2009年02月28日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月28日(土曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月28日(土曜日)




最後の「冬月」の「2月」も。

「28日」たちました。


最後の「冬」月の「2月」

はおわり。

そしてあしたからは「春」。

「3月」です。

「春」の「3月」になります。

「春」がきた。

「春」がきた。どこにきた。





-------------------------------
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




「新年」の「1月」がおわりました。
そして。
いよいよ「晩冬」の「2月」がおわり。
「春」になりました。
「3月」です。
「春」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。

「新年」の「初春」になりました。
「1月」がすぎ。
「初春」の「2月」
もう「3月」です。


「春」になったけれども。

けれども
これからまだなお。
深く。
いすわる「冬のかおり」。

ふかまる「冬」をすぎて。
今は。雪国の「春」。
あともう少しで。
雪国の「春」を過ぎれば。

そこは。

「里山」の「春」



雪国の「冬」から


「春」。

「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」をこえて。

「春」を。


むかえようとしています。

雪国の「春」を過ぎれば。

そこは。

「里山」の「春」




「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。
「冬」がすぎたら。
そうしたら「春」をむかえよう。

自在に「かんがえてながれてゆく」。

「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せ者の「しらべ」です。






「新年」の「初春」だけれども。

「1月」は去り「2月」。
「2月」は去り「3月」。


「ひたひた」とさらに深まりゆき。

とおりすぎていった「冬」。

「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。

朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。

「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。

「冬役者」かけあしの怒涛のような。

音がときどききこえます。

けれども。


白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい

「春」の「さほ姫」*


は「冬将軍」をいなして。

間近に「春」を導いてきたことがわかります。


「佐保姫(さほひめ)」は春の神です。

五行説では春は東の方角にあたります。
平城京の東に佐保山があるために。
春の神は佐保姫と呼ぶようになりました。

白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい女性です。
竜田山の神で秋の竜田姫と対を成すことになります。



「冬将軍」

とはだれのつくった「ことば」か。

すごい言葉と感嘆致します。




ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。

ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

-------------------------------

『魔王』はデンマークで生まれた

「比較的新しい伝承」
であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味では
「アイルランドのバンシー」
に似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては
妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


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「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「春吹雪:はるふぶき」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「春吹雪:はるふぶき」
は相性が。よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に「春吹雪:はるふぶき」の。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「春吹雪:はるふぶき」の叫び声にかわりました。

そして「春」。

「佐保姫(さほひめ)」のワルツ

が聞こえます。
「春吹雪:はるふぶき」。
「「春」いちばん」。




今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「「春」の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「春吹雪:はるふぶき」と。
「霜柱の音」だけになりました。

「春吹雪:はるふぶき」は。
早朝暗いうちにふくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」なのです。

面白いが「おそろしい」情景であるような気も致します。
もう少し寒ければ。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「「春」の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして「春吹雪:はるふぶき」
の風音がくわわっていきます。

その「春吹雪:はるふぶき」の音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「はるのはるかぜ」のこえは。
暗闇の「はるの足音」のように聞こえる。
あかるい「春」の日に。
「陽射しの降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
「春」のあさの「あしおと」と「さむさ」のさるあしおとの。
そして「春」のあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
「春吹雪:はるふぶき」はトッカータ。
「はるいちばん」は「フーガ」と「カノン」。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


-------------------------------




常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。
「春」をむかえます。



「新年」
「春」の夜明(よあけ)の空から。
「春」の陽がのぼり。
「春」の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く「春」の雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
さやかににあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






春野路はた見たりビロードのしだ
春わらべのごときビロードのしだ
春わらびのごとく輝けりビロードのしだ
春山奥にひそむビロードのしだ
春しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
春めずらしき羊歯ビロードのしだ
春ときわの緑のほのほビロードのしだ
春山奥のしだのビロードのしだ
春「まち」にもいきるビロードのしだ
春けなげなりもあはれなりビロードのしだ
春生い立ちしらずビロードのしだ
春されどそのちからこそとほとしビロードのしだ





「春」きたれり。


「春」いざいまこそは

「春」よき季節にあらむ


「春」ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は長くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「「春」の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらに「春」」
の気配がうつろいて。
うつります。

そして春の「佐保姫(さほひめ)」
が微笑みをうかべみつめています。




春まちなみ蒼く(あおく)
春いろどりて
春木々の榛葉のかがやけり
春暑さの夏秋をうつろひて
春ふかまるみどりの冬木なり
春しずまるみどりの冬木なり
春みのりの冬こそありがたし
春みのりの冬こそこひしかり
春虫なきてささやけり
春木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------











★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝





「今日は何の日」は。
「脱構築主義建築」の旗手と
みなされるようになり。

建築界のノーベル賞と呼ばれる
プリツカー賞、高松宮殿下記念世界文化賞を含む
高い評価を受ける作品を数多く発表した
天才建築家。

1929年 - フランク・ゲーリー、建築家
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー
(Frank Owen Gehry,
1929年2月28日 - ) は。
アメリカ合衆国の建築家です。

カナダトロント出身。
現在コロンビア大学建築大学院教授。
イェール大学でも教鞭を執っています。

++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー:
Frank Owen Gehry
は。

少年時代は祖母と木くずを使い
「小さい町」を作り過ごしました。
貧しい家庭でした。

1947年に家族とロサンゼルスに移住。

ロサンゼルスシティカレッジの
夜間クラスに通い。

1954年に南カリフォルニア大学より
建築学士号を取得致しました。


その後陸軍に従事し。
ハーバード大学で都市計画を1年間学びました。

++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー:Frank Owen Gehry


1961年に妻と幼い2人の娘と共にパリへ移るります。

そこで建築家の
アンドレ・ルモンデ(Andre Remondet)の下で働き。

週末にはシャルトル大聖堂や
ロンシャン教会(Notre Dame du Haut, Ronchamp)
などの建築のメッカで過ごしました。

1962年にアメリカに戻り
1967年に他の若い建築家と事務所を設立致します。


++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー:
Frank Owen Gehry
は。

当初一般向け家具のデザインを手掛けていました。
価格をめぐり投資家と対立し成功には恵まれませんでした。

1978年より世間の注目を集めるきっかけになったのは。

皮肉にもサンタモニカにある
自宅の安価なリノベーションであったのです。

「ゲーリー自邸」です。

++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー:
Frank Owen Gehry
は。

その後「脱構築主義建築」の旗手とみなされるようになり。

建築界のノーベル賞と呼ばれる
プリツカー賞、高松宮殿下記念世界文化賞を含む
高い評価を受ける作品を数多く発表するようになりました。


++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー:Frank Owen Gehry
は。

彼はソフトウェア技術にも精通していました。

モデリングと構造解析を行う
航空力学・機械設計向けソフト
"CATIA" を建築に適用しつつ。

複雑な形態を構造的に解決しています。

同時にファサードに用いられるチタンパネルの
枚数など施工に必要な部材の
具体的な数値・量までもが割り出されます。

グッゲンハイム美術館などは。
その技術を駆使した設計の一例です。

++++++++++++++++++++++

フランク・オーウェン・ゲーリー:Frank Owen Gehry
は。

ゲーリーが設計に用いる技術をビジネス化するため。
2002年に Gehry Technologies 社が設立されました。

2007年6月2日より渋谷のBunkamuraル・シネマほかにて。

彼を題材にしたドキュメンタリー映画
スケッチ・オブ・フランク・ゲーリーが公開されました。

++++++++++++++++++++++

日本で唯一。

フランク・ゲーリーのデザインのものがある所は
が一箇所あります。

sno:la京都店です。

彼デザインの。
段ボールでできたイスやソファーがあります。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・









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posted by clinicayamamoto at 07:12| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月27日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月27日(金曜日)









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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月27日(金曜日)



「初春」「新年」の。
1月も「31日」がおわり。

最後の「冬」月の「2月」。
「2月」も「27日」たちました。

そしてあと「1日」で。
「春」=「3月」
になります。


もう「春」です。



★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。
「初春」「新年」の。
1月はおわりました。
「2月」も「20日」たちました。
「春」間近し。


昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。
そして「晩冬」の「2月」。

「春」「3月」まであと「1日」。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「春」と「春吹雪:はるふぶき」。
地には「霜の花」。


天には「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「初春」の。
「春」まちのこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪の「晩冬」にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「春」には。
白い山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに弓を射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は

「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまいから。

「初春」のしずかなるたたずまいに。

なりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。


「春吹雪:はるふぶき」「春」の気配は。
はっきりと。
街角の葉木にも感じられます。


木々の
「春吹雪:はるふぶき」もなにやら静かです。

「「春」一番」に変化していくのでしょう。




「3月」の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみばかりです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「初春」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「晩冬」の。
空の色も。
まさしくも
「晩冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。

「昨年」の「冬」
陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわりましたから。

もうすでに。
しだいに。
次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなっています。。

今は「初春」。
「3月」です。





もうすぐ「晩冬」の「2月」から。
「春」です。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側に。
「春」の気配のたぢつきたることが。
良くわかります。


いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。
そして
「雪国」をすぎれば。
「春の国」の「雪国」です。
です。

もう「春」です。







春池面(いけも)の水面(みずも)
春おさなき小さなわかみどり
春なもしらぬ
春小さな緑の浮き草
春若草うきつあつまりて
春つらなり水面(みずも)
春水面(みずも)をおおいたり
春水面(みずおも)にて
春風にきそいてさまよえり
春ちひさきわらべのごとし
春池面の水面(みずおも)の。
春小さきちひさなわかみどり


春いざいまこそは
春よき季節にあらむ
春水面(みずも)なるそら
春ふと空をみる







春早朝(はやあさ)に
春けふもはだのさむけれど
春ぬくもりのあさ
春陽のありがたき
春われあゆむがごと
春陽はあたかくなりけり
春葉木は冬木にかわりたり
春みちをあかるくてらさむ
春がいだく木
春はぐくむ木
春みどり木あおし
春実りの木紅し(あかし)
春来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんの「春」の実

蜜柑のいらかをかぜはやみ
はるかぜぜひるむや
春吹雪:はるふぶき
みかん実つきひ
はやいくとせ



春地にも木にも
春みどり葉ひらき
春みどり木ときわ木
春ひろがりて
春いふことのなし
春いふことがなし
春いふことはなし
春ゆたかなりけり春




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「「春」はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。

++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


感謝・感謝です。











「今日は何の日」は。

世界の「合衆国USA」の大文豪

1950年、聖書の物語と。
南北戦争から第一次大戦までの時代を背景に。
カリフォルニアの一家族の歴史を描いた
大作『エデンの東』を発表。

5年後この作品の映画化。

主演のジェームズ・ディーンの演技が話題を呼び
大ヒットを記録。

その後も意欲的な作品を書き続け。
1962年にはノーベル文学賞を受賞を受賞した
大文豪。

1902年 - ジョン・スタインベック、小説家(+ 1968年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック
(John Ernst Steinbeck
1902年2月27日-1968年12月20日)は。

アメリカのドイツ系小説家・劇作家・エッセイストです。


++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck

1902年カリフォルニア州サリナスで生まれました。
祖父は多くの農地を所持したドイツ系移民でした。

父はドイツ系二世の出納使でした。
母はアイルランド系の小学校の教師でした。

ちなみに、彼の名をドイツ式に読めば。
「ヨーン・エルンスト・シュタインベック」
となります。

++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck

経歴・生涯
1902年2月27日
カリフォルニア州モントレー郡サリナスに産まれました。

姉二人、妹一人の長男でした。
サリーナス高等学校卒業。

幼い頃からドストエフスキー『罪と罰』、
ミルトン『失楽園』、
マロリー『アーサー王の死』
などを読み耽る文学好きの少年でした。

学級委員も勤めていました。
高校卒業後一時砂糖工場で働きました。


++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck
は。
1920年、スタンフォード大学入学致しました。

1921年度は授業を全休し。

牧場や道路工事、砂糖工場などで
様々な労働を経験致しました。

この時の経験が。
のちの彼の作品の世界観に現れていったのです。

1925年、海洋生物学を学んだのち
スタンフォード大学を学位を取らずに退学致しました。

その後帰郷し3年間山小屋やマス孵化場などで働きながら
作品を書きます。

++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck
は。

1929年、『黄金の杯』で作家デビュー。
1930年、キャロル・ヘニングと結婚致しました。

1934年4月短編作品『殺人』が
O・ヘンリー賞を受賞致しました。

1935年1月、アムニージア・グラスコックの筆名で
「モントレー・ビーコン」誌に
詩八編を発表。

同年5月、作品『トーティーヤ大地』出版。

カリフォルニア・コモンウェルス・クラブか
ら金メダルを受賞致しました。


同作品の映画化権料を手に入れました。

1937年、『二十日鼠と人間』を発表。
1938年、『長い谷間』を発表致しました。

この頃から注目を集め始めました。

++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck
は。

1939年4月、大干ばつと耕作機械によって。
土地を奪われた農民たちのカリフォルニアへの旅を描いた
壮大な作品『怒りの葡萄』出版致しました。

作品は賛否両論を引き起こしました。

1940年、怒りの葡萄がピューリツァー賞、
全米図書賞を受賞致しました。

同作品はヘンリー・フォンダが主演を務め、
7万5000ドルの映画化権料で映画化され。
2つのオスカーを獲得致しました。

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeckは。
この作品で一躍その名声を不動のものと致しました。

++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck
は。
1942年3月、『月は沈みぬ』出版致しました。

独裁国に対するノルウェー市民の抵抗を書きました。
ノルウェー国王から勲章を授けられました。

ナチスに対抗するパリのレジスタンスから
1944年、『闇夜』の名前で刊行されました。

アメリカ空軍の依頼により。
アメリカ空軍の実体を国民に宣伝する
『爆弾投下』を発表致しました。

1942年、離婚。
1943年、女優グウィン・ヴァードンと結婚。

++++++++++++++++++++++


ジョン・アーンスト・スタインベック:J
ohn Ernst Steinbeck
は。

1950年、聖書の物語と。
南北戦争から第一次大戦までの時代を背景に。
カリフォルニアの一家族の歴史を描いた
大作『エデンの東』を発表致しました。

5年後この作品も映画化。

主演のジェームズ・ディーンの演技が話題を呼び
大ヒットを記録致しました。

その後も意欲的な作品を書き続けました。
1962年にはノーベル文学賞を受賞致しました。

++++++++++++++++++++++

ジョン・アーンスト・スタインベック:
John Ernst Steinbeck
は。

理由は定かではありませんが。
「合衆国USA」の。
国内の批評家からの評価は必ずしも芳しくありません。

晩年の生活は決してめぐまれたものではなかったのです。

1968年、ニューヨークで心臓発作をおこして死亡。
66歳没。

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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・









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posted by clinicayamamoto at 07:25| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月26日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月26日(木曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月26日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「1月」がもうとうにおわり。
最後の「冬月」「2月」になりました。
「26日目」です。

そして。

あと「2日」で本物の「春」。
「春」の「3月」
が「やってきます」。



今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





「春」になれば。

今年ももうすぐに春がきて。
「春」はふうせんのように
ひろがる季節。

ひなまつりがおわり。

たんぽぽが咲き。すみれが咲き。
おたまじゃくしが泳ぎ。
「春」は「川の水音」が「ながれ」
としてきこえるようになります。

春分の日もすぎれば。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になり秋の虫が鳴く。
そして9月がおわり。
中秋10月なり紅葉の季節。
そして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。



「はつはる」の「3月」は間近です。
「晩冬」の冬はおわりました。

「雪国の冬」はおわりました。

「12月」の冬至を。
すぎて「陽」はもうすでに
日々たかくなりつつあります。



「春」がきてそして「夏」に向かう。






「春」です。

「昨年」12月の冬至は

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝陽ののぼるのが早くなりました。

夕陽がおりるのは遅くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


ふゆきたりなば

はるとおからじ


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )











「秋」から「冬」への

移り変わりは


二階から「かけあし」の足音のきこえるような



「かけあし」10人分

のようでした。



「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
「新年」「初春」の「1月」もおわり。
今は
「2月」「晩冬」もおわりました。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。

ゆっくりと。

ゆっくりと。あるいてきます。


だから。

「春」をまつのであれば。

「春」がゆっくりと。

歩いてくるのをまたなければ。

なりません。




もう「春」ですね。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてやってくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな「春」の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「「冬」雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ようです。
「冬」よりも「春」の「夜空」は「おぼろ月夜」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「春」の「朝焼け色」の線描です。

「春」の朝。

「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな絵画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。





この「あおぞら」をみていると。

とても

信じられないくらいに。

元気がわいてくることに気が付きました。

「太陽」の「陽射し」。

「陽射し」の「めぐみ」はなんとありがたいことでしょう。


「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
「生きとし生けるもの」にとって。

なによりもの。
まことの。
「ごほうび」です。


「太陽のひかりのひざし」は



「いのちへのめぐみ」。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくみ。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえる。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。
「太陽」。
ありがたいものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」がおわり。

「2月」がおわり。

「春」です。




病院の庭園に「何本」もある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

緑野に見え隠れする蓮華草
のように
枝にみのらせています。

「やぶつばき」は。
「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花してしまいます。

くれない色としろ色の雪のようです。


「山茶花(さざんか)」「やぶつばき」の花の花びら。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「においやぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」のはながは鐘のように。
ふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
「春吹雪:はるふぶき」
に弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い「春」も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の「春吹雪:はるふぶき」でちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。



「山茶花(さざんか)」

と「やぶつばき」

に。

「人生」の。

「解答」があるような

気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。


因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物です。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」。
色は紫。むらさきです。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンに野菊の花束ささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かびます。


この「花」が。


「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は


香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「春吹雪:はるふぶき」が
ふいている。

「春吹雪:はるふぶき」がかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「春吹雪:はるふぶき」
の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「「冬」と「春」の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて



折々に散るものどけし春雨の
はれたる軒の山桜ばな


わが園のものとおもへば初わかな
はつかなれども嬉しかりけり

立ち渡る霞をみれば足引きの
山にも野にも春は来にけむ

わたつ海の波のいづこに立ち初て
果なくつゝむ春の霞ぞ

さざ波やしがの都のいにしへの
おもかげうすく立つ霞かな

鶯のけさおとづるゝ声聞て
はじめて春の心地こそすれ

うれしくもわがものにして聞てけり
このあかつきの鶯の声

のどかなるけさの雨にやはるの野の
みどりも色まさるらむ

おくれたる友の為にとしをりして
谷間の蕨折り残しけり





ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむ。

いまだお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音色(ねいろ)」もあるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「3月」になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常にあたたかくなりました。




春やま中さまよいて
春やま中をわけいらば
春やま中大樹の根元に隠れたり
春やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
春やま中みつけたりやまの秋の華。
春やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
春やま中大樹の根元に隠れたり
春山はぜの葉木。
春やま中やまうるしの葉木。
春やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
春こす「はだか木」。
春こす元気な木。たくましき木。


春山萩(やまはぎ)の
春花をかくして燃えたたむ
春に実りの祭りなり
春山はぜの葉炎
春天高く燃ゆ

はるやまはぎの
はるはなをかくしてもえたたむ
はるにみのりのまつりなり
はるやまはせのほのほ
はるてんたかくもゆ










はるひろくなりけり空(そら)たかし
はるさとやまに木々のみどり木
はるこもれびうけて燃えるがごとし
はるみどりの炎(ほのほ)
はるほのほうちけさむかすみはあおし
はるほのほにかすみにただよひて
はるうるわしくかがやきたり
はるあたたかくかおりたり
はるあざやかなりけり 
はるやまさとのやまみどり
はるやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。

「小さい春」がみつかって。

「春」になりました。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------









+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++












★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


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「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。


私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。






「今日は何の日」は。

7歳のとき。
まだ楽譜が読めるようになっていなかった
にもかかわらず。
モーツァルトの幻想曲と自作のマズルカを録音して。
エミール・ギレリスをして
「音楽界の神童」と称せしめたロシアのピアニスト。

12歳のときの『ラ・カンパネラ』の演奏で。
ラジオ放送を通じて
イギリスの聴衆に驚愕のあまり
あまねく知られるようになったピアニスト。

オペラのベルカント歌唱を研究。
ロングペダルによるレガート奏法を
うみだしたピアニスト。

日本文学の『源氏物語』を愛読した
天才ピアニスト。

1930年 - ラザール・ベルマン、ピアニスト(+ 2005年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
ラーザリ・ナウーマヴィチュ・ビェールマン,
ラテン文字の転写例:Lazar' Naumovič Berman,
1930年2月26日 レニングラード - 2005年2月6日 フィレンツェ)

は旧ソ連出身のロシア人ピアニストです。

日本では慣習的になぜか
「ラザール」と表記されています。

けれどもロシア語の発音では
「ラーザリ」のはずです。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。

レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれました。
両親はユダヤ人であった。
母アンナはレニングラード音楽院
(現サンクトペテルブルク音楽院)出身でした。

聴覚障害により引退するまで。
自らもピアニストとして立っていました。

その母親の手ほどきでピアノを始め、
3歳で初めてコンクールに参加し。
4歳で最初の演奏会を行いました。

7歳のとき。
まだ楽譜が読めるように
なっていなかったにもかかわらず。

モーツァルトの幻想曲と
自作のマズルカを録音致しました。
エミール・ギレリスをして「音楽界の神童」
と称せしめました。


++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。

9歳になると家族に連れられモスクワに移りました。

モスクワ音楽院でアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルに
師事するかたわら。

スヴャトスラフ・リヒテルや
ヴラディーミル・ソフロニツキー、
マリヤ・ユーディナからも指導を受けました。

10歳でモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団と共演して
モーツァルトのピアノ協奏曲第25番を演奏し。
公式デビューを果たしました。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。

1941年に第二次世界大戦の勃発により。

ヴォルガ川河畔のクーイブィシェフへ疎開を余儀なくされました。

生活状況の悪化から
母親は息子の指をかばい。
がかじかむことのないように。
自分の手袋の指を切って
息子に(手袋の指を)与えなければならないほどでした。


間もなく国際的な桧舞台に少しずつ進出し。

12歳のときの『ラ・カンパネラ』の演奏は。
ジオ放送を通じてイギリスの聴衆にも知られる
ようになりました。


++++++++++++++++++++++



ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рманの
初期の活動。

1951年のベルリン国際青少年音楽祭と
1956年のブダペスト国際音楽コンクールにおいて優勝致しました。

1956年にはウラジミール・アシュケナージ
とともにベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールに参加し
5位に入賞しています。

