曲といわれる)

ころが作品の大半は自身の手で破棄されました。

残された作品は40に満たないのです。

1922年1月19日付けで弟子で親友でもあった
ジャン・クラに宛てた手紙のなかで。
未完に終わったオペラ『ルサルカ』の破棄に
ついて次のように述べています。

Après avoir vécu 25 ans dans un splendide rêve,
toute idée de représentation m'était – je vous le répète – devenue odieuse.
L'autre motif de cette destruction, que je ne regrette pas,
c'est la complète transformation morale que Dieu a opéré en moi il y a 20
ans et qui en une seule minute a abolie toute ma vie passée.
Dès lors, la Roussalka n'ayant aucun rapport
avec ma vie nouvelle ne devait plus exister.

(すばらしい夢のうちに25年間生きてきて、
表現するということがなにもかも -- 君にだけ言うが --
嫌になってしまったのだ。
これを破棄するもう一つの理由は
(破棄することは悔いていない)、
20年前に神が私の精神を完全に変えてしまわれ、
一瞬にして私の過去の人生を全て捨て去ってしまわれたからだ。
従って、『ルサルカ』は私の新しい人生とは全く関係がなく、
もはや存在している必要がないのだ。)

++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)
は。

1885年、37歳の時に突然作曲ができなくなりました。
診断は「神経衰弱」(Neurasthenia)。

その後は家族との時間や、絵画制作に没頭致しました。

20世紀に入ると次第に視力が失われていきました。

++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)
は。
晩年は主にスイスのヴェヴェイ近くにある。
ラ・トゥール・ドゥ・ペイルス(La Tour-de-Peilz)で過ごし。
1933年、フランス南西部のモン=ド=マルサンにて没しました。
85歳でした。

++++++++++++++++++++++

アンリ・デュパルク
(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク)
は。
デュパルクはパリの。

ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されています。

パリの17区のレヴィ通り近くの一画が。
デュパルクの名前にちなんで名付けられています。

++++++++++++++++++++++



「続きを読む」=>



今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







続きを読む
posted by clinicayamamoto at 07:23| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月20日(火曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月20日(火曜日)



平成21年の「1月」も「20日」たちました。
あと「11日」で最後の「冬」「2月」です。




★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「新年」「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「中冬」です。


「新年」「初春」の。
「冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「新年」「初春」です。




暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「新年」「初春」
早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「ソロ」から次第に「合唱」に
なっていました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜの
「木枯らし」の鳴いている場所がわかるように。
なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
「の季節にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにいるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもやくくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。
これから日々ゆっくりと
日は長くなります。陽はたかくなります。
よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」こそ「冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。
雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。
「初春」の「中冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句

「手に取るなやはり野におけ蓮華草」

のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。



やはり野におけ。
蓮華草とからまつ

「中冬」の「からまつ」です。

そしていまからまつの時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。



「初春」「中冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」になりました。

雑草も。
冬草へと変貌しつつあります。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬地にも空にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木冬空
冬天高くひろがりけり
冬ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけりふゆ






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。




「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。








「今日は何の日」は。
奇想と言語実験的作品が。
ダダイスト、シュールレアリスト達に
高く評価された小説家。

「アフリカの印象」「ロクス・ソルス」、
および「言語の難解さ」で著名。
「新アフリカの印象」などで「有名」な小説家。。

1877年 - レーモン・ルーセル、小説家・詩人(+ 1933年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル(Raymond Roussel、
1877年1月20日 - 1933年7月14日)は
フランスの小説家、詩人です。

奇想と言語実験的作品が。
ダダイスト、シュールレアリスト達に
高く評価されました。

「アフリカの印象」「ロクス・ソルス」、
および言語の難解さで著名な「新アフリカの印象」
などがあります。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Roussel
生涯

少年期
パリのマルゼルブ通りで株式仲買人の父と。
資産家の娘の母の間に。
三人兄弟の末っ子として生まれました
派手な暮らしぶりの中で幼少時代を過ごしました。

父は17歳の時に死去したので。
シェル・レリスの父が財産管理の相談役となりました。

1889年12歳の時にパリ国立高等音楽・舞踊学校のピアノ科を受験。
翌年に予備科に入学し。
1893年に合格して入学、ピアニストを目指し
1898年まで在籍致しました。

しかし在学中に音楽より詩人の素質があると
考えて詩作を始めました。
1896年に処女作である長編韻文小説「代役」を書きました。

ルメール書店から自費出版致します。

この執筆中にルーセルは
「栄光の感覚」を味わい後々まで
その感覚を探し求めることになります。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Rousselは。

この体験については、後に神経症の治療にあたった
ピエール・ジャネの著作『不安から恍惚へ』で
症例として記録されました。

しかしこの作品はまったく評価されませんでした。

レーモン・ルーセル:Raymond Rousselは。
大きなショックを受け、
これ以後うつ病の発作が始まるようになりました。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Rousselと
出版とスキャンダル


1900年から兵役に就きました。

その4年の間に「シックノード」、「眺め」を出版。

「シックノード」では、ほとんど同音だが
意味の異なる二文を作りそのうち一つで始まり、
もう一つで終わる筋を作るという独特の方法が用いられました。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Rousselは。

長い模索の時期を経て。
1909年に「アフリカの印象」を
「ゴロワ・デュ・ディマンシュ」紙に
新聞小説として連載致します。
翌年出版。
難解なこの作品は理解されませんでした。

しかしビアリッツにある母の別荘の隣人だった
エドモン・ロスタンの激賞に勧められ。

1911年に芝居として脚色してフェミナ座で上演。
続いてアントワーヌ座で1ヶ月間上演したところ。

この奇妙な舞台に観客は呆れ支配人に
抗議の手紙が殺到してしまいました。

しかし観客の中にいた
ギヨーム・アポリネール、マルセル・デュシャン、
フランシス・ピカビア夫妻、
11歳のミシェル・レリスなどは
この時の感動を後に記録しています。


++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Roussel。

続いて1913年から14年に
「ゴロワ・デュ・ディマンシュ」紙隔週で。
「ロクス・ソルス」を連載
(連載中の題名は「ブージヴァルでの数時間」)
致します。

1914年に単行本化。
これは「アフリカの印象」と同じ手法を駆使して
構文に凝った作品でした。

モンテスキューが好意的な批評を寄せた以外は
まったく反響がない。

再び芝居として上演することにし。
莫大な資金をかけ、台本と演出は当時の流行作家であった
ピエール・フロンデ、
主役にガブリエル・シニョレなど当代の名優達、
音楽はモーリス・フーレ、
装置はエミール・ベルタン、
衣装はポール・ポワレなどを揃え、
1922年にアントワーヌ座で上演されました。

公演は熱烈な支持者であったアンドレ・ブルトンら
ダダイスト達がさくらとなって拍手喝采した以外は
観衆は激しく反発致しました。

その騒ぎのために二日目、三日目は
休演になるほどのスキャンダルとなりました。

しかしこのために小説の方にも注目が集まり。
多くの酷評の中で。
リラダンやポーに比する好意的な評もいくつか現れました。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Rousselは。

続いて1924年に「額の星」。
1926年に「塵のように無数の太陽」を
発表いずれも舞台にかけたが。
いずれも前作と同様の騒ぎを引き起こしました。
これらの出版、上演によってルーセルは
相続した財産を使い尽くしました。

1928年に自宅を売却してエルヒンゲン伯爵夫人となっていた
姉の邸に移り住みます。

またこの年に、1915年から書き始めていた
「新アフリカの印象」を完成。

これまで以上に難解となったこの作品は1932年に出版され、
ダリに激賞された他は、かつての支持者達にも理解されなかった
のです。


++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Rousselは。

この後、創作はほとんど行わず。

睡眠薬とカフェでのチェスに没頭致しました。

この時に「レーモン・ルーセル式」という
チェスの定跡を考案致しました。
旅行好きでもあり。
1920年には世界一周を企て1925年にはキャンピングカーで
ヨーロッパのあちこちを訪れたりしました。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Roussel

1933年に「私はいかにして或る種の本を書いたか」
の原稿を「死後刊行のこと」と指定して印刷屋に渡して。

1910年から愛人となっていた
シャルロット・デュフレーヌとともに
シチリア島パレルモに赴きました。

ここで睡眠薬に明け暮れる生活を送り。
中毒の治療のためにスイスの療養所に向かおうとする日
の朝にホテルの部屋で死去致しました。

「私はいかにして或る種の本を書いたか」は死の翌々年に
刊行されました。

++++++++++++++++++++++

レーモン・ルーセル:Raymond Roussel
死後に。
1989年に、トランクルームのブデル商会から。
倉庫に眠っていた9個のボール箱に詰め込まれた
ルーセルの遺稿、遺品が、パリの国立図書館に寄贈されました。

そこには、新発見の1万行の詩、長編小説、韻文劇、
その他の写真や書類などが入っており、
20世紀フランス文学の「もっとも異様な発見」として話題になりました。

1994年からルーセル全集がポーヴェール社から刊行され。
これらの遺稿も収録された。

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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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2009年01月19日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月19日(月曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月19日(月曜日)



平成21年です。

「1月」「新年」「初春」です。
もう19日たちました。

平成21年の「1月19日」です。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「1月」「中冬」
です。




そろそろ とぼとぼと。

深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおり。
「あきらかなる」「中冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「1月」の「冬」の気配が。
手応えはしっかりと。
いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよいはじめています。




「初春」の「冬」へとかわり
深まる「かおり」。

この
「新年」の
「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。
毎年ちがいます。

「冬のかおりの変化(へんげ)」は。
「毎年」新しい。
「うれしい新品のかおり」
がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。
冬の季節の風から。
「新たなる新品のかおり」の「冬」
を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました。
「初春」「新年」。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼるにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「1月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。




「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「1月」の「初春」には。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の始まり」までの準備をすませて。

これからの。
「新年」の「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝はとても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「初春」「新年」。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらにうつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「1月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「冬」の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬さんしょう木
冬萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬みどり葉わか葉いずる花のごと
冬夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬なりてたゆまずとまらず
冬冬あゆみそだちて
冬幹は天たかくそだちたり
冬いざいまこそは
冬空(そら)にもえたたむ
秋冬金色(こがね)の炎
秋冬さんしょう木秋冬


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「冬」なのです。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------







私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。








「今日は何の日」
は。

私の「大好き」なバリトン歌手。
バス・バリトンという自身の声域から。
真髄を極める声楽曲の理性的な解釈をされる声楽家。

間違っても。
ベル・カントの「テノール歌手」とは
絶対的に異なる声楽家。

ドイツ歌曲歌唱では並ぶものない。

『冬の旅』(ふゆのたび、Winterreise)D911, Op.89は。
フランツ・シューベルトが1827年に作曲した連作歌曲集。
1823年に作曲された『美しき水車小屋の娘』と同じように。
ドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集による。
2部に分かれた24の歌曲からなりたちます。


ドイツ歌曲の歌唱では並ぶものない。
『冬の旅』(ふゆのたび、Winterreise)D911, Op.89
を「見事にバス・バリトンで」歌った声楽家。


1909年 - ハンス・ホッター、バスバリトン歌手(+ 2003年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


ハンス・ホッター(Hans Hotter,
1909年1月19日 - 2003年12月6日)は、
ドイツのバスバリトン歌手です。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotterの略歴

1909年 ドイツの
オッフェンバッハ・アム・マインで生まれました。
ミュンヘン音楽大学でレーマーに学びます。

1930年 トロッパウで。
『魔笛』の弁者を歌ってオペラデビュー致しました。

1932年 プラハ国立歌劇場で歌いました。
1934年 ハンブルク国立歌劇場で歌いました。

1937年 バイエルン国立歌劇場のメンバーになります。
R.シュトラウスの作品に重用されました。
『平和の日』『カプリッチョ』などの初演に出演致しました。

1947年 ロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場でデビュー
致しました。

1950年 メトロポリタン歌劇場にデビュー致しました。。
ヴァーグナーの諸役をその後数シーズンにわたり演ずる。

1952年 バイロイト音楽祭に出演致しました。
以後15年にわたり主要なヴァーグナー作品に出演致しました。

1972年 『ワルキューレ』のヴォータンを
最後にオペラの舞台を引退
致します。

2003年 ミュンヘンで没しました。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotter。

ホッターは。
偉大なヴァーグナー歌いとして広く認められています。

とりわけ『ニーベルングの指環』の
神々しいヴォータン、
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』
の慈愛に満ちたハンス・ザックス、
『パルジファル』のグルネマンツ、オランダ人など。

リヒャルト・ワーグナーの主要作品の要となる役柄に
おいて極めて高い評価を受けました。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotterは。
また、ホッターはオペラの舞台のほか。

シューベルト、
R.シューマンやヴォルフなどのドイツ歌曲においても。
その洞察力に富んだ解釈で深い感動を与えました。

「理性的」な「バリトン歌手」です。
「深い楽曲の解釈」は。
クラッシック声楽家の「誰もがかないません」。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotterは。

クリスタ・ルートヴィヒが。
女性が『冬の旅』を歌う事について尋ねた際には。

「良いと思うよ。
私は『女の愛と生涯』を歌おうとは思わないけど」
と語りました。

「冬の旅」は「御婦人」の声楽家はもちろんうたえる「能力」
はあっても。
女声の声域での技術的な表現などの可否は
ハンス・ホッター:Hans Hotterでなければ判断できない
ことと思います。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotter

1962年以来日本でもたびたびリサイタルを行いました。
多くの聴衆の支持を受けました。

特にシューベルトの『冬の旅』、『白鳥の歌』が
広く愛聴されています。

バス・バリトンという自身の声域から
レパートリーを制限し。
『美しき水車小屋の娘』や。
シューマンの『詩人の恋』などは
歌いませんでした。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotterは。

引退後には。

ミュンヘンのホッターのもとにはさまざまな歌手が勉強に訪れ
ました。
クリスタ・ルートヴィヒが。
女性が『冬の旅』*を歌う事について尋ねた際には
「良いと思うよ。
私は『女の愛と生涯』を歌おうとは思わないけど」
と語りました。

後にナタリー・シュトゥッツマンも
『冬の旅』*を勉強しにホッターのもとを訪れました。

++++++++++++++++++++++

ハンス・ホッター:Hans Hotterと『冬の旅』

『冬の旅』(ふゆのたび、Winterreise)D911, Op.89は。
フランツ・シューベルトが1827年に作曲した連作歌曲集です。
1823年に作曲された『美しき水車小屋の娘』と同じように。
ドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集によります。

2部に分かれた24の歌曲からなりたちます。

『水車小屋』が徒弟の若者の旅立ちから粉屋の娘との出会い、
恋と失恋、そして自死を描いたのに対して。

『冬の旅』では若者は最初から失恋した状態にあり。
詳しい状況は語られないが街を捨ててさすらいの旅を
続けていくものです。

全曲を通して「疎外感」、「絶望と悲しみ」、
「決して得られないもの、もう失われてしまったものへの憧れ」
に満ちています。

唯一の慰めである「死」を求めながらも旅を続ける
若者の姿は現代を生きる人々にとっても
強く訴えかけるものがあります。

一般に彼の3大歌曲集とされる。
当作品及び『水車小屋』、『白鳥の歌』の中でも、
ひときわ人気が高いものです。

++++++++++++++++++++++

『冬の旅』(ふゆのたび、Winterreise)D911, Op.89は。
フランツ・シューベルトが1827年に作曲


シューベルトの健康は1823年に体調を崩し入院して以来。
下降に向かっていました。

友人たちとの交流や旅行は彼を喜ばせたが。
体調は回復することはなく経済状態も困窮のまま性格も暗くなり。
次第に死について考えるようになりました。

とりわけ、ベートーヴェンの死は彼に大きな打撃を与えました。

シューベルトがミュラーの『冬の旅』と出会ったのは、
1827年2月のことでした。

彼はこの詩集の、絶望の中で生きなければならない若者の姿に。
自分を投影したのだろうと思われます。


シューベルトは前半12曲を完成させ。
友人たちに演奏したがあまりの内容の暗さに彼らも驚愕したという
逸話は有名です。
シューベルトはこの12曲で作品を完成としたが。

続編の存在を知った彼は再び作曲に取り掛かり。
続編の後半12曲を10月に完成させました。

第1部は1828年1月に出版。第2部は彼の死後の12月に出版されました。



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2009年01月18日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月18日(日曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月18日(日曜日)



「新年」になりました。平成21年です。

今日は(日曜日)ですが。

もう「18日」もたちました。

とてもとても。

とても「寒い日々」が続いています。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
そのむかし晩秋のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ

季節になりました。




山本クリニックの庭園には。
「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「寒い冬」の日々に。

「寒い冬」に「花粉」を運んでくれる
昆虫はとても少ないはずだから。

花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさん実る確率は高くなる」
はずです。

だから。
花期が「極めて短命」とは。
とても不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「冬」「初春」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の。
「初春」「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは
「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。まるで「ぶどう」のようです。

お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「1月」
本物の「冬」になりました。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。




きょうは。
とてもとても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにすらみえます。
「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。




最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
「合唱」から「独唱」になりました。
「ろうろう」と鳴いていました。
そしていまは「こおろぎ」は
もうとっくにきこえないです。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。

「初冬」の「ふうりん」のごとし。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さびさびと「さむい音」です。

「こうこう」

わびわびと。

「たき火をよんでいる音」です。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
皆で何かを真剣に考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「中冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「1月」になりました。
今年も平成21年がはじまりました。
「初春」「新年」。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。









そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」のようです。
「葉の去った枝」にはもう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「中冬」です。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年と毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてが黄金色」に
かがやき。
朝陽をしっかりと。
「絵になるように」受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう

「ざっくり感(ざっくりかん)」


のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なりけり

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなりけり

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬ミルクをそそそいだ空(そら)
冬トルコいしのプリンの空(そら)
冬はるかにとほくたかい空(そら)
冬ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬プリンの上のクリームのような空(そら)
冬睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬そのまたむこうにももっと大きな空(そら)





春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ



夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ



秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ



冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ







冬椎木(しいのき)は枝高し
冬そらに吼える若葉の穂束
冬そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬天にも地にもみどりはさける
冬のあさふかまりて
冬陽の光ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬いふこともなし
冬ゆたかなるかな秋冬






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


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★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。









「今日は何の日」は。

イギリスの政治に影響を受け。
フランス絶対王政を批判し政治権力を分割して。
均衡と抑制による権力分立制の基礎を築いた。

法とは「事物の本性に由来する必然的な関係」
であると定義して。

権力を分割しない統治形態による法からは
政治的自由が保障されないと考えた法学者的哲学者。


執筆に20年かけたといわれる著作『法の精神』で。
権力を立法・行政・司法に分割する三権分立論を唱えた
フランスの哲学者。

7歳のときに母が亡くなり母の遺産を継いで
「7歳」でラ・ブレード男爵となった哲学者。
1716年、「27歳」で伯父の死により得た。
モンテスキュー男爵の爵位とボルドー高等法院副院長の官職に
ついた哲学者。



1689年 - シャルル・ド・モンテスキュー、哲学者(+ 1755年)
の生誕日です。

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シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー
(Charles-Louis de Montesquieu,
1689年1月18日 - 1755年2月10日)は。
啓蒙期のフランスの哲学者・政治思想家です。

本名は、シャルル=ルイ・ド・スゴンダ
(Charles-Louis de Secondat, baron de la Brède et de Montesquieu)
であり。
ラ・ブレード(La Brède)とモンテスキュー(Montesquieu)
を領地とする男爵(baron)でもありました。


++++++++++++++++++++++

シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー:
Charles-Louis de Montesquieu


1689年1月18日にボルドー近郊で生まれました。

7歳のときに母が亡くなり、母の遺産を継いで
ラ・ブレード男爵となりました。

ボルドー大学法学部を卒業した後。
1709年からパリに遊学し、1713年末、
父の訃報により帰郷致します。

翌年1710年25歳でボルドーの高等法院の参事官となりました。

1716年、伯父の死により、
モンテスキュー男爵の爵位と
ボルドー高等法院副院長の官職を継ぎました。


++++++++++++++++++++++

シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー:
Charles-Louis de Montesquieu
は。
1716年、伯父の死により得た。
モンテスキュー男爵の爵位とボルドー高等法院副院長の官職に。
実務面には関心がありませんでした。

1721年には『ペルシア人の手紙』を匿名で出版致しました。
1726年、37歳で辞職。
以後、学究生活に入りました。

1728年1月、アカデミー・フランセーズの会員に選出された直後、
4月から諸国遍歴の旅に出ました。

1731年に帰国。
1734年、『ローマ人盛衰原因論』、
1748年、『法の精神』を出版致しました。

++++++++++++++++++++++

シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー:
Charles-Louis de Montesquieu
は。

イギリスの政治に影響を受けました。
フランス絶対王政を批判し政治権力を分割して。
均衡と抑制による権力分立制の基礎を築きました。

法とは「事物の本性に由来する必然的な関係」
であると定義致しました。


権力を分割しない統治形態による法からは
政治的自由が保障されないと考え。
執筆に20年かけたといわれる著作『法の精神』で。

権力を立法・行政・司法に分割する三権分立論を
唱えました。

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シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー:
Charles-Louis de Montesquieu
は。

晩年は視力の減退に悩まされました。
そんな中『百科全書』のために
「趣味論」の執筆に取り組みました。

けれども完成することなく1
755年2月10日にパリで逝去致しました。

++++++++++++++++++++++

シャルル=ルイ・ド・モンテスキュー:
Charles-Louis de Montesquieu
は。

社会学の父 (pères de la sociologie) と
考えられています。

「離婚は進んだ文明にとって必要である」
との格言があります。
(私はこの意味は理解できません)

彼の肖像は旧フランス・フランの
200フラン紙幣に描かれたことが
ありました。

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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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2009年01月17日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月17日(土曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月17日(土曜日)




あけましておめでとうございます。
「新年」も「17日」たちました。




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今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




今は「新年」の「1月」です。
「初春」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。


今は「新年」。「初春」です。
「新年」をむかえても。

これからいよいよに。
もっと深くふかまる「冬」。
ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」です。

「冬」。
「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」を。
むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。

自在に「かんがえる」。
「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せ者です。






「新年」の「初春」だけれども。

「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。
「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。
朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。
「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。
「冬役者」かけあしの音がきこえます。

「冬将軍」
とはだれのつくった「ことば」か。
すごい言葉と感嘆致します。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

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『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


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「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。
面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


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常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬野路はた見たりビロードのしだ
冬わらべのごときビロードのしだ
冬わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬山奥にひそむビロードのしだ
冬しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬山奥のしだのビロードのしだ
冬「まち」にもいきるビロードのしだ
冬けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬生い立ちしらずビロードのしだ
冬されどそのちからこそとほとしビロードのしだ




冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」の気配がうつろいて。
うつります。




冬まちなみ蒼く(あおく)
冬いろどりて
冬木々の榛葉のかがやけり
冬暑さの夏秋をうつろひて
冬ふかまるみどりの冬木なり
冬しずまるみどりの冬木なり
冬みのりの冬こそありがたし
冬みのりの冬こそこひしかり
冬虫なきてささやけり
冬木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月23日(火曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝



「今日は何の日」は。
1712年 - ジョン・スタンリー、作曲家(+ 1786年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

チャールズ・ジョン・スタンリー
(Charles John Stanley,
1712年1月17日 - 1786年5月19日)は。
イギリスの作曲家、オルガン奏者です。

幼い頃から盲目でした。
モーリス・グリーンに音楽を学びました。

数々の演奏会をロンドンで行いました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・ジョン・スタンリー:
Charles John Stanleyは。


ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの友人でした。

ヘンデルの死後に。
初めジョン・クリストファー・スミスと共に。
後にトーマス・リンリーと共にヘンデルの設立した
オラトリオコンサートを
続けました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・ジョン・スタンリー:
Charles John Stanleyは。

1779年、ウィリアム・ボイスのあとを継ぎ
「国王の音楽師範」*になりました。

主な作品に。
オペラ「テラミンタ」、
劇的カンタータ「ヘラクレスの選択」、
ジョン・ホーキンズによるテクストを含む12のカンタータ、
オラトリオ「エフタ」、
「The Fall of Egypt and Zimri」、
「トランペットヴォランタリー」などがあります。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・ジョン・スタンリー:Charles John Stanley
の。

トランペットヴォランタリーは
オルガンの為に書かれています。
パイプオルガンの「トランペット管」を主用する楽曲です。

トランペットのストップ奏法を活用している事が名前の由来です。

「トランペットヴォランタリー」は。
近代ではトランペットと室内楽団への編曲もされています。

++++++++++++++++++++++

「英国:United Kingdom UK」の
国王の音楽師範。


女王の音楽師範(または国王の音楽師範、英国王室楽長)
(Master of the Queen's Music (or Master of the King's Music))
は英国王室(en:Monarchy of the United Kingdom)
内の役職の1つです。

クラシック音楽の作曲家に与えられます。
桂冠詩人のそれに概ね相当致します。

その職務は明確には述べることは困難なことです。

この職に任命された者には王室の重要な行事。
たとえば記念祭、結婚、葬式、それに伴う儀式などを
記念する音楽を作曲することが求められています。

++++++++++++++++++++++
「英国:United Kingdom UK」の
国王の音楽師範。


女王の音楽師範(または国王の音楽師範、英国王室楽長)
(Master of the Queen's Music (or Master of the King's Music))

この称号は。
1626年にチャールズ1世によって作られました。
その時はMaster of the King's Musickという綴りで
(この綴りは
マルコム・ウィリアムソンの任命まで使われました)。

最初に国王の音楽師範に任命されたのは
ニコラス・ラニエー。

その時には、王室の私的な楽団の管理も任され。
それは、楽団が解散する1901年まで続けられました。

2004年3月に女王の音楽師範に就任した
サー・ピーター・マックスウェル・デイヴィスは
10年間の任期だが、それ以前は終身でした。

++++++++++++++++++++++

女王の音楽師範にはこれまで
以下の人々が就任しています(括弧内の年は任期)。

ニコラス・ラニエー(en:Nicholas Lanier, 1626年 - 1649年、1660年 - 1666年)
ルイス・グラビュ(en:Louis Grabu, 1666年 - 1674年)
Nicholas Staggins(en:Nicholas Staggins, 1674年 - 1700年)
ジョン・エックルス(en:John Eccles (composer), 1700年 - 1735年)
モーリス・グリーン(1735年 - 1755年)
ウィリアム・ボイス(1755年 - 1779年)
ジョン・スタンリー(1779年 - 1786年)
ウィリアム・パーソンズ(William Parsons, 1786年 - 1817年)
ウィリアム・シールド(en:William Shield, 1817年 - 1829年)
クリスチャン・クレイマー(Christian Kramer, 1829年 - 1834年)
フランツ・クラーマー(Franz Cramer, 1834年 - 1848年)
ジョージ・フレデリック・アンダーソン(George Frederick Anderson, 1848年 - 1870年)
Sir William George Cusins(en:William George Cusins, 1870年 - 1893年)
サー・ウォルター・パラット教授 KCVO(en:Walter Parratt, 1893年 - 1924年)KCVOはナイト・コマンダーのこと。en:Royal Victorian Order参照。
サー・エドワード・エルガー准男爵 OM GCVO( 1924年 - 1934年)GCVOはナイト・グランドクロスのこと。en:Royal Victorian Order参照。
サー・ウォルフォード・デーヴィス KCVO OBE(en:Walford Davies, 1934年 - 1941年)
サー・アーノルド・バックス KCVO(1942年 - 1952年)
サー・アーサー・ブリス CH KCVO(1953年 - 1975年)CHはen:Order of the Companions of Honour参照。
マルコム・ウィリアムソン CBE AO(1975年 - 2003年)AOはen:Order of Australiaを参照。
サー・ピーター・マックスウェル・デイヴィス CGE(en:Peter Maxwell Davies, 2004年 - )
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%B8%AB%E7%AF%84" より作成

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2009年01月16日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月16日(金曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月16日(金曜日)



あけましておめでとうございます。
1月も「16日」たちました。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。

昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「新年」と「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「新年」「初春」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪のふる冬にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「新年」のしずかなる。
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「新年」「初春」の。
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の
「木枯らし」もなにやら静かです。




新年の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「新年」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「新年」の。
空の色も。
まさしくも
「冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわり。
これから次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「新年」。
「中冬」です。
まだこれから「深い「冬」」ですが。
「新年」からは。
「春」にむかいます。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」「新年」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側にむかう
気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。






冬池面(いけも)の水面(みずも)
冬おさなき小さなわかみどり
冬なもしらぬ
冬小さな緑の浮き草
冬若草うきつあつまりて
冬つらなり水面(みずも)
冬水面(みずも)をおおいたり
冬水面(みずおも)にて
冬風にきそいてさまよえり
冬ちひさきわらべのごとし
冬池面の水面(みずおも)の。
冬小さきちひさなわかみどり


冬いざいまこそは
冬よき季節にあらむ
冬水面(みずも)なるそら
冬ふと空をみる







冬早朝(はやあさ)に
冬けふもはだのさむけれど
冬ぬくもりのあさ
冬陽のありがたき
冬われあゆむがごと
冬陽はあたかくなりけり
冬葉木は冬木にかわりたり
冬みちをあかるくてらさむ
冬がいだく木
冬はぐくむ木
冬みどり木あおし
冬実りの木紅し(あかし)
冬来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実
蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬地にも木にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木ときわ木
冬ひろがりて
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけり冬




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝です。







「今日は何の日」
は。

小惑星や彗星の軌道の研究を続けた。
アメリカ合衆国の天文学者、教育者。

1868年 - アーミン・ロイシュナー、天文学者(+ 1953年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

アーミン・ロイシュナー
(リシュナーとも、
Armin Otto Leuschner,
1868年1月16日 - 1953年4月22日)は。
アメリカ合衆国の天文学者、教育者です。

アメリカで生まれたがドイツで育ちましたた。

大学教育を受けるためにアメリカに戻り
ミシガン大学を卒業致しました。

引き続きリック天文台で研究致しました。

けれども。
所長のエドワード・ホールデンと
対立して学位を取ることなく退所致します。

ベルリン大学に移り
彗星の軌道に関する研究で学位を得ました。

++++++++++++++++++++++

アーミン・ロイシュナー(リシュナー)
Armin Otto Leuschner
は。


カリフォルニア州に戻り。
カリフォルニア大学の助教授となりました。
そして同大学で半世紀近く働きました。

後にロイシュナー天文台と
命名されることになる天文台を設立致しました。

リック天文台の所長の
ジェームズ・エドワード・キーラーと
協力し。

ベーカリー校とリック天文台を
アメリカ有数の天文学教育の機関に育てあげました。

++++++++++++++++++++++

アーミン・ロイシュナー(リシュナー)
Armin Otto Leuschnerは。

小惑星や彗星の軌道の研究を続けました。
そして何十人もの学生を育成致しました。

1913年にベーカリー校の学長となりました。

++++++++++++++++++++++

アーミン・ロイシュナー(リシュナー)
Armin Otto Leuschner
は。

太平洋天文学会の設立メンバーです。
また
国際天文学連合の彗星・小天体委員会の会長を
20年にわたり務めました。


++++++++++++++++++++++

アーミン・ロイシュナー(リシュナー)
Armin Otto Leuschner


ジェイムズ・クレイグ・ワトソン・メダル(1916年)
スウェーデンからノーススター勲章(1924年)
ブルース・メダル(1936年)
リッテンハウス・メダル(1937年)

命名
小惑星:(1361) Leuschneria


外部リンク
ブルースメダルの受賞者紹介(英文)

++++++++++++++++++++++





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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:16| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月15日(木曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)







東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月15日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「15日」たちました。


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になるのでしょう。
そしてまた「初春」がくる。


冬になる。

雪国の冬になる。
「12月」の冬至を。
すぎれば「陽」は日々たかくる。
さ来年の
「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

また来年には。
「年もあらたまり」。
「春」そして「夏」に向かうのです。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真っ最中」です。

けれども「昨年」12月の冬至が

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝日ののぼるのが早くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )










「秋」から「冬」への移り変わりは



「かけあし」

のようでした。


「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。ゆっくりとあるいてきます。
「春」をまつのであれば。
「春」のゆっくりと歩いてくるのをまたねば
なりません。


「初春」「新年」。
平成21年になりました。

去年はおわりました。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

朝の「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。




この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげでしょうか。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
「ごほうび」であり。


そして「太陽のひかりのひざし」は



「いのちのめぐみ」です。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」です。




病院の庭園に「何本」ある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

たんぽぽ
のように
枝にみのらせています。
まだ「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花致します。

くれない色としろ色の積雪のようです。


山茶花(さざんか)「やぶつばき」の花の放ち。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。

山茶花(さざんか)と「やぶつばき」
の「人生」の「解答」があるような
気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。


この「花」が。

「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて




ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音」があるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬やま中さまよいて
冬やま中をわけいらば
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬やま中みつけたりやまの秋の華。
冬やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬山はぜの葉木。
冬やま中やまうるしの葉木。
冬やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬こす「はだか木」。
冬こす元気な木。たくましき木。


冬山萩(やまはぎ)の
冬花をかくして燃えたたむ
冬に実りの祭りなり
冬山はぜの葉炎
冬天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ










ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐ「小さい春」がみつかるでしょう。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------








++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++











★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。







「今日は何の日」
は。
私が大変興味をもっている。
ロシアの「御婦人」の数学者。

12歳で三角関数の体系を「自分」で
つくりあげてしまい「パスカルの再来」といわれた
ロシアの「御婦人」の数学者。

欧州で
「3人目の「御婦人」の大学教授」
(*1番目・2番目ともイタリア人)
になられたロシアの「御婦人」の数学者。

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーに
片思いをしてフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー
の好きなルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの
「悲愴ソナタ」の練習までしたが。
彼女の「お姉さま」のほうに。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー
が気がむいてしまい失意した「御婦人」の数学者。

逆に「ノーベル賞」の由来者の
アルフレッド・ノーベルに「好きになられ」
「御婦人」の数学者のほうは今度は逆には興味を示さず*。

「御婦人」の数学者の「連れ合い」に嫉妬した
アルフレッド・ノーベルが。
「ノーベル賞」から「数学」を
ぬいてしまったという「御婦人」の数学者。

(アルフレッド・ノーベルに
この「御婦人」の数学者が興味を
ひいていたら確実に「ノーベル賞」を
受賞していたと思われる)

(*当初は「ノーベル賞」に「音楽部門」があり
ヨセフ・スク:Josef Sukが
「金メダル」を「総なめ」しています。)


1850年 - ソフィア・コワレフスカヤ、数学者(+ 1891年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ
(Софья Васильевна Ковалевская,
Sofja Vasiljevna Koval'evskaja,
1850年1月15日(ユリウス暦1月3日)モスクワ -
1891年2月10日(ユリウス暦1月29日)ストックホルム)
はロシアの数学者です。

愛称はソーニャです。
コワレフスカヤはコヴァレフスカヤとも訳されます。

ロシアでは初めてで。
またヨーロッパを含めても3番目に大学教授の地位を得た
女性です。
ちなみに
1番目はラウラ・バッシ、
2番目はマリア・アニェージ(Maria Gaetana Agnesi)で、
いずれもイタリア人です。

++++++++++++++++++++++


ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。
幼少期のソフィアが数学に関心を持つようになったきっかけは
父と叔父によってたわいもない理由で与えられました。

父は家の子供部屋の壁紙が足りなくなったときに。
軍隊で微積分学を学んでいたころに使った
オストログラズキー(Mikhail Vasilievich Ostrogradsky)
の教科書を破いて貼り付けておいたのです。

ソフィアは数学記号を眺めながら成長することになりました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja


また叔父ピョートル・ヴァシリエヴィチ・クルコフスキーが
独学で数学を研究したアマチュア数学者でした。

ソフィアはこの変わり者の叔父に憧れていました。

彼から数学を教わり。
子供のころから不思議に思っていた
記号の意味を理解して関心を深めました。

++++++++++++++++++++++

当時のロシアでは。

どれだけ才能があっても
女性は大学に入れなかったのです。

(以下に見るように彼女が功績を成し遂げたのも、
それを評価したのも
ほとんどが外国においてのことであるのは
そのためです)

ソフィアの父は彼女に数学の勉強をやめさせてしまいました。
そのため彼女は家族が寝静まった夜中に。

借りてきた代数学の本などをこっそりと読んでいたという
ことです。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
が。
ソフィアが12歳のとき、。

近所に住んでいた物理学の教授が
光学に関する本を彼女に与えたところ。

当時まだ三角関数を知らなかったソフィアは
自力でそれを解釈しようとしました。

彼女は三角関数が数学の歴史において展開されてきたのと
同じ方法でそれについて説明してみせました。

心底仰天した教授は彼女を「パスカルの再来」とまで呼び。
家庭教師をつけて数学の研究を続けさせてやれと彼女の父に嘆願
致しました。
さすがに父も折れました。

++++++++++++++++++++++


当時のロシア人女性は
国内で高等教育を受けることができませんでした。

また夫や父親の許可証なしに家族と別居して。
外国へ行くこともできなかったのです。

そのためドイツやフランスの大学へ留学することに
憧れていた上流階級の進歩的な女性たちの間では。
やむをえず偽装結婚する者が多かったのです。

父から許しを貰えるとは考えられなかったので
ソーニャも同じ手段をとることにしました。

1868年、若き地質学・古生物学者
ウラジミール・コワレフスキーと契約結婚致しました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
ヨーロッパの大学へ。

1869年、コワレフスカヤは
ハイデルベルク大学へ出発致しました。

ここでも女性の入学は
受け付けていないということを知らされました。

何とか大学当局へ食い下がり講師の許可を得た上で
非公式の聴講生として受講する許しを得ました。

レオ・ケーニヒスベルガー(Leo Königsberger)の
下で楕円関数を学びました。

他にグスターブ・キルヒホッフ、
ヘルマン・フォン・ヘルムホルツらの
物理学の講義も受け
(受講はしていないが
ローベルト・ブンゼンとも知遇を得ています)、

3学期間を優秀な成績で修了致しました。

彼らはみな当時珍しかった
女性数学研究者の才能に賛嘆致しました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。

直接指導に当たったケーニヒスベルガーは。
自分の師である
カール・ワイエルシュトラス
に対する
尊敬の念をつねづね語っていたので。

コワレフスカヤはワイエルシュトラスの下で
学ぶ決意を固めました。

1871年にベルリン大学へ向かいました。

ワイエルシュトラスははじめはコワレフスカヤの弟子入りを
断固断ろうと決意しておりました。

よってテストを兼ねて破天荒に難しい問題を出したところ。
彼女が難なく解いたのを見てその才能を知り仰天致しました。

以後ワイエルシュトラスはコワレフスカヤが
早すぎる死を迎えるまで。

公私にわたる指導者・協力者となりました。

ワイエルシュトラスは。
彼女を自分の講義に迎え入れようと致しました。

しかしここでも
女性であるがゆえに大学評議員会から拒否されたため。
コワレフスカヤの家庭教師として、
4年間にわたって個人的な薫陶を授けました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja

全盛期の業績
1874年、ゲッティンゲン大学から
コワレフスカヤ「の3つの論文」
に対し数学の学位が与えられました。

これらの論文のテーマは。
「偏微分方程式についての理論」
「(それを適用した)土星の環の形についての研究」
「アーベル関数についての研究」でした。

特に『クレレ・ジャーナル』(Crelle's Journal)
に発表された偏微分方程式についての研究は。

初期値問題の解が1つであることを示したものです。

現在では
「コーシー=コワレフスカヤの定理」
(Cauchy-Kovalevskaya theorem)として
知られています

(コーシーが特異解を。
コワレフスカヤが一般解を与えて理論を完成させました)。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。

同年に彼女はロシアへ戻りました。
この学位とワイエルシュトラスの強い推挙により
数学者としての名声は知れ渡っていたにもかかわらず。

やはりサンクトペテルブルク大学で
職を得ることはできません。

声が掛かった中で最もまともな職は

「小学校の算数の先生」であったということです。


++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskajaは。

落胆の上に父の死なども重なったため。

コワレフスカヤは気晴らしのため社交界デビューしたり
文学に手を染めたりなどして
(コワレフスカヤの文才については「その他」を参照)
以後6年間にわたり数学からは手を引くこととなりました。
ワイエルシュトラスとの交友も途絶えました。

容姿が優れていたため社交界では有名になりました。

1878年に娘を産まれて周りが静かになったのを
きっかけにして再び数学への情熱が目覚めました。

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ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskajaは。

1880年コワレフスカヤはモスクワへ行きました。
大学で博士号試験を受けることは認められませんでした。

翌年教授職を得るため彼女はモスクワを去り。

ワイエルシュトラスを頼ってベルリンとパリへ向かいました。

モスクワを去ったのには。

事業に失敗して以降彼女と意見の合わなくなっていた
夫との別居という意味も含まれていました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。

1882年から彼女は結晶体における
光の屈折に関する研究に打ち込みました。

そして「3本の論文」を執筆致しました。

(ただし、この論文が依拠していた
ガブリエル・ラメ(Gabriel Lamé)の
研究に含まれているのと
同じ誤りをおかしていることが。
1916年ヴィット・ヴォルテラによって
指摘されました)。


++++++++++++++++++++++


ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskajaは。

1883年3月パリ滞在時に夫コワレフスキーが自殺致しました。

ショックを受けた彼女は。
引きこもり、拒食失神、目を覚ますと同時に手元のノートに
数式を書きなぐるという荒んだ生活を続けることになりました。
同年の秋には立ち直りました。


++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。

1884年秋、ミッタク=レフラー
(スウェーデンの数学者。コワレフスカヤと同じく
ワイエルシュトラスの弟子で、彼の伝記も書きました。

関数論、楕円関数論、アーベル関数論など。
当時ストックホルム大学の学長だった)
の招聘により。

ついにストックホルム大学の非常勤講師の地位を得ました。

のち1889年にはロシア人女性としては初の大学教授になりました。

ストックホルムは彼女の終生の地となりました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。
終生の地となるストックホルムで教授職を務める一方。

アーベル関数についての新しい理論を適用することにより。
論文『固定点をめぐる剛体の回転について』を完成させました。

1888年にこの研究論文に対して
パリの科学アカデミーからボルダン賞が与えられました。

この論文の重要性は
極めて貴重であり疑いようもないものだったのです。

賞金が当初予定されていた
3000フランから5000フランに増額され授与されました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
じは。

1889年、この分野における第2の研究成果によって
スウェーデン科学アカデミー賞を受賞致しました。

また同年、チェビシェフらの推挙によって
コワレフスカヤはサンクトペテルブルグ科学アカデミー初の
女性メンバーになりました。

++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja

その他
コワレフスカヤは。
フョードル・ドストエフスキーと知り合って
彼に淡い恋心を抱きました。

注意を引くためにドストエフスキーが好きな
ベートーベンのピアノ・ソナタ「悲愴」の練習までしたが、
ドストエフスキーは姉のアンナにしか関心をもたなかったのです。

1956年と1985年にはソ連でコワレフスカヤの
伝記映画が作られています。

ノーベル賞に数学賞がないのは、
コワレフスカヤに振られたノーベルが。
彼女と親しいミッタク=レフラー
(ノーベル数学賞があったら受賞していたかもしれない)
に嫉妬したためではないかと考えられています。

晩年には幼少期の思い出をつづった
自伝的小説を執筆しており
(ミッタク=レフラーの妹で友人の
文学者アン・シャロット・レフラーが執筆協力)。

ロシアやスウェーデンをはじめとして
世界各国で極めて高い評価を受けています。

日本では野上彌生子による翻訳があります。
(『ソーニャ・コヴァレフスカヤ―自伝と追想』岩波文庫)。
他に小説と戯曲が一篇ずつ残されている。
トマス・ピンチョンが現在執筆中(?)
の最新作はコワレフスカヤを題材にしたものだと噂されています。


++++++++++++++++++++++

ソフィア・ヴァシーリェヴナ・コワレフスカヤ:
Sofja Sofja Vasiljevna Koval'evskaja
は。

1891年、コワレフスカヤはストックホルムで
インフルエンザと肺炎を併発し。
41歳の若さで没しました。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 11:52| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月14日(水曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月14日(水曜日)



「初春」「新年」の「1月」も
「14日」たちました。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「新年」「初春」です。
「14日」たちました。

今現在は
「1月」。
「新年」「初春」の「中冬」です。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「1月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」「新年」を迎え。

さらなる深い冬越しの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える葉っぱの厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

「夜の「木枯らし」」に弓射られて地上に落下致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「花壇」のように「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落花現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「中冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
地上の「紅白」のはなびらで昆虫にその存在を
探知させているのであるのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
1月の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。


山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちても。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
はないのでしょう。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。

時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。

付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「1月」は「初春」「新年」の「中冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。









「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「12月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。

うっすらと「ドア」を開けると。
不協和音のオカリナのような
音色ではいりこもうとします。







そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「1月」。

雪国の冬です。




1月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の1月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い冬」のピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」が感じられます。



冬陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬空にも地にも天高くはれ。
冬の大気のひそみかくれ。
冬そらにみちてあふれれば。
冬吐息(ためいき)となり。
冬吐息が霧雨か霞になり。
冬おりてくるような感じです。
冬「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「中冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「中冬」
です。

初冬の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬山椒(さんしょう)の木の芽が
冬にも若葉はそだち。
冬若葉は冬の若枝となり。
冬若枝は天高くすこやかにのび。
冬のふかまりにますますすこやかに。
冬山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬深まりたり
冬空たかく
冬あやにしき
冬みどり木
冬さんしょう木
冬陽をあびてかがやけり
冬いざいまこそは
冬金色(かがね)にかわり
冬赤き秋空に燃えたたむ






冬さんしょう木
冬もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬わかば葉はいずるは花ならむ
冬(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬いざいまこそは
冬空(そら)たかくもえたたむ
冬金色(こがねいろ)なる
冬さんしょう木
冬(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬めだかのむれのひかりたり
冬むれておよげるひめだかの
冬みずのなかなるちいさないのち
冬みずのなかなるおおきないのち
冬みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけたは



ちょっと「こころしずまる気」がします
「初冬」です
「冬」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

-------------------------------

平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)


「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」は。

「モーツァルト全作品目録*
(Verzeichnis samtlicher Tonwerke W.A. Mozarts) 」が
1862年に出版されて。
ようやくモーツァルトの。
生涯の全体像が理解できるようになった。
その分類を行った音楽家。

(*この目録は各作品の冒頭の数小節が記載されています。
番号も付けられました。
モーツァルトの作品は現在、K.+数字 で表しています。
例えば交響曲第41番『ジュピター』(交響曲)はK.551。)


1800年 - ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル、
ケッヘル番号を作った作曲家(+ 1877年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel,
1800年1月14日 - 1877年6月3日)はモーツァルトの作品を調べ。
時系列的に並べたケッヘル番号を作ったことで知られています。
科学者、作家でもあり。
作曲家、出版者でもあったわけです。

名前の「発音」は。
正確にはケッヒェルです。


++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。
オーストリア、ニーダーエスターライヒ州の
シュタインで生まれました。

シュタインはウィーンからドナウ川を
上流(西)へ78kmほど上った小さな町
でした。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。

才能が時の有力者に認められて活躍できた方です。

ウィーンで法律を学び。
15歳の時に神聖ローマ皇帝フランツ2世
(オーストリア皇帝フランツ1世)
の弟カール大公(1771年 - 1847年)の
4人の子供達の家庭教師をしていました。

ケッヘルの報酬は騎士の身分と。
残りの人生を私的な研究生活に没頭できるだけの
財政的な支援でした。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。
科学者としての彼は。
アフリカ北部、イベリア半島、
ブリテン島、ノース岬 (North Cape)、
ロシアの植物調査に貢献致しました。

植物学の他に地質学と鉱物学にも
興味を持っていました。

同時に音楽を愛しており。
ザルツブルクのモーツアルテウム
(モーツァルト音楽院)の会員でした。

1862年にモーツァルトの作品リストを出版致しました。

これがケッヘル目録と言われるもので
現在第6版となっています。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
の作品の「分類」自体は。
モーツァルトの未亡人コンスタンツェや。
少数の友人達が残された作品を分類はしておりました。
けれどもこれらは不完全極まりないものでした。

約半世紀にわたって。
モーツァルト作だと言われる作品と。
正真正銘モーツァルトの作品であるというものとが
正しく区分出来ていなかったのです。

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品を
正確に把握し分類致しました。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
の。

モーツァルトの目録の出版
ケッヘルの「モーツァルト全作品目録
(Verzeichnis samtlicher Tonwerke W.A. Mozarts) 」が
1862年に出版されてようやくモーツァルトの。
生涯の全体像が理解できるようになりました。

この目録は各作品の冒頭の数小節が記載されています。
番号も付けられました。

モーツァルトの作品は現在、K.+数字 で表しています。

例えば交響曲第41番『ジュピター』(交響曲)
はK.551です。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。
ケッヘルはモーツァルトの作品を。
24のカテゴリーに分類致しました。

ブライトコップ社は1877年から1905年まで
28年間をかけてモーツァルトの全作品を出版しました。
その最初の完全版でこの分類を使っています。

この28年間にわたった出版という偉業には
ケッヘル自身も携わっています。

++++++++++++++++++++++


ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel

フックスの作品目録も作成しておりました。

ケッヘルの探究心には驚愕させられるものがあります。
彼は楽器を演奏し。
作曲をし、教育や文学上の問題にも関与致しました。

モーツァルトの作品リストを作っただけでなく

バロック音楽の大家
ヨハン・ヨーゼフ・フックス
(Johann Joseph Fux, 1660年 - 1741年)
の伝記と作品リストも作っています。
そして様々な音楽学上の論文も書いています。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。

フランツ・シューベルト(1797年 - 1828年)や
ヨハネス・ブラームス(1833年 - 1897年)
との交際も知られています。

ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル
(Ludwig Alois Ferdinand Ritter von Kochel
は。

その後に続くこうした分野での
最初の大規模な学問業績を成し遂げた
ケッヘルは、1877年6月3日にウィーンで死亡致しました。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 07:19| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月13日(火曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月13日(火曜日)


平成21年の診療開始から(「5日」より)
「7日目」です。


「新年」「初春」の「1月」の
「13日目」です。



★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「新年」「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「中冬」です。


「新年」「初春」の。
「冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「新年」「初春」です。




暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「新年」「初春」
早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「ソロ」から次第に「合唱」に
なっていました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜの
「木枯らし」の鳴いている場所がわかるように。
なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
「の季節にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにいるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもやくくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。
これから日々ゆっくりと
日は長くなります。陽はたかくなります。
よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」こそ「冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。
雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。
「初春」の「中冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句

「手に取るなやはり野におけ蓮華草」

のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。



やはり野におけ。
蓮華草とからまつ

「中冬」の「からまつ」です。

そしていまからまつの時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。



「初春」「中冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」になりました。

雑草も。
冬草へと変貌しつつあります。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬地にも空にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木冬空
冬天高くひろがりけり
冬ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけりふゆ






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」は。

透明な体に単純ながら一通りの多細胞体制を有する。
発生生物学研究に適した生物C. elegansで。
また飼育が容易であり生活環が短く
遺伝学用いた研究手法も行いやすいC. elegansで。

C. elegans はという
体長 1 mm ほどの小さな土壌動物を用いて。

この線虫 C. elegans をモデル生物として
用いた動物の発生研究から。
=>
多細胞生物におけるゲノミクスの先駆けとなった。

ノーベル生理学・医学賞受賞の科学者。
生物学の大頭脳。

1927年 - シドニー・ブレナー、
生物学者(2002年ノーベル生理学・医学賞受賞)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