958年にはロンドンで演奏会を行いサガ・レーベルに録音を残しまし
た。

音楽院卒業とともに。

国内と東欧諸国において。

精力的な演奏活動に入りました。

とりわけハンガリーでは「フランツ・リストの再来」
として絶賛されました。


++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。
1961年に、同じくピアニストである
ヴァレンティナ夫人と結婚致しました。

二人の一粒種のパヴェルは
ヴァイオリニストとして活動しています。

ベルマンは後の1992年5月にプラハの春音楽祭に
息子と共に出演し。
スメタナ・ホールにて
ブラームスのピアノ協奏曲第1番を弾き。
息子のパヴェルも同ヴァイオリン協奏曲を演奏。

スプラフォン・レーベルより2枚組のCDを発売しています。

1960年代になると演奏活動が下火になります。

やがて沈黙を続ける幻の演奏家と見なされるようになったが、
それには後述のような事情が絡んでいました。

またベルマンはこの当時の10年間にピアニズムを研鑽し。

オペラのベルカント歌唱を研究。
ロングペダルによるレガート奏法を体得するのに
費やしました。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン
(ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。

西側諸国でもソ連のメロディア・レーベルの録音に
親しんでいるような好楽家や。
ソ連旅行をしたことのある人の間では。
ベルマンの名はすでに「驚愕的」として
知られていました。

それでもベルマンが
1975年にアメリカ合衆国に演奏旅行を行うまでは。

概してその名が
「鉄のカーテン」の外で有名であったとは言い難いのです。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
の。

ニューヨーク・デビューでは
リストの『超絶技巧練習曲』を演奏して
電撃的な大評判を捲き起こしました。
(アメリカ・デビューはマイアミ大学のスポーツ・アリーナ)。

「ニューヨーク・タイムズ」誌は。

「ベルマンの目もくらむようなテクニックは、
ホロヴィッツだけがライヴァルになることができるもの」
と絶賛しています。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。

それまでにすでにソ連では概ね演奏活動を制約され。

「古びてがたがたのピアノ」
(象牙の鍵盤のいくつかは剥がれ落ち、
透かし彫りの譜面台を照らす照明はロウソクだった)
で演奏しながら。

なお様々な聴衆の関心を集めていました。

外国からの演奏旅行の招請は。
ソ連の官立音楽代理店であるゴスコンツェルトによって
無視され続けました。

ベルマンは2室からなるモスクワの狭いアパートに住み。
そのうち1室はグランド・ピアノに占領されていました。

後年、ベルマンは。
「ピアノを離れて散歩に行くとか、
映画を見に行くとかという気持ちにはまったくなれない」
と語っており。
ピアノに一身をささげていました。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зар
ь Нау́мович Бе́рман
は。
だが1975年の米国デビューの後に。
ベルマンは大いに引く手あまたとなりました。

ドイツ・グラモフォンやEMI、CBSらが奪い合うようにし
て録音に起用致しました。

ベルマンはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を。
ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮で録音しただけでなく。

1976年には「国際連合の日」を記念して。
アンタル・ドラティの指揮で
国際的なテレビ放映に出演した際にも演奏致しました。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。

1977年には初来日致しました。

やはりクラシック・ファンの注目を浴びました。
この時、北海道の札幌で行われた演奏会の模様が
東京FMでラジオ放送(TDKオリジナル・コンサート)されました。

ベルマンの強い意向により。
その音源はビクターより
『サッポロ・リサイタル』として発売されました。


++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。
ベルマンの語るところによれば
日本文学の『源氏物語』を愛読
致しておりました。

イギリスでの
演奏活動は1970年代後半から1980年代初頭に行われました。

1976年12月に、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールに出演して
プロコフィエフとリストを演奏致しました。

1978年にはクラウス・テンシュテット指揮ロンドン交響楽団と共演して。
リストのピアノ協奏曲第2番を演奏致しました。

1984年にはプロムスに出演し
ジョン・プリッチャードの指揮で
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を披露致しました。

1970年代後半に。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の指揮により。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を録音しています。

またハチャトゥリアンのピアノ協奏曲を
作曲者自身の指揮で録音される計画もあったが。
作曲者の死去により水泡に帰しました。


++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
の。
ソ連当局との軋轢と出国。

ソ連当局はその頃になってさえ。
断続的にベルマンの演奏旅行を縛ろうと致しました。
1980年にランダフ音楽祭への出演はキャンセルされることになりました。
西側での演奏旅行が済むと。
KGBの監視役がベルマンの旅行カバンから。
ソ連邦でご法度のアメリカの文芸作品を押収したのです。

結果として、ソ連当局によってベルマンは
要注意人物に名指しされその活動は禁じられました。
ベルマンがユダヤ系であるために事態はこじれるばかりであった
(ソ連においてユダヤ人は反体制派の烙印を押され、
国外逃亡を行う輩と見なされていた)。

上記の理由によりベルマンは。
グラモフォンへ1980年にラフマニノフの前奏曲集と
『コレッリの主題による変奏曲』を録音したのを最後に。
西側のメジャー・レーベルから姿を消しています。

1986年にテミルカーノフ/ベルリン放送響と
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の原典版を世界初録音しています。

しかしながら。
ソ連邦の存続が危うくなりこのような妨害活動の回数が下がると。
ベルマンはついにロシアを去って
1990年にイタリア入り(イタリアでの彼の評価は高く、
人気をミケランジェリと二分していた)し。
1995年にフィレンツェに定住致しました。

イタリア移住に前後して
ファツィオリ社のピアノを愛用するようになりました。

1988年に再来日した際にもこの名器を用いて演奏を行ないました。
おそらく日本で公的な演奏に
同社のピアノを用いたのは、ベルマンが初めてであろう。
亡くなるまでマスタークラスを主宰し日本人では
根岸弥生や大井浩明がベルマンの薫陶を受けています。
没後にドイツとロシアで回想録が出版されています。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン:
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
の。
演奏様式
「私は19世紀の人間であり、ヴィルトゥオーソと
呼ばれるタイプの演奏家に属している」と自認していたように、
鮮やかな超絶技巧と芝居っ気たっぷりの演奏、
濃やかな情緒表現と強靭なタッチが特徴的で、
一夜で3つのピアノ協奏曲とソナタ1曲を弾き切ったこともある。


スクリャービンやプロコフィエフを除いて
近現代の音楽の演奏にはさほど興味を示さず、
いきおい19世紀のロマン派音楽がレパートリーを占めた。

リスト作品、とりわけ『超絶技巧練習曲』の
比類ない解釈ゆえに定評があり、
1977年にはハンガリーよりフランツ・リスト賞を授与されています。

19世紀のたいていの作曲家のピアノ曲をレパートリーにしていたが、
ショパン作品だけはなかなか弾こうとしなかった。
「もちろん以前は弾いたのだが、
何年間もワルシャワの
ショパン国際ピアノコンクールに参加したけれども
入選しなかったんだ。

自尊心がひどく傷つけられてね、
それからは二度とショパンを弾かないって誓ったのさ」と語っている。

ただし1970年代には、ドイツ・グラモフォンに
ポロネーズ集の録音を残しており、
また当時の演奏会の映像にも
ショパン作品の演奏を認めることができます。

++++++++++++++++++++++

ラザール・ベルマン;
ロシア語: Ла́зарь Нау́мович Бе́рман
は。
ソフロニツキーの薫陶を受けたにもかかわらず。

イン・テンポで粛々と演奏を進め。

アゴーギクをほとんど崩さないのも特徴的でした。

この点では現代的な感覚も偲ばれるが
ラフマニノフや恩師ゴリデンヴェイゼルの録音にも
同様の趣味や傾向が見受けられるため。

ベルマンの演奏様式は
ゴリデンヴェイゼルから19世紀の伝統を受け継ぎつつ。
独自にそれを発展させたものと見られます。

ベルマンは楽譜に示されたペダルの長さを厳格に守る傾向もあり、
そのため現代のグランドピアノで演奏すると、
ペダルが長く。
響きが豊かになりすぎると批判されることもあったようです。

++++++++++++++++++++++








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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 10:10| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月25日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月25日(水曜日)



「初春」「新年」の「2月」も
「25日」たちました。
あと「3日」で。
最後の「冬月」の「2月」
はおわります。

あと「3日」たてば。
「春」の「3月」になります。


「春」は。

まちどおしいもの

であることが

あらためて。

みにしみて。

感じられます。







★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「初春」です。
「1月」は終わり。

「2月」は
「25日」たちました。

今は
もうすぐ「3月」。
「新年」の最後の「晩冬」です。

もうすぐ。
そこまで「春」がきています。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「2月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」の「晩冬」を迎え。

さらなる深い冬越しをとげて。

「春」をまつの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「春」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「「春かぜ」に耐える葉の厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

夜の「春吹雪:はるふぶき」に
弓射られて地上に落花致します。

「春」とはいえ。
「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
まるで。
花がひらくと同時に花はちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「毛氈(もうせん)花壇」のように。
「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地上の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜の落花現象は「謎」です。

「春」のこの時期。
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は。

地上の「紅白」のはなびらで。
昆虫にその存在を
探知させているのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
「2月」の冬がおわります。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。

「春」です。



山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちて。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
が。
楽譜のように記譜されているような「木」です。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の
標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。


時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。


付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「2月」は「初春」「新年」の「晩冬」です。
けれどももう「春」。
「冬将軍」のさる「春」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもとてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。












「春吹雪:はるふぶき」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「3月」になり
「春吹雪:はるふぶき」のかぜおとは。
「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「春吹雪:はるふぶき」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「春吹雪:はるふぶき」は。
歌っているようです。


うっすらと「ドア」を開けると。

「佐保姫(さほひめ)」の吹く。

「春」のワルツのような。

音色ではいりこもうとします。








そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「3月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
「春」間近くして。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「3月」。

「春」です。

そして「あたたかい春」間近です。




2月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の2月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い「春」」が。

ピアニッシモ。
ppで。
しのびよりました。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」
「むかえくるはるいろ」が感じられます。



春陽射し(ひさし)やさしき冬。
春空にも地にも天高くはれ。
春の大気のひそみかくれ。
春そらにみちてあふれれば。
春吐息(ためいき)となり。
春吐息が霧雨か霞になり。
春おりてくるような感じです。
春「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「晩冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの「春」」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」を。

むかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」
「晩冬」のをのりこえ「春」。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬春山椒(さんしょう)の木の芽が
冬春にも若葉はそだち。
冬春若葉は冬の若枝となり。
冬春若枝は天高くすこやかにのび。
冬春のふかまりにますますすこやかに。
冬春山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬春空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬春深まりたり
冬春空たかく
冬春あやにしき
冬春みどり木
冬春さんしょう木
冬春陽をあびてかがやけり
冬春いざいまこそは
冬春金色(かがね)にかわり
冬春赤き秋空に燃えたたむ






冬春さんしょう木
冬春もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬春わかば葉はいずるは花ならむ
冬春(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)たかくもえたたむ
冬春金色(こがねいろ)なる
冬春さんしょう木
冬春(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬春ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬春めだかのむれのひかりたり
冬春むれておよげるひめだかの
冬春みずのなかなるちいさないのち
冬春みずのなかなるおおきないのち
冬春みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬春いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけた
そして
「小さい春みつけた」は。



「こころしずまる気」がします
「初冬」かすぎて
「晩冬」になります。
「春」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------



平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた診療スタッフで。
限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
限られた診療スタッフで。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。






「今日は何の日」は。
私の「大好き」な画家の一人。

初期にはアングルやドラクロワなどの影響を受け。
またモネらの印象主義のグループに加わったけれども。

後年は古典絵画の研究を通じ画風に変化が見られ。

晩年は豊満な裸婦像などの
人物画に独自の境地を拓いた天才画家。

1841年 - ルノワール、画家・彫刻家(+ 1919年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール
(Pierre-Auguste Renoir、
1841年2月25日 - 1919年12月3日)は。
フランスの印象派の画家です。

長男のピエールは俳優になりました。
次男のジャンは有名な映画監督になりました。

(後期から作風に変化が現れ始めたので
稀に後期印象派の画家とされることもあります。)

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

風景画、花などの静物画もあるのですが。
代表作の多くは人物画です。

初期にはアングル、ドラクロワなどの影響を受けました。
またモネらの印象主義のグループに加わりました。

後年は古典絵画の研究を通じて画風に変化が見られます。

晩年は豊満な裸婦像などの人物画に独自の境地を拓きました。

日本など、フランス国外でも人気の高い画家です。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

ルノワールは1841年2月25日、
フランス中南部のリモージュにて生まれました。

7人きょうだいの6番目であったが
上の2人は早世致しました。
他に兄2人、姉1人、弟1人がいました。

父は仕立屋、母はお針子であった貧しい育ちです。

3歳の時、一家でパリに移住致しました。

ルーヴル美術館に近い都心に住みました。

1854年、13歳で磁器工場に入り。
磁器の絵付職人の見習いとなりました。


++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

産業革命や機械化の影響は伝統的な磁器絵付けの世界にも
影響致しました。

1858年に職人としての仕事を失うこととなった
ルノワールは画家を目指しました。

1862年にはエコール・デ・ボザール
(官立美術学校)に入学致しました。

並行して1861年からはシャルル・グレールの
アトリエ(画塾)に入ります。

ここでモネ、シスレー、バジールら
後の印象派の画家たちと知り合っています。


画塾で制作中のルノワールに師のグレールが
「君は自分の楽しみのために絵を描いているようだね」
と言ったところ。
ルノワールが「楽しくなかったら絵なんか描きませんよ」
と答えたというエピソードは著名です。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。
初期
1864年には『踊るエスメラルダ』
をサロンに出品し初入選して致しました。

この作品はヴィクトール・ユーゴーの
『ノートルダム・ド・パリ』に取材したものです。

後に作者自身によって
破棄されたとされ現存致しません。

サロンには1865年にも2点が入選致しました。
1866・1867の両年は落選するなど
入選と落選を繰り返していました。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

初期のルノワール作品には
ルーベンス、アングル、ドラクロワ、クールベなど。
さまざまな画家の影響が指摘されています。

この頃の作品としては『ロメーヌ・ラコー嬢の肖像』(1864年)
などが現存致します。


++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

ルノワールの友人であったバジールは。

当時、生活に困窮していたルノワールを。
ヴィスコンティ通りにある自分のアトリエに
同居させていました。

ルノワールはモネとも親しく。
1869年にはパリ郊外のラ・グルヌイエールの
水浴場でモネとともにイーゼルを並べて制作致しました。

この時彼ら2人が制作した
ほとんど同構図の作品が残っています。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir

1868年のサロンには、その前年に制作した
『日傘のリーズ』を出品し、入選しています。
この作品のモデルは当時ルノワールが交際していた
リーズ・トレオという女性でした。

彼女は他にも『夏、習作』(1869年のサロンに出品)、
『アルジェの女』(1870年のサロンに出品)
などの作品でモデルを務めています。


++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

1870年、普仏戦争が勃発するとルノワールも召集されました。

ボルドーの第10騎兵隊に配属されるが
赤痢にかかり翌年3月に除隊しています。

なお、ルノワールの友人で援助者でもあったバジールは。
普仏戦争に自ら志願し、29歳の若さで戦死致しました。


++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir

印象主義の時代
除隊後のルノワールはパリ郊外・アルジャントゥイユの
モネ宅をしばしば訪問、ともに制作致しました。

この頃に、画家で印象派絵画のコレクターでも
あるギュスターヴ・カイユボット、
画商のデュラン=リュエルなどと知り合っています。

1873年12月、モネ、ピサロ、シスレーら。
後に「印象派」と呼ばれるグループの画家たちは
「芸術家、画家、彫刻家、版画家その他による匿名協会」
を結成致しました。

ルノワールもそこに名を連ねていました。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

1874年4月 - 5月にはパリ、キャピュシーヌ大通りの
写真家ナダールのアトリエでこのグループの第1回展を開催
致しました。

これが後に「第1回印象派展」と呼ばれるものです。
ルノワールは「桟敷」など7点を出品致しました。

1876年の第2回印象派展には。
『ぶらんこ』、『陽光を浴びる裸婦』など
15点を出品致しました。

後者は今日ではルノワールの代表作として知られるものです。

けれども、裸婦の身体に当たる木漏れ日や
影を青や紫の色点で表現した技法が。
当時の人々には理解されませんでした。

「腐った肉のようだ」と酷評されました。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

1877年の第3回印象派展には。

前年に完成した
大作『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』
を含む22点を出品致しました。


印象派展は1886年までに全部で8回開催されたが。
ルノワールは1882年の第7回展に25点を出品したものの、
第4、5、6、8回展には参加していません

1878年にはサロンに出品を再開。
翌1879年のサロンに出した
『シャルパンティエ夫人と子どもたち』は絶賛を浴びました。

モデルのシャルパンティエ夫人は
出版業者ジョルジュ・シャルパンティエの妻でした。

同夫人が自邸で催すサロンは評判が高く。
ルノワールも、このサロンに出入りして
当時の文化人や芸能人の知己を得ました。

++++++++++++++++++++++

ピエール=オーギュスト・ルノワール :
Pierre-Auguste Renoir
は。

1881年には大作『舟遊びの人々の昼食』を完成。
この作品の左端に描かれる、帽子をかぶり犬を抱く女性は後に
ルノワール夫人となるアリーヌ・シャリゴです。

アリーヌは『田舎のダンス』(1882 - 1883年)
などの作品のモデルとなりました。

1881年のイタリア旅行にも同行しています。
けれども
ルノワールと正式に結婚するのは1890年のことでした。

++++++++++++++++++++++







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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 07:20| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月24日(火曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月24日(火曜日)



平成21年の「2月」も「24日」たちました。
あと「4日」で最後の「冬」。
「晩冬」の「2月」はおわります。

そして。
あと「4日」で。
「春」の「3月」になります。
「初春」




★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「1月」がおわり。
「晩冬」の「2月」です。
もう少しで「3月」「春」です。


「初春」の。
「冬」「晩冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」の「3月」にむかっています。

「初春」です。「晩冬」です。


「春」間近です。





暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「晩冬」から「初春」の。

早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「独唱」から次第に「合唱」に
なってきました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜ(ひとかぜ)の
「木枯らし」の鳴いている場所も。
わかるように。なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
の季節「春」 にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。

もうすぐ「「春」いちばん」に
衣替えするでしょう。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにやどるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。

もうすぐ「春」です。





陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもはやくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。

これから日々ゆっくりと

日は長くなります。陽はたかくなります。

よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」まだ「晩冬」であり「真冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。

雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。

「初春」の「中冬」「晩冬」の。
「春」の間近い。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境(こころ)が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句



「手に取るな

やはり野におけ蓮華草」




のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。



やはり野におけ。

蓮華草とからまつ


「晩冬」の「からまつ」です。

そしていま。
「春」をまつ「からまつ」の時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。
もうすぐ「春」です。



「初春」「晩冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」にながら堂々と一本の茎。

雑草も。
冬草へと変貌しつつながらえています。
「春」をまつ「冬」の雑草です。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬春地にも空にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木冬空
冬春天高くひろがりけり
冬春ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけりふゆはる






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。




「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」は。
語学に堪能であり。
プラトンをギリシャ語で。
旧約聖書をヘブライ語で読んだ。

博識で才気にあふれ。
メディチ家のプラトン・アカデミーの
中心的な人物の一人。

非ユダヤ人としては。
はじめてカバラ*を極めた人文学者。

1463年 - ピコ・デラ・ミランドラ、人文主義者(+ 1494年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ
(Giovanni Pico della Mirandola、
1463年2月24日 - 1494年11月17日)は。

イタリア・ルネサンス期の人文主義者です。

「人間の尊厳」を高らかに主張したと
されてきたとされています。

近年では、ピコのもちいる
「尊厳」の語には「序列」という意味しかなく。
今日でいう「尊厳」の意味はなかったとも
言われています。

ともあれピコにとって。
人間とはなんにでもなれる変幻自在の良い意味で
カメレオンのごときものであったと考えられています。

なお、ピーコ・デッラ・ミランドラとも
表記されることもあります。

++++++++++++++++++++++


ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ:Giovanni Pico della Mirandola
は。
北イタリアの貴族の家に生まれました。
ボローニャの法律学校を経て各地を放浪したのち。
フィレンツェへ行き人文主義者として高名な
マルシリオ・フィチーノの元へ身を寄せました。

++++++++++++++++++++++

ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ:Giovanni Pico della Mirandola
は。

語学に堪能であり。
プラトンをギリシャ語で。
旧約聖書をヘブライ語で読んでいました。

博識で才気にあふれ。
メディチ家のプラトン・アカデミーの
中心的な人物の一人になりました。


++++++++++++++++++++++

ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ:Giovanni Pico della Mirandola
は。
人間は小さな宇宙であり。
その中には元素から動植物、理性、神の似姿に至るまで
が含まれると考えました。

人間が動物と異なるのは。
自由意志によって何者にも
(神のようにも獣のようにも)
なることができる点だと致しました。

「人間の尊厳」を主張致しました。

1486年、ローマで哲学・神学の討論会を企画し。
討論会のために書いた原稿が
『人間の尊厳について』 (Oratio De Dignitate hominis) です。
ピコの主著である。


++++++++++++++++++++++

ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ:Giovanni Pico della Mirandola
は。

討論会では聖体変化などについての議論も予定しており。
ローマ教皇から異端の疑いをかけられ。
討論会は中止。

ピコも逃亡後、捕えられてしまうが。

メディチ家のロレンツォ・デ・メディチの
努力により釈放されフィレンツェに戻りました。

ジロラモ・サヴォナローラとも親交があったという。

31歳で死去。

++++++++++++++++++++++

ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ:Giovanni Pico della Mirandola
は。

フィチーノと同様。
近年は異教的な神秘主義の側面が注目されています。

自然を支配する業としての魔術を信じていました。
占星術については、人間の運命が定められている
というのは人間の自由意志に反するとして反対するようになりました。

師・フィチーノの説を批判した
「反占星術論」を執筆しています。

また非ユダヤ人としては。
はじめてカバラを極めたとされています。

++++++++++++++++++++++

ジョヴァンニ・ピコ・デラ・ミランドラ:Giovanni Pico della Mirandola



その他
ピーコ・デッラ・ミランドラ賞
イタリア文化会館主催でイタリア語作品の翻訳に対して贈られる。
これまでに。
作家の須賀敦子、
ルネサンス美術史の岡田温司(京大教授)、
『マキァヴェッリ全集』を編集した
永井三明(同志社大名誉教授)らが受賞。
(イタリア文化に関する著作に贈られるマルコ・ポーロ賞もある)

++++++++++++++++++++++

カバラ(קַבָּלָה qabbalah)。

カバラーとはユダヤ教の伝統に基づいた。
創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想のことです。