シドニー・ブレナー (Sydney Brenner,
1927年1月13日 - )はイギリス人の生物学者です。
現在はアメリカで活動を致します。

南アフリカ共和国のジャーミンストン生まれです。
1960年代に登場した分子生物学の分野において。

フランシス・クリックらとともに。

翻訳における遺伝子暗号の
解読をはじめとした独創的な貢献を致しました。

++++++++++++++++++++++

シドニー・ブレナー :Sydney Brennerは。

その後。
線虫 C. elegans をモデル生物として用いた
動物の発生研究を樹立して。
神経系形成などを解明致しました。

C. elegans は 体長 1 mm ほどの小さな土壌動物です。

透明な体に単純ながら一通りの多細胞体制をもっており。
発生生物学研究に適した生物です。
また飼育が容易であり、生活環が短く、
遺伝学用いた研究手法も行いやすいものです。

ブレナーはこの生物を用いて
ゲノムプロジェクトを立ち上げました。


++++++++++++++++++++++

シドニー・ブレナー :Sydney Brennerの。
線虫 C. elegans をモデル生物として用いた
動物の発生研究は。

多細胞生物におけるゲノミクスの先駆けとなりました。
その後、トラフグのゲノム解読も手がけました。

++++++++++++++++++++++

シドニー・ブレナー :Sydney Brennerの。

線虫を用いたアポトーシス研究により
ロバート・ホロビッツとジョン・サルストンとともに
2002年にノーベル生理学・医学賞を受賞致しました。

++++++++++++++++++++++

シドニー・ブレナー :Sydney Brennerは。

ブレナーは分子科学研究所を設立致しました。

現在はソーク研究所と。
ジャナリアファーム(HHMI)に所属しています。

また。
独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構理事長も務めています。

けれども海外でこの所属を用いることはなく
主要な所属ではありません。

++++++++++++++++++++++

シドニー・ブレナー :Sydney Brennerの。

2004年2月、衆議院沖縄・北方特別委員会にて。

内閣府特命担当大臣(沖縄担当)の茂木が、
「(沖縄県恩納村に建設が予定されている)
沖縄科学技術大学院大学(仮称)の学長に内定している」
と答弁しています。

しかしブレナー本人は辞退の意向を示しています。

++++++++++++++++++++++


[編集] 外部リンク
Sydney Brenner - Curriculum Vitae
Sydney Brenner
Sydney Brenner - Autobiography
++++++++++++++++++++++






「続きを読む」=>


今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・




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posted by clinicayamamoto at 07:28| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月12日(月曜日)祝日







「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)











東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月12日(月曜日)



平成21年です。

「1月」「新年」「初春」です。
もう12日たちました。

平成21年の「1月12日」です。

-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行いました。


-------------------------------


今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
きゅうにさむくなりました
とてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「1月」「中冬」
です。




そろそろ とぼとぼと。

深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおり。
「あきらかなる」「中冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「1月」の「冬」の気配が。
手応えはしっかりと。
いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよいはじめています。




「初春」の「冬」へとかわり
深まる「かおり」。

この
「新年」の
「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。
毎年ちがいます。

「冬のかおりの変化(へんげ)」は。
「毎年」新しい。
「うれしい新品のかおり」
がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。
冬の季節の風から。
「新たなる新品のかおり」の「冬」
を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました。
「初春」「新年」。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼつにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「1月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。



「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「1月」の「初春」には。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の始まり」までの準備をすませて。

これからの。
「新年」の「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝はとても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「初春」「新年」。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらにうつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「1月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「冬」の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬さんしょう木
冬萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬みどり葉わか葉いずる花のごと
冬夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬なりてたゆまずとまらず
冬冬あゆみそだちて
冬幹は天たかくそだちたり
冬いざいまこそは
冬空(そら)にもえたたむ
秋冬金色(こがね)の炎
秋冬さんしょう木秋冬


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「冬」なのです。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------

平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。







「今日は何の日」は。
私が尊敬する「童話作家」
「題名」はだれでもしっているけれども
「原作者」を「知らない方」のほうが
多いでしょう。
-------------------------------
赤ずきん(Le Petit Chaperon rouge)
長靴をはいた猫(Le Chat botte)
青ひげ(La Barbe Bleue)
眠りの森の美女(La Belle au bois dormant)
仙女たち(Les Fees)
シンデレラ (Cendrillon, ou la Petite Pantoufle de verre)
巻き毛のリケ(Riquet a La houppe)
親指小僧・親指太郎(Le Petit Poucet)
-------------------------------
などの原作者です。


特にグリム童話集とは。
収録された物語が重なることがあり。
(例:赤ずきん)。
その比較研究が進められていう童話作家。

澁澤龍?がグリム童話と比較して。
「古拙の味わいがある」と述べている
「童話作家」。


子どもを意識して書かれた。
初めての児童文学の作家である。

1628年 - シャルル・ペロー、詩人・童話作家(+ 1703年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー(Charles Perrault,

1628年1月12日-1703年5月16日)はフランスの詩人です。
アカデミー・フランセーズの会員です。

「古今論争」の火付け役として「名高い」です。
日本では『ペロー童話集』の作者として有名です。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perraultは。

ペローは。
1628年にパリの裕福な家庭に生まれました。
オルレアン大学で法学を学び弁護士として活動する一方で。

1671年には。
アカデミー・フランセーズの会員となり活躍致しました。

コルベールに認められ、ルイ14世に仕えました。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perraultの古今論争


ペローが『ルイ14世の世紀』(1687年発行)で。

「(オウィディウスやウェルギリウスなどの)
古典文学よりも現代文学の方がすぐれている」
と述べました。

この「発現」は多いにセンセーションを巻き起こしました。

この「発現」に怒り気に入らず。
ボアローがそれと反対の趣旨で
応えたことにより巻き起こった論争
です。

新旧論争ともいうことがあります。
(詳しくは啓蒙時代を参照)

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perraultの童話集2


『韻文による物語』
(Griselidis, Nouvelle avec le Conte de Peau d'Asne et Souhaits ridicules)は。
サロンで一篇ずつ朗読披露された後に
以下のような形で出版されその後の
1695年に序文を加えて出版されました。

1・
グリゼリディズ -
1691年にサロンで朗読発表、
同年のアカデミー文集に発表され同年に単独で出版 。

2・
愚かな願い事 - 1693年に雑誌『メルキュール・ガラン』で掲載

3・
ロバの皮 - 1694年に上の2編と合わせて出版

4・
続いて散文で『寓意のある昔話、またはコント集〜
がちょうおばさんの話』
(Histoires ou contes du temps passe.Avec de moralites :
Contes de ma mere l'Oye)が1697年に発表されました。


++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perrault2

シャルル・ペロー:Charles Perraultの「童話」は。
民間伝承を詩の形にまとめてさらに。
教訓を加えたものです。

時代考証を変えて当時の風俗を反映させるなど。

子どもにも親しみやすく書かれています。
子どもを意識して書かれた初めての児童文学である
ともいわれています。

当時サロンでは。
昔話を元にした詩を書くことが流行していました。

けれども。
他の文学者たちの作品は子どもが
読むには難しいものであったのです。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perraultの。
物語研究の論点から

シャルル・ペロー:
Charles Perraultの童話集(通称「ペロー童話集」)は。

グリム兄弟やマザー・グースよりも
前に民間伝承をまとめたものとして名高いが
ものです。

読者に読みやすくなるよう若干の脚色が入っています。

当時の風俗を取り入れたことで読みやすい物語となった一方で。
昔話収集としては余分なものが入る結果となってしまいました。

しかし。
物語の研究をする者には
今でも無視できない作品となっているます。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perraultは。

特にグリム童話集とは収録された
物語が重なることがあります(例:赤ずきん)。
その比較研究が進められています。

澁澤龍?はグリム童話と比較して
「古拙の味わいがある」と述べています。

またこの物語集もペロー以前に発表された
ボッカチオなどの影響を受けているといわれています。

がちょうおばさん 
ma mere l'Oye(マ メール ロワ)は
マザー・グース Mother Gooseと
一致していることもよく知られています。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perrault

作者論争
韻文による物語集の方はペロー本人の手によるものですが。
散文の方が作者はシャルル・ペロー:Charles Perrault自身
なのかという議論を呼んでいます。

発行当初は著者名がなく。
第二版が出たときには「姫君へ」
という献辞に息子のイニシャルが書かれておりペロー自身の名前は
ありません。

しかしながらペローの手が入ったことは
間違いないといわれています。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perraultの
作者論争
韻文による物語集の方はペロー本人の手によるものですが。
散文の方が作者は誰なのかという議論を呼んでいます。


アカデミーの一員として名をなした彼が
子どもの物語に関わるのは恥ずかしいということで。
息子の名を使ったのではないかという説と。

そもそも物語集を出すのは
息子のアイデアであったという説があります。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perrault。

童話集のその後
ペローの物語はも世界中の子どもたちに愛されました。
音楽や映画や舞台やオペラなどのテーマとなっています。

なかでも、ディズニーの『眠れる森の美女』や。
東映動画でアニメーション化された。
『長靴をはいた猫』は有名です。


「シンデレラ」ですが。
「サンドリヨンは本来、毛皮の靴を履いていた」
とする説がありました。
ポール・ドラリュの研究によると
「ガラスの靴」が原型であり
ペロー は説話を正確に記録したとされています。

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perrault

童話集研究史
著名な研究者

マルク・ソリアーノ
ジルベール・ルージェ
ポール・ドラリュ

著作物
韻文による物語
グリゼリディス(Griselidis)
おろかな願い(Les Souhaits ridicules)
ロバの皮 (Peau d'Ane)
散文による物語
赤ずきん(Le Petit Chaperon rouge)
長靴をはいた猫(Le Chat botte)
青ひげ(La Barbe Bleue)
眠りの森の美女(La Belle au bois dormant)
仙女たち(Les Fees)
シンデレラ (Cendrillon, ou la Petite Pantoufle de verre)
巻き毛のリケ(Riquet a La houppe)
親指小僧・親指太郎(Le Petit Poucet)

++++++++++++++++++++++

シャルル・ペロー:Charles Perrault

典拠文献
新倉朗子 訳 『完訳 ペロー童話集』(岩波書店 1982)ISBN 4-00-325131
今野一雄 訳 『ペローの昔ばなし』(白水社 1984)
澁澤龍彦 訳 『長靴をはいた猫』(河出書房新社 1988)
研究書

水野尚 著『物語の織物 ペローを読む』(彩流社 1997)
神宮輝夫 著 『童話への招待』(日本放送出版協会 1970)

++++++++++++++++++++++






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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:26| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月11日(日曜日)









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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月11日(日曜日)



「新年」になりました。平成21年です。

今日は(日曜日)ですが。

もう「11日」もたちました。

とても「寒い日々」が続いています。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
そのむかし晩秋のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ

季節になりました。




山本クリニックの庭園には。
「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「真冬」も日々に。

開花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさんできる確率は高くなる」
はずです。
だから。
開花期が「短命」とは。
不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「冬」「初春」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の「初春」「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは
「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。「ぶどう」のようです。
お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「1月」
本物の「冬」になりました。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。




きょうは。
とても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにすらみえます。
「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。




最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」「新年」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
「合唱」から「独唱」になりました。
「ろうろう」と鳴いていました。
そしていまは「こおろぎ」は
もうとっくにきこえないです。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。
「初冬」の「ふうりん」のごとし。
あれ沢山の「ふうりん」かな。
「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。
さびさびと「さむい音」です。
「こうこう」
わびわびと
「たき火をよんでいる音」です。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
何かを考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「中冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「1月」になりました。
今年も平成21年がはじまりました。
「初春」「新年」。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。









そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」のようです。
「葉の去った枝」にはもう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「中冬」です。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年と毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてが黄金色」に
かがやき。
朝陽をしっかりと。
「絵になるように」受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう

「ざっくり感(ざっくりかん)」


のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なりけり

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなりけり

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬ミルクをそそそいだ空(そら)
冬トルコいしのプリンの空(そら)
冬はるかにとほくたかい空(そら)
冬ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬プリンの上のクリームのような空(そら)
冬睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬そのまたむこうにももっと大きな空(そら)




春のうららのこもれびに
緑木いらかをかぜはやみ
青風ひるむやうつろひの
四季のつきひははやいくとせ

夏のうららのこもれびに
緑木いらかのつねなりて
赤き空(そら)にて炎えたたむ
四季のつきひははやいくとせ

秋のうららのこもれびに
緑木いらかにかぜさやか
秋風かたれるやすらきの
四季のつきひははやいくとせ

冬のうららのこもれびに
緑木いらかにかぜつよし
冬風弓(ゆみ)射る木枯らしに
四季のつきひははやいくとせ







冬椎木(しいのき)は枝高し
冬そらに吼える若葉の穂束
冬そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬天にも地にもみどりはさける
冬のあさふかまりて
冬陽の光ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬いふこともなし
冬ゆたかなるかな秋冬






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

-------------------------------






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


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「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。





「今日は何の日」は。
私の「大好き」な「オルガニスト」の一人。

前半生での極めて多忙な演奏活動に加えて。
後半生での交通事故の後遺症により作曲活動が制約された
「オルガニスト」。

そのため
作曲され出版された作品は。
最も有名な《レクイエム》を含めて全部で14曲しかない
「オルガニスト」。

1902年 - モーリス・デュリュフレ、作曲家(+ 1986年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ(Maurice Durufle,
1902年1月11日 - 1986年6月16日)は
フランスの作曲家・オルガン奏者です。

ルーヴィエール出身でパリに没しました。

長寿ではあったのですが。

前半生での極めて多忙な演奏活動に加えて。
後半生での交通事故の後遺症により作曲活動が
制約されました。

出版作品は。
最も有名な《レクイエム》を含めて。
全部で14曲しかないのです。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufleの生涯

少は年時代にルーアン大聖堂の聖歌隊員を務めました。
聖堂の附属学校でピアノとオルガン演奏を学びました。

17歳でパリに行き。
シャルル・トゥルヌミールにオルガンを学びました。

18歳でパリ音楽院に入学致します。

作曲をシャルル=マリー・ヴィドールとポール・デュカスに。
オルガンをウジェーヌ・ジグーに師事致しました。

1922年と1928年の間に。
作曲科、ピアノ伴奏、和声法、オルガン科で。
表彰されています。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufleは。

1927年にノートルダム大聖堂で。
ルイ・ヴィエルヌの助手となりました。

ヴィエルヌはデュリュフレを後任演奏家にしたがったのですが。
大聖堂の当局者はヴィエルヌを快く思ってていませんでした。

そして別人を任命致しました。

しかしヴィエルヌが。
なんと1750回目の演奏の最中に息を引き取った際。
ヴィエルヌのそばで演奏台にいたのは。
モーリス・デュリュフレ:Maurice Duruflé
であったのです。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufleは。
1929年にオルガン演奏と即興演奏に対して。

「パリ・オルガンの友」賞を授与されました。
サンテティエンヌ=デュ=モン教会のオルガニスト
の地位を得ました。

また、フルートとヴィオラ、ピアノのための
《前奏曲、レチタティーヴォと変奏曲
Prelude, Recitatif et Variations 》
作品3は。
マルセル・モイーズやジャン・ドワイアンらによって
初演されたました。


++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufleは。

1939年に、ロジェ・デゾルミエールの指揮により。
パリでプーランクの《オルガン協奏曲》の初演が行なわれた際の
オルガン独奏者を務めました。

それに先立ち、オルガンのレジストレーションについて
プーランクに助言を与えたのもデュリュフレであったのです。

1942年にパリ音楽院で。
マルセル・デュプレの作曲科の助手を務めました。

1940年に、戦死したジャン・アランを追悼して
《アランの名による前奏曲とフーガ
"Prelude et Fugue sur le nom d'Alain" 》
を作曲致しました。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufleは。

1947年に。
代表作となる《レクイエム》作品9を作曲致しました。
ポール・パレーの指揮により初演が行なわれました。

フォーレの前例と類似点が見られます。
グレゴリオ聖歌や「ルネサンス音楽の影響」がより強固です。

全曲の導入部分を含む多くの楽章
(例えばサンクトゥスやアニュス・デイなど)で。

グレゴリオ聖歌の『レクイエム』からの
メロディの引用が見られます。

それらの引用がデュリュフレ流の高度に洗練された
フランス和声や対位法により彩られています。

現在この作品には3つの版が存在しています
(オーケストラ伴奏版、小オーケストラ伴奏版、
オブリガート・チェロ独奏つきオルガン伴奏版)。

ミサ曲《クム・ユビロMesse "Cum Jubilo" 》も。
同様に3つの版が存在致します。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufleは。

1947年に女性オルガニストの
マリー=マドレーヌ・シュヴァリエが。

サンテティエンヌ=デュ=モン教会における
デュリュフレの助手となりました。
1953年に二人は結婚致します。

その後に教会オルガニスト職を。
分かち合うようになりました。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Duruflé
は。

不幸なことに。
1975年にマリー=マドレーヌ夫人と共に自動車事故に遭いました。

二人とも一命は取り留めました。

けれども演奏活動が続けられなくなりました。
パイプオルガンは両手両脚の体のすべてを
演奏に必要と致します。

1977年に出版された混声合唱のための《主の祈り》が
最後の公開された作品となりました。

1986年にパリで他界致しました。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufle

デュリュフレ夫妻の記念碑デュリュフレが。
オルガニストを務めたサンテティエンヌ・デュ・モン教会の
目の前に当たるパリ5区の。
パンテオン広場6番地にある住居の入口に。

モーリス・デュリュフレと妻のマリー=マドレーヌ・デュリュフレ
の記念碑が掲げられています。

++++++++++++++++++++++

モーリス・デュリュフレ:Maurice Durufle
作品と演奏・録音


《レクイエム》がとりわけ有名だからといって。
デュリュフレが傑出したオルガニストで
あったことを忘れてはなりません。

様々なオルガンのための音楽を初演しています。

プーランクの《オルガン協奏曲》のほか。
恩師である。
ヴィエルヌの《オルガン交響曲 第6番》を1935年に初演しています。

録音も数多いものです。

自作やフォーレの《レクィエム》や。
プーランクの《オルガン協奏曲》以外にも。

サン=サーンスの《交響曲第3番 ハ短調》や。
マルカントワーヌ・シャルパンティエの
《クリスマスの真夜中のミサ》や。
オネゲルの《ダヴィデ王》や《クリスマス・カンタータ》
を録音致しました。

バッハのオルガン曲も録音しています。
いくつかの曲ではマリー=マドレーヌ夫人の
演奏も聞くことができます。

ほかに、トゥルヌミールやヴィエルヌなどの
作曲家のオルガン作品も録音
致しました。

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「続きを読む」=>





今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 10:02| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月10日(土曜日)





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「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月10日(土曜日)


みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひとびとが。すべとのことがらが。

しあわせになられ。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように



あけましておめでとうございます。
「新年」も「10日」たちました。




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今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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今は「新年」の「1月」です。
「初春」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。


今は「新年」。「初春」です。
「新年」をむかえても。

これからいよいよに。
もっと深くふかまる「冬」。
ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」です。

「冬」。
「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」を。
むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。

自在に「かんがえる」。
「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せ者です。






「新年」の「初春」だけれども。

「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。
「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。
朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。
「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の「冬役者」かけあしの音がきこえます。

「冬将軍」
とはだれのつくった「ことば」か。
すごい言葉と感嘆致します。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

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『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)がゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版した『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


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「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。
面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょうか。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


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通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


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常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬野路はた見たりビロードのしだ
冬わらべのごときビロードのしだ
冬わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬山奥にひそむビロードのしだ
冬しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬山奥のしだのビロードのしだ
冬「まち」にもいきるビロードのしだ
冬けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬生い立ちしらずビロードのしだ
冬されどそのちからこそとほとしビロードのしだ




冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」の気配がうつろいて。
うつります。




冬まちなみ蒼く(あおく)
冬いろどりて
冬木々の榛葉のかがやけり
冬暑さの夏秋をうつろひて
冬ふかまるみどりの冬木なり
冬しずまるみどりの冬木なり
冬みのりの冬こそありがたし
冬みのりの冬こそこひしかり
冬虫なきてささやけり
冬木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年2月23日(火曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


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草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝




「今日は何の日」は。
ガリレオ・ガリレイから。
結果数日遅れで「木星の惑星4つ」
を発見し。
優先権でガリレオ・ガリレイと論争になったが。

面白いことに。
名前のない木星のガリレオ衛星の。
名前を与えた天文学者。

(木星(ユピテル*、ギリシア神話のゼウス)
に伴っていることから。

ギリシア神話からとった
ゼウスの愛人たちの名前が付けられました)
(*「ユピテル」という
電子機器(電話が多い)は「木星」のことです)

また。
今現在
かつてはアンドロメダ星雲、アンドロメダ大星雲の名称で知られる
アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy (M31またはNGC224として知られる)*
を1612年に初めて望遠鏡で観測した天文学者。

(渦巻きの発見は1888年ロバートにより
3時間にもおよぶ撮影を行い渦状構造を確認)

但しアンドロメダ銀河は、
肉眼でも観測することが出来るため。
964年には既に。
ブド・アル・ラフマン・アル・スーフィーによって
"小さな雲"と記述されたのが「発見」。

アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)
に関しては怖いことがあります。

アンドロメダ銀河のスペクトルは青方偏移を持ちます。
我々の銀河系に対して秒速約300kmで接近しています 。

約30億年後にはアンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)
と我々の銀河系「この2つの銀河」は衝突して合体致します。

1つの巨大な楕円銀河を形成すると予想されています。
(ただし1990年代後半に確認された宇宙の加速膨張を考慮に入れると、
両銀河の衝突時期はこれよりいくらか延びるという予測もあります。)



アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)
の初めての望遠鏡観測と。
木星の「4つの惑星」の「命名」で有名な。

1573年 - シモン・マリウス、天文学者(+ 1624年)

の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

シモン・マリウス
(ラテン語名Simon Marius:
ドイツ語名 ジーモン・マイヤー Simon Mayr、
グンツェンハウゼンのマイヤー Mayer von Gunzenhausen ともいう
1573年1月10日 - 1624年12月26日)はドイツの天文学者です。


ガリレオと独立して木星の4つの衛星を
発見したと主張したことで有名です。

ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯領の
グンツェンハウゼン[1]出身です。


++++++++++++++++++++++

シモン・マリウス :ラテン語名Simon Mariusは。

596年の彗星を観測し、同地の主任数学者になりました。
1605年ころまでパドゥア大学で医学を学びました。

1610年ガリレオと同時期に望遠鏡で木星を観測致しました。

1614年マリウスは De Mundo Joviali (木星の世界について)
を著しました。

その中でガリレオよりも
数日早く木星の主要な4つの衛星を発見したと主張致しました。

これがガリレオとの論争となりました。

マリウスは同書において
1609年の11月末から木星の衛星の観測を開始したと主張して
いましたが。
観測記録の日付は12月29日から始まっています。

今日では、マリウスはユリウス暦を使用したと考えられており。
これをグレゴリオ暦に換算すると翌年の1月8日になります。

そのため、ガリレオが先に発見し。
その数日後にマリウスが独立して
発見したとされています。

++++++++++++++++++++++

シモン・マリウス :ラテン語名Simon Mariusは。


木星のガリレオ衛星の名前は。

マリウスが与えたものです。

木星(ユピテル、ギリシア神話のゼウス)に
侍っていることから。
ギリシア神話からとった
ゼウスの愛人たちの名前が付けられました。


++++++++++++++++++++++

シモン・マリウス :ラテン語名Simon Mariusは。

その他にむしろ。
1612年にアンドロメダ銀河*を初めて望遠鏡観観測した
ことで知られています。

++++++++++++++++++++++


アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)は。

アンドロメダ座に位置する目視で確認可能な渦巻銀河です。

さんかく座銀河、銀河系(天の川銀河)、
大マゼラン銀河、小マゼラン銀河
などとともに。

局部銀河群を構成致します。

++++++++++++++++++++++

アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)
は。
地球から約230万光年の距離に位置致します。

およそ1兆個[1]の恒星から成る渦巻銀河です。
恒星の密度が濃く一見して銀河と判ります。

(近年発見されたディスクの拡張部分を含まない)
分の見た目の直径は約13万光年(※1)であり、
直径8〜10万光年の我々の銀河系(天の川銀河)よりも大きい。

局部銀河群で最大の銀河です。

かつては、アンドロメダ星雲、アンドロメダ大星雲
などとも呼ばれていました。

見かけは一時期銀河系(天の川銀河)と
似ていると言われていました。


けれどもバルジに2つの巨大ブラックホールが存在し、
連星系を成している事が観測より明らかになりました

また、我々の銀河系のバルジと比べてガスや暗黒物質が
非常に少ない事が判ってきました。

さらに。
我々の銀河系の方のバルジに棒構造が発見された事により
分類上でも両者は渦巻銀河と棒渦巻銀河に区別されるなど
違いがより明確に解明されてきました。

++++++++++++++++++++++

アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)
は。

アンドロメダ銀河は、
肉眼でも観測することが出来るため。

964年には既にブド・アル・ラフマン・アル・スーフィーによって
"小さな雲"と記述されています。

望遠鏡による観測はドイツの天文学者
シモン・マリウス (Simon Marius, 1573-1624)が
1612年に行ったのが初めてとされています。

シモン・マリウスは。
しばしば誤ってアンドロメダ銀河の発見者として
紹介されることがあります。

ウィリアム・ハーシェルは
「核は星雲状。星に分かれそうだ」と記しています。
ボンドは1847年暗黒帯がある詳しいスケッチを残しました。
1864年ハギンスはスペクトルを観測致します。

1888年ロバートは3時間にもおよぶ
撮影を行い渦状構造を確認致しました。

1885年ハルトウィッヒは
新星、セファイド変光星、散開星団、球状星団を発見し、
さらに自転速度を測定致しました。

バーデはパロマー山200インチ望遠鏡で。
第二次世界大戦によるロサンゼルスの灯火管制の中、
星の種族を確認しています。

++++++++++++++++++++++

アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)

初めてM31までの距離を測定したのは
アメリカのハッブルです。
彼は1923年M31の中にあるセファイド変光星を利用して
距離を見積もりました。

その結果。
M31は銀河系の外にある天体であることが分かりました。
彼は1929年この研究を発表致しました。

アンドロメダ銀河の周囲には伴銀河として
M32、M110 (NGC205)が観測できます)。

これらの伴銀河は
いずれアンドロメダ銀河と衝突し吸収されてしまうと
考えられている
ものです。

++++++++++++++++++++++


アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)

アンドロメダ銀河のスペクトルは青方偏移を持ちます。
我々の銀河系に対して秒速約300kmで接近しています 。

約30億年後にはこの2つの銀河は衝突して合体し。
1つの巨大な楕円銀河を形成すると予想されています。

(ただし1990年代後半に確認された宇宙の加速膨張を考慮に入れると、
両銀河の衝突時期はこれよりいくらか延びるという予測もあります。)

++++++++++++++++++++++

アンドロメダ銀河Andromeda Galaxy
(M31またはNGC224として知られる)
は。

M31は肉眼で見ることができます。
双眼鏡では、長い楕円形のはっきりした光芒に映ります。

大口径の望遠鏡でも意外に見え方は良くならず
中心部分の明るいところしか見えません。

条件の良い場所で口径20cmの望遠鏡でやっと渦巻き構造が見え始めます。

++++++++++++++++++++++

球状星団G1
アンドロメダの近傍には銀河の他にも多数の星団も観測されます。
その中で最大のものはアンドロメダ銀河の周囲を巡っている
球状星団G1です。

Mayall IIの名称でも知られるG1は。
アンドロメダ銀河の中心から13万光年の距離にあります。

宇宙の始まりから比較的早い時期に誕生した
古い星々が数10万個以上集まって構成されていると考えられています。

局部銀河群の中ではおそらく最も明るい球状星団であり。
地球から観測した見かけの等級は13等級です。

絶対等級としては天の川銀河で最も明るい
オメガ星団(NGC 5139、視等級3.7)よりも明るいです。

++++++++++++++++++++++






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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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2009年01月09日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月9日(金曜日)





東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月9日(金曜日)



みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひとびと。すべとのことがらが。

しあわせになられ。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように。





あけましておめでとうございます。
1月も「9日」たちました。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。





新年平成21年になりました。
「新年」「初春」です。

昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」も「31日」がおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかなとおもったら。
12月31日になり。

音をたてるかたてないか。
あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「新年」と「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「新年」「初春」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪のふる冬にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「新年」のしずかなる。
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「新年」「初春」の。
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の「木枯らし」もなにやら静かです。




新年の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「新年」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「新年」の。
空の色も。
まさしくも
「冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわり。
これから次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「新年」。
「中冬」です。
まだこれから「深い「冬」」ですが。
「新年」からは。
「春」にむかいます。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」「新年」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側にむかう
気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。



<


冬池面(いけも)の水面(みずも)
冬おさなき小さなわかみどり
冬なもしらぬ
冬小さな緑の浮き草
冬若草うきつあつまりて
冬つらなり水面(みずも)
冬水面(みずも)をおおいたり
冬水面(みずおも)にて
冬風にきそいてさまよえり
冬ちひさきわらべのごとし
冬池面の水面(みずおも)の。
冬小さきちひさなわかみどり


冬いざいまこそは
冬よき季節にあらむ
冬水面(みずも)なるそら
冬ふと空をみる







冬早朝(はやあさ)に
冬けふもはだのさむけれど
冬ぬくもりのあさ
冬陽のありがたき
冬われあゆむがごと
冬陽はあたかくなりけり
冬葉木は冬木にかわりたり
冬みちをあかるくてらさむ
冬がいだく木
冬はぐくむ木
冬みどり木あおし
冬実りの木紅し(あかし)
冬来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実
蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬地にも木にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木ときわ木
冬ひろがりて
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけり冬




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝です。






「今日は何の日」は。

ヤン・クレンツ、タデウシュ・バイルトと共に
グループ49を結成致した。
ポーランドの現代音楽の黎明期を代表する作曲家。
音源こそ残っていないが。

ピアニストとしても極めて
卓越した存在であったと伝えられる
作曲家。


1981年 - カジミェシュ・セロツキ、作曲家(* 1922年)
没日です。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ(Kazimierz Serocki、
1922年3月3日 - 1981年1月9日)は。
ポーランドの現代音楽の作曲家、ピアニストです。

名の日本語表記は。
カジミエルシ、カジミエシなどのつづりも見られます。

++++++++++++++++++++++


カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serockiは。

ラザール・レヴィにピアノを学びました。
ナディア・ブーランジェに作曲を学びました。

ヤン・クレンツ、タデウシュ・バイルトと共に
グループ49を結成致しました。

ポーランドの現代音楽の黎明期を代表する人物です。

音源こそ残っていないのですが。
ピアニストとしても卓越した存在であったと伝えられています。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serockiの作風

「交響曲第一番」では新古典的な作風によりながらも。

管打楽器の獰猛な同音連打に早くも
後年の個性が現れています。

「弦楽の為のシンフォニエッタ」、
「ピアノソナタ」でも
同様の傾向で作曲されています。

けれども
「ピアノ独奏の為のプレリュード組曲」で
念願であった12音技法を採用することができました。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serockiの
「ピアノ独奏の為のプレリュード組曲」のように。

調的な音素材の上に装飾的に12音を使う用法は
1950年代の潮流とは全く反するものでした。

ここにはピアニストでもあった。
カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serocki
自身はその感性を棄てきれなかった痕跡が現れている
と私は考えます。


++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serockiは。

不幸なことに現在セロツキの音楽で。

最も有名かつ演奏頻度が高い物は
「トロンボーン協奏曲」です。
(しかもピアノ伴奏です!)

1953年のこの作品はセロツキの
全生涯の中で最もとるに値しない
習作レヴェルのようなものであったのです。

管楽器業界の方々は。
とりわけ金管楽器の方は。
是非ともこの作品がセロツキの創作活動を
代表していない点に注意すべきかもしれません。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serockiの。
不幸なことに現在セロツキの音楽で。
最も有名かつ演奏頻度が高い物は「トロンボーン協奏曲」で。

ピアノ独奏の為の「任意に」も。

カールハインツ・シュトックハウゼンの
影響下の作品であるのです。

自己を問えるまでにかなりの時間を要しました。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serockiが。
セロツキが真に自己の個性に目覚めるのは。

オーケストラの為の「交響的フレスコ画」、
「ドラマティックストーリー」、
リコーダーとオーケストラの為の「カデンツァ風協奏曲」、
ソプラノ独唱とオーケストラの為の「ニオベ」、
二台ピアノとオーケストラの為の「フォルテとピアノ」
といった作品群です。


++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serocki
の。
真に独創的な音響ブロックを飽きるまで
畳み掛ける様式が世界中で評価されました。
そして創作の全盛期を迎えます。

ヤニス・クセナキスがクラスター音響を解禁したことや。
第一次ポーランド楽派が市場に乗ったことなどの影響も大きい
こともありますが。

この時期の音響の発明は現在でも色褪せてはいません。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serocki
の。

室内楽の領域でも。
6人の打楽器奏者のための「コンティヌーム」、
4人の奏者の為の「スイングする音楽」など。

コミカルな感性が宿っており。
オーケストラ音楽の創作からは想像しにくい一面が見られます。

++++++++++++++++++++++

カジミェシュ・セロツキ:Kazimierz Serocki
は。

1970年代後半に入り。
前衛イディオムが次第に飽きられると同時に。

ライブエレクトロニクスの研究に
ポーランド人ではいち早く着手致しました。

その研究結果がピアノとオーケストラと
ライブエレクトロニクスの為の
「ピアノフォニー」に結実致しました。

しかしながら、ソナタ形式のような古典的構成や
後半のトッカータ風の掛け合いは。
やや時代の要請に応じた新ロマン主義傾向に浴しています。

才能の枯渇を噂される形となってしまいました。

やや作風の成熟に疑問符がつけられていた
1981年に急逝致しました。

++++++++++++++++++++++


セロツキが真に独創的であった期間は
15年ほどに過ぎず。

あまりにも早過ぎた死であったのです。

この時期と前後して第一次ポーランド楽派そのものも。
人気を失う格好となっていきました。

後に、彼の功績を称える為
カジミェシュ・セロツキ国際作曲コンクールが
開催されることとなりました。

授賞式には、必ずセロツキの作品が併演されます。

++++++++++++++++++++++





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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年01月08日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月8日(木曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月8日(木曜日)





みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひと。すべとのことがらが。

しあわせになり。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように。








★★★
「新年」になり「8日」たちました。


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になるのでしょう。

冬になる。雪国の冬になる。
冬至をすぐれば「陽」は日々たかくなり。
サ来年の「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

また来年に「年もあらたまり」。
「春」そして「夏」に向かうのでしょう。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真っ最中」です。

けれども「昨年」12月の冬至が

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝日ののぼるのが早くなりました


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes, can spring be far behind? )