独特の宇宙観を持っていることから。
しばしば仏教の神秘思想である密教との
類似性を指摘されることがあります。


カバラーはヘブライ語の動詞
キッベール「受け入れる」「伝承する」の名詞形です。
「受け入れ」「伝承」を意味致します。

++++++++++++++++++++++













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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 07:13| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月23日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月23日(月曜日)







「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)











東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月23日(月曜日)



平成21年です。

「初春」です。

もう「2月」は「23日」たちました。

「2月」。

最後の「冬」月です。

あと「5日」で。「2月」がおわります。

あと「5日」で。

「初春」の「春」の「3月」になります。

もう「春」なのかもしれません。




今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
「1月」がおわると。
「2月」。

けれども
「春」の「3月」はもうすぐです。
「春」間近にして
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「2月」「晩冬」
です。
そして「3月」の「春」をむかえようとしています。




そろそろ とぼとぼと。

「春」にむかって深まり行く。
「たしかなる」「冬のさる」のかおり。
「あきらかなる」「「春」」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「2月」の「冬おわり」の気配が。
手応えはしっかりと。

いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよっています。





「初春」の「冬」へとかわり

「春」「3月」にむけて。

深まる「2月」の「かおり」。

この

「初春」の

「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。

毎年ちがいます。

「冬」から「春」へのかおりの変化(へんげ)」は。

「毎年」新しい。

「うれしい新品のかおり」

がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。

冬の季節の風から。

「新たなる新品のかおり」の「冬」から。

「春」を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども

きゅうにさむくなりました

とてもとてもさむくなりました。

「初春」「新年」「晩冬」の「2月」。

もうすぐ「春」ですね。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼるにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「2月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。
この「木枯らし」も間もなく。
「春かぜ」にかわります。





まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。
ゆきさきは「春かぜ」の「春」。




「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「2月」の「晩冬」から「3月」にかけては。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の終わり」までの準備をすませて。

これからの。
「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝は「とても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらに「春」に。

うつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「2月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「晩冬」「2月」
の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もると。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




春さんしょう木
春萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
春みどり葉わか葉いずる花のごと
春夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
春なりてたゆまずとまらず
春冬あゆみそだちて
春幹は天たかくそだちたり
春いざいまこそは
春空(そら)にもえたたむ
春金色(こがね)の炎
春さんしょう木春


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「晩冬」なのです。
「春」はもうすぐです。



そして「「春」の女神」の。

「佐保姫(さほひめ)」の導く

「春」は間近です。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


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私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。



「今日は何の日」は。
泣く子も黙る。
ドイツの天才哲学者。

その生涯の時期ともあい合わさり。
「3つの顔を持っている哲学者」。
すなわち。
精神病理学者として。哲学者として。政治評論家として。


活動の「3つの顔」の哲学者として高名な。

1883年 - カール・ヤスパース、哲学者(+ 1969年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース(Karl Theodor Jaspers、1
883年2月23日 オルデンブルク、ドイツ -
1969年2月26日 バーゼル、スイス)は。

ドイツの精神科医、哲学者です。
実存主義の代表者の1人です。

哲学、現代神学、精神医学に。
強い影響を与えました。

主著は『精神病理学総論』(1913年)
『哲学』(1932年)など
があります。
++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspersは。

彼は、その生涯の時期ともあい合わさって。

3つの顔を持っています。

精神病理学者として、哲学者として、政治評論家としての
活動です。

++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspersは。

早い頃から哲学に関心を抱いていたものの。

父が法曹に身を置いていたために。
ヤスパースは大学で法学を学びはじめました。

まもなく1901年には医学の道へ転向致します。

1909年に医学部を卒業した後は
ハイデルベルクの精神病院で医師として働きました。

そこで当時の医学界の精神病に対する姿勢に疑問を抱き。

精神医学の方法論の改良を目指すようになります。

++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspersは。

1913年にはハイデルベルク大学で。
精神医学を教え始めました。

以後、臨床に戻ることはなかったのです。

しかし彼自身の精神医学に対する
関心は終生変わることはなく。

処女作『精神病理学総論』の分量を大幅に増やし。
改訂版第4版として公刊したのは。
第二次世界大戦後でした。

++++++++++++++++++++++

精神医学から哲学に転じたヤスパースは。
1921年から1937年まで同大学哲学教授を務めました。

この時代に
ハンナ・アーレントも彼の教えを受けました。

ナチス台頭後
妻のゲルトルートがユダヤ人であったことや
ナチスに対する反抗で大学を追われたものの。

妻の強制収容所送致については。
自宅に2人で立て籠もり
阻止し通しました。

++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspersは。

大戦も末期の頃、ヤスパース夫妻の
収容所移送が決定されもはや自殺する以外に
打つ手がなくなる
ところまで追い詰められました。

その移送予定日も残すところ数十日程度に迫った頃に
米軍が彼の住むハイデルベルクを占領したため。

後年自ら
「自国の政府により殺される寸前に
敵国の軍隊により命を救われた」
と述懐しています。

この戦争体験は彼の哲学に対して見逃すことのできない
強い影響を与えたと言われています。

戦後、ハイデルベルク大学の復興に尽力するも。
ドイツの戦争責任問題について執筆した
『責罪論』を巡って周囲から心ない非難を浴びせられたため。
ドイツの将来に失望して。
1948年にスイスのバーゼル大学の哲学教授となりました。

ドイツに対する裏切り者呼ばわりされ。
彼は深く傷ついたということです。

++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspersの。

しかし彼の多彩な活動はとどまるところを知らず。

特に戦争体験を機に彼は政治哲学的著作を数多く執筆致します。

既述されている『責罪論』もその1つです。

また戦後に始まった
資本主義と社会主義の二大陣営による
東西冷戦が核武装競争と化す過程に対して。

核兵器という全人類を絶滅させる恐れのある兵器。
及びその破壊力に対する恐れから
両陣営ともが気にかける手詰まり状況。

このような状況を彼自らの概念である
「限界状況」と捉えました。

政治的な対話を「交わり」と捉えるなど。

単なる学問としての哲学にとどまらない積極的な活動を。

展開していたことも彼の戦争体験が
深く関わっていると考えられます。

++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspers

思想

限界状況のうちに超越者との遭遇が隠されており
自己の存在と超越者を求める努力は。
挫折致しました。

しかし挫折を暗号として
解読することに超越者の存在が証言されると
致しました。


彼はキルケゴールの影響を強く受け。

特に著作『世界観の心理学』においては。


キルケゴールの著作『不安の概念』及び『死に至る病』
から多くを引用した
「キルケゴール報告」の1章を設けています。
そこからヤスパースは。
神へと向かう人間存在(実存)についての
「心理学的研究」というキルケゴールの方法論を見出し。
その際の心的状態が「不安」及び「絶望」であると致しました。


ヤスパースの主著『哲学』第2巻『実存開明』において。

<交わり><限界状況><絶対的意識>の3つが。
彼の哲学の目標とするところの「存在意識の変革」へと
達するための重要な概念です。
1・
まず<交わり>とは自己開示であり、
各人が自らに閉じこもることなく他者へと向かい、
それにより自己自身の存在に対する意識を反省するのである。
2・
次に<限界状況>とは誰もが突き当たる壁のようなものであり。
それの典型的なものが「自己の死」であるとされ。
それに突き当たることによって。
各人がそれまで意識していた自己自身の存在に対する
確実性の挫折を自覚させられるのである。
3・
そして最後の<絶対的意識>とは自己自身の存在確信にして、
超越的な存在に面している意識である。
<限界状況>により自己存在の有限性は意識させられたが、
それはまだ消極的な有限性の意識であり、
「無制約的なもの」という超越的存在に面することにより
自らの有限的な存在が反省させられ、
そのような超越的存在に面している自己自身という
存在確信が得られるのである。

4・
そしてキルケゴールから得た<不安>とは
ヤスパースによると「絶対的意識の動因」となります。
なぜなら我々は自己存在の確実性をいかなるものからも得られず。

このような心的状態が不安であり。

他者や財産及び自己自身の肉体のあらゆるものをもってしても
この不安が解消されないので。

そのために人間は「超越的なもの」へと向かって
自己存在の確信を得るとともにこ
の不安を克服する勇気をも得るのです。

++++++++++++++++++++++

カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspersは。

精神医学分野では、エトムント・フッサールの唱えた

「奥にある本質病理に関する直観的推測」を排し。
ひたすら患者の言葉の正確な記述に徹する
「記述精神病理学」
を試みました。

++++++++++++++++++++++
カール・ヤスパース:Karl Theodor Jaspers

1959年、エラスムス賞受賞。
主な著書
『人間とは何か』 (Was ist der Mensch?)
『教育とは何か』 (Was ist Erziehung?)
『現代の精神的状況』 (Die geistige Situation der Zeit)
『哲学』
『哲学とは何か』 (Was ist Philosophie?)
『哲学入門』 (Einführung in die Philosophie)
『哲学的論理学第1部 真理について』
『理性と実存』
『偉大な哲学者たち』 (Die grossen Philosophen)
『ニーチェ』 (Nietzsche)
『世界観の心理学』 (Psychologie der Weltanschauungen)
『歴史の起源と目標』 (Vom Ursprung und Ziel der Geschichte)
『ヤスパース・アレント往復書簡』 (Briefwechsel 1926-1969, Hannah Arendt, Karl Jaspers)
『ヤスパース・ハイデッガー往復書簡』 (Briefwechsel 1920-1963, Martin Heidegger, Karl Jaspers)
『神の暗号』 (Chiffren der Transzendenz)

++++++++++++++++++++++



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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 07:16| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月22日(日曜日)







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「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月22日(日曜日)




平成21年の「2月」になりました。

平成21年も。

今年も。

もう「ニヶ月」たちました。


「晩冬」「2月22日」の

今日は(日曜日)です。

とてもとても。

とても「寒い日々」が続いています。

けれども「春」の「3月」まであと

「1週間」です。


「春」よこい。早く来い。

から

「春」がきた。「春」がきた。どこに来た。

です。


今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
さらなる前の

「晩秋」
>のころ。

「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。





「新年」。「初春」。

「晩冬」の「2月」

あと1週間で「春」の「3月」

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ季節。

「やぶつばき」の季節になりました。



そして「春」の木々の花の咲く季節。


花の咲く季節になりました。




山本クリニックの庭園は。
大昔は。
雑木林であったのです。

「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い寒い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「寒い冬」の日々に。

「寒い冬」に「花粉」を運んでくれる
昆虫はとても少ないはずだから。

花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさん実る確率は高くなる」
はずです。

だから。
昆虫の少ない「冬」に。
「花期」が「極めて短命」とは。
とても不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「晩冬」「初春」
今は「2月」の「晩冬」

もう「初春」の「3月」。

つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の。
「初春」の「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは。

「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。
「丸いみかんん」はたわわにみのり。
まるで「ぶどうのふさ」のようです。

お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも。
野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「2月」
本物の「冬」になりました。
けれども
もう「春」はじめです。




「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」でした。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。

そして。

「木枯らし」をなだめるように。

「粉雪」が舞います。

「粉雪」のほうが「役者」は上です。

「粉雪」は突如(とつじょ)天から舞い降り

ます。

そして遠くから

春の姫君「佐保姫(さほひめ)」

が春のころもをまとい歩み寄っています。





きょうは。
とてもとても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにみえます。

「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。


「木枯らし」の鳴き声が
「春」の女神の「佐保姫(さほひめ)」の笛ふく
かぜのワルツに変わる日も。
もうすぐです。


最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬春霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬春霞(ふゆかすみ)の大気。

木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声

「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声とともに。

「春一番」の「「春」のしらべ」が
あわせきこえます。
「どれみふあ」「そそそそ」




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。

「冬」の「ふうりん」のごとし。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さびさびと「さむい音」です。

「こうこう」

わびわびと。

「たき火をよんでいる音」です。

「たき火」のはぜる元気な「音」から

「春」の間近いことが。

わかります。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「「春」ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
皆で何かを真剣に考えているようにみえます。


「春」がくれば。
「緑葉をのこした「冬ススキ」」。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の「春」の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「晩冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「あたたかい「春」」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「晩冬」「2月」から「3月」。
もうすぐ「春」ですね。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「はじまりゆく「春」の樹木」にうつろうように
変化しています。

「春」。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。

今は「晩冬」の「2月」
「春」。
今現在は落ち着いた「春」の葉木。
「春」の木々の「葉」
へと。
そしてふかまる「春」の木々の「葉」へと。

「冬」から「みのりの春」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。
今は「「冬」のわかば」の「めばえ」は
すこし大きくなりました。
「春」の「めばえ」です。










「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」「夜のガスパール」
のようです。

「葉の去った枝」には。
もう「「春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「晩冬」です。

「晩冬」の「2月」がおわり

「春」間近し。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年毎年と毎日毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてがあざやかな黄金色」に
かがやきます。
朝陽をしっかりと。
「いうにいわれぬ美しい絵のごとく」
受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。

今は「春」の朝日です。

「あたたかいろ」がかんじられます。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。
「春」の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう


「ざっくり感(ざっくりかん)」



のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
ソテツもすきです。
南天もすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。
「冬木」から春の「春木」にかわりました。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。

そして今は「春」。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝黄金に晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさこがねにはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なるらむ

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなるらむ

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




春きらきらラピス・ラズリの空(そら)
春紺碧のカクテルいろの空(そら)
春ミルクをそそそいだ空(そら)
春トルコいしのプリンの空(そら)
春はるかにとほくたかい空(そら)
春ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
春プリンの上のクリームのような空(そら)
春睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
春睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
春空(そら)の向こうにまた空(そら)
春空(そら)そのまたむこうにももっと大きな空(そら)





春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ



夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ



秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ



冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ



日々のうららのこもれびに

祈想い(おもい)のいらかにかぜつよし

生きる力に祈りはせ

四季のつきひははやいくとせ







春椎木(しいのき)は枝高し
春そらに吼える若葉の穂束
春そらに吼える蒼き獅子のごとし
春天にも地にもみどりはさける
春のあさふかまりて
春陽の光ゆたかなりけり
春いふことのなし
春いふことがなし
春いふことはなし
春いふこともなし
春ゆたかなるかな冬春






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




-------------------------------


平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------



2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。





「今日は何の日」は。
1834年に。
異なる金属を接合した部分に電圧をかけて電流を流すと。
熱の吸収や放出を生じることを発見し。
1821年にトーマス・ゼーベックが発見した
ゼーベック効果の逆の効果であり。
彼の名にちなんで
「ペルティエ効果」(Peltier effect)と呼ばれている
物理学者。

1785年 - ジャン・シャルル・ペルティエ、物理学者(+ 1845年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


ジャン=シャルル・ペルティエ
(Jean-Charles Peltier、
1785年2月22日-1845年10月27日)は
フランスの物理学者です。

ペルティエ効果の発見により知られています。

姓はペルチエ、ペルチェと表記されることもあります。

フランスの都市アム(Ham)で生まれました。
パリで没しましたた。



++++++++++++++++++++++

ジャン=シャルル・ペルティエ:
Jean-Charles Peltier
は。

1834年に。
異なる金属を接合した部分に電圧をかけて電流を流すと。
熱の吸収や放出を生じることを発見致しました。

これは熱電効果の一種なのです。

1821年にトーマス・ゼーベックが発見した
ゼーベック効果の逆の効果であり。

彼の名にちなんで
「ペルティエ効果」(Peltier effect)
と呼ばれています。

++++++++++++++++++++++

ジャン=シャルル・ペルティエ:
Jean-Charles Peltier
の発見した

「ペルティエ効果:ペルティエこうか:Peltier effect」は。
異なる金属を接合し電圧をかけると。

接合点で熱の吸収・放出が起こる効果です。

ゼーベック効果、トムソン効果とともに熱電効果の1つです。

ペルチエ効果、ペルチェ効果と表記することもあります。

++++++++++++++++++++++

「ペルティエ効果:ペルティエこうか:Peltier effect」

ペルティエ効果
ペルティエ効果はゼーベック効果の逆です。

電圧から温度差を作り出す現象です。

ペルティエ効果は次のような場合に起こります。


異なる2種類の金属。
または半導体(n型とp型)を。
2つの点で接合したものに。
電流を流す。電流は片方の接点からもう一方に
動くとき熱も輸送致します。

片方の接点は冷やされ、もう一方は温められます。

この効果はゼーベックの最初の発見から
13年後の1834年に
ジャン=シャルル・ペルティエによって観察された
ものです。

++++++++++++++++++++++

「ペルティエ効果:ペルティエこうか:Peltier effect」

電流 I は回路を流れる間、上の接点 (点 T2)で熱を
放出し、下の接点 (点 T1)で熱を吸収するとします。

単位時間当たりに下の接点で吸収される熱量 は以下のようにな
ります。

・略・
ここで Π はペルティエ係数とよばれる係数です。
ΠAB は熱電対全体、ΠA と ΠB は
それぞれの物質のペルティエ係数です。


特に、p型のシリコンは正のペルティエ係数を持ち
n型のものは負の係数を持ちます。

導体は電流が流れる以前の平衡状態に戻ろうとして。

一方の接点で熱を吸収しもう一方で放出致します。

熱電対は直列につなぐことで効果を強めることができます。

熱が移動する方向は電流の向きによって制御できます。

電流の向きを変えると電子の移動の方向が変わり、
熱の吸収・放出量の正負も変わります。

++++++++++++++++++++++



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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 10:57| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月21日(土曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月21日(土曜日)




「初春」の「2月」も「21日」たちました。


最後の「冬」月の「2月」。
そしてあと「7日」。1週間で。

「春」の「3月」になります。
「春」よ来い。早く来い。



-------------------------------
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




「新年」の「1月」がおわりました。
そして。
いよいよ「晩冬」の「2月」です。
「2月」もなかばがすぎ。
もうすぐ「3月」です。
「春」間近し。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。

「新年」の「初春」になりました。
「1月」がすぎ。
「初春」の「2月」
もうすぐ「3月」です。

「春」間近いけれども。

けれども
これからまだなお。
深く。
いすわる「冬のかおり」。

ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「春」。
あともう少しで。
雪国の「冬」を過ぎれば。

そこは。

「雪国」の「春」



雪国の「冬」から


「春」。

「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」をこえて。

「春」を。


むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。
「冬」がすぎたら。
そうしたら「春」をむかえよう。

自在に「かんがえてながれてゆく」。

「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せ者の「しらべ」です。






「新年」の「初春」だけれども。

「1月」は去り「2月」。


「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。

「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。

朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。

「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。

「冬役者」かけあしの怒涛のような。

音がまだまだきこえます。

けれども。


白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい

「春」の「さほ姫」*


は「冬将軍」をいなして。

間近に「春」を導いていることがわかります。


「佐保姫(さほひめ)」は春の神です。

五行説では春は東の方角にあたります。
平城京の東に佐保山があるために。
春の神は佐保姫と呼ぶようになりました。

白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい女性です。
竜田山の神で秋の竜田姫と対を成すことになります。



「冬将軍」

とはだれのつくった「ことば」か。

すごい言葉と感嘆致します。




ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。

ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

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『魔王』はデンマークで生まれた
「比較的新しい伝承」であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味では
「アイルランドのバンシー」
に似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては
妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


-------------------------------





「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。

そして「春」間近く。
「佐保姫(さほひめ)」のワルツ
が聞こえます。
「「春」いちばん」。




今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」なのです。

面白いが「おそろしい」情景であるような気も致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


-------------------------------




常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬春野路はた見たりビロードのしだ
冬春わらべのごときビロードのしだ
冬春わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬春山奥にひそむビロードのしだ
冬春しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬春めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬春ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬春山奥のしだのビロードのしだ
冬春「まち」にもいきるビロードのしだ
冬春けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬春生い立ちしらずビロードのしだ
冬春されどそのちからこそとほとしビロードのしだ





春をまつ


冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」
の気配がうつろいて。
うつります。
そして春の「佐保姫(さほひめ)」
がみつめています。




冬春まちなみ蒼く(あおく)
冬春いろどりて
冬春木々の榛葉のかがやけり
冬春暑さの夏秋をうつろひて
冬春ふかまるみどりの冬木なり
冬春しずまるみどりの冬木なり
冬春みのりの冬こそありがたし
冬春みのりの冬こそこひしかり
冬春虫なきてささやけり
冬春木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------











★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝






「今日は何の日」は。

コッペリア(Coppélia )をはじめとする。

バレエ音楽や歌劇で知られる
フランス・ロマン派の作曲家。

「フランス・バレエ音楽の父」と呼ばれる作曲家。

1836年 - レオ・ドリーブ、作曲家(+ 1891年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

クレマン・フィリベール・レオ・ドリーブ
(Clément Philibert Léo Delibes,
1836年2月21日 - 1891年1月6日)は。

バレエ音楽や歌劇で知られる
フランス・ロマン派の作曲家です。

「フランス・バレエ音楽の父」と呼ばれます。

迫力や壮大などといった言葉とは無縁の。
極めて優美で繊細な舞台音楽を残しました。

++++++++++++++++++++++

クレマン・フィリベール・レオ・ドリーブ:
Clément Philibert Léo Delibes
は。
生涯
1836年、フランスの現在のサルト県に位置する
サン・ジェルマン・デュ・ヴァル
(Saint-Germain-du-Val)に生まれました。

パリ国立高等音楽・舞踊学校(パリ音楽院)で。
アドルフ・アダンに師事し作曲を学びました。

1853年には聖ピエール・ド・シャイヨ
教会オルガン奏者を務めます。

1891年、パリで没しました。

++++++++++++++++++++++


クレマン・フィリベール・レオ・ドリーブ:
Clément Philibert Léo Delibesの。

バレエ音楽
泉(La Source ) - 1866年作曲。

コッペリア(Coppélia ) -
1867年作曲。オペラ座で1870年5月25日初演。

エルンスト・フォン・ドホナーニが
「バレエ『コッペリア』からのバレエ」
としてピアノ用に編曲しています。

シルヴィア(Sylvia ) - 1876年作曲。

ナイラ(Nailä )
こちらもドホナーニが
「バレエ『ナイラ』からのバレエ」
としてピアノ用に編曲しています。

++++++++++++++++++++++

クレマン・フィリベール・レオ・ドリーブ:
Clément Philibert Léo Delibesの。

歌劇

2スーの石炭(オペレッタ)
グリファール氏
庭師とその主人
王の言葉
ニヴェルのジャン
王の楽しみ
ラクメ
カッシア


歌曲
カディスの娘たち

++++++++++++++++++++++







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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年02月20日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月20日(金曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月20日(金曜日)