「秋」から「冬」への移り変わりは



「かけあし」

のようでした。


「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。ゆっくりとあるいてきます。
「春」をまつのであれば。
「春」のゆっくりと歩いてくるのをまたねば
なりません。


「初春」「新年」。平成21年になりました。

去年はおわりました。。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいに

心をはせれば。

考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれません。
「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。
朝の「陽射し」ののぼるころは「西」の空
のほうが明るいのです。

高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけたものです」。




この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげでしょう。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
「ごほうび」であるのでしょう。
そして「太陽のひかりのひざし」は
「いのちのめぐみ」です。

ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」です。




病院の庭園に「何本」ある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

たんぽぽ
のように
枝にみのらせています。
まだ「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の緋色毛氈(ひいろもうせん)
のように落下致します。

くれないとしろ色の積雪のようです。


山茶花(さざんか)「やぶつばき」の花を放ち。
ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。

山茶花(さざんか)と「やぶつばき」
の「人生」の「解答」があるような
気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。


この「花」が。

「野菊」です。

「野菊の墓」の「野菊」。

けれども「野菊」は香りません







毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
「寒さにおびえるひと」の気配が脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて




ちりたまるふもとのおちはわけておもふ

うもれぬへきはゆきのやまさと

にわのおもにつもるもみしのいろみれば

ちりてのあともにしきなりけり

よのなかにあきにあはしとおくれけん

ひともとのきくおもひあがりて



「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音」があるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬やま中さまよいて
冬やま中をわけいらば
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬やま中みつけたりやまの秋の華。
冬やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬山はぜの葉木。
冬やま中やまうるしの葉木。
冬やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬こす「はだか木」。
冬こす元気な木。たくましき木。


冬山萩(やまはぎ)の
冬花をかくして燃えたたむ
冬に実りの祭りなり
冬山はぜの葉炎
冬天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ










ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐ「小さい春」がみつかるでしょう。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------








++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++











★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。







「今日は何の日」
は。
世界の頭脳。


一般相対性理論と量子力学を結びつけた

量子重力論を提示して。

この帰結として。

「量子効果によって

ブラックホールから粒子が逃げ出せる」

という

「ホーキング放射」の存在が予測した。



1988年 - 『宇宙を語る』を出版。
発行部数が全世界1000万部。
日本110万部を超えるベストセラー
になる「著作物理学者」。

1942年 - スティーヴン・ホーキング、理論物理学者
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング
(Stephen William Hawking、
1942年1月8日 - )は、イギリスの理論物理学者です。

「車椅子の物理学者」として知られています。

1963年 - 検査で「筋萎縮性側索硬化症」と診断されました。
本来発症から5年程度で死に至る病気の患者でありながら。

途中で進行が急に弱まり以後40年近くも健在でいるなど
彼の症状には従来のこの病気の性質にあわない点が多く
極めておかしい。

このため彼の病気は別のものであるとする意見もあります。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking

ブラックホールの蒸発や。
宇宙論などの理論で著明な物理学者です。

一般の人向けの啓蒙書『ホーキング、宇宙を語る』の執筆などで
著作の物理学者としても非常に良く知られています。


++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:
Stephen William Hawkingは。

サイエンスフィクションを好みました。

実際にアメリカのSFテレビドラマ『新スタートレック』
に本人のホログラムイメージ役で出演の経験があります。

また。
ザ・シンプソンズにも登場し。
車椅子に内蔵されたボクシンググローブで
ホーマー・シンプソンを殴り空を飛びました。

2007年1月に。
2009年内に宇宙旅行に参加する予定であることが発表され
ていて「夢の大きい物理学者」です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:
Stephen William Hawkingの業績



「一般相対性理論が破綻する特異点の存在」
を証明した
「特異点定理」をロジャー・ペンローズと共に発表致しました。

一般相対性理論と量子力学を結びつけた
量子重力論を提示しています。


この帰結として。
量子効果によって
ブラックホールから粒子が逃げ出すという
「ホーキング放射」の存在が予測されています。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking
は。

タイムトラベルが不可能であるとする
「時間順序保護仮説」を提唱致しました。

この仮説では過去に行くことを
許容する閉じた時間線が存在するためには。
場のエネルギーが無限大でなくてはならないとすることになります。

「場のエネルギーが無限大」は不可能ですから
これは「不可能」。

夢多い物理学者です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:
Stephen William Hawking

略歴
1942年 -
戦時疎開先のオックスフォードで生まれました。
1950年 - ロンドン北部のハイゲートから。
セント・オルバンズ市に引越します。

1957年 - オックスフォード大学ユニバーシティカレッジ入学。
ボート部に所属致しました。

1962年 - ケンブリッジ大学大学院。
応用数学・理論物理学科に入学。

1963年 - 検査で「筋萎縮性側索硬化症」と診断されました。
1965年
ジェーン・ワイルドと結婚致しました。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking
は。
ペンローズと共同で「特異点定理」発表。

1967年
論文「特異点と時空の幾何学」でアダムズ賞受賞。
長男ロバート誕生。
1970年 - 長女ルーシー誕生。

1974年 - 「ブラックホールの蒸発理論」発表。
ロンドン王立協会会員に選出されました。

1975年 -
業績を讃えられローマ教皇庁からピウス12世メダルを授与されました。

1979年 - ケンブリッジ大学、ルーカス教授職に就任。
次男ティモシー誕生。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawkingは。

1983年 - ジェームズ・ハートルと共同で「無境界仮説」発表。

1988年 - 『ホーキング、宇宙を語る』を出版。
発行部数が全世界1000万部、日本110万部を超えるベストセラーになりました。

1991年 - 「時間順序保護仮説」を提唱致しました。

2001年 - 安田講堂にて一般講演を行いました。
2006年 - 香港にて一般講演を行いました。

2007年 - アメリカ合衆国でのゼロ・グラビティー社の専用機
「G-フォースワン」に搭乗し車いすから離れ無重力体験を行いました。

2009年 - 宇宙旅行へ渡航予定。
また9月の学年末をもってケンブリッジ大学を退任することが明らかになっています。
大学側の教員退職規定によるものです。

ただし同大学のルーカス教授としての研究は継続される模様です。

++++++++++++++++++++++

スティーヴン・ホーキング:Stephen William Hawking
の著作。

著作
『ホーキング、宇宙のすべてを語る』
レナード・ムロディナウとの共著 ランダムハウス講談社 ISBN 4-270-00097-X
『ホーキング、宇宙を語る』 早川書房 ISBN 4-15-203401-7
『ホーキング、未来を語る』 アーティストハウスパプリッシャーズ ISBN 4-04-898165-X
『時間順序保護仮説』 NTT出版 ISBN 4-87-188150-4
『ホーキングとペンローズが語る時空の本質』 ロジャー・ペンローズとの共著 早川書房 ISBN 4-15-208076-0
『宇宙への秘密の鍵』 ルーシー・ホーキングとの共著 岩崎書店 ISBN 4-26-582011-5


++++++++++++++++++++++















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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 11:30| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月07日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月7日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月7日(水曜日)



「初春」「新年」の「1月」も
「7日間」たちました。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「新年」「初春」です。
「7日」たちました。

今現在は
「1月」。
「新年」「初春」の「中冬」です。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「1月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」「新年」を迎え。

さらなる冬越しの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」の「花」は。
「夜の「木枯らし」」に弓射られて地上に落下致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「花壇」のように「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落下現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「中冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
地上の「紅白」のはなびらで昆虫にその存在を
探知させているのであるのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
1月の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。


山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちても。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*はないのでしょう。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。

時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。

付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「1月」は「初春」「新年」の「中冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「さむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。









「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「12月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。

うっすらと「ドア」を開けると。
不協和音のオカリナのような
音色ではいりこもうとします。







そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「1月」。

雪国の冬です。




1月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の1月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い冬」のピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」が感じられます。



冬陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬空にも地にも天高くはれ。
冬の大気のひそみかくれ。
冬そらにみちてあふれれば。
冬吐息(ためいき)となり。
冬吐息が霧雨か霞になり。
冬おりてくるような感じです。
冬「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「中冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「中冬」
です。

初冬の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬山椒(さんしょう)の木の芽が
冬にも若葉はそだち。
冬若葉は冬の若枝となり。
冬若枝は天高くすこやかにのび。
冬のふかまりにますますすこやかに。
冬山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬深まりたり
冬空たかく
冬あやにしき
冬みどり木
冬さんしょう木
冬陽をあびてかがやけり
冬いざいまこそは
冬金色(かがね)にかわり
冬赤き秋空に燃えたたむ






冬さんしょう木
冬もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬わかば葉はいずるは花ならむ
冬(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬いざいまこそは
冬空(そら)たかくもえたたむ
冬金色(こがねいろ)なる
冬さんしょう木
冬(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬めだかのむれのひかりたり
冬むれておよげるひめだかの
冬みずのなかなるちいさないのち
冬みずのなかなるおおきないのち
冬みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。
<



小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけたは



ちょっと「こころしずまる気」がします
「初冬」です
「冬」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

-------------------------------

平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)


「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」は。

私の「大好き」なピアニスト。
10歳でパリ音楽院に入学。
15歳でパリ音楽院を最優秀賞を得て。
卒業したピアニスト。

有史以来比類ない。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
の上手な。
ルーマニアの「御婦人」のピアニスト。

カラヤンを始めとする著名な指揮者や。
またカザルス。
チャップリンとの交友にも恵まれる
1950年を境に。
脚光を浴び始めるまで(55歳)。
生涯の大半を清貧のうちに過ごしたピアニスト。

1895年 -
クララ・ハスキル、ルーマニアのピアニスト(+ 1960年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


クララ・ハスキル
(Clara Haskil,
1895年1月7日 - 1960年12月7日)は、
ルーマニア出身のピアニストです。

古典派と初期ロマン派のレパートリーで
名高いピアニストです。

とりわけモーツァルト作品の録音と演奏で
著名なピアニストです。

当時の最も秀でたモーツァルト弾き
との異名もとりました。

ほかにスカルラッティやベートーヴェン、
シューマンの解釈にも卓越したものがあります。

室内楽奏者としても活躍致しました。

ジョルジュ・エネスコや
ウジェーヌ・イザイ、
パブロ・カザルスと共演致しました。

とりわけ
アルテュール・グリュミオーの共演者として名高いです。

++++++++++++++++++++++


クララ・ハスキル:Clara Haskilは。
ブカレストに生まれました。
ウィーンでリヒャルト・ローベルトに師事致しました。

したがって。
ルドルフ・ゼルキンやジョージ・セルと同門になります。

その後に短期間フェルッチョ・ブゾーニにも師事致しました。

10歳でパリ音楽院に入学。

公式にはアルフレッド・コルトーに入門したことになっていますが。
これは「誤り」です。

実際にはほとんどのピアニストとしての指導を。
ラザール・レヴィやジロー=ルタルズ夫人に受けました。

15歳でパリ音楽院を最優秀賞を得て卒業致しました。


++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilは。

間もなくヨーロッパ各地に演奏旅行に向かいます。

1913年に脊柱側湾の徴候の機先を
制するべくギプスをはめるようになりました。
(ちなみにこの「治療戦略」は医学的には間違いです)

頻繁な病気に加えて1920年には舞台負けが極端になりました。

好意的な批評を受けられず経済的にも失敗致しました。

++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilは。

生涯の大半を清貧のうちに過ごしました。

正当な評価を勝ち得るようになったのは。

ようやく第二次世界大戦後
1949年のオランダにおける
一連の演奏会を通じてであったのです。

++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilは。

前半生においてはフランスを活動の拠点としていました。

ユダヤ系であったため。

ヴィシー政府におけるナチス・ドイツ軍の
跳梁跋扈を避けてスイスに出国致しました。

戦後もスイスとオランダを拠点とするようになりました。


++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilは。

1950年を境に脚光を浴び始めます。

カラヤンを始めとする著名な指揮者や。
またカザルス、チャップリンとの交友にも恵まれました。

フランスを始めとするヨーロッパ諸国での演奏活動も。

熱狂的な聴衆に支持されるようになりました。


++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilは。

生まれつき虚弱体質であり社交的な性格でもなかったため。
他の同時代の演奏家に比べて活動が活発だったとはいえません。

ピアニストとしては純粋な音色や。


ヴァイオリンの演奏力に由来するらしい
フレージングに特徴があります。


また透明感のある霊感に満ちた感受性は。

ハスキルの演奏様式のもうひとつの特色となっています。

++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilは

ブリュッセルの駅で転落した際に負った
怪我がもとで急死致しました。

その翌日にグリュミオーと演奏会で共演すること
になっていたのです。

パリのモンパルナスに埋葬されています。

++++++++++++++++++++++

クララ・ハスキル:Clara Haskilに。

スイスでは遺功を偲んで。

「クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール」が開かれてます。

++++++++++++++++++++++




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2009年01月06日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月6日(火曜日)






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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月6日(火曜日)


平成21年の診療「2日目」です。


「新年」「初春」の「6日目」です。



★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「新年」「初春」です。
「冬」も「年」を越しました。
「中「冬」」です。


「新年」「初春」の。
「冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「新年」「初春」です。




暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「新年」「初春」
早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「ソロ」から次第に「合唱」に
なっていました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜの
「木枯らし」の鳴いている場所がわかるように。
なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
「の季節にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。


「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにいるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもやくくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。




朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:30amでもなお暗い東空
です。

けれども「昨年」冬至もおわり。
これから日々ゆっくりと
日は長くなります。陽はたかくなります。
よるは短くなりはじめます。



これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」こそ「冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。
雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。
「初春」の「中冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境が。

とてもよくわかります。




冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句「手に取るなやはり野におけ蓮華草」
のように。
やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。
清楚な華やかさとはかなさを
もっています。

やはり野におけ。
蓮華草とからまつ

「中冬」の「からまつ」です。

そしていまからまつの時期になりました。






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北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。


「初春」「中冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」になりました。

雑草も。
冬草へと変貌しつつあります。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬地にも空にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木冬空
冬天高くひろがりけり
冬ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけりふゆ






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

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「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」は。


母はモスクワ音楽院に学び、
テオドル・レシェティツキにも師事して。
アントン・ルビンシテインに。
祝福されたピアニストの母親をもつ。

ロシアの作曲家かつピアニスト。
モスクワ音楽院の同級生にラフマニノフがいて。
このころは作曲家としてはラフマニノフがより有望視され。
ピアニストとしてはラフマニノフよりも有望視されていた
ロシアの作曲家かつピアニスト。

手はちいさかったが超絶技巧を持っていた。
同級生と
熾烈な争いをするほどの「テクニック」の持ち主。
右手以上の運動量を要求され。
広い音域を駆け巡ることから。
「左手のコサック」
と呼ばれる独自のピアノ書法の作曲家でピアニスト。

1872年 - アレクサンドル・スクリャービン、
作曲家(+ 1915年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン
(ロシア語: Александр Николаевич
Скрябин、
1872年1月6日 - 1915年4月27日)は。
ロシアの作曲家、ピアニスト
として余りにも有名です。。


アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン
作曲者自身はフランス語風に
Alexandre Scriabine
(もしくは Scriabine)と綴ることを好みました。

英語では Alexander Scriabin、
ドイツ語では Aleksandr Skrjabin となります。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは
モスクワの小貴族(軍人貴族)の家系に生まれました。

祖先はタタール系であるとされています。
父親は中近東の言語や政情に通暁した外交官として
国内外を飛び回って家庭を顧みませんでした。

生母はスクリャービンを生んでまもなく
産褥熱で急死致しました。

このため叔母リューバの監督下で育ちました。

ちなみにスクリャービンの
亡母はモスクワ音楽院に学び、
テオドル・レシェティツキにも師事して。

アントン・ルビンシテインに
祝福されたピアニストでもありました。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン

第二次世界大戦当時のソビエト連邦外務大臣として
著名な政治家のヴャチェスラフ・モロトフは父方の甥
に当たります。

イギリスのロシア正教会スールジ主教区の
府主教アンソニー・ブルームは
母方の甥です。

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは
幼児期からピアノを始めました。

自ら望んで陸軍兵学校に進みましたが。

小柄で虚弱なことと学業が優秀なこと。
そして楽才が顕著なことから。
特別にモスクワ音楽院への通学が認められました。

14歳から院長タネーエフに作曲と音楽理論を。
ズヴェーレフにピアノを師事致しました。


++++++++++++++++++++++


アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは。
もともと即興演奏を好む少年でした。

14歳から院長タネーエフに作曲と音楽理論を。
ズヴェーレフにピアノを師事致しました。


この頃から作曲したものを五線譜に残すことを
習慣付けるようになりました。

1888年から周囲の勧めで正式にモスクワ音楽院に転学、
ピアノ科でサフォーノフに。
作曲科でアレンスキーに師事致しました。

同級生にラフマニノフがいました。
気難しく扱いにくい性格のあったスクリャービンに
アレンスキーは手を焼きました。

結局スクリャービンは作曲科を修了することが出来ず。
ピアノ科のみで単位を取得致しました。

このころ作曲家としてはラフマニノフが有望視され。
ピアニストとしてはスクリャービンが有望視されていました。

++++++++++++++++++++++

作曲家スクリャービンの誕生

かろうじてオクターブをつかむことができたと。
言われるほど小さな手の持ち主だったにもかかわらず。

学生時代の同級生ヨゼフ・レヴィーンらと。
超絶技巧の難曲の制覇数をめぐって
熾烈な競争を無理に続け。

ついに右手首を故障するに至りました。

回復するまでの間に左手を特訓するとともに。
ピアニストとしての挫折感から作曲にも力を
注ぐようになりました。

右手以上の運動量を要求され。
広い音域を駆け巡ることから「左手のコサック」
と呼ばれる
独自のピアノ書法をそなえた作曲家スクリャービンの誕生でした。

《左手のための2つの小品》作品9(前奏曲と夜想曲からなる)は、
当時を代表する作品の一つです。

++++++++++++++++++++++


アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは
1891年頃。
ミトロファン・ベリャーエフのサークルの同人となりました。

リムスキー=コルサコフの知遇を得ました。
生涯に渡る親交を結びました。

またベリャーエフ出版社から。

定期的に作品の出版が開始されました。

1897年に衝動的に改宗ユダヤ人女性と結婚致しました。
これは庇護者ベリャーエフの意向に沿わない出来事でした。

年金がカットされたために、
翌1898年から母校モスクワ音楽院のピアノ科教授に就任致しました。


++++++++++++++++++++++

教育者としての評価が下されることは少ないのが
作曲家やピアニストの常なのですが。

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは。

学生の間では誠実で忍耐強く。
学生の意欲を尊重する教師として評判がよく。
ウィーン音楽院のピアノ科からスカウトされたほどでした。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン

1900年ごろからニーチェ哲学に心酔致します。
とりわけ超人思想に共鳴致します。

その後は神智学にも傾倒致します。

この二つから音楽思想や作曲に影響を受けました。

1902年に作曲に専念するとしてモスクワ音楽院を辞職するが。
すでに門人タチヤナ・ド・シュリョーツェルと
愛人関係を結んでいました。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは。

1904年に家庭を捨ててタチヤナとともにスイスに
出奔、西欧各地を転々と致しました。

この頃からロマン派の影響を脱し。
個性的かつ神秘主義的な作風へと向かいました。

露暦でのクリスマス生まれだったことも。
スクリャービンの神秘主義や。
救世主きどりに拍車をかけました。


++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは。
1909年から1910年までブリュッセルに住み。

デルヴィルらのベルギー象徴主義絵画に興味を寄せつつ。
マダム・ブラヴァツキーの著作にいっそう親しみました。

これにより自らの芸術を神智学思想を表現するための
ものとして考えるようになりました。

後期の神秘和音を特徴とする作品を残しました。

それとともに前衛的作曲家として
国際的に認められるようになりました。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン


終焉
1910年帰国。
このころに、アコースティック録音とピアノロールに自作の録音を残し。

クーセヴィツキーやラフマニノフの指揮で
自作の協奏曲や《プロメテ》を演奏。

作曲のかたわら国内外で精力的に演奏活動にとり組みました。

虚弱体質の反動から生涯にわたり健康を気にしすぎる気味がありました。

皮肉なことに唇への虫刺されが炎症を起こし。
膿瘍による敗血症がもとでモスクワで1915年に
急逝致しました。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンの
後世への影響

スクリャービンは。
《法悦の詩》において調性音楽から離脱致しました。

これはドビュッシーが《前奏曲集 第1巻》において
フランス印象主義音楽の音楽語法を完成させ。

またシェーンベルクが《弦楽四重奏曲 第2番》に
おいてドイツ表現主義音楽の開拓に突入したのと
ほぼ同時期のことであったのです。

この点をもってスクリャービンは。
現代音楽の先駆者の一人と認められています。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンは。

永らくスクリャービンは一過性の存在であると考えられて
いました。
そして音楽史上には。
何ら影響を与えなかったと看做されてきました。

初期において濃厚な影響を受けた
ストラヴィンスキーでさえ。
後にスクリャービンを「単なる妄想狂」と切り捨てています。

++++++++++++++++++++++

しかしながら現在では。
スクリャービンの影響がロシアやソ連の国境をはるかに越え。
国際的な広がりを持っていることが。
近年になって明らかにされてきました。

スクリャービンの支持者は。
フェルッチョ・ブゾーニやアルバン・ベルクがいます。

信奉者はカロル・シマノフスキや
山田耕筰、チャールズ・グリフス、
ルース・クロフォード=シーガーなどがいます。

スイス時代のスクリャービンにピアノを学んだカナダ人女性は、
シカゴで音楽教師として立ち、
結果的にジャズ・ピアニストの育成に貢献したとされました。

++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービンの。
スクリャービンの音楽美学は。

ロシア・アヴァンギャルドを含む
次世代のロシアの作曲家たちに強い影響を与えました。

比較的スクリャービンに近い作曲家は
ニコライ・オブーホフであり。
独自の記譜法と。
クロワ・ソノールと呼ばれる十字架の形をした
楽器の開発で知られています。


++++++++++++++++++++++

アレクサンドル・ニコラエヴィチ・スクリャービン。

イワン・ヴィシネグラツキーもスクリャービンの
模倣から出発したものの。
やがて微分音を含む一オクターブ内に
十数個の音から成る和音の共鳴に惹かれていき。
オブーホフ同様に新しい楽器の開発にたずさわりました。

しかしながら、調性を超えた音楽の先に神秘的な力を視るという
イメージは、明らかにスクリャービンの規範なしにはありえなかった
といってよいでしょう。

ちなみにオブーホフはラヴェルに愛され、
ヴィシネグラツキーはメシアンから敬慕の念を受けていました。

オブーホフの長々と宗教的な題名をつける傾向は。
メシアンの場合と共通点が認められます。

++++++++++++++++++++++






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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 07:26| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月05日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月5日(月曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月5日(月曜日)



平成21年です。

「1月」「新年」「初春」です。

きょうから診療開始です。

平成21年です。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
きゅうにさむくなりました
とてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「1月」です。




そろそろ とぼとぼと。

深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおりや。
「あきらかなる」「初冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「1月」の「冬」の気配が。
手応えつよく。
いてつくようなさむさで。
「木枯らし」におわれながら。
ただよいはじめています。




「初春」の「冬」へとかわり
深まる「かおり」。

この
「新年」の「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。
毎年ちがいます。

「冬のかおりの変化(へんげ)」は。
「毎年」新しい。
「うれしい新品のかおり」
がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。
冬の季節風から。
「新たなる新品のかおり」の「冬」
を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました。
「初春」「新年」。








暗い早朝に。
「秋には」
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼつにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はもう聞こえません。
「初春」の。「1月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。



「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「1月」の「初春」には。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の始まり」までの準備をすませて。

これからの。
「新年」の「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝はとても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「初春」「新年」。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらにうつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「1月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「冬」の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬さんしょう木
冬萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬みどり葉わか葉いずる花のごと
冬夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬なりてたゆまずとまらず
冬冬あゆみそだちて
冬幹は天たかくそだちたり
冬いざいまこそは
冬空(そら)にもえたたむ
秋冬金色(こがね)の炎
秋冬さんしょう木秋冬


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「冬」なのです。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------

平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。







「今日は何の日」は。

群論に関する基礎的研究と。
影響力のある著書
"Cours d'analyse"の二つによって極めて有名
なフランスの数学者。

1838年 - カミーユ・ジョルダン、数学者(+ 1922年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

カミーユ・ジョルダン
(Marie Ennemond Camille Jordan、
1838年1月5日 - 1922年1月22日)は
フランスの数学者です。

群論に関する基礎的研究と。
影響力のある著書"Cours d'analyse"
の二つによって極めて有名です。

++++++++++++++++++++++

カミーユ・ジョルダン:
Marie Ennemond Camille Jordanは。

彼はリヨンで生まれました。
エコール・ポリテクニークで教育を受けました(1855年入学)。

彼はその後、職業的な技術者になりました。

エコール・ポリテクニークで教鞭をとりました。

そしてコレージュ・ド・フランスでリウヴィルの跡を継ぎ。
そこで彼は「奇抜な成績評価法」によって好評を博しました。

++++++++++++++++++++++

カミーユ・ジョルダン:
Marie Ennemond Camille Jordan

今日彼の名は以下に挙げる
基礎的研究の成果よって評価が高いものです。

-------------------------------

1・
ジョルダン曲線定理 -
複素解析から要請されるトポロジー的結果です。

2・
ジョルダン標準形 -

しばしば ガウス=ジョルダンの消去法の
ヴィルヘム・ヨルダン
(Wilhelm Jordan, 1842-1899)によるものと混同されます。

3・
ジョルダン=ヘルダーの公式
(fr:theoreme de Jordan-Holder/en:Jordan-Holder theorem) -
組成列における基本的な公式です。

-------------------------------

++++++++++++++++++++++

カミーユ・ジョルダン:
Marie Ennemond Camille Jordanは。

実際にジョルダンによる業績は。
ガロア理論に大きな影響を与えました。

彼はまたマシュー群
(fr:Groupe de Mathieu/en:Mathieu groupe) や。
有限単純群の分類
(fr:Groupe sporadique/en:Classification of finite simple groups)
の最初の例についても研究致しました。

群の順列に関する著書
"Traite de substitutions"は1870年に刊行されました。

カミーユ・ジョルダン:
Marie Ennemond Camille Jordan
は。
1919年にロンドン王立協会の外国人会員になりました。

++++++++++++++++++++++




「続きを読む」=>



今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:10| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月4日(日曜日)







「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月4日(日曜日)



みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひとびと。すべとのことがらが。

しあわせになられ。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように。






新年」になりました。平成21年です。

今日は(日曜日)ですが。

明日から平成21年度の診療開始です。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くのそのむかし晩秋のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色の
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」の季節になりました。




山本クリニックの庭園には。
「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみると。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるに。

花咲き朝ちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「真冬」も日々に。

開花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさんできる確率は高くなる」
はずなのです。
不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがされば。
年が改まれば。
今度はいよいよ。

「冬」「初春」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節になりました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは
「みかんの木」の「丸いみかん」の
「ぶどう」のような丸い群れ。
お互いに「植物語」で話しをしているようです。




私は山茶花(さざんか)よりも
「やぶつばき」のほうずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「1月」
本物の「冬」になりました。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。





きょうは。
とても寒い。
「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は木にとまって
一晩をすごすようにすらみえます。
「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。

最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。

「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。


夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」「新年」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
「合唱」から「独唱」になりました。
「ろうろう」と鳴いていました。
そしていまは「こおろぎ」は
もうとっくにきこえないです。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。
「初冬」の「ふうりん」のごとし。
あれ沢山の「ふうりん」かな。
「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。
さびさびと「さむい音」です。
「こうこう」
わびわびと「たき火のこいしくなる音」です。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
何かを考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「初冬」の気配
もあるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭はっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「1月」になりました。
今年も平成21年がはじまりました。
「初春」「新年」。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「中秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「秋のわかば」の「めばえ」がみえます。









そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地になります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」のようです。
「葉の去った枝」にはもう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「中冬」です。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年と毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてが黄金色」に
かがやき。
朝陽をしっかりと。
「絵になるように」受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう

「ざっくり感(ざっくりかん)」


のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





-------------------------------

大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なりけり

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなりけり

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬ミルクをそそそいだ空(そら)
冬トルコいしのプリンの空(そら)
冬はるかにとほくたかい空(そら)
冬ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬プリンの上のクリームのような空(そら)
冬睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬そのまたむこうにももっと大きな空(そら)




春のうららのこもれびに
緑木いらかをかぜはやみ
青風ひるむやうつろひの
四季のつきひははやいくとせ

夏のうららのこもれびに
緑木いらかのつねなりて
赤き空(そら)にて炎えたたむ
四季のつきひははやいくとせ

秋のうららのこもれびに
緑木いらかにかぜさやか
秋風かたれるやすらきの
四季のつきひははやいくとせ

冬のうららのこもれびに
緑木いらかにかぜつよし
冬風弓(ゆみ)射る木枯らしに
四季のつきひははやいくとせ







冬椎木(しいのき)は枝高し
冬そらに吼える若葉の穂束
冬そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬天にも地にもみどりはさける
冬のあさふかまりて
冬陽の光ゆたかなりけり
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬いふこともなし
冬ゆたかなるかな秋冬






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




-------------------------------


平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

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★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。


患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。






「今日は何の日」は。


チェコの作曲家・ヴァイオリニストとして
極めて有名ですが。
チエコの民俗音楽旋律は用いない点。
同郷の作曲家とは非常に異なっている。
チエコの作曲家で「ヴアイオリニスト」。

また「全く同名の孫」は。
世界的なヴァイオリニストの一人です。

日本ではヨゼフ・スークの名で親しまれています。

知る人ぞ少ないですが。

近代オリンピックで

「芸術競技」というものがあった時代が

ありました。

1932年 ロサンゼルスオリンピックにて。

「音楽全般」部門で金メダルを獲得した

チエコの作曲家「ヴアイオリニスト」。


1898年に師匠のドヴォルザークの娘オチルカと結婚した
作曲家・「ヴアイオリニスト」。

1874年 - ヨセフ・スク、作曲家(+ 1935年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ヨセフ・スク(Josef Suk,
1874年1月4日 - 1935年5月29日) は。
チェコの作曲家・ヴァイオリニストです。


同名の孫は世界的なヴァイオリニストの一人です。
日本ではヨゼフ・スークの名で親しまれています。


++++++++++++++++++++++

ヨセフ・スク:Josef Sukは。

チエコのクレチョヴィーチェに生まれました。

1885年から1892年までプラハ音楽院で
ドヴォルザークに学びました。
(1898年にドヴォルザークの娘オチルカと結婚致しました)。

同級生と共にチェコ四重奏団を結成して。
第2ヴァイオリン奏者を勤めました。

1922年から母校プラハ音楽院で教鞭を執ました。

ボフスラフ・マルティヌーらを指導致しました。
ベネショフにて逝去致しました。

++++++++++++++++++++++

ヨセフ・スク:Josef Sukの。

スクの初期作品は。
ドヴォルザークとブラームスの影響を示しています。

その半面、のちの作品では拡張された和声と用いて。
より個性的で複雑な様式を生み出しています。

成熟期の管弦楽曲は。
マーラーやリヒャルト・シュトラウス
からの影響を示唆しています。

++++++++++++++++++++++

ヨセフ・スク:Josef Sukは。

多くの同郷人とは非常に異なった点がありました。
チェコの民族音楽はめったに使わなかったのです。

第一次世界大戦に前後して。

教育活動に忙殺されるようになると創作のペースが落ちました。

半音階的な書法が複雑になり全体として晦渋な響きになっています。

++++++++++++++++++++++

ヨセフ・スク:Josef Sukは。

近代オリンピックで「芸術競技」というものがあった時代が
ありました。

1932年 ロサンゼルスオリンピックにて。
「音楽全般」部門で金メダルを獲得しています。

++++++++++++++++++++++



「続きを読む」=>




今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・










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posted by clinicayamamoto at 08:42| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月3日(土曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月3日(土曜日)


みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひとびと。すべとのことがらが。

しあわせになられ。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように



あけましておめでとうございます。
「新年」も「3日」たちました。




-------------------------------
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




今は「新年」の「1月」です。
「初春」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
今は「冬」です。

昨年の「12月」が終わりました。


今は「新年」。「初春」です。
「新年」をむかえても。

これからいよいよに。
もっと深くふかまる「冬」。
ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」です。

「冬」。
「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」を。
むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。

自在に「かんがえる」。
「自然」の「時の流れ」は。
真(まこと)の幸せ者です。





「新年」の「初春」だけれども。

「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。
「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。
朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。
「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の「冬役者」かけあしの音がきこえます。

「冬将軍」
とはだれのつくった「ことば」か。
すごい言葉と感嘆致します。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

-------------------------------

『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)がゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版した『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


-------------------------------




「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのか。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。
面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょうか。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


-------------------------------




常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。
<





冬野路はた見たりビロードのしだ
冬わらべのごときビロードのしだ
冬わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬山奥にひそむビロードのしだ
冬しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬山奥のしだのビロードのしだ
冬「まち」にもいきるビロードのしだ
冬けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬生い立ちしらずビロードのしだ
冬されどそのちからこそとほとしビロードのしだ




冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」の気配がうつろいて。
うつります。


冬まちなみ蒼く(あおく)
冬いろどりて
冬木々の榛葉のかがやけり
冬暑さの夏秋をうつろひて
冬ふかまるみどりの冬木なり
冬しずまるみどりの冬木なり
冬みのりの冬こそありがたし
冬みのりの冬こそこひしかり
冬虫なきてささやけり
冬木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年2月23日(火曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝



「今日は何の日」は。

ドイツ画団の「青騎士」
(デア・ブラウエ・ライター/Der Blaue Reiter)
の「ひとり」。

27歳の若さで戦死したため。
その活動期間は数年間にすぎなかったドイツの画家。

チュニジア旅行で多くの水彩画を残して。
水彩画家としても高く評価されているドイツの画家。

私の「大好き」なドイツの画家。

1887年 - アウグスト・マッケ、画家(+ 1914年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ
(August Macke,
1887年1月3日 - 1914年9月26日)は
20世紀初頭に活動したドイツの画家です。

1910年代にカンディンスキー、マルクらとともに。
当時の前衛美術運動であった「青騎士」のグループ
に参加し活動致します。

マッケは27歳の若さで戦死したため。
その活動期間は数年間にすぎなかったのです。

単純化された形態と。
幻想的な色彩を特色とする彼の絵画は。

表現主義とも抽象絵画とも一線を画した
独自の様式を築き上げました。

東山魁夷画伯の絵画と共通点があります。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Mackeの
修業期〜「青騎士」