「初春」「新年」の。
1月も「31日」がおわり。

最後の「冬」月の「2月」です。
「2月」も「20日」たちました。

そしてあと「8日」で「春」=「3月」
になります。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。
「初春」「新年」の。
1月はおわりました。
「2月」も「20日」たちました。
「春」間近し。


昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。
そして今は「晩冬」の「2月」。

「春」「3月」まで「1週間」。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「初春」の「晩冬」の。
「春」まちのこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪の「晩冬」にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに弓を射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「初春」のしずかなる。
「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「初春」の。
「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の
「木枯らし」もなにやら静かです。




「2月」の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみばかりです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「初春」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「晩冬」の。
空の色も。
まさしくも
「晩冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわりましたから。
もうすでに。
次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「初春」の「晩冬」。
「晩冬」の「2月」です。
まださらに。
これから「深い「冬」」です。


けれども。
もうすぐ「晩冬」の「2月」から。
「春」です。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側に。
「春」の気配のあることが。
良くわかります。


いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。
そして
「雪国」をすぎれば「春の国」
です。







冬春池面(いけも)の水面(みずも)
冬春おさなき小さなわかみどり
冬春なもしらぬ
冬春小さな緑の浮き草
冬春若草うきつあつまりて
冬春つらなり水面(みずも)
冬春水面(みずも)をおおいたり
冬春水面(みずおも)にて
冬春風にきそいてさまよえり
冬春ちひさきわらべのごとし
冬春池面の水面(みずおも)の。
冬春小さきちひさなわかみどり


冬春いざいまこそは
冬春よき季節にあらむ
冬春水面(みずも)なるそら
冬春ふと空をみる







冬春早朝(はやあさ)に
冬春けふもはだのさむけれど
冬春ぬくもりのあさ
冬春陽のありがたき
冬春われあゆむがごと
冬春陽はあたかくなりけり
冬春葉木は冬木にかわりたり
冬春みちをあかるくてらさむ
冬春がいだく木
冬春はぐくむ木
冬春みどり木あおし
冬春実りの木紅し(あかし)
冬春来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実

蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬春地にも木にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木ときわ木
冬春ひろがりて
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけり冬春




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「「春」はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。

++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


感謝・感謝です。






「今日は何の日」は。

アントン・ブルックナーから。
ピアノの手ほどきを受け生涯にわたりピアノ演奏も行い
ピアニストとしても有名な物理学者。

マクスウェルらに続いて
気体分子運動論を研究し。

さらに分子の力学的解析から
熱力学的な性質を説明する
統計力学を創始致した物理学者。

その過程で、1872年に「H定理」により
熱現象の不可逆性(エントロピーの増大)を
証明致した物理学者。

1844年 - ルートヴィッヒ・ボルツマン、物理学者(+ 1906年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン
(Ludwig Eduard Boltzmann
1844年2月20日 - 1906年9月5日)は。

オーストリア ウィーン出身の物理学者、哲学者です。

ウィーン大学教授。

統計力学の端緒を開いた功績のほか、
電磁気学、熱力学、数学の研究で知られます。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン:
Ludwig Eduard Boltzmannは。
ボルツマンは1844年、ウィーンに生まれました。
父は税務官でした。

少年時代にはアントン・ブルックナーから。
ピアノの手ほどきを受けました。

生涯にわたりピアノ演奏を好みました。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン:
Ludwig Eduard Boltzmann
は。

1866年にウィーン大学で学位を取得、
翌年ヨーゼフ・シュテファンの助手となりました。

マクスウェルらに続いて気体分子運動論を研究し。
さらに分子の力学的解析から熱力学的な性質を説明する
統計力学を創始致しました。


その過程で、1872年に「H定理」により。

熱現象の不可逆性(エントロピーの増大)を
証明致しました。
(L.Boltzmann:Wien Ber. 66,275(1872))。

1877年に発表した論文
「熱平衡法則に関する
力学的熱理論の第2主法則と確率計算の関係について」
(L.Boltzmann:Wien Ber. 76,373(1877))に
おいてボルツマンの関係式、
を導きました。

エントロピーと系のとりうる状態との
関係を明らかに致しました。

上式における「比例定数k」は「ボルツマン定数」
と呼ばれています。

++++++++++++++++++++++

また。
ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン:
Ludwig Eduard Boltzmann
は。

ヨーゼフ・シュテファンが実験的に明らかにした
「黒体放射が温度の4乗に比例するという法則」

理論的な証明を与えました
(1884年,L.Boltzmann:Ann Phys. 22,31,291(1884))。

この法則は。
「シュテファン=ボルツマンの法則」
として知られています。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン:
Ludwig Eduard Boltzmann
は。

原子論の立場をとるボルツマンは。
実証主義の立場から原子の存在を否定する
エルンスト・マッハや
ヴィルヘルム・オストヴァルトらと対立し、
激しい論争を繰り広げました。

そのためもあって晩年はうつ病に苦しみ、
イタリア フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州にある
保養地 ドゥイノで静養中に亡くなりました。

++++++++++++++++++++++

ルートヴィッヒ・エードゥアルト・ボルツマン:
Ludwig Eduard Boltzmann
年表

ウィーンにあるボルツマンの墓には
エントロピーの公式が刻まれています。

1844年 - ウィーンにて誕生。
1863年 - ウィーン大学入学
1866年 - 学位取得
1867年 - ヨーゼフ・シュテファンの助手となる
1869年 - グラーツ大学数理物理学助教授
1872年 - ボルツマン方程式、ボルツマンのH定理を導出
1873年 - ウィーン大学数学教授
1876年 - グラーツ大学実験物理学教授
1877年 - ボルツマンの関係式を導出
1884年 - シュテファン=ボルツマンの法則に理論的な証明を与える
同年 - 妻ヘンリエッテと結婚
1887年 - グラーツ大学学長
1890年 - ミュンヘン大学理論物理学教授
1894年 - ウィーン大学物理学教授
1900年 - ライプツィヒ大学教授
1902年 - ウィーン大学教授
1906年 - ドゥイノにて自殺
++++++++++++++++++++++





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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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2009年02月19日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月19日(木曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月19日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「1月」がもうとうにおわりました。
最後の「冬月」「2月」になりました。
「19日目」です。

そして。

あと「9日」で本物の「初春」の。
「春」の「3月」
の「おとずれ」になります。



今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





「春」がくれば。
今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

たんぽぽが咲き。すみれが咲き。
おたまじゃくしが泳ぎ。

春分の日もすぎれば。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になり秋の虫が鳴く。
そして9月がおわり。
中秋10月なり紅葉の季節。
そして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。




最後の「晩冬」から。
今は「2月」。「初春」。

「はつはる」の「3月」は間近です。
「晩冬」の冬になりました。
最後の冬月になりました。

「雪国の冬」になりました。

「12月」の冬至を。
すぎて「陽」はもうすでに
日々たかくなりつつあります。

「1月」「2月」の寒い雪の「冬」
もおわれば。

「春」がきてそして「夏」に向かう。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真最中」「晩冬」の

「2月」です。

けれども「昨年」12月の冬至は

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝陽ののぼるのが早くなりました。

夕陽がおりるのは遅くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


ふゆきたりなば

はるとおからじ


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )











「秋」から「冬」への

移り変わりは


二階から「かけあし」の足音のきこえるような



「かけあし」

のようでした。



「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
「新年」「初春」の「1月」もおわり。
今は
「2月」「晩冬」です。
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。

ゆっくりと。

ゆっくりと。あるいてきます。


だから。

「春」をまつのであれば。

「春」がゆっくりと。

歩いてくるのをまたなければ。

なりません。


「初春」「新年」。

平成21年になりました。

去年はおわりました。

「晩冬」「2月」

もうすぐ「春」ですね。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてやってくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな「晩冬」の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「「冬」雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

朝の「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。





この「あおぞら」をみていると。

とても

信じられないくらいに。

元気がわいてくることに気が付きました。

「太陽」の「陽射し」。

「陽射し」の「めぐみ」のありがたさです。


「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
まことの。
「ごほうび」であるのでしょう。


「太陽のひかりのひざし」は



「いのちへのめぐみ」です。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」を「いま」さずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」がおわり。

「2月」です。

「春」間近し。




病院の庭園に「何本」もある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

緑野に見え隠れする蓮華草
のように
枝にみのらせています。

「やぶつばき」は。
「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花致します。

くれない色としろ色の積雪のようです。


「山茶花(さざんか)」「やぶつばき」の花の花びら。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。



「山茶花(さざんか)」

と「やぶつばき」

にも。

「人生」の。

「解答」があるような

気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物です。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」。
色は紫。むらさきです。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンに野菊の花束ささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かびます。


この「花」が。


「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は


香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「「冬」や「春」の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて



折々に散るものどけし春雨の
はれたる軒の山桜ばな


が園のものとおもへば初わかな
はつかなれども嬉しかりけり

立ち渡る霞をみれば足引きの
山にも野にも春は来にけむ

わたつ海の波のいづこに立ち初て
果なくつゝむ春の霞ぞ

さざ波やしがの都のいにしへの
おもかげうすく立つ霞かな

鶯のけさおとづるゝ声聞て
はじめて春の心地こそすれ

うれしくもわがものにして聞てけり
このあかつきの鶯の声

のどかなるけさの雨にやはるの野の
みどりも色まさるらむ

おくれたる友の為にとしをりして
谷間の蕨折り残しけり





ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむ。

いまだお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音色(ねいろ)」もあるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「2月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬春やま中さまよいて
冬春やま中をわけいらば
冬春やま中大樹の根元に隠れたり
冬春やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬春やま中みつけたりやまの秋の華。
冬春やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬春やま中大樹の根元に隠れたり
冬春山はぜの葉木。
冬春やま中やまうるしの葉木。
冬春やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬春こす「はだか木」。
冬春こす元気な木。たくましき木。


冬春山萩(やまはぎ)の
冬春花をかくして燃えたたむ
冬春に実りの祭りなり
冬春山はぜの葉炎
冬春天高く燃ゆ

ふゆはるやまはぎの
ふゆはるはなをかくしてもえたたむ
ふゆはるにみのりのまつりなり
ふゆはるやまはせのほのほ
ふゆはるてんたかくもゆ










ふゆはるひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆはるさとやまに木々のみどり木
ふゆはるこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆはるみどりの炎(ほのほ)
ふゆはるほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆはるほのほにかすみにただよひて
ふゆはるうるわしくかがやきたり
ふゆはるあたたかくかおりたり
ふゆはるあざやかなりけり 
ふゆはるやまさとのやまみどり
ふゆはるやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐに。


もうすぐ。

「小さい春」がみつかるはずです。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------









+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++












★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。


私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。



「今日は何の日」は。

20世紀の抽象彫刻に決定的な影響を与え。
ミニマル・アートの先駆的作品も残した。
ルーマニア出身の20世紀を代表する独創的な彫刻家。

著名な言葉で。
”create like god, command like king, work like slave”

「神のように創造し、王のように指揮を執り、奴隷のように働け」
を残している彫刻家。

1876年 - コンスタンティン・ブランクーシ、彫刻家(+ 1957年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ(Constantin Brancusi,
1876年2月19日 - 1957年3月16日)は。

ルーマニア出身の20世紀を代表する独創的な彫刻家です。

20世紀の抽象彫刻に決定的な影響を与えました。
ミニマル・アートの先駆的作品も残しました。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusiは。
1876年2月19日、ルーマニア南西部のオルテニア地方
(ワラキア地方の西半分)の
ゴルジュ県のホビツァに生まれました。

1894年から1898年まで。
ワラキア地方のクラヨヴァの美術工芸学校で美術を学びました。

1898年から1901年までブカレストの国立美術学校で美術を学んだ後。
しばらくは故郷で大工仕事などに従事致しました。

1904年、パリ美術学校に入学し彫刻を学びます。
この頃はオーギュスト・ロダンの影響を受けていました。

1907年、ロダンの工房で数ヶ月働きました。
抽象化への転機となる作品『祈る人』を製作致しました。

1908年、『接吻』シリーズ、
『マイアストラ』シリーズの制作開始を致しました。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusi
は。

写実的方法を離れて。
極めて単一で純粋なフォルムの抽象的作品に至りました。

1913年、アメリカで最新のヨーロッパ美術を紹介する展覧会
「アーモリーショー」に出品致しました。

1924年、代表作『空間の鳥』シリーズを製作開始致します。

1957年3月16日、パリにて死去致しました。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusi
は。

ブランクーシの作品は抽象化が進み。
代表作である『新生児』や『空間の鳥』では。

幼児の頭部や飛ぼうとする鳥が
ほとんど単純な卵形やプロペラ型の形態にまで至っています。

ただし彼の作品は、描写の対象物の本質を捉えています。

それを効果的に単純な形態に写すものであり。

対象物の形態から完全に離れてしまうものではありません。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusi
は。

このような単純化のため。
1926年に作品販売のため『空間の鳥』を
アメリカ合衆国に輸出した際に。

税関で美術品とみなされずに工業製品とみなされてしまい
高い関税を課せられてしまいました。

購入者と税関が裁判で争うという前代未聞の事件
に到りました。
そして
購入者が最終的に勝訴する事件が起こっています。


++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusiの。

ブランクーシの独創的な作品は。
後の現代彫刻、絵画、デザインなどへ多大なる影響を与えました。
特に代表作でもある『無限柱』シリーズは。
単純なユニットの反復により構成されています。

本人が友人のマン・レイに語ったところでは。
「どこで切断しても無限の柱としての特性を失わないもの」
とされます。

この思想はカール・アンドレなどの
ミニマル・アートへ強い影響を与え
ました。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusi
は。

ブランクーシは朴訥な人柄でした。
様々なアーティストから慕われました。
マルセル・デュシャンやマン・レイとも親交がありました。

デュシャンは、ニューヨークでブランクーシの作品を
売買することで生活していた時期もありました。


++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusi
は。
マン・レイから写真術を教わったブランクーシは。
自分のアトリエ内に暗室をつくり
自らの作品を写真に記録することに熱中したこともありました。

またイサム・ノグチはパリでブランクーシの助手となることで
抽象彫刻家としてのキャリアに方向性を見出しました。

++++++++++++++++++++++

コンスタンティン・ブランクーシ:Constantin Brancusi
の。

著名な言葉で。
”create like god, command like king, work like slave”

「神のように創造し、王のように指揮を執り、奴隷のように働け」
を残しています。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。





おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 15:39| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月18日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月18日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月18日(水曜日)



「初春」「新年」の「2月」も
「18日」たちました。
あと「3日」まで。
最後の「冬月」の「2月」
です。

そしてあと「10日」たてば。
「春」の「3月」になります。

「春」は。

まちどおしいもの

であることが

あらためて。

みにしみて。

感じられます。





★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「初春」です。
「1月」は終わり。

「2月」は
「11日」たちました。

今現在は
「2月」。
「新年」の「初春」の「晩冬」です。
もうすぐ。
そこまで「春」がきています。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「2月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」の「晩冬」を迎え。

さらなる深い冬越しと。

「春」まちの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える葉の厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

「夜の「木枯らし」」に
弓射られて地上に落花致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花ひらく」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「毛氈(もうせん)花壇」のように。
「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地上の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落花現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「晩冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は。

地上の「紅白」のはなびらで。
昆虫にその存在を
探知させているのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
「2月」の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。

「春」間近(まぢか)です。



山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちて。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
が。
楽譜のように記譜されているような「木」です。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の
標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。


時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。


付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「2月」は「初春」「新年」の「晩冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもとてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。












「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「2月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。


うっすらと「ドア」を開けると。

「魔王:Erlkönig」の吹く。

不協和音のオカリナのような。

音色ではいりこもうとします。








そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
「春」間近くして。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「2月」。

雪国の冬です。

そして「春」間近です。




2月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の2月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い「春」」が。

ピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」
「むかえくるはるいろ」が感じられます。



冬春陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬春空にも地にも天高くはれ。
冬春の大気のひそみかくれ。
冬春そらにみちてあふれれば。
冬春吐息(ためいき)となり。
冬春吐息が霧雨か霞になり。
冬春おりてくるような感じです。
冬春「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「晩冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「晩冬」
です。

「晩冬」の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬春山椒(さんしょう)の木の芽が
冬春にも若葉はそだち。
冬春若葉は冬の若枝となり。
冬春若枝は天高くすこやかにのび。
冬春のふかまりにますますすこやかに。
冬春山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬春空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬春深まりたり
冬春空たかく
冬春あやにしき
冬春みどり木
冬春さんしょう木
冬春陽をあびてかがやけり
冬春いざいまこそは
冬春金色(かがね)にかわり
冬春赤き秋空に燃えたたむ






冬春さんしょう木
冬春もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬春わかば葉はいずるは花ならむ
冬春(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)たかくもえたたむ
冬春金色(こがねいろ)なる
冬春さんしょう木
冬春(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬春ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬春めだかのむれのひかりたり
冬春むれておよげるひめだかの
冬春みずのなかなるちいさないのち
冬春みずのなかなるおおきないのち
冬春みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬春いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけた
そして
「小さい春みつけた」は。



「こころしずまる気」がします
「初冬」かえあ
「晩冬」になります。
「初春」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------



平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた診療スタッフで。
限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
限られた診療スタッフで。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。



「今日は何の日」は。

アメリカ人の。
類稀なる才能の東洋美術史家。

当時の日本の美術行政、文化財保護行政にも
深く関わり。

1884年には文部省図画調査会委員に任命され。
同年岡倉天心らに同行して
近畿地方の古社寺宝物調査を行い。

法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像を開扉したエピソード
で高名な東洋美術史家。

狩野芳崖の遺作であり代表作でもある
『悲母観音』(東京藝術大学蔵)を。
狩野芳崖を指導し「唐代仏画のモチーフに
近代様式を加味して制作」させた東洋美術史家。

また日本の美術文化を深く理解し。
「欧米諸国」にはない。
「国宝」(National treasures)という概念を
日本に作りもたらしたた東洋美術史家


1853年 - アーネスト・フェノロサ、東洋美術史家(+ 1908年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ
(Ernest Francisco Fenollosa、
1853年2月18日 - 1908年9月21日)は。
アメリカ合衆国の東洋美術史家、哲学者です。
明治時代に来日した外国人東洋美術史家。

日本美術を評価し。

紹介に努めたことで知られている方です。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
の生涯と日本での活動

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。

マサチューセッツ州生まれのハーバード大学卒です。

先に来日していた
動物学者エドワード・シルヴェスター・モースの紹介で
1878年(明治11年、当時25歳)に来日致しました。

東京大学で政治学、哲学、理財学(経済学)などを講じました。

フェノロサの講義を受けた者には。
井上哲次郎、高田早苗、坪内逍遥らがいます。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。

以上のようにフェノロサの
専門は政治学や哲学でありました。

美術が専門ではなかったのですが。

来日前にはボストン美術館付属の美術学校で
油絵とデッサンを学んだことがあり、
美術への関心はもっていました。

来日後は日本美術に深い関心を寄せました。

助手の岡倉天心とともに古寺の美術品を訪ねました。
天心とともに東京美術学校の設立に尽力致しました。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
が。

フェノロサが美術に公式に関わるのは
1882年(明治15年)のことでした。

同年の第1回内国絵画共進会で審査官を務めました。
同年には狩野芳崖の作品に注目致しました。
以後2人は以後親交を結ぶことになりました。

芳崖の遺作であり代表作でもある
『悲母観音』(東京藝術大学蔵)は。

フェノロサの指導で唐代仏画のモチーフに
近代様式を加味して制作したものです。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。
フェノロサは狩野派絵画に心酔していました。

狩野永悳(えいとく)という当時の狩野派の画家に師事して。
「狩野永探」という画名を名乗ることを許されています。

同じ1882年には龍池会(財団法人日本美術協会の前身)にて
「美術真説」という講演を行いました。

日本画と洋画の特色を比較して。
日本画の優秀性を説きました。


++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。

フェノロサは。
当時の日本の美術行政、文化財保護行政にも
深く関わりました。

1884年には文部省図画調査会委員に任命されました。
同年には岡倉天心らに同行して
近畿地方の古社寺宝物調査を行っています。

法隆寺夢殿の秘仏・救世観音像を開扉したエピソードは
この時のものです。

それ以前、1880年と1882年にも京都・奈良の
古社寺を訪問したことが記録からわかっています。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。
1890年に帰国致しました。

ボストン美術館東洋部長として日本美術の紹介を行いました。
その後、1896年、1898年、1901年にも来日致しました。

1908年、ロンドン滞在中に逝去。

++++++++++++++++++++++


アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
の評価

廃仏毀釈を経て。
また西洋文化崇拝の時代風潮の中で見捨てられていた
日本美術を高く評価し研究を進め、広く紹介した点は
日本美術にとっての恩人ともいえ。
極めて高く評価されています。

フェノロサが参加した古社寺の宝物調査は、
文化財保護法の前身である
古社寺保存法の制定(1897年)への道を開いたものであり。

東京藝術大学の前身の1つである
東京美術学校の開校にも関わるなど。

明治時代における
日本の美術研究、美術教育、伝統美術の振興、
文化財保護行政などに
フェノロサの果たした役割は極めて大きいです。


また「国宝」(National treasures)という
他国にはない「概念」は彼が考えたものです。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。

一方、『平治物語絵巻』、尾形光琳筆『松島図』
(ともにボストン美術館所蔵)など国宝級の美術品を
海外に流出させたとして批判を受けることも多いのです。

これについては。
当時の日本人がゴミ同然に扱っていたものを
保存するためだったという意見もあります。

なお奈良県にある薬師寺の東塔を
「凍れる音楽」と評したとも言われます。

「建築は凍れる音楽」というフレーズ自体は。
もっと以前からドイツなどで使われていたものです。

薬師寺東塔を評して「凍れる音楽」と
評したのはフェノロサではないという説があります。

++++++++++++++++++++++

アーネスト・フランシスコ・フェノロサ:
Ernest Francisco Fenollosa
は。

生前、仏教に帰依しています。
1896年には滋賀県大津市の
園城寺(三井寺)で受戒致しました。

その縁で同寺塔頭の法明院
(滋賀県大津市園城寺町246)に葬られています。


++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年02月17日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月17日(火曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月17日(火曜日)



平成21年の「2月」も「17日」たちました。
あと「11日」で最後の「冬」。
「晩冬」の「2月」はおわります。

そして。
あと「11日」で。
「春」の「3月」になります。
「初春」




★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「1月」がおわり。
「晩冬」の「2月」です。


「初春」の。
「冬」「晩冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「初春」です。「晩冬」です。
深い「冬」です。

「春」間近です。





暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「晩冬」から「初春」の。

早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「独唱」から次第に「合唱」に
なってきました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜ(ひとかぜ)の
「木枯らし」の鳴いている場所も。
わかるように。なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
の季節 にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにやどるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもはやくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。

これから日々ゆっくりと

日は長くなります。陽はたかくなります。

よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」「晩冬」であり「真冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。

雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。

「初春」の「中冬」「晩冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境(こころ)が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句



「手に取るな

やはり野におけ蓮華草」




のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。



やはり野におけ。

蓮華草とからまつ


「晩冬」の「からまつ」です。

そしていま。
「春」をまつ「からまつ」の時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。



「初春」「晩冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」にながら堂々と一本の茎。

雑草も。
冬草へと変貌しつつながらえています。
「春」をまつ「冬」の雑草です。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬春地にも空にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木冬空
冬春天高くひろがりけり
冬春ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけりふゆはる






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。




「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。






「今日は何の日」は。

シュテルン-ゲルラッハの実験で有名な。
ドイツ生まれのアメリカの物理学者。

1933年アメリカに渡りカーネギー工科大学の教授になり
1945年に引退するまで同研究所で研究。
1933年に陽子の磁気モーメントの測定を行い。
1943年にノーベル物理学賞を受賞した物理学者

1888年 - オットー・シュテルン、物理学者(+ 1969年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

オットー・シュテルン:オットー・スターン:
Otto Stern、1888年2月17日-
1969年8月17日)はドイツ生まれのアメリカの物理学者です。

1943年のノーベル物理学賞受賞者です。

1933年にナチス政権に。
ハンブルク大学教授の地位を追われた後に。
アメリカに渡りました。


++++++++++++++++++++++

オットー・シュテルン:オットー・スターン:
Otto Sternは。
1912年にブレスラウ大学(現ポーランド)を卒業致しました。

プラハ大学で、アインシュタインに会いました。
アインシュタインとともに。
チューリッヒ工科大学に移りました。


++++++++++++++++++++++

オットー・シュテルン:オットー・スターン:
Otto Stern
は。
1914年から1921年までフランクフルト大学教授であり。
1923年から1933年までハンブルク大学の物理化学の教授
を勤めました。

++++++++++++++++++++++

オットー・シュテルン:オットー・スターン:
Otto Stern
は。

初期の研究は理論物理学の分野であったのですが。

1919年ごろから実験物理学の分野に移りました。

原子線,分子線の実験方法の開発を行いました。

1922年の
シュテルン-ゲルラッハの実験*などが有名です。



++++++++++++++++++++++


シュテルン-ゲルラッハの実験は。

1922年にシュテルン(Otto Stern)と
ゲルラッハ(Walther Gerlach)
が行った実験です。

加熱して蒸発させた銀粒子をビームとして。
磁界中に通過させるとビームは2点に分かれることを示しました。
これは、電子にスピンがあることを示すものです。


*2
シュテルン-ゲルラッハの実験の。
古典的予測

ビームの向きが変わることから、
銀粒子ビームは磁気モーメントを持っていることがわかります。
銀は強磁性体ではないのですが、
磁場の影響で電子の磁気モーメントがそろい
全体としてモーメントを持ちます。

不均一な磁場をかけるのは
磁気モーメントが磁場から磁力を受けるようにするためです。

ビーム中の個々の銀粒子については。
磁気モーメントの向きおよび大きさは自由なので
磁場から受ける力もさまざまなはずです。

したがってビームの先のスクリーン上では。
ビーム軸を中心に広がる分布として。
銀粒子が観測できると予測されます。
++++++++++++++++++++++

*3
シュテルン-ゲルラッハの実験。

験結果・量子力学による解釈。

実験の結果ビームは2本に分かれて観測されました。
これは。
1.
ビーム中の銀粒子の磁気モーメントは大きさが等しく。
向きは磁場に引き寄せられる。
2・
あるいは反発するという2状態のどちらかしかない。

ことを意味致します。
古典力学ではこの結果を説明はできません。

++++++++++++++++++++++

*4
シュテルン-ゲルラッハの実験。

量子力学では。
電子はスピン1/2という属性を持ちます。

スピン1/2の粒子は。
実験者が任意の方向に特徴的な軸(量子化軸)を設けると。

その方向に対し「上向き」(+1/2)または「下向き」(-1/2)
の二つの状態のみを取るとされます。

この実験では磁場の方向が量子化軸となります。

銀粒子の場合も同様に。
「上向き」と「下向き」のスピンを持ちます。

このスピンは磁気モーメントと比例関係があるため。
結果「ビームは磁力を受け2本に分かれた」
と解釈されます。


++++++++++++++++++++++

オットー・シュテルン:オットー・スターン:Otto Stern
は。

1933年アメリカに渡りカーネギー工科大学の教授になり
1945年に引退するまで同研究所で研究致しました。

1933年に陽子の磁気モーメントの測定を行い。
1943年にノーベル物理学賞を受賞致しました。

++++++++++++++++++++++




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2009年02月16日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月16日(月曜日)







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平成21年2月16日(月曜日)



平成21年です。

「初春」です。

もう「47日」たちました。

「2月」。

最後の「冬」月です。

平成21年の「2月」の「16日日」です。

あと「12日」で。「2月」がおわります。

あと「12日」で。

「初春」の「春」の「3月」になります。




今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
「1月」がおわると。
「2月」。

きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「2月」「晩冬」
です。




そろそろ とぼとぼと。

「春」にむかって深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおり。
「あきらかなる」「晩冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「2月」の「冬」の気配が。
手応えはしっかりと。

いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよっています。





「初春」の「冬」へとかわり

「春」「3月」にむけて。

深まる「2月」の「かおり」。

この

「初春」の

「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。

毎年ちがいます。

「冬」から「春」へのかおりの変化(へんげ)」は。

「毎年」新しい。

「うれしい新品のかおり」

がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。

冬の季節の風から。

「新たなる新品のかおり」の「冬」から。

「春」を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども

きゅうにさむくなりました

とてもとてもさむくなりました。

「初春」「新年」「晩冬」の「2月」。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼるにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「2月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。




「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「2月」の「晩冬」から「3月」にかけては。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の終わり」までの準備をすませて。

これからの。
「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝は「とても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらに「春」に。

うつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「2月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「晩冬」「2月」
の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬春さんしょう木
冬春萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬春みどり葉わか葉いずる花のごと
冬春夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬春なりてたゆまずとまらず
冬春冬あゆみそだちて
冬春幹は天たかくそだちたり
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)にもえたたむ
秋冬春金色(こがね)の炎
秋冬春さんしょう木秋冬春


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「晩冬」なのです。




そして「「春」の女神」の。

「佐保姫(さほひめ)」の導く

「春」は間近です。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------







私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。




「今日は何の日」は。

心理学を生理学の一分野であると見なした
最初期の人々の一人であるドイツの医師・生物学者。

彼現在ではごく身近な
「門」や「生態学」などの用語を提唱した生物学者。

主として進化と生物の発生に関心を持ち。
さらに、偶然的ではない発達への関心は
Kunstformen der Natur
(英名“Art Forms of Nature”、
邦訳「自然の芸術的形態」他)の。
美しい挿絵に於いてその頂点に達し
た生物学者。

一方
胎児の図発生と系統は関連を持つという説は
「反復説」と呼ばれ。

「簡単に言えば個体発生は系統発生」と
同様の過程を辿るという
考えで。これを基礎に動物の系統を論じた生物学者
として有名な。


1834年 - エルンスト・ヘッケル、生物学者(+ 1919年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル
(Ernst Heinrich Philipp August Haeckel,
1834年2月16日 ポツダム - 1919年8月8日 イェーナ)は。

ドイツの生物学者であり、哲学者です。

ドイツで。
チャールズ・ダーウィンの説を広めるのに貢献致しました。

++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル:
Ernst Heinrich Philipp August Haeckel,
は。

ヘッケルは医師であり。
後に比較解剖学の教授となりました。

彼は心理学を生理学の一分野であると見なした
最初期の人々の一人です。

彼はまた、現在ではごく身近な
「門」や「生態学」などの用語を提唱致しました。

彼は主として進化と生物の発生に関心を持ち。
さらに、偶然的ではない発達への関心は
Kunstformen der Natur
(英名“Art Forms of Nature”、
邦訳「自然の芸術的形態」他)の
美しい挿絵に於いてその頂点に達し
ました。

++++++++++++++++++++++


エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル:
Ernst Heinrich Philipp August Haeckel,

研究

ヘッケルが描いた胎児の図発生と系統は関連を持つという説は
「反復説」と呼ばれます。

簡単に言えば
「個体発生は系統発生と同様の過程を辿る」というものです。

彼はこれを基礎に動物の系統を論じました。

それを「ガスツレア説」としてまとめました。

この説は修正を受けながらも
長くこの分野の定説の位置を保ちましたた。

++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケルの。

しかし、自説を証明しようとしたヘッケルの
努力は時に不正確で、間違った結果に終わりました。

++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル
は。

ヘッケルはまた「生物発生の法則」でも知られています。

その説では、人種の発生は個体の発生と平行する。
と主張され。
発育初期にある“原始的”な人種はより成熟した
“社会”によって“保護”され“管理”されなければならない
と提唱されました。


++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル
は。

ヘッケルは同時代の科学者に比べて。
華麗な図のためにはるかに人気が高いのです。

彼によるさまざまな考案は進化論の歴史の中で
重要な研究成果でした。

彼は立派な無脊椎動物の解剖学者でもありました。
特に放散虫の研究が最も有名です。


++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル
は。
しかし、彼が考案し擁護した理論的な着想には、
さまざまな疑問が提示されています。

例えば、ヘッケルは動物の祖先として想定したと思われる
微生物について記述し命名しているものの。
これらはまず間違いなく存在していません。

また、彼の反復説の考えは多くの批判を受けています。

ヘッケルは適者生存を支持せず。
ラマルキズムの用不用説を信じていました。

さらに、間違った理論を正当化するために
彼が幾つかの論文に
改竄したデータを使ったことも知られています。


最も有名かつ同時代の人間にすら知られていた例は、
彼の描いた胎児の図に関するものです。

種が別でも胎児には類似性があることを
強調するために故意にゆがめられた図が示されています。

++++++++++++++++++++++

エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル
は。

一説には。
彼の思想はいわゆる自然哲学的な傾向があり。

これが高邁な理論を立てるのに役立ちました。
彼は記述的な研究を低いものとみなしました。

人体解剖学なども実用科学に過ぎないと批判しています。

それらを総合した上でより高いレベルの論を
打ち立てることを良しと致しました。

これが他方で些細な事実にこだわらない、
言い換えれば多少の問題を無視して、
自らの認めた理論にあわせるような
事実の改ざんを行った等の結果をもたらしたのであろう
と考えられています。
++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。




おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 07:02| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月15日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月15日(日曜日)







「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月15日(日曜日)




平成21年の「2月」になりました。

平成21年も。

もう「一ヶ月半」もたちました。


「晩冬」「2月15日」の

今日は(日曜日)です。

とてもとても。

とても「寒い日々」が続いています。

けれども「春」の「3月」まであと

「二週間」です。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
さらなる前の「晩秋」のころ。

「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

「晩冬」の「2月」

あと二週間で「春」の「3月」

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ

「やぶつばき」の季節になりました。




山本クリニックの庭園は。
大昔は。
雑木林であったのです。

「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い寒い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「寒い冬」の日々に。

「寒い冬」に「花粉」を運んでくれる
昆虫はとても少ないはずだから。

花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさん実る確率は高くなる」
はずです。

だから。
昆虫の少ない「冬」に。
「花期」が「極めて短命」とは。
とても不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「晩冬」「初春」
今は「2月」の「晩冬」
もうすく「初春」の「3月」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の。
「初春」の「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは。

「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。
「丸いみかんん」はたわわになりて。
まるで「ぶどう」のようです。

お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも。
野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「2月」
本物の「冬」になりました。
けれども
「春」も間近です。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。

そして。

「木枯らし」をなだめるように。

「粉雪」が舞います。

「粉雪」のほうが「役者」は上です。

「粉雪」は突如(とつじょ)天から舞い降り

ます。

そして遠くから

春の姫君「佐保姫(さほひめ)」

が春のころもをまといながめています。





きょうは。
とてもとても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにみえます。

「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。


「木枯らし」の鳴き声が
「春」の女神の「佐保姫(さほひめ)」の笛ふく
かぜのワルツに変わる日も。
もうすぐです。


最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬春霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬春霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
もうとっくにきこえなくなり。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。

「冬」の「ふうりん」のごとし。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さびさびと「さむい音」です。

「こうこう」

わびわびと。

「たき火をよんでいる音」です。

「たき火」のはぜる元気な「音」から

「春」の間近いことが。

わかります。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
皆で何かを真剣に考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「晩冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「2月」になりました。
今年も平成21年がはじまり
「一ヶ月」がたちました。
「初春」「新年」。
「晩冬」「2月」からもうすぐ「春」ですね。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。

今は「晩冬」の「2月」「春」間近し。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。
そして「春」の木々の「葉」へと。

「みのりの冬」から「春」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。
今は「「冬」のわかば」の「めばえ」は
すこし大きくなりました。










そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」「夜のガスパール」
のようです。

「葉の去った枝」には。
もう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「晩冬」です。

「晩冬」の「2月」「春」間近し。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年毎年と毎日毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてがあざやかな黄金色」に
かがやきます。
朝陽をしっかりと。
「いうにいわれぬ美しい絵のごとく」
受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう


「ざっくり感(ざっくりかん)」



のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
ソテツもすきです。
南天もすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。
「冬木」から春の「春木」への準備
もしています。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝黄金に晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさこがねにはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なるらむ

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなるらむ

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬春きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬春紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬春ミルクをそそそいだ空(そら)
冬春トルコいしのプリンの空(そら)
冬春はるかにとほくたかい空(そら)
冬春ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬春プリンの上のクリームのような空(そら)
冬春睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬春睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空春空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬春空(そら)そのまたむこうにももっと大きな空(そら)





春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ



夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ



秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ



冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ



日々のうららのこもれびに

祈想い(おもい)のいらかにかぜつよし

生きる力に祈りはせ

四季のつきひははやいくとせ







冬春椎木(しいのき)は枝高し
冬春そらに吼える若葉の穂束
冬春そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬春天にも地にもみどりはさける
冬春のあさふかまりて
冬春陽の光ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春いふこともなし
冬春ゆたかなるかな冬春






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




-------------------------------


平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------



2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。







「今日は何の日」は。

「近代ロシア音楽の父」と呼ばれる。
1857年 - ミハイル・グリンカ、作曲家(* 1804年)
没日です。
++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ
(Михаил Иванович Глинка、
ミハイール・イヴァーナヴィチュ・グリーンカ:
Mikhail Ivanovich Glinka、
1804年6月1日スモレンスク近郊
ノヴォスパスコイェ Novospasskoye -
1857年2月15日ベルリン)は。

ロシア国外で広い名声を勝ち得た
最初のロシア人作曲家です。

「近代ロシア音楽の父」と呼ばれます。

ウクライナ系です。

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ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинка
は。
グリンカは富裕な地主の家庭に生まれました。
子ども時代から音楽に興味を持っていました。

少年のころに体験した祖国戦争と
農奴オーケストラが演奏する民謡の編曲が。

成長してからの。
彼の音楽に影響を与えたといわれています。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинкаは。

経済的に恵まれていた彼は若いうちから。
ピアノ、ヴァイオリン、声楽、指揮、
そして作曲を熱心に学習することができたのですが。

音楽教育はごくわずかしか受けておらず。

同胞の作曲家よりは、むしろプーシキンら
当時の詩人や画家などと交遊を結びました。

やがてはイタリアなどの
多くの諸外国で勉強する機会を得て。

芸術的に進んだ西欧の文化を吸収することができました。

しかし外国を回るうちに
徐々に彼のロシア人としてのアイデンティティが芽生えました。

ロシア的な作品を書きたいという
願いが起きてくるようになったのです。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинкаの。

この間ロシアの民族音楽に興味を示した者は
ほとんどいなかったのです。

その代わりに貴族階層は。
ドイツやフランス、イタリアなどから。
たとえばヴィンチェンツォ・ベッリーニや
ガエターノ・ドニゼッティなどの作品を輸入していました。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинка
は。

完璧なロシア的なオペラを。
最初に作曲すべく取り掛かったのがグリンカなのです。

1836年に作曲された《皇帝に捧げた命》は。

G.F.ローゼン男爵の依嘱作品で大成功をもって
賞賛されました。

これは、幅広く受容された
最初のロシア語オペラであるのです。

部分部分はロシア民謡に基づいています。

主部は伝統的なイタリア様式で構成されています。

因みに、この作品は。
ソビエト時代には政治的な理由から。
主人公の農民の名前をとって
《イワン・スサーニン》として知られ
ていました。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинка
の。
オペラの第2作《ルスランとリュドミーラ》は。

1842年に作曲されました。
ほとんどは上演のまずさのせいで
今度は好意的に受容されませんでした。

この作品は、民謡の自由な活用や。
不協和音や半音階。
それに全音音階の独創的な活用が特徴的です。

それにもかかわらず。
この第2のオペラには。
国民楽派的な作曲様式が確固としています。

これは次世代のロシア人作曲家によって追随されることとなる
名作となりました。


++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинка
は。

1857年に対位法の研究のために滞在していたベルリンに客死
致します。

遺体はペテルブルクに運ばれて。
アレクサンドル・ネフスキー大修道院に埋葬されました。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинкаの。
作風と後世への影響。

グリンカは青年時代にイタリア、晩年にドイツに留学して。
作曲理論を学んでいます。

この間にはオペラよりも器楽曲の創作を追究致します。

イタリア時代は。
ハイドンやモーツァルトの器楽曲や
ロッシーニの序曲の様式で。
数々の室内楽曲を作曲しています。
またドイツ時代は、交響詩などの管弦楽曲が中心となっています。


中でもイタリア時代に書かれた
クラリネット三重奏曲《悲愴トリオ》ニ短調は。
イタリア風のカンタービレとスラヴの憂鬱が結びついた。

流麗かつ軽快な表現によって
大名作の再評価を受けるに至っています。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинкаの。

初めて真のロシア的音楽をつくったといわれる
グリンカの作品は、ロシアのその後の作曲界に
重要な影響を与えました。

とりわけ有名なのが
「ロシア五人組」です。

このグループはグリンカの指導力を受け入れて。
はっきりとした。
ロシア的な特質のあるクラシック音楽を創造致しました。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинкаの。

グリンカ作品のうち。
歌劇《皇帝に捧げた命》
(Жизнь за царя)と。
《ルスランとリュドミラ》
(Руслан и Людмила)の二つは。

ロシア最大の詩人アレクサンドル・プーシキン原作
の台本によるものです。

これらの序曲が
しばしば演奏会でも演奏されて有名です。

管弦楽曲はあまり有名ではないのですが。

それでも交響詩
《カマリンスカヤ》(Камаринская、1848年)や
《ホタ・アラゴネーサ》(Арагонская хота1845年)
などの作品があります。

++++++++++++++++++++++

ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ:
Михаил Иванович Глинкаは。

また数ヶ国語をマスターしていたほどの
大変な旅行家であったのです。

彼は、ロシアの民俗音楽だけでなく。
旅先で触れた各国の民俗音楽を吸収したり
自作に取り入れたりしています。

もっとも彼が旅行ばかりで
あまりロシアに滞在しなかった理由は。
国外での彼の音楽に対する高い評価に比べて。
当時のロシア国内では特に貴族などの保守的な層から
良い評価を得られなかったせいとも言われています。

反面、彼ら以外の主に貧しい若い層の音楽家たちからは
尊敬を勝ち得ていたのです。

++++++++++++++++++++++





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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 10:04| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月14日(土曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月14日(土曜日)




「初春」の「2月」も「14日」たちました。


最後の「冬」月の「2月」。
そしてあと「14日」2週間で。

「春」の「3月」になります。
「春」よ来い早く来い。



-------------------------------
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------




「新年」の「1月」がおわりました。
そして。
いよいよ「晩冬」の「2月」です。
「2月」もなかばがすぎ。
もうすぐ「3月」です。
「春」間近し。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。

「新年」の「初春」になりました。
「1月」がすぎ。
「初春」の「2月」


「春」間近いけれども。

けれども
これからいよいよに。
もっと深く。
ふかまる「冬」。

ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」。
雪国の「冬」を過ぎればそこは。

「雪国」の「春」


雪国の「冬」から

「春」。


「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」をこえて。

「春」を.


むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。
「冬」がすぎたら「春」をむかえよう。

自在に「かんがえる」。

「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せの「しらべ」です。






「新年」の「初春」だけれども。

「1月」は去り「2月」。


「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。

「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。

朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。

「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。

「冬役者」かけあしの怒涛のような。

音がきこえます。

けれども。

白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい

「春」の「さほ姫」*


は「冬将軍」をいなして。

「春」を導いていることがわかります。


「佐保姫(さほひめ)」は春の神です。

五行説では春は東の方角にあたります。
平城京の東に佐保山があるために。
春の神は佐保姫と呼ぶようになりました。

白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい女性です。
竜田山の神で秋の竜田姫と対を成すことになります。



「冬将軍」

とはだれのつくった「ことば」か。

すごい言葉と感嘆致します。




ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

-------------------------------

『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては
妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


-------------------------------





「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。

そして「春」間近く。
「佐保姫(さほひめ)」のワルツ
が聞こえます。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。

面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


-------------------------------




常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬春野路はた見たりビロードのしだ
冬春わらべのごときビロードのしだ
冬春わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬春山奥にひそむビロードのしだ
冬春しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬春めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬春ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬春山奥のしだのビロードのしだ
冬春「まち」にもいきるビロードのしだ
冬春けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬春生い立ちしらずビロードのしだ
冬春されどそのちからこそとほとしビロードのしだ





春をまつ


冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」
の気配がうつろいて。
うつります。
そして春の「佐保姫(さほひめ)」
がみつめています。




冬春まちなみ蒼く(あおく)
冬春いろどりて
冬春木々の榛葉のかがやけり
冬春暑さの夏秋をうつろひて
冬春ふかまるみどりの冬木なり
冬春しずまるみどりの冬木なり
冬春みのりの冬こそありがたし
冬春みのりの冬こそこひしかり
冬春虫なきてささやけり
冬春木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------











★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝





「今日は何の日」は。
初めて「放射線」の軌跡を探知する
ウィルソンの霧箱を初めて開発したこと
で知られる。

つとに有名な物理学者。
1927年のノーベル物理学賞の受賞者である
スコットランドの物理学者。

1869年 - チャールズ・ウィルソン、物理学者(+ 1959年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン
(Charles Thomson Rees Wilson 、
1869年2月14日 - 1959年11月15日)は。
スコットランドの 物理学者です。

「ウィルソンの霧箱」で知られつとに有名な物理学者です。

1927年のノーベル物理学賞の受賞者です。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン:
Charles Thomson Rees Wilsonは。

スコットランド中部のGlencorseに
農民の息子として生まれました。

1873年に父親が死ぬと家族は
マンチェスターに移りました。
チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン:
Charles Thomson Rees Wilsonは

マンチェスター大学で学んだ後。
ケンブリッジ大学で学びました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン:
Charles Thomson Rees Wilsonは。

気象学に興味を持ち1893年に
雲とその性質の研究を始めました。

しばしばベン・ネビス山の気象観測所
にいって雲の発生の観察を行いました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン:
Charles Thomson Rees Wilson
は。

その後ケンブリッジの実験室で。
実験装置を使って雲を発生させる実験を始めました。

密封した容器に湿った空気をいれて
減圧(断熱膨張)させることによって
霧を発生させました。

霧箱にイオンや放射線の飛跡が
発生することを発見致します。


++++++++++++++++++++++

チャールズ・トムソン・リーズ・ウィルソン:
Charles Thomson Rees Wilson
は。
霧箱を発明した時。
キャヴェンディッシュ研究所の所員であったのです。

この「ウイエウソンの霧箱」は。
同研究所のJ・J・トムソンら電子や放射線の研究者たちの
重要な道具として用いられました。

霧箱の発明によって。
1927年のノーベル物理学賞を受賞致しました。

1959年にエディンバラで90年の生涯を閉じました。

++++++++++++++++++++++





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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 07:03| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月13日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月13日(金曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月13日(金曜日)



「初春」「新年」の。
1月も「31日」がおわり。

最後の「冬」月の「2月」です。
「2月」も「13日」たちました。

そしてあと「15日」で「春」=「3月」
になります。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。
「初春」「新年」の。
1月はおわりました。
「2月」も「13日」たちました。


昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。
そして今は「晩冬」の「2月」。
「春」「3月」まで「2週間」。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「初春」の「晩冬」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪の「晩冬」にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに弓を射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「初春」のしずかなる。
「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「初春」の。
「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の
「木枯らし」もなにやら静かです。




「2月」の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみばかりです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「初春」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「晩冬」の。
空の色も。
まさしくも
「晩冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわりましたから。
もうすでに。
次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「初春」の「晩冬」。
「晩冬」の「2月」です。
まださらに。
これから「深い「冬」」です。
けれども。
もうすぐ「晩冬」の「2月」から。
「春」です。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側に。
「春」の気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。
そして
「雪国」をすぎれば「春の国」
です。






冬春池面(いけも)の水面(みずも)
冬春おさなき小さなわかみどり
冬春なもしらぬ
冬春小さな緑の浮き草
冬春若草うきつあつまりて
冬春つらなり水面(みずも)
冬春水面(みずも)をおおいたり
冬春水面(みずおも)にて
冬春風にきそいてさまよえり
冬春ちひさきわらべのごとし
冬春池面の水面(みずおも)の。
冬春小さきちひさなわかみどり


冬春いざいまこそは
冬春よき季節にあらむ
冬春水面(みずも)なるそら
冬春ふと空をみる







冬春早朝(はやあさ)に
冬春けふもはだのさむけれど
冬春ぬくもりのあさ
冬春陽のありがたき
冬春われあゆむがごと
冬春陽はあたかくなりけり
冬春葉木は冬木にかわりたり
冬春みちをあかるくてらさむ
冬春がいだく木
冬春はぐくむ木
冬春みどり木あおし
冬春実りの木紅し(あかし)
冬春来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実

蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬春地にも木にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木ときわ木
冬春ひろがりて
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけり冬春




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。

++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


感謝・感謝です。




「今日は何の日」は。

ピアニストの中のピアニストと称された。
The Pianist of Pianists」と呼ばれたピアニスト。

1870年 - レオポルド・ゴドフスキー、
ピアニスト・作曲家(+ 1938年)
の生誕日です。
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レオポルド・ゴドフスキー(Leopold Godowsky,
ポーランド語 Leopold Godowski,
1870年2月13日-1938年11月21日)は。
ポーランドのピアニスト、作曲家、教師です。

「ピアニストの中のピアニスト
The Pianist of Pianists」と呼ばれます。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。

ゴドフスキーは現在のリトアニアの首都ビリニュスの近く、
ソズウィ Soz?y に生まれました。

幼少の頃に。
彼はピアノ演奏と音楽理論のレッスンを受けていました。

14歳になると。
ベルリン高等音楽院に入学致します。

エルンスト・ルドルフ Ernst Rudorff の下で
研鑽を積み始めるも
3ヶ月で辞めてしまいました。

それ以外では、彼は基本的に独学家でした。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyの
コンサート・ピアニストとしての活動

レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyが。
(最終的にオーストラリアと南極を除く
全大陸に及ぶことになる…日本も含む)
を開始したのはゴドフスキーが僅か10歳の時でした。

1886年、北アメリカの巡回公演後、
ヴァイマルにいる
フランツ・リストの下で勉強しようと思いました
ヨーロッパに戻ってくるのですが。

直後にリストの死を知り、パリへいきました。

パリで彼は作曲家=ピアニストであった
カミーユ・サン=サーンスと親交を結びました。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。

サン=サーンスとの出会いは。

ゴドフスキーに
当時の優れたフランスの音楽家達と
知り合うきっかけを与えました。

サン=サーンスはゴドフスキーを
養子にし姓を継いでもらうよう申し入れ
ました。

ゴドフスキーがそれを辞退すると
サン=サーンスは大変不機嫌になったという
ことです。


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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。

1890年、ゴドフスキーは教師として
ニューヨーク音楽大学
(New York College of Music)で活動を始めました。

ニューヨークに居るとき。
彼はフリーダ・サックス(Frieda Saxe)と結婚致しました。

アメリカ合衆国市民権を獲得致します。

1894年にはフィラデルフィアの
ブロードストリート音楽院(Broad Street Conservatory)、
翌年の1895年には
シカゴ音楽院(Chicago Conservatory)に移動。

シカゴ音楽院ではピアノ学科代表になりました。


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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。

大成功に終わった1900年のヨーロッパ巡回公演の際に。

ゴドフスキーはベルリンの地へ再び訪れました。
そこで彼は教育活動と演奏活動の二役をこなしました。

1909年から1914年にかけて、
ゴドフスキーはウィーン音楽院
(Konservatorium Wien)のマスタークラスを教えました。

1914年、第一次世界大戦が勃発し。

彼はニューヨクに戻りました。

ニューヨークにある自宅には
当時の著名なピアニストや有名人
がしばしば訪れました。

特別の仲だったセルゲイ・ラフマニノフからは、
“W.R.のポルカ”を献呈されています。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。

終戦を迎えると。
ゴドフスキーは演奏活動を再開しました。

1930年6月17日に。
ロンドンでのレコーディング中に脳卒中を起こします。
それによって彼は公開演奏の経歴にピリオドを打ちました。

同時に1929年の暗黒の木曜日(世界恐慌)

彼が負った莫大な経済的損失を回復させる
手立てをも失いました。

1932年の彼の年下の息子の自殺と
1933年の妻の死は、悪化するヨーロッパの政治情勢
(それはゴドフスキーの死期を暗示していた)
への彼の絶望と相まりゴドフスキーは
作曲活動をも止めてしまいました。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。

悪化する欧州政情は。

ゴドフスキーが構想していた
「音楽と音楽家の世界会議」
(World Synod of Music and Musicians)や
「国際的な音楽教師機関」
(International Master Institute of Music)
を無に帰しました。

1938年11月21日に。
胃癌のためニューヨークで死去致しました。


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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyの。

演奏スタイル
ダイナミックレンジは狭かったと伝えられています。

一音も弾き逃さない丁寧な演奏であったことは
多くのピアニストによって証言されました。

もともと演奏家としてあがり性であったことなどから、
残されている音源からは彼が当代一流であったか
どうかを判断するのは難しいのです。

しかし、ブゾーニのような完璧主義者と異なり
比較的多くの音源が残されていました。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyは。
「気が乗っていないまま」弾いてしまった
ショパンのソナタ第二番などは彼本人も不満であったのです。

ショパンの装飾音も勝手にゴドフスキーの手によって直されるなど。

20世紀後半以後のショパン演奏とはかなりかけ離れています。

後期ロマン派の脚色が入った表現でした。

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作曲家としてのレオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowsky

ゴドフスキーは、他の作曲家のピアノ小品に
基づくパラフレーズで最もよく知られています。

それらの作品は。

精巧な対位法的処理や。
豊かな半音階的和声により極限まで昇華されています。

この分野でのゴドフスキーの最も有名な作品は
ショパンの練習曲に基づく53の練習曲です。

対声部の導入、技巧的パッセージの右手から左手への転換、
左手独奏用編曲。

2曲の同時演奏など様々な手法を用いて。

ゴドフスキーはショパンの27の練習曲
(それは既に演奏困難なものであるが)
をそれぞれ編曲しています。

これは現代の辣腕な技巧家にとっても極めて苛酷な曲集であり。
今までに全曲演奏を行った敢然なピアニストは
カルロ・グランテと。
フランチェスコ・リベッタの2人だけです。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyの。

しかしそれ故か、彼の作曲家としての実力は
楽壇に不当に無視されました。

ゴドフスキーの没後五十年は
「ピアニストの書いた難技巧を伴う程度の作品」
という不名誉な位置付けに甘んじました。こ

のことは新グローブ音楽辞典が2000年の版になっても、
全作品リストが編纂されていないという事実や、
カールフィッシャー社から出版された
全五巻のゴドフスキー選集の完結が2004年であったこと、
その選集の中に子供の為の
APSシリーズが含まれていないことなどに表れています。

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レオポルド・ゴドフスキー:Leopold Godowskyの
エピソード

なお、彼の息子レオポルド・ゴドフスキー2世
(Leopold Godowsky Jr.,1900-1983)はヴァイオリニストになりました。

友人のピアニスト・レオポルド・マネス(Leopold Damrosch Mannes,1899-1964)
と共にカラー写真の開発に当たりました。

コダック社の協力により1935年に初の本格的なカラーフィルム
「コダクローム」を開発致しました。

彼はジョージ・ガーシュウィンの妹
フランセスと結婚しています。

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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:12| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月12日(木曜日)









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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

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を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月12日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「1月」がもうとうにおわりました。
最後の「冬月」「2月」になりました。
「12日目」です。

そして。

あと「16日」で本物の「初春」の。
「春」の「3月」
になります。



今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





「春」がくれば。
今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。
たんぽぽが咲き。すみれが咲き。
おたまじゃくしが泳ぎ。
春分の日もすぎれば。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。




最後の「晩冬」から。
今は「2月」。「初春」。

「はつはる」の「3月」は間近です。
「晩冬」の冬になりました。
最後の冬月になりました。

雪国の冬になりました。

「12月」の冬至を。
すぎて「陽」は日々たかくなりつつありす。

「1月」「2月」の寒い雪の「冬」
もおわれば。

「春」そして「夏」に向かう。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真最中」「晩冬」の

「2月」です。

けれども「昨年」12月の冬至は

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝陽ののぼるのが早くなりました。

夕陽がおりえうのは遅くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )











「秋」から「冬」への

移り変わりは


二階で足音のきこえるような



「かけあし」

のようでした。



「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
「新年」「初春」の「1月」もおわり。
「2月」「晩冬」です。
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。

ゆっくりとあるいてきます。


だから。

「春」をまつのであれば。

「春」のゆっくりと。

歩いてくるのをまたなければ。

なりません。


「初春」「新年」。

平成21年になりました。

去年はおわりました。

「晩冬」「2月」

もうすぐ「春」ですね。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてやってくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな「晩冬」の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「「冬」雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

朝の「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。




この「あおぞら」をみていると。

とても

信じられないくらいに。

元気がわいてくることに気が付きました。

「太陽」の「陽射し」。

「陽射し」の「めぐみ」のおかげ。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
まことの。
「ごほうび」であるのでしょう。


「太陽のひかりのひざし」は



「いのちへのめぐみ」です。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」を「いま」さずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」がおわり。

「2月」です。

「春」間近し。




病院の庭園に「何本」もある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

緑野に見え隠れする蓮華草
のように
枝にみのらせています。

「やぶつばき」は。
「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花致します。

くれない色としろ色の積雪のようです。


「山茶花(さざんか)」「やぶつばき」の花の花びら。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。



「山茶花(さざんか)」

と「やぶつばき」

にも。

「人生」の。

「解答」があるような

気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。


この「花」が。


「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は


香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて



折々に散るものどけし春雨の
はれたる軒の山桜ばな


が園のものとおもへば初わかな
はつかなれども嬉しかりけり

立ち渡る霞をみれば足引きの
山にも野にも春は来にけむ

わたつ海の波のいづこに立ち初て
果なくつゝむ春の霞ぞ

さざ波やしがの都のいにしへの
おもかげうすく立つ霞かな

鶯のけさおとづるゝ声聞て
はじめて春の心地こそすれ

うれしくもわがものにして聞てけり
このあかつきの鶯の声

のどかなるけさの雨にやはるの野の
みどりも色まさるらむ

おくれたる友の為にとしをりして
谷間の蕨折り残しけり





ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむ。

いまだお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音色(ねいろ)」もあるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「2月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬春やま中さまよいて
冬春やま中をわけいらば
冬春やま中大樹の根元に隠れたり
冬春やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬春やま中みつけたりやまの秋の華。
冬春やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬春やま中大樹の根元に隠れたり
冬春山はぜの葉木。
冬春やま中やまうるしの葉木。
冬春やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬春こす「はだか木」。
冬春こす元気な木。たくましき木。


冬春山萩(やまはぎ)の
冬春花をかくして燃えたたむ
冬春に実りの祭りなり
冬春山はぜの葉炎
冬春天高く燃ゆ

ふゆはるやまはぎの
ふゆはるはなをかくしてもえたたむ
ふゆはるにみのりのまつりなり
ふゆはるやまはせのほのほ
ふゆはるてんたかくもゆ










ふゆはるひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆはるさとやまに木々のみどり木
ふゆはるこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆはるみどりの炎(ほのほ)
ふゆはるほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆはるほのほにかすみにただよひて
ふゆはるうるわしくかがやきたり
ふゆはるあたたかくかおりたり
ふゆはるあざやかなりけり 
ふゆはるやまさとのやまみどり
ふゆはるやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐに。


もうすぐ。

「小さい春」がみつかるはずです。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------









+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++












★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。


私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。






「今日は何の日」は。

ミハイル・フォーキンが振付けた
「瀕死の白鳥」の「バレー」で極めて有名なバレリーナ。

「瀕死の白鳥」として。
歴史の名を残す名バレリーナ



1881年 - アンナ・パヴロワ、バレリーナ(+ 1931年)
の生誕日です。

日本にバレエが本格的に
定着し普及するきっかけとなったバレリーナ
のおひとり。

(何故か日本のバレーに貢献したバレリーナは
「パヴロワ」という「御婦人名称」がわが国では多く。

エリアナ・パヴロワ、
オリガ・パヴロワ(オリガ・サファイア)
とともに日本バレエ界の恩人
「三人のパヴロワ」の一人に数えられます。)

++++++++++++++++++++++
アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова;
ラテン文字転写:
Anna Pavlovna Pavlova、
1881年2月12日(ユリウス暦1月31日) -
1931年1月26日)は。

20世紀初頭のロシアの天才バレリーナです。

++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова

生い立ち
サンクトペテルブルクの貧しい農民の家庭に生まれました
(裕福な銀行家の私生児だという説があります)。

本名はアンナ・マトヴェーヴナ・パヴロワですが。
芸名として
「パヴロフナ」という名をミドル・ネームに使いました。


++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова
は。

ロシア帝室バレエ学校に学び18歳で卒業致しました。

1899年にサンクトペテルブルクバレエ団
(現マリインスキー・バレエ)
に入団致しました。

「ジゼル」のタイトルロールで大成功を収めました。

ロシア・バレエ団の草創期において
一時期セルゲイ・ディアギレフに協力致しました。

++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова
は。
ミハイル・フォーキンが彼女のために振付けた
「瀕死の白鳥」の演目で極めて有名です。
(曲はサン=サーンスの〈白鳥〉
(《動物の謝肉祭》より)を用いている)

「白鳥」よりも「白鳥らしい」
凄い「バレー」だと思います。

++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова
は。

ロシア革命の騒乱を逃れて1912年に。
イギリスのロンドンに移住致しました。

その後は自前のバレエ団を作って
積極的に海外での公演も行いました。

++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова
は。

日本での来日公演も行っている他世界中で活躍致しました。

1922年(大正11年)の
全国8都市で行われた来日公演はバレエという
西洋舞踏を日本に広く知らしめました。

日本にバレエが本格的に定着・普及するきっかけとなりました。

このため。
エリアナ・パヴロワ、
オリガ・パヴロワ(オリガ・サファイア)
とともに日本バレエ界の恩人
「三人のパヴロワ」の一人に数えられています。

++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова
は。

ツアー中にオランダの
デン・ハーグで胸膜炎のために急死致しました。

その夜の公演は通常通り行われました。

「瀕死の白鳥」の曲が流れると共に彼女がいつも踊っていた
軌跡をたどるようにスポットライトが
無人の舞台を照らしました。

観客は彼女の早い死を全員涙して
悼んだということです。

++++++++++++++++++++++

アンナ・パヴロヴナ・パヴロワ:
Анна Павловна Павлова
の没後。

彼女の名を汚さぬよう。

「瀕死の白鳥」は。

以後20年間誰も踊ることがなかったのです。

遺体はロンドンで火葬されました。

遺族によって2001年に、1944年に亡くなった
夫のビクター・ダンドレの遺灰と共に
モスクワのノヴォジェヴィチー墓地に改葬されました。

++++++++++++++++++++++


「パヴロワ」
パヴロワというデザートがあります。

彼女の名にちなんでいるのです。

由来については議論が多く。

ニュージーランドとオーストラリアが
発祥地をめぐって争っています。

だが最も古い記録はニュージーランド
で見つかっています。

++++++++++++++++++++++




「続きを読む」=>


今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 09:53| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月11日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月11日(水曜日)



「初春」「新年」の「2月」も
「11日」たちました。
あと「3日」まで。
最後の「冬月」の「2月」
です。

そしてあと「17日」たてば。
「春」の「3月」になります。

「春」は。

まちどおしいもの

であることが

あらためて。

身にしみて。

感じられます。





★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「初春」です。
「1月」は終わり。

「2月」は
「11日」たちました。

今現在は
「2月」。
「新年」の「初春」の「晩冬」です。
もうすぐ。
そこまで「春」がきています。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「2月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」の「晩冬」を迎え。

さらなる深い冬越しと。

「春」まちの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える葉の厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

「夜の「木枯らし」」に
弓射られて地上に落花致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花ひらく」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「毛氈(もうせん)花壇」のように。
「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地上の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落花現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「晩冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は。

地上の「紅白」のはなびらで。
昆虫にその存在を
探知させているのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
「2月」の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。
「春」間近(まぢか)です。



山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちて。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
が。
楽譜のように記譜されているような「木」です。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の
標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。


時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。


付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「2月」は「初春」「新年」の「晩冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもとてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。












「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「2月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。


うっすらと「ドア」を開けると。

「魔王:Erlkönig」の吹く。

不協和音のオカリナのような。

音色ではいりこもうとします。








そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「2月」。

雪国の冬です。

そして「春」間近です。




2月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の2月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い「春」」が。

ピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」が感じられます。



冬春陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬春空にも地にも天高くはれ。
冬春の大気のひそみかくれ。
冬春そらにみちてあふれれば。
冬春吐息(ためいき)となり。
冬春吐息が霧雨か霞になり。
冬春おりてくるような感じです。
冬春「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「晩冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「晩冬」
です。

「晩冬」の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬春山椒(さんしょう)の木の芽が
冬春にも若葉はそだち。
冬春若葉は冬の若枝となり。
冬春若枝は天高くすこやかにのび。
冬春のふかまりにますますすこやかに。
冬春山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬春空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬春深まりたり
冬春空たかく
冬春あやにしき
冬春みどり木
冬春さんしょう木
冬春陽をあびてかがやけり
冬春いざいまこそは
冬春金色(かがね)にかわり
冬春赤き秋空に燃えたたむ






冬春さんしょう木
冬春もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬春わかば葉はいずるは花ならむ
冬春(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)たかくもえたたむ
冬春金色(こがねいろ)なる
冬春さんしょう木
冬春(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬春ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬春めだかのむれのひかりたり
冬春むれておよげるひめだかの
冬春みずのなかなるちいさないのち
冬春みずのなかなるおおきないのち
冬春みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬春いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけた
そして
「小さい春みつけた」は。



「こころしずまる気」がします
「初冬」かえあ
「晩冬」になります。
「初春」になります。






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------



平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------



平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた診療スタッフで。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
限られた診療スタッフで。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------














私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。




「今日は何の日」は。

「ノーベル物理学賞」或は「ノーベル化学賞」
など「ノーベル賞」が制度化される寸前の大頭脳。
「ノーベル賞」が制度化されていたらば。

「合衆国USA」で最初の
「ノーベル賞」受賞者となったはずの
大頭脳・大天才
の物理学者・数学者である。

1839年 - ウィラード・ギブズ、物理学者(+ 1903年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ
(Josiah Willard Gibbs,
1839年2月11日 - 1903年4月28日)は。

アメリカコネチカット州ニューヘイブン出身の
数学者・物理学者・物理化学者です。

エール大学(イェール大学)教授でした。

熱力学で
「相律」を発見するなど大きな功績を残しました。

他にもギブズ自由エネルギーや
ギブズ-ヘルムホルツの式等にその名を残しました。

「ベクトル解析」の創始者の一人として。
数学にも寄与しています。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
の。

ギブズの科学者としての経歴は。
4つの時期に分けられます。
-------------------------------
1・
1879年迄、ギブズは、熱力学理論を研究致しました。
2・
1880年から1884年迄は、ベクトル解析分野の研究を行いました。
3・
1882年から1889年迄は、光学と光理論の研究を致しました。
4・
1889年以降は、統計力学の教科書作成に関わりました。
-------------------------------

彼の功績を称えて。
小惑星(2937)ギブズが彼の名を取り命名されています。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:

Josiah Willard Gibbsは。
ギブズは、アメリカ合衆国コネチカット州
ニューヘイブンで生まれ
同地で死亡しました。

同名の彼の父はニューヘブンにあった
イェール大学の神学専門大学院で。
宗教文学の教授をしていました。

今日では「同名の彼の父」は。
アミスタッド号 裁判に関与したことで
最も良く知られています

(父親のほうも「ジョシュア・ウィラード」と云う名だった訣
でしたが。
息子である彼自身が
「ジョシュア・ウィラード・ギブズ・ジュニア」として
言及されるはずですが概ねギブスの事例では
「ジュニア」は付きません)。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
は。
ギブズは、イェール大学のイェール・カレッジに就学し。

数学とラテン語とで表彰されて。
クラスにおける学業優秀者として1858年に卒業致しました。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:Josiah Willard Gibbs
は。
ギブズは、イェール大学で研究を続けました。
1863年には博士号を取得致しました。

アメリカ合衆国における最初の工学博士号となりました。

その後。
ギブズは、イェール・カレッジ講師となりました。
2年間はラテン語を、そして1年間は、
彼が当時自然哲学と呼んでいたものを教えました。


++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
は。

1866年、ギブズは、研究のためヨーロッパに渡り、
パリ、ベルリン、ハイデルベルクで、
各1年ずつ過ごしました。

彼が、ニューヘイブン地域から離れたのは
生涯でほぼこの3年間だけだったのです。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:Josiah Willard Gibbs
は。

1869年、ギブズはイェール大学に復帰し、
1871年に数理物理学教授に任命されました。
これは、アメリカ合衆国における、
最初の数理物理学教授職でした。

けれども彼が全く論文を発表しないためもあって
無給でした。


++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:Josiah Willard Gibbs
は。
その後、ギブズは、熱力学理論の発展及び発表に
取り組みはじめました。

1873年、ギブズは、熱力学的物理量を
幾何学的に表現する方法に就いての論文を発表致しました。

この論文に感銘を受けた
ジェームズ・クラーク・マクスウェルは、
自らの手でギブズの概念を説明する
石膏模型を作成するほどでした
(この模型は、ギブズに贈られ、
現在もイェール大学が大いなる誇りをもって所蔵しています)。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:Josiah Willard Gibbs
は。
ついで、ギブズは。
「不均一な物質系の平衡に就いて
"On the Equilibrium of Heterogeneous Substances"」
と云う論文を。
1876年と1878年の2回に分けて発表致しました。

不均一系平衡に関する、このギブズ論文が扱っているのは:

化学ポテンシャル概念
ギブズ自由エネルギー概念
ギブズ集団のアイデア(統計力学分野の基礎)
相律

でした。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
は。
その後
1880年ギブズは、メリーランド州ボルチモアに
当時新設されたジョンズ・ホプキンス大学 から
3000ドルの給与で招聘されたのですが。

イェール大学側から2000ドルではどうかと提案されると、
それで満足しニューヘイブンに留まりました。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
は。

1880年から1884年迄、ギブズは。
-------------------------------
1・
アイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトン が
考案した四元数 の考え方と。
2・
ドイツの数学者ヘルマン・ギュンター・グラスマンの
「広延論(Ausdehnungslehre)」の考え方を組み合わせて。
-------------------------------
「ベクトル解析」と云う数学分野を産み出しました。

(ギブズとは独立して、
オリヴァー・ヘヴィサイドも
この分野の開拓致しました。)。

ギブズはこの「ベクトル解析」を数理物理学の
目的に沿うようにしています。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:Josiah Willard Gibbs
は。

1882年から1889年迄、ギブズは、
光学の研究を行ない光の電気理論を新たに作り上げました。
ギブズは。
この時期に彼のベクトル解析理論を完成しています。


++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
は。

彼は、物質の構成を理論に持ち込むことを意図的に避けました。
物質組成の種類によらない一般的な理論を組み立てました。

1889年以降、ギブズは、統計力学の教科書の作成に取り組み
ました。
これは、イェール大学出版局により1902年に出版されました。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
は。

ギブズは、生涯結婚せず、彼の姉及び義兄と暮らしました。
この義兄は、イェール大学の司書であり。

Transactions of the Connecticut Academy of Sciences
(「コネチカット州科学アカデミー紀要」)
の出版人でもあったのですが。

この雑誌に、ギブズの殆どの論文が発表されました。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:
Josiah Willard Gibbs
の。

ギブズの死と、その後
ギブズは、1903年に亡くなるまでイェール大学に留まりました。

ギブズが死亡したのは、
ノーベル賞が創設後間もなくのことであり。
彼がノーベル賞を得ると云うようなことはなかったのです。

しかし、ギブズは、英国王立協会の
コプレイ・メダル(Copley Medal)を授与されており、
これは、科学に関する国際的認知として当
時では最も名誉なことであったとみなされています。

++++++++++++++++++++++

ジョシュア・ウィラード・ギブズ:Josiah Willard Gibbs
の。

科学上の評価
ギブズの死後、彼への敬意の一つとして。

イェール大学は、
「J.ウィラード・ギブズ記念理論化学教授職」を創設致しました。

ノーベル賞受賞者ラルス・オンサーガー (Lars Onsager) は、
そのイェール大学での経歴の殆どの期間この職にあったが、
彼が、ギブズと同様に。

新しい数学上のアイデアを
、物理化学(特に統計力学)に応用することに
何よりも関わったことを思えば、
これはオンサーガーにとり極めてふさしい職名でありました。

++++++++++++++++++++++

18世紀中葉、米国の大学は、
科学に殆ど関心を示さず、
古典に偏重していたから、ギブズの講義は、
学生の興味を殆ど引かなかったのです。

彼の業績に興味を持ったのは、
他の科学者、特に、ス
コットランドの物理学者
ジェームズ・クラーク・マクスウェルでした。

ギブズが論文を発表したのが、
ヨーロッパでは余り読まれていない無名雑誌であったため、
評価されるようになるのは遅く。

ギブズの考えがヨーロッパで広く受け入れられたのは、
論文がヴィルヘルム・オストヴァルトにより
書籍の形でドイツ語訳され(1888年)、
アンリ・ルシャトリエによりフランス語訳されて
(1899年)からでした。


++++++++++++++++++++++

ギブズの言葉

A mathematician may say anything he pleases,
but a physicist must be at least partially sane.
「数学者は自分の好き勝手を言えるが、物理学者は、
少なくとも部分的には分別がなければならない。」
Mathematics is a language. (at a Yale faculty meeting)
「数学とは語学である。」(イェール大学学部集会にて)

++++++++++++++++++++++




「続きを読む」=>



今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







続きを読む
posted by clinicayamamoto at 07:19| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月10日(火曜日)






「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月10日(火曜日)



平成21年の「2月」も「10日」たちました。
あと「18日」で最後の「冬」。
「晩冬」の「2月」はおわります。

そして。
あと「18日」で。
「春」の「3月」になります。




★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「1月」がおわり。
「晩冬」の「2月」です。


「初春」の。
「冬」「晩冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「初春」です。「晩冬」です。
深い「冬」です。





暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「晩冬」から「初春」の。

早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「独唱」から次第に「合唱」に
なってきました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜ(ひとかぜ)の
「木枯らし」の鳴いている場所も。
わかるように。なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
の季節 にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにやどるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもはやくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。

これから日々ゆっくりと

日は長くなります。陽はたかくなります。

よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」「晩冬」であり「真冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。

雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。

「初春」の「中冬」「晩冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境(こころ)が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句



「手に取るなやはり野におけ蓮華草」




のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。



やはり野におけ。

蓮華草とからまつ


「晩冬」の「からまつ」です。

そしていま。
「春」をまつ「からまつ」の時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。



「初春」「晩冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」にながら堂々と一本の茎。

雑草も。
冬草へと変貌しつつながらえています。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬春地にも空にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木冬空
冬春天高くひろがりけり
冬春ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけりふゆはる






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。




「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。




「今日は何の日」は。

『ドクトル・ジバゴ』で。
世界的に知られるロシアの詩人・小説家。

「ノーベル文学賞」受賞者であり。
なおかつアレクサンドル・スクリャービンに師事
したピアニストでもあったロシアの作家。

1890年 - ボリス・パステルナーク、詩人(+ 1960年)

の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナーク
(Борис Леонидович Пастернак,
Boris Leonidovich Pasternak,
1890年2月10日(当時ロシアで用いられていたユリウス暦では
1月29日)-1960年5月30日)は。

『ドクトル・ジバゴ』
で世界的に知られるロシアの詩人・小説家です。


++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナークは。

モスクワに生まれました。
父はユダヤ系(ただしキリスト教に改宗していた)の
有名な画家・レオニード・パステルナークです。
母はピアニストでした。

最初ボリス・レオニードヴィチ・パステルナーク
は。
アレクサンドル・スクリャービンに師事して
作曲家を志すも挫折致します。


モスクワ大学やマールブルク大学で哲学を学びました。

++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナークは。

1914年、最初の詩集
『雲の中の双生児』を出版致します。
その後も次々と詩や散文を発表致しました。

早くから高く評価されていましたが。

1930年代には政治的非難を受け沈黙を強いられましたた。

この間にシェークスピアや『ファウスト』、
グルジアの詩人などの翻訳を手がけました。

++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナークは。

1957年その体制批判を含む内容のために
ソビエト連邦での公刊を拒否されmしたが。
「大名作」の
『ドクトル・ジバゴ』がイタリアで出版されました。

++++++++++++++++++++++

『ドクトル・ジバゴ』により。
ボリス・レオニードヴィチ・パステルナーク
は。

1958年にノーベル文学賞の受賞者に選出されました。

(選考理由『現代風の叙情的な詩、
および大ロシアの歴史的伝統に関する分野における、
彼の重要な功績に対して』;
"for his important achievement both
in contemporary lyrical poetry
and in the field of the great Russian epic tradition.")

++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナークは。

しかし、ソビエト当局の圧力により
受賞の辞退を余儀なくされました
(但し、委員会側が一方的に賞を贈り、
後に遺族がこれを受取っています)。

『ドクトル・ジバゴ』がソビエト連邦で刊行されたのは
「イタリア」での出版から。
「30年後」の
1987年のことでした。


++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナーク。


なお2007年1月、
英サンデー・タイムズ紙が報じたところによると。

ジバゴの西側出版にあたり
ロシア語原稿の奪取など
「米中央情報局」
が積極的に関与したということです。

++++++++++++++++++++++

ボリス・レオニードヴィチ・パステルナークは。

少年時代に作曲した曲としては、
「ピアノソナタ」や「前奏曲」など
少数のピアノ曲が残っており録音もあります。


++++++++++++++++++++++




「続きを読む」=>



今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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2009年02月09日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月9日(月曜日)







「ここをおして」をクリックされてください。



「ここをおして」をクリックされてください。
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci




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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月9日(月曜日)



平成21年です。

「初春」です。

もう「40日」たちました。

「2月」。

最後の「冬」月です。

平成21年の「2月」の「9日日」です。

あと「19日」で。「2月」がおわれば。

「初春」の「春」の「3月」になります。




今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
「1月」がおわると。
「2月」。

きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「2月」「晩冬」
です。




そろそろ とぼとぼと。

深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおり。
「あきらかなる」「晩冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「2月」の「冬」の気配が。
手応えはしっかりと。

いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよいはじめています。





「初春」の「冬」へとかわり

深まる「2月」の「かおり」。

この

「初春」の

「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。

毎年ちがいます。

「冬のかおりの変化(へんげ)」は。

「毎年」新しい。

「うれしい新品のかおり」

がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。

冬の季節の風から。

「新たなる新品のかおり」の「冬」

を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども

きゅうにさむくなりました

とてもとてもさむくなりました。

「初春」「新年」「晩冬」の「2月」。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼるにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「2月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。




「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「1月」の「初春」から「2月」にかけては。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の終わり」までの準備をすませて。

これからの。
「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝は「とても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらにうつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「2月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「晩冬」「2月」
の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬春さんしょう木
冬春萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬春みどり葉わか葉いずる花のごと
冬春夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬春なりてたゆまずとまらず
冬春冬あゆみそだちて
冬春幹は天たかくそだちたり
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)にもえたたむ
秋冬春金色(こがね)の炎
秋冬春さんしょう木秋冬春


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「晩冬」なのです。


そして「「春」の女神」の。

「佐保姫(さほひめ)」の導く
「春」は間近です。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------







私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。








「今日は何の日」は。

大数学者であり。
その息子によって。
「証明も反駁もできないこと」が証明されたことで有名な
「平行線公準の証明」で高名な。

1775年 - ファルカシュ・ボヤイ、数学者・詩人(+ 1856年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ボヤイ・ファルカシュ(Bolyai Farkas,
1775年2月9日 
シビウ近郊ボーヤ(Bolya、現ルーマニア・ブヤ Buia) -
1856年11月21日)は。

ハンガリーの
トランシルヴァニアの
セーケイ人(ハンガリー人)の数学者にして詩人です。

ドイツ語では
ファルカシュ・ヴォルフガング・ボヤイ
(Farkas Wolfgang Bolyai)として表記されます。

++++++++++++++++++++++

ボヤイ・ファルカシュ:Bolyai Farkasは
カール・フリードリヒ・ガウスの友人でした。

ガウスとともに
平行線公準についても研究を致しました。

当初の目的である
平行線公準の証明は果たせませんでした。

++++++++++++++++++++++

ボヤイ・ファルカシュ:Bolyai Farkasの
「平行線公準の証明」は。

結局この問題は。

止めるのも聞かずに
同じ研究に取り組んだ息子
ボーヤイ・ヤーノシュにより
「証明も反駁もできないこと」
が証明されたことで有名です。


++++++++++++++++++++++

ボヤイ・ファルカシュ:Bolyai Farkasの名前

1937年に発見された
ボーヤイ (小惑星)は彼の名前に因んで命名されました。

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%A4%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%A5" より作成

++++++++++++++++++++++






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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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2009年02月08日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月8日(日曜日)








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月8日(日曜日)




平成21年の「2月」になりました。

平成21年も。

もう「一ヶ月」もたちました。


「晩冬」「2月8日」の

今日は(日曜日)です。

とてもとても。

とても「寒い日々」が続いています。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
さらなる前の「晩秋」のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ

「やぶつばき」の季節になりました。




山本クリニックの庭園は。
大昔は。
雑木林であったのです。

「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い寒い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「寒い冬」の日々に。

「寒い冬」に「花粉」を運んでくれる
昆虫はとても少ないはずだから。

花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさん実る確率は高くなる」
はずです。

だから。
「花期」が「極めて短命」とは。
とても不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「晩冬」「初春」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の。
「初春」の「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは。

「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。
「丸いみかんん」はたわわになりて。
まるで「ぶどう」のようです。

お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも。
野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「2月」
本物の「冬」になりました。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。

そして。

「木枯らし」をなだめるように。

「粉雪」が舞います。

「粉雪」のほうが「役者」は上です。

「粉雪」は突如(とつじょ)天から舞い降り

ます。

そして遠くから

春の姫君「佐保姫(さほひめ)」

が春のころもをまといながめています。





きょうは。
とてもとても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにみえます。

「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。




最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
もうとっくにきこえなくなり。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。

「冬」の「ふうりん」のごとし。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さびさびと「さむい音」です。

「こうこう」

わびわびと。

「たき火をよんでいる音」です。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
皆で何かを真剣に考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「晩冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「2月」になりました。
今年も平成21年がはじまり
「一ヶ月」がたちました。
「初春」「新年」。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。
今は「「冬」のわかば」の「めばえ」は
すこし大きくなりました。










そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」「夜のガスパール」
のようです。

「葉の去った枝」には。
もう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「晩冬」です。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年毎年と毎日毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてがあざやかな黄金色」に
かがやきます。
朝陽をしっかりと。
「いうにいわれぬ美しい絵のごとく」
受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう


「ざっくり感(ざっくりかん)」



のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
ソテツもすきです。
南天もすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。
「冬木」から春の「春木」への準備
もしています。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝黄金に晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさこがねにはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なるらむ

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなるらむ

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬春きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬春紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬春ミルクをそそそいだ空(そら)
冬春トルコいしのプリンの空(そら)
冬春はるかにとほくたかい空(そら)
冬春ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬春プリンの上のクリームのような空(そら)
冬春睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬春睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空春空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬春空(そら)そのまたむこうにももっと大きな空(そら)





春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ



夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ



秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ



冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ



日々のうららのこもれびに

祈想い(おもい)のいらかにかぜつよし

生きる力に祈りはせ

四季のつきひははやいくとせ







冬春椎木(しいのき)は枝高し
冬春そらに吼える若葉の穂束
冬春そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬春天にも地にもみどりはさける
冬春のあさふかまりて
冬春陽の光ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春いふこともなし
冬春ゆたかなるかな冬春






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。



「今日は何の日」は。
ドイルの画家集団
青騎士:ブラウエ・ライター:独:der Blaue Reiter
の主人公の一人として有名な。

1880年 - フランツ・マルク、画家(+ 1916年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク(Franz Marc,
1880年2月8日、ミュンヘン - 1916年3月4日、ヴェルダン)は。

20世紀初期のドイツの画家です。。


++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク:Franz Marcは。
風景画家の息子として生まれました。

砲兵隊の兵役後に画家を志して
1900年にミュンヘン美術院に入学致します。

1903年から1907年にかけてパリに滞在し。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵に接しました。

1909年にワシリー・カンディンスキー率いる
新ミュンヘン美術家協会の展覧会を観て
感動し同協会に参加致しました。

しかし、1911年に協会内部の対立により
カンディンスキーの作品が拒否されたことを契機として
カンディンスキーとともに脱会致しました。

彼と共にドイツ表現主義のグループである
「青騎士」*の中心メンバーとなりました。


++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク:Franz Marcの作品

マルクの作品は、馬、牛、猿、鹿、ロバ、狐、虎
などの動物や森を主たる対象とした。
極めて色彩にあふれた作品です。

しかもそれは現実の色彩からかけ離れていることも多い
のです。

++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク:Franz Marcの「色彩」。

マルク本人の死後のことですが。

青い馬を描いた作品などは。

自分自身古典的な作風の絵を描いていたヒトラーから。

「青い馬などいるはずがない」として
「退廃芸術」作品と決め付けられたという
逸話も残っています。

++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク:Franz Marcは。

晩年には。
カンディンスキーと同様に作品の抽象化
が進みました。
1914年の作品「チロル (Tyrol)」や
「戦う形・せめぎあう形 (Fighting Forms)」などは。

具象を残しながらも、カンディンスキーと
同系統の抽象絵画といっていいような
作品に仕上がっています。


++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク:Franz Marcは。

第一次世界大戦に出征しヴェルダンの戦いにおいて
36歳の若さで命を落としました。

++++++++++++++++++++++

フランツ・マルク:Franz Marcと日本

なお日本においてはマルクの本格的な回顧展が今まで
開催されたことはありません。

再評価が待たれる人物であるのです。

++++++++++++++++++++++
*1
青騎士(ブラウエ・ライター、
独:der Blaue Reiter)とは。

1912年にヴァシリー・カンディンスキーと。

フランツ・マルクが創刊した綜合的な芸術年刊誌の名前です。

またミュンヘンにおいて1911年12月に集まった主として
表現主義画家たちによる。
ゆるやかな結束の芸術家サークルのことです。

日本語では「青騎手」とも訳されます。

++++++++++++++++++++++
*2
青騎士:ブラウエ・ライター:独:der Blaue Reiter
とは。

「青騎士」という
はっきりした芸術家集団があったわけではないのです。

その実態は芸術年刊誌『青騎士』編集部と。
彼らによる企画展であったのです。

しかし首班であったカンディンスキーの芸術理論に共感して。
お互いに近い理念と興味関心を有していた点で
青騎士は一つの芸術運動ともみなされます。

活動期間としては。
カンディンスキーとフランツ・マルクが
年刊誌の創刊を構想し始めた1911年から。

第一次世界大戦によって
メンバーが散り散りになってしまった1914年までの
約3年間であります。

非常に短命であったが。
青騎士:ブラウエ・ライター:独:der Blaue Reiterの
その後世に与えた影響は大きいものがあります。

青騎士と周辺の芸術家は。
20世紀における現代芸術の重要な先駆けとなりました。

++++++++++++++++++++++

*3
青騎士:ブラウエ・ライター:独:der Blaue Reiterとは。

表現主義
1905年、パリのサロン・ドートンヌに
颯爽とフォーヴィスムが登場致しました。

後期印象主義に影響を受けたマティスらは、
対象をキャンバスの上に再現するのではなくて。

大胆な色彩によって鑑賞者の感覚に直接訴える絵
を描こうと致しました。

同じころドイツでも。
「激しい色彩」を用いて絵画の方向性を探る運動が
始まっていました。

これは表現主義とよばれます。

フォーヴィスムや象徴主義の影響を受けて
分離派よりもさらに前衛色を増して。

ドレスデンのブリュッケや、
ミュンヘンの青騎士:ブラウエ・ライター:独:der Blaue Reiter
といったグループを中心に展開していったのです。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。


おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 09:56| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月7日(土曜日)






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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月7日(土曜日)




「初春」の「2月」も「7日」たちました。


最後の「冬」月の「2月」。
そしてあと「21日」三週間で。

「春」の「3月」になります。
「春」よ来い早く来い。



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今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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「新年」の「1月」がおわりました。
そして。
いよいよ「晩冬」の「2月」です。

昨年。
「6月」=「夏の始まり」です。
「6月」がおわり「7月」です。
「7月」もおわりました。
最後の夏月「8月」。
夏の「8月」もおわりました。

「9月」の「秋」になり。
「9月」がおわりました。
「10月」もおわりました。
「11月」です。
「秋」「11月」が終わりました。

「12月」です。
「冬」になりました。

昨年の「12月」が終わりました。


今は「新年」の「初春」です。
「初春」の「2月」
「春」間近いけれども。

けれども
これからいよいよに。
もっと深く。
ふかまる「冬」。
ふかまる「冬」をすぎれば。
そこは雪国の「冬」。
雪国の「冬」を過ぎればそこは
「雪国」の「春」

雪国の「冬」から

「春」。


「冬」をむかえ。
そして。
「さらにふかい冬」を。
むかえようとしています。



「ふゆ」を「むかえよう」。
「新年」そして「初春」。
「くるとしつき」は
「無我のうちにむかえよう」。
「冬」がすぎたら「春」をむかえよう。

自在に「かんがえる」。
「自然」の「ときの流れ」は。
真(まこと)の幸せの「しらべ」です。






「新年」の「初春」だけれども。

「1月」は去り「2月」。

「ひたひた」とさらに深まりゆく「冬」。

「さくさく」とひびく日々の過ぎ去る足音は。

「とぼとぼ」と。

朝早くまだ暗い街中に聞こえるようにとおざかり。

「冬」にいすわらぬ「冬役者」があらわれる。

「冬の戯曲」の「冬役者」。

「冬将軍」の。

「冬役者」かけあしの怒涛のような。

音がきこえます。

白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい

「春」の「さほ姫」*は「冬将軍」をいなして。

「春」を導きます。


「佐保姫(さほひめ)」は春の神です。

五行説では春は東の方角にあたります。
平城京の東に佐保山があるために。
春の神は佐保姫と呼ぶようになりました。

白く柔らかな春霞の衣をまとう若々しい女性です。
竜田山の神で秋の竜田姫と対を成すことになります。



「冬将軍」

とはだれのつくった「ことば」か。

すごい言葉と感嘆致します。




ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王:Erlkonig」*は。
「おそい冬の夜」の「嵐のなかを馬駆ける」
「父親」と「子」の情景を描写したものです。

かならずしも「冬の夜」を情景と考えなくても
「魔王」の詩*の
その「魔王」の「おそろしさ」は通じます。


魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
ゲーテは「ハンノキの王」Erlkonigから。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。




この詩はゲーテによって
1782年の歌劇『漁師の娘』
(Die Fischerin) の一部として作詞されました。

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『魔王』はデンマークで生まれた
比較的新しい伝承であると考えられます。

それをヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが
ドイツ語に翻訳した『ハンノキの王の娘』
(Erlkonigs Tochter)が
ゲーテの詩の元になっています。

これはヘルダーが1778年に出版し
た『歌の中の人々の声』
(Stimmen der Volker in Liedern)という
民謡を集めた本に収録されています。

魔王(Erlkonig)が。
どのようなものであるかは様々な議論があります。
その名前は字義的には「ハンノキの王」を意味する。
英訳としては。
「妖精の王」(Elf King)がよく用いられます。
それに当たるドイツ語は。
「Elfenkonig」になってしまいます。

よく聞かれる説としては「Erlkonig」は
デンマーク語で妖精の王を意味する
「ellerkonge」または「elverkonge」からの
誤訳だとするものがあります。

しかし。
ゲーテはむしろその「ハンノキの王」から。
樹木の精霊の王として。
魔王を設定し想像力を膨らませたものです。


ドイツおよびデンマークの伝承では
魔王は死の前兆として登場します。
その意味ではアイルランドのバンシーに似ています。

魔王は死に瀕した人物の前に現れます。
魔王の姿かたちや表情がこれから
その人物に訪れる死の内容を表します。

苦しい表情であれば苦しい死であるし
穏やかな表情であれば穏やかな死であるという。

別の解釈としては
妖精の王に触れられた者は必ず死に至るという
伝承が元になったという説もあります。


-------------------------------





「新年」「初春」。

早いです。
速いものです。
速いのか早いのか。
はやいのか。




けさ暗いうち
地をはうような「木枯らし」の
暴風がふきました。

「山茶花(さざんか)」と「木枯らし」は相性が。
よくないようです。

「或は」極めて相性がよいのかもしれません。
どちらかです。


暗い寒い朝に。
山茶花(さざんか)の花びらが。
夜の間に木枯しの。
弓風に射られて。
白鷺の羽が舞いおりているようです。



晩秋に聞こえたろうろうと鳴く。
こうろぎののなきごえ。
晩秋には早朝から
遠くにきこえました。

冬のこうろぎ。
「ろうろう」(朗々)と鳴いていました。
さびさびとした。

宙を舞う前の
「むささび」の声のような。
「なきごえ」でした。

「冬」になり
いまはもう「こうろぎ」の声もきこえません。

いまは。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。

そして「春」間近く。
「佐保姫(さほひめ)」のワルツ
が聞こえます。





今日の朝暗いうちに。
秋の暗闇の地面のうえから。

「早朝に霜柱の音」
が聞こえました。

不思議な「冬の霜柱の音」。
「鳴き声」のようです。

いつしか。
「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」だけになりました。

「木枯らし」と。
「冬の霜柱の音」は。
早朝暗いうちになくものである
ことがわかります。

「絵」にかきたい「音」です。

面白いが「おそろしい」情景であるような気が致します。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe)
の「魔王」のようになるのでしょう。


「冬の霜柱の音」の声。
冬に「こうこう」と鳴く。
そして木枯らしの風音がくわわっていきます。

その木枯らし音の。
背景に流れる「通奏低音:Generalbass;ゲネラル・バス」*
「冬のふゆかぜ」のこえは。
暗闇の「冬の足音」のように聞こえる。
暗い冬の日に。
「雪の降るまち」では。
「足音だけが遠ざかっていく」「足音」


「とぼとぼ」
にしだいに重複してきました。
冬のあさの「あしおと」と「冬」のよるあしおとの。
「フーガ」と「カノン」。
木枯らしはトッカータ。


-------------------------------

通奏低音(つうそうていおん)とは
バロック音楽において行われる演奏形態の一つです。
低音部の旋律とともに即興的な和音を付け加えて演奏する形態です。
イタリア語のバッソ・コンティヌオ(Basso continuo)

の訳語です。
伴奏楽器が間断なく演奏し続けるということからこの名があります。
略してコンティヌオと呼ぶことも多いです。
ドイツ語のゲネラルバスも使われることがあります。


-------------------------------




常緑の木々の深冬葉のいろ。
緑がますますあざやかに。
深まる秋におちついて。
考えるが如く
「ロダンの彫塑」の色合いです。

常緑の木々の葉は。
深緑(ふかみどり)になりました。
そして「冬」をむかえて。
「冬緑」のいろあいに
うつろいできました。
もう「緑をうつろいて」
さすがにつかれた黄赤色の葉もみえます。
枯れ葉も樹木のにぎわいです。木々の防寒衣としては
なくてはならないものです。



「新年」
冬の夜明(よあけ)の空から。
冬の陽がのぼり。
冬の日の「空色」になってきました。

けれども。
朝暗いうちはミルクのはいった
コバルトのような
カフエ・オレ・コバルトの空色です。
そして雲は天高く冬雲です。




あさの06:00AMころに。

東の空
ほのかにあかるく
まだくらくあおく
しだいに
雲多い空はラピズラズリからトルコ石
のようににうつろうように。
しらんできます。

その上空にさらに。
明らかなる大きな質量のある。
「深まる冬の気配」を感じます。






冬春野路はた見たりビロードのしだ
冬春わらべのごときビロードのしだ
冬春わらびのごとく輝けりビロードのしだ
冬春山奥にひそむビロードのしだ
冬春しのぶの羊歯(しだ)ビロードのしだ
冬春めずらしき羊歯ビロードのしだ
冬春ときわの緑のほのほビロードのしだ
冬春山奥のしだのビロードのしだ
冬春「まち」にもいきるビロードのしだ
冬春けなげなりもあはれなりビロードのしだ
冬春生い立ちしらずビロードのしだ
冬春されどそのちからこそとほとしビロードのしだ





春をまつ


冬いざいまこそは


冬よき季節にあらむ


冬ふと空をみる





今時にもかかわらず放射冷却で
朝はとても寒いが。
「ぬくもり」はある。

確実に日は短くなりました。
葉木(はき)の樹木は「木」にかわり。
秋の木から「冬の木」にうつろいさらに
「冬の木」から。
「樹氷の木」にうつろう時期
です。

外路樹の若葉は
緑濃くオリーブの葉のごとし
つみとりたくなる
ほどにきれいです。
けれどもひそやかに木々の葉にも
「深い冬からさらにもっと深い冬」
の気配がうつろいて。
うつります。
そして春の「佐保姫(さほひめ)」
がみつめています。




冬春まちなみ蒼く(あおく)
冬春いろどりて
冬春木々の榛葉のかがやけり
冬春暑さの夏秋をうつろひて
冬春ふかまるみどりの冬木なり
冬春しずまるみどりの冬木なり
冬春みのりの冬こそありがたし
冬春みのりの冬こそこひしかり
冬春虫なきてささやけり
冬春木々は榛葉にかがやけり




道端の野草もかわいらしい。
冬化粧をして。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





早朝は異常な寒さです。


気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は気温がさがり大気は不安定です。
「寒い」。
寒いと首都高の自動車も暗い中
「辛そうな運転の車」が多いです。




私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。


朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました


-------------------------------


平成21年2月23日(火曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
は祝日です。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------











★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼の青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝




「今日は何の日」は。
スウェーデンの最も重要な作曲家の一人。

1910年以後の作品は。
教会旋法の活用や、ある種の真に簡潔な表現によって
紛うことなき「スカンジナヴィア風」の抑揚が展開。

それにもかかわらず。
高度な作曲技法はわけても明白なポリフォニーが
表現に加味されることによっても明らかな。

「スカンジナヴィア音楽」の第一人者

1871年 - ヴィルヘルム・ステーンハンマル、作曲家(+ 1927年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル
(Carl Wilhelm Eugen Stenhammar,
1871年2月7日 - 1927年11月20日)は
スウェーデンの作曲家・ピアニスト・指揮者です。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
は。
1887年から1892年までストックホルムで。
ピアノ・オルガン・作曲を学びました。
1892年春にピアニストとしてデビュー致しました。

++++++++++++++++++++++
ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
は。

1892年秋から翌年までベルリンに
ピアノ留学致しました。

この頃からステーンハンマルは。
コンサート・ピアニストとして
熱心かつ積極的に活動を行いました。

とりわけ、
作曲家・ヴァイオリニストトール・アウリンとのデュオや。
アウリン弦楽四重奏団との共演に熱意を寄せました。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
は。

1897年秋に初めて指揮者として公開演奏に乗り出しました。

これ以降、作曲活動を別とすれば。
指揮が生涯の長きにわたって活動の中心を占めました。

1900年か1901年にストックホルム王室歌劇場の
楽長に就任致しました。

1906年または1907年から 1922年までの間。
エーテボリ交響楽団(スウェーデン初のプロの常勤オーケストラ)
の首席指揮者を務めました。

多くの同時代のスカンジナヴィアの音楽を上演致しました。

1923年から1925年まで。
再びストックホルム王室歌劇場の楽長に復帰
致します。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
は。

1909年に短期間ウプサラ大学の音楽監督を務めました。
翌年この職務をアルヴェーンに引き継いでいます。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
は。

ステーンハンマルは生涯を通して。
スカンジナヴィアの音楽界で高い尊敬を勝ち得ました。
多くの名声ある同僚たちと親交を保ちました。

1916年にイェーテボリ大学より名誉博士の学位を受けました。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
の作風

ステーンハンマルは。
スウェーデンの最も重要な作曲家の一人です。

同世代のヒューゴ・アルヴェーンとともに。
フランス・ベルワルド以降の最も重要な交響曲作家でもあります。

ステーンハンマルは。
様式的に見て後期ロマン派音楽の作曲家です。
当初は、
完全にベートーヴェン、ワーグナー、ブルックナー、ブラームス
らに影響されて。
力強さと激しい情感を伝える重厚な作品を書きました。
しかしながら。
友人のニールセンやシベリウスの手引きでそのような
美学を疑うようになりました。

新ドイツ楽派から徐々に背を向けました。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammarは。

1910年を境にステーンハンマルは。
新しい理想を成熟させ、それ以降は。
「北欧風」の抑揚を目標に掲げ効果なしでも
成り立つような。

「透明で飾り気ない」音楽を作曲しようと致します。

この頃からステーンハンマルの作品は
民謡の旋律法にしたがって形成されています。

教会旋法の活用や、ある種の真に簡潔な表現によって
紛うことなき「スカンジナヴィア風」の抑揚が展開されています。

++++++++++++++++++++++

ヴィルヘルム・ステーンハンマル:
Carl Wilhelm Eugen Stenhammar
の1910年以後の作品は。

教会旋法の活用や、ある種の真に簡潔な表現によって
紛うことなき「スカンジナヴィア風」の抑揚が展開されています。

それにもかかわらず。
高度な作曲技法はわけても明白なポリフォニーが
表現に加味されることによっても明らかです。

この新しい様式の典型的な作品が、
ドーリア旋法を用いた「交響曲 第2番」にほかなりません。

++++++++++++++++++++++




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2009年02月06日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月6日(金曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。



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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
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脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
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山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月6日(金曜日)



「初春」「新年」の。
1月も「31日」がおわり。

最後の「冬」月の「2月」です。
「2月」も「6日」たちました。

そしてあと「22日」で「春」=「3月」
になります。




★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。




平成21年になりました。
「新年」「初春」です。
「初春」「新年」の。
1月はおわりました。
「2月」も「6日」たちました。


昨年。
「秋」になり「9月」がおわり。
「10月」もおわり。
秋の最後の
「11月」「晩秋月」もおわり。
そして「12月」になり「冬」になった。
「12月」もほとんどが過ぎたかな
とおもったら。
12月31日になり。

あっというまに。
「年があらたまりました」。
「新年」「初春」です。
そして今は「晩冬」の「2月」。
「春」「3月」まで「3週間あまり」。

あまりにも
月日と。
時間と。そして年月のたつ。

その速さに。
恐怖さえをも感じます。



大気は「冬」の「木枯らし」。
地には「霜の花」。


天には「初春」の。
「山茶花」と「やぶつばき」の
「つぼみ」そして「花」。




そして「初春」の「晩冬」のこの時期には。
樹木の「落ち葉」はおちきり。

「落ち葉」は「ぴたり」ととまります。
落葉ぎりぎりまで。

雪のふる「晩冬」にそなえて。
せめてもの。
太陽の陽射しをえるためであるのしょう。


「新年」「初春」の。
白山茶花(さざんか)の花びらが
「やぶつばき」の「花」が。

花も見ぬうちに。
暗い寒い夜中のあいだに。
いてつく木枯らしに弓を射られて。
朝暗く地に落下しています。



木々は
「初春」のしずかなる。
「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまいのなりました。


「黄色」から
「紅色」の紅葉葉もほとんどが。
冬の散りゆく「枯れ葉」。
枯れ葉になりました。

そして「初春」の。
「晩冬」の
「冬木」としてのたたずまい。

冬樹でも。
夜間照明のある樹木は「緑葉」
をしています。

霜柱の「冬」です。
「木枯らし」の「冬」です。

霜柱の「冬」の気配は。
はっきりと。
「冬」の葉木にも感じられます。

でも「新年」「初春」は
木々の
「木枯らし」もなにやら静かです。




「2月」の。
「山茶花」の若花のつぼみが。
「やぶつばき」の若花のつぼみが。
たわわにみえます。
いつでも咲きそうなつぼみばかりです。



昨年の「晩秋」
「金木犀:きんもくせい」の残り香は
とおくから。
「とぼとぼ」と歩いてくるように。
ほのかに漂い。
また「とぼとぼ」と歩き去っていった
ようにいなくなりました。

「初春」の。
「山茶花(さざんか)」の花びらは。
「やぶつばき」の花びらは。
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに蕾膨らみ
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花咲き
少しずつ遠慮がちにしずかにしずかに花びらが舞う。






「初春」「晩冬」の。
空の色も。
まさしくも
「晩冬」の「空色」になってきました。
ミルクのはいったコバルトのような
空色です。


陽ののぼるのは遅くなりました。
陽がくれるのは早くなりました。

けれども冬至はおわりましたから。
もうすでに。
次第に陽ののぼるのははやくなり。
陽がくれるのはおそくなるはず。

けれども
今は「初春」の「晩冬」。
「晩冬」の「2月」です。
まださらに。
これから「深い「冬」」です。
けれども「晩冬」の「2月」から。
「春」にむかいます。


あさの06:00AMころは。
くらくあおく
しだいに
そらがラピズラズリから
トルコ石にうつろうように。
そらがしらんできます。

「初春」の季節の気配からは。

まぢかいけれども。
さらに「なにかが深まりゆく」。
そして「冬」の訪れから。

さらにさらに。
深い冬に向かい。
そしてさらに。
深い冬の向こう側にむかう
気配のあることが。
良くわかります。

いまは川端康成の。
「雪国」。
「新年」ですが。
まだまだ。
いまはそのトンネルの中です。
「向こう側」は「雪国」です。
「雪国」をすぎれば「春の国」
です。






冬春池面(いけも)の水面(みずも)
冬春おさなき小さなわかみどり
冬春なもしらぬ
冬春小さな緑の浮き草
冬春若草うきつあつまりて
冬春つらなり水面(みずも)
冬春水面(みずも)をおおいたり
冬春水面(みずおも)にて
冬春風にきそいてさまよえり
冬春ちひさきわらべのごとし
冬春池面の水面(みずおも)の。
冬春小さきちひさなわかみどり


冬いざいまこそは
冬よき季節にあらむ
冬水面(みずも)なるそら
冬ふと空をみる







冬春早朝(はやあさ)に
冬春けふもはだのさむけれど
冬春ぬくもりのあさ
冬春陽のありがたき
冬春われあゆむがごと
冬春陽はあたかくなりけり
冬春葉木は冬木にかわりたり
冬春みちをあかるくてらさむ
冬春がいだく木
冬春はぐくむ木
冬春みどり木あおし
冬春実りの木紅し(あかし)
冬春来(きた)るらむ






道端の冬野草の花もかわいらしい。
春夏秋冬の
前奏曲の旋律が聞こえます。





たわわなり
みかんのわか実
みかんのふゆの実
蜜柑のいらかをかぜはやみ
ふゆかぜぜひるむや
木枯らしの
うつろひの
みかん実つきひ
はやいくとせ



冬春地にも木にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木ときわ木
冬春ひろがりて
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけり冬春




今年の早朝は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒いと首都高の自動車も
「寒そうな運転の車」が多いです。

それでも「冬はきぬ」。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。


睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。





朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。








-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




++++++++++++++++++++++


平成21年1月12日日(月曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。



++++++++++++++++++++++



平成21年2月11日(水曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。





++++++++++++++++++++++









★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。




1回法=3.500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。桜の花。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは。
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。

梅咲き・スミレ咲き。桜咲き。
木々の萌黄から。
眼に青葉。山ほととぎす。そして夏・秋・また冬
がやってくる。




「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


感謝・感謝です。









「今日は何の日」は。
1833年、サミュエル・ハンターが発明した
電気抵抗の測定法を改良致しまして。

これは後にホイートストンブリッジと呼ばれることになり
広く用いられていることで有名な。

1828年、アコーディオンに似た電子楽器の
イングリッシュコンサーティーナ
を発明や。
また1854年「プレイフェア暗号」で有名な。




1802年 - チャールズ・ホイートストン、物理学者(+ 1875年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

チャールズ・ホイートストン
(Sir Charles Wheatstone、
1802年2月6日-1875年10月19日)は
イギリスの物理学者です。

チャールズ・ホイートストン:
Sir Charles Wheatstoneの。
父親は楽器職人でホイートストンも
1823年から1834年までロンドンで
その仕事を学びました。

キングス・カレッジ・ロンドンの
実験物理学の教授になりました。
1836年には王立協会の会員になりました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・ホイートストン:
Sir Charles Wheatstone
は。


最初は音の伝播や固有振動、
楽器など音響の研究をしていました。
1828年、アコーディオンに似た楽器の
イングリッシュコンサーティーナ
を発明致しました。

1833年に音響の研究を発表しています。


++++++++++++++++++++++

チャールズ・ホイートストン:
Sir Charles Wheatstoneは。

1833年、サミュエル・ハンターが発明した
電気抵抗の測定法を改良致しました。

これは後にホイートストンブリッジと呼ばれることになり
広く用いられています。

1833年、ステレオ・スコープを発明致しました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・ホイートストン:Sir Charles Wheatstone
は。
1834年電線中の電流の速度をはじめて測定致しました。
1840年連続的に電気抵抗を変化させることのできる
レオスタットを発明致しました。

その後、電気技術者の
ウィリアム・クックと協力して電信の開発を行いました。

1836年に5針式電信機を発明し。
翌年ロンドンのオーストン駅とカムデンタウン間
で試験が行われました。

後に鉄道の分野で用いられました。

++++++++++++++++++++++

チャールズ・ホイートストン:
Sir Charles Wheatstoneは。

1854年、「プレイフェア暗号」
を考案致しました。

友人のプレイフェア卿と
趣味でやりとりするのに使われたものです。

「プレイフェア卿」の名前で呼ばれる暗号でした。

++++++++++++++++++++++


「続きを読む」=>

今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 07:27| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月5日(木曜日)









「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月5日(木曜日)





★★★
「新年」になり。
もう。
「1月」がもうおわりました。
最後の「冬月」「2月」になりました。
「5日目」です。

そして。
見方をかえれば。
あと「23日ほど」で「春」の「3月」
になります。



今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





今年ももうすぐに春がきて。
ひなまつりがおわり。

春分の日ももうすぐに。
「さくら咲き」
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になりそして9月がおわり。
中秋10月なりそして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。




最後の「晩冬」から。
今は「2月」。「初春」「。

はつはる」の「3月」は間近です。
「晩冬」の冬になりました。
最後の冬月になりました。

雪国の冬になりました。

「12月」の冬至を。
すぎれば「陽」は日々たかくる。

「1月」「2月」は寒い雪の「冬」
もおわれば。

「春」そして「夏」に向かう。






「初春」「新年」。

今現在は「冬の真最中」「晩冬」の

「2月」です。

けれども「昨年」12月の冬至は

おわりました。

陽は日々たかくなっているのです。

朝陽ののぼるのが早くなりました。

夕陽がおりえうのは遅くなりました。


まことに。

冬来たりなば春遠からじ。


(出 典は。

 イギリスの詩人シェリーの

『西風に寄せる歌』の一節。

英 語の原文: 

If winter comes,



can spring be far behind? )











「秋」から「冬」への

移り変わりは


二階で足音のきこえるような



「かけあし」

のようでした。



「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月もおわり」ました。
「11月」。

「11月」もおわりました。
「12月」もおわりました。
今日は「新年」「初春」の「1月」
です。


「晩秋」から「冬」への移り変わりは
「かけあし」のようにうつろいました。

一方
「春」はゆっくりと。

ゆっくりとあるいてきます。


だから。

「春」をまつのであれば。

「春」のゆっくりと。

歩いてくるのをまたねば

なりません。


「初春」「新年」。

平成21年になりました。

去年はおわりました。



「冬」はかけあしでやってくる。

「春」はゆっくりと歩いてやってくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。

「来年」のことを考えれば「鬼」が笑う。
「来年」のことを考えずにすむのであれば「鬼」