マッケは1887年にドイツ北西部の
ノルトライン=ヴェストファーレン州
メシェーデで生まれました。

1904年から2年ほど。
同州の州都であるデュッセルドルフの
美術アカデミーに学びました。

この頃の作品としては
1906年作の『自画像』などが残っています。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Macke

1907年には美術コレクターの
ベルンハルト・ケーラーの経済的援助を得て。
パリに滞在致します。

後にマッケの妻となったエリザベートは。
このケーラーの姪(めい)でした。

パリでは特にセザンヌの作品に触れ影響を受けました。

パリ滞在の後、ベルリンに移り。
ドイツ印象派の画家である
ロヴィス・コリント(1858 - 1925)のアトリエに
数か月間通いました。

コリントは。
ドイツ印象派の代表的画家であるとともに
表現主義的傾向の強い画家として有名です。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Mackeは。

初期には印象派やセザンヌの影響から模索のうちに
スタートした
マッケの絵画が転機を迎えるのは。

1910年、「青騎士」の主要メンバーの一人である
フランツ・マルクに出会った頃からです。

++++++++++++++++++++++

ドイツの画家集団である
「青騎士」(デア・ブラウエ・ライター/Der Blaue Reiter)は。

ロシア出身の画家で抽象絵画の創始者の一人である
ワシリー・カンディンスキーと。
ミュンヘン出身のフランツ・マルクを中心に。

ミュンヘンで活動した前衛画家のグループです。

グループの活動自体は、1911年と1912年の
2回のグループ展の開催と。

年刊機関誌『青騎士』の刊行
(結局1回しか刊行されなかった)
を行った後第一次世界大戦の勃発を受けて
短命なものに終わりました。

しかしながら
ドイツの画家集団である
「青騎士」(デア・ブラウエ・ライター/Der Blaue Reiter)は。
20世紀美術のその後の動向に。
大きな影響を与えた運動として重要視されています。

++++++++++++++++++++++

「青騎士」(デア・ブラウエ・ライター/Der Blaue Reiter)
「青騎士」の2回のグループ展の参加者の顔ぶれを見ると。

ドイツ表現派の代表的画家であるキルヒナーのほか。
20世紀絵画に特異な位置を占めるクレー、ドローネー、
フォーヴィスムのドランとヴラマンク、
キュビスムのピカソなど多彩な画家が参加しています。

そこには共通した画風や傾向は見られません。

むしろ。
適切な事例が思い浮かばないのですが。
当時の前衛美術のさまざまな傾向を集めた観があります。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Mackeは。

マッケは1910年ミュンヘンで
初個展を開催中であったマルクに会いました。

翌年にはマルクの住んでいたジンデルスドルフに滞在しています。

また。
1911年から翌年にかけてクレーやドローネーと知り合っています。

マッケはこれらの画家たちから影響を受けました。

中でもドローネーの色彩の影響が強く感じられます。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Mackeは。
マッケは上記2回の「青騎士」展(1911・1912年)
に参加するとともに。

1912年5月のゾンダーブント展(ケルンで開催された現代美術展)。
同年3月のベルリン新分離派展、
1913年9月のドイツ秋季サロン展(ベルリン)
などの重要な展覧会に相次いで出品しています。


++++++++++++++++++++++
アウグスト・マッケ:August Macke

チュニジア旅行〜

1913年秋から翌年にかけては
スイスの景勝地トゥーン湖畔に滞在して制作致します。
湖の風景や湖畔を散策する人々を題材とした作品が残っています。

没年となる1914年の4月には。
クレー、ルイ・モワイエ
(スイス出身の画家で、クレーをマッケに紹介した)
とともにアフリカの地中海岸にあるチュニジアへ旅行しています。

この旅行は
チュニス、ハマメット、カイルアンなどの都市をめぐる。
わずか2週間ほどの滞在でしたが。

チュニジアの風景と鮮烈な色彩は。
画家たちに強い衝撃を与えました。

マッケはこの旅行中に彼の代表作に数えられる
数十点の水彩画を残しています。こ

の旅行は同行したクレーにとっても。
画風の転換をうながす重要なもの
となりました。
++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Macke
早すぎた晩年


このチュニジア旅行から帰ったマッケは
新たな画風を模索していました。
けれども彼に残された時間はあまり多くなかったのです。

1914年8月、第一次大戦が勃発。
この大戦でフランツ・マルクを含む
多くの芸術家も犠牲になりました。
アウグスト・マッケ:August Mackeも「その一人」
となりかえらぬ人となりました。

マッケは1914年9月26日戦死。27歳の若さでした

++++++++++++++++++++++


作風

マッケは「青騎士」のメンバーであったことから。
いきおいドイツ表現主義に分類されることも多いのです。

けれども。
その絵画には他の表現主義の画家に見られるような
政治的・思想的な主張や生の感情をぶつけたような
色彩感覚は見られません。

彼の絵画はむしろ。
キュビスムやドローネーから強く影響を受けています。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Mackeの。
セザンヌやキュビスムの影響を受けた理知的な画面構成。

単純化された形態。

そしてドローネーの影響を受けた
鮮烈な色彩にその特色があります。

マッケの作品のうち純粋な抽象絵画は
実験的に制作した数点を見るのみです。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Mackeは。

基本的には具象画家であり。

戸外を散策する人物などの日常的な題材を好んで取り上げました。

人物や樹木などの形態は単純化されているとはいえ。
キュビスムの形態ほどには解体されておらず。
現実感を保っています。

一方では。
独特の色使いは自然の色彩の再現から離れ。
絵画独自の表現を追求したものと言えます。

マッケは1914年(没年)のチュニジア旅行で
多くの水彩画を残し水彩画家としても高く評価されています。

++++++++++++++++++++++

アウグスト・マッケ:August Macke

代表作
妻の肖像 1909 ミュンスター、ヴェストファーレン州立美術館
青い湖のほとりの人々 1913 カールスルーエ市立美術館
緑の上着の婦人 1913 ケルン、ヴァルラフ=リヒャルツ美術館
帽子屋の前で(赤い服の婦人と子供) 1913 個人蔵
牛とラクダのいる風景 1914 チューリヒ美術館

++++++++++++++++++++++





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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年01月02日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年1月2日(金曜日)





東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年1月2日(金曜日)



みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひとびと。すべとのことがらが。

しあわせになられ。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように。





あけましておめでとうございます。
1月も「2日」たちました。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。





新年平成21年になりました。
「新年」「初春」です。

昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」も「31日」がおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかなとおもったら。
12月31日になり。

音をたてるかたてないか。
あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。



天には「新年」と「初春」の
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。



そして「新年」「初春」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪のふる冬にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。
花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「新年」のしずかなる。
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「新年」「初春」の。
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の「木枯らし」もなにやら静かです。




新年の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみです。


昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「新年」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「新年」の。
空の色も。
まさしくも
「冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわり。
これから次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「新年」。
「中冬」です。
まだこれから「深い「冬」」ですが。
「新年」からは。
「春」にむかいます。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」「新年」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側にむかう
気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。






冬池面(いけも)の水面(みずも)
冬おさなき小さなわかみどり
冬なもしらぬ
冬小さな緑の浮き草
冬若草うきつあつまりて
冬つらなり水面(みずも)
冬水面(みずも)をおおいたり
冬水面(みずおも)にて
冬風にきそいてさまよえり
冬ちひさきわらべのごとし
冬池面の水面(みずおも)の。
冬小さきちひさなわかみどり


冬いざいまこそは
冬よき季節にあらむ
冬水面(みずも)なるそら
冬ふと空をみる







冬早朝(はやあさ)に
冬けふもはだのさむけれど
冬ぬくもりのあさ
冬陽のありがたき
冬われあゆむがごと
冬陽はあたかくなりけり
冬葉木は冬木にかわりたり
冬みちをあかるくてらさむ
冬がいだく木
冬はぐくむ木
冬みどり木あおし
冬実りの木紅し(あかし)
冬来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。






たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実
蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬地にも木にも
冬みどり葉ひらき
冬みどり木ときわ木
冬ひろがりて
冬いふことのなし
冬いふことがなし
冬いふことはなし
冬ゆたかなりけり冬




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝です。




「今日は何の日」は。

ロシアの作曲家ではあるが。
作品よりも、おそらく「ロシア五人組」の
「統率者」として極めて有名で
あるロシアの作曲家。

また「作曲家」としては極めて異例」
ではあるが「一度も正規の音楽家」からは
教育をうけてはいない。

唯一ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
の「伝記作家」から「情報」を得て。
作曲家となった。

「ロシアのやせた音楽土壌」を物語る
作曲家。

けれども
代表作のピアノ曲「イスラメイ」は難曲として有名
である作曲家。

1837年 - ミリイ・バラキレフ、作曲家(+ 1910年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ
(Mily Alekseyevich Balakirev,
Милий Алексеевич Балакирев,
1837年1月2日 - 1910年5月29日)はロシアの作曲家です。

作品よりも。
おそらく「ロシア五人組」の統率者として極めて有名です。

ニジニー・ノヴゴロド出身です。

++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev
は。


少年時代にロシアにおける
モーツァルトの伝記作家ウーリビチョフからさまざまな
有益な音楽教育を受けました。

重要なことは「モーツァルトの伝記作家ウーリビチョフ」
は「作家」であり「音楽家」ではありません。

「作家」から「音楽教育」というより「情報教育」を
うけねばならないほど。
ロシアの「音楽土壤」は「やせたものでした」。


++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev
は。

18歳でサンクトペテルブルクに上京致しました。
大学で数学を専攻した後。
ミハイル・グリンカの面識を得ました。

バラキレフを中心にツェーザリ・キュイらが集まって、
1862年に無料音楽学校が設立されました。

1869年にバラキレフは、帝室宮廷礼拝堂の監督と。
帝国音楽協会の指揮者に任命されました。

++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev
は。
モーツァルトの伝記作家ウーリビチョフからさまざまな
有益な音楽教育を受けた「知識背景」を土壤に。

指導者やロシア音楽のまとめ役としての発言力から。
新たな運動の発起人という役割を得ました。

「五人組」ばかりでなく。
チャイコフスキーもいくつかの
標題音楽や交響曲《マンフレッド》の作曲に。
バラキレフの助言や批評を仰いでいます。

++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev
作品

一時的に音楽界から身を退いていたこともありました。
残された作品はあまり多くはありません。

ロシア民謡の要素に基づき作品は親しみやすいものです。

代表作のピアノ曲「イスラメイ」は難曲として有名です。

それ以外のピアノ曲は。
理想として思い描いていたショパンやシューマン、リストの
影響を鮮明に示しています。
けれども「作曲技法」は非常に変わっていると
思います。

++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev

2曲の交響曲を残しています。

さまざまな音楽理論や。
ドイツ・ロマン派音楽に精通していたことが。
かえって自発的な創造力を阻害致しました。

「五人組」の指導者でありながら
同人のうち最も遅筆でした。

最初の交響曲は完成まで33年の歳月を要しました。

作曲の中断や改作も頻繁に繰り返されました。

++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev

世俗曲と同様に作品数は限られています。
無伴奏(正教会の聖歌は無伴奏声楽が原則である)の
正教会聖歌も作曲しています。

近年、「ケーネマン出版社」(総代理店はMELBAY)
から出版されたバラキレフピアノ作品全集(全5巻)は。

内容の良さと破格の安価であったことから予想外の注文が殺到し、
一時期入手不可能になるほどのベストセラーとなりました。

2004年現在はMELBAYのWEBサイトから入手可能です。

++++++++++++++++++++++

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフ:
Mily Alekseyevich Balakirev
は。
他の「五人組」の同人と同じように。

サンクトペテルブルクのアレクサンドル・ネフスキー大修道院の
チフヴィン墓地に埋葬されています。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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2009年01月01日

平成21年1月1日(木曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年01月01日(木曜日)





みなさま。

あけましておめでとうございます。

ことしもすべてのひと。すべとのことがらが。

しあわせになり。しあわせにはこび。

しあわせを達成できますように。






★★★


東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
8月。
8月の夏はすぎ。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればす。

冬になる。雪国の冬になる。
冬至をすぐれば「陽」は日々たかくなり。
サ来年の「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

また「年もあらたまり」。
「春」そして「夏」に向かいます。






今現在は「冬の真っ最中」です。
けれども「昨年」12月の冬至が
おわりました。
陽は日々たかくなっているのです。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes, can spring be far behind? )










「秋」から「冬」への移り変わりは

「かけあし」
のようでした。

「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。ゆっくりとあるいてきます。
「春」をまつのであれば。
「春」のゆっくりと歩いてくるのをまたねば
なりません。


「初春」「新年」。平成21年になりました。

去年はおわりました。。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれません。
「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。



今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:30amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯は。
「よくえがかけたものです」。




この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげでしょう。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
「ごほうび」であるのでしょう。
そして「太陽のひかりのひざし」は
「いのちのめぐみ」です。

ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。




はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば
去年も「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」です。





病院の庭園に「何本」ある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

たんぽぽ

のように
枝にみのらせています。
まだ「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の緋色毛氈(ひいろもうせん)
のように落下致します。
くれないとしろ色の積雪のようです。


山茶花(さざんか)「やぶつばき」の花を放ち。
ひろって。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが

致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。
みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や椿は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。

山茶花(さざんか)と「やぶつばき」
の「人生」の「解答」があるような
気が致します。







ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。



古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。




ツタンカーメン王のまだ幼な子王妃が
「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。
この「花」は。
「野菊」です。
けれども「野菊」は香りません





毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
「寒さにおびえる」ひとの気配を思い出しました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて
24歳にして世を去った「樋口一葉」。

樋口一葉の
「わかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと



庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり



世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」が。
かなしさの「おもかげ」と。
すばらしいお若い「御婦人」の「知」が。
「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。


けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣です。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

季節には「大気の音」があるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。



「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。

「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。







この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です。



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。






今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。


「幸せ色」=「しあわせいろ」
ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬やま中さまよいて
冬やま中をわけいらば
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬やま中みつけたりやまの秋の華。
冬やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬やま中大樹の根元に隠れたり
冬山はぜの葉木。
冬やま中やまうるしの葉木。
冬やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬こす「はだか木」。
冬こす元気な木。たくましき木。


冬山萩(やまはぎ)の
冬花をかくして燃えたたむ
冬に実りの祭りなり
冬山はぜの葉炎
冬天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ










ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐ「小さい春」がみつかるでしょう。








私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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++++++++++++++++++++++

東京都世田谷区山本クリニックは
平成20年12月30日(火曜日)
まで診療を行います。
来年は。
平成21年1月5日(月曜日)から
診療を行います。

冬季休診は12月31日(火曜日)から
平成21年1月4日(日曜日)までです。

+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++











★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


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「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。






「今日は何の日」
は。

「御婦人」の「チエンバリスト」

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮による
最初のブランデンブルグ協奏曲全曲集で
全曲チェンバロを担当したことは大変な偉業
で知られる「チエンバリスト」。

夫は
哲学者として高名なゲオルク・ピヒトであり。

この「チエンバリスト」御本人は。
日本好きで度々来日致し。
草津国際音楽アカデミー&フェスティバルには
毎年参加する
「チエンバリスト」。
チェンバロは、
フレンチ・ニコラとフランソワ・ブランシェによる
1730年頃制作の楽器の
ウィリアム・ダウドによる復元品の名器を。
もたれて弾かれていた「チエンバリスト」。




1914年 - エディット・ピヒト=アクセンフェルト、
チェンバロ奏者(+ 2001年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト
(Edith Picht-Axenfeld、
1914年1月1日 フライブルク – 2001年4月19日
ヒンターツァルテン)は
ドイツのチェンバロ奏者・ピアニストです。

特にヨハン・ゼバスティアン・バッハの
演奏には定評がありましたた。

++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
は。

哲学者のゲオルク・ピヒトの妻でもありました。

++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
は。

ドイツフライブルク市で。
フライブルク大学教授の
眼科医テオドール・アクセンフェルトの
子として生まれました。

5歳でピアノを始め、音楽学校を卒業後。

ピアノをルドルフ・ゼルキンに。

オルガンを
ヴォルフガング・アウラー、
アルベルト・シュバイツァーに
師事致しました。

++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
は。

1935年、ベルリンでデビュー致しました。

1937年に第3回ショパン国際ピアノコンクールで
特別賞(ショパン賞)を受賞致しました。

1947年から1980年まで。
フライブルグ国立音楽学校で教授を務めました
(ピアノと初期鍵盤音楽を担当)。

++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
は。

その後欧米各国やアジアで広い演奏活動を展開致しました。

また日本好きでいらっしゃり。
度々来日されました。

草津国際音楽アカデミー&フェスティバルには
毎年参加されています。

東久留米市の
「聖グレゴリオの家」などで演奏会もひらかれて
います。

弟子に井上直幸らがいます。

++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
は。
2001年、フライブルク近郊の自宅で心不全のため
87歳で死去致しました。


++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
の。

チェンバロは、
フレンチ・ニコラとフランソワ・ブランシェによる
1730年頃制作の楽器の。

ウィリアム・ダウドによる復元品を使っていました。
大変な名器です。

++++++++++++++++++++++

エディット・ピヒト=アクセンフェルト:
Edith Picht-Axenfeld
の録音

古くはドイツ・グラモフォン。

晩年では日本のマイナー・レーベルである
カメラータ・トウキョウに多数の録音を残しています。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮による
最初のブランデンブルグ協奏曲全曲集で
全曲チェンバロを担当した偉業は。

残念なことにあまり知られていません。

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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 07:32| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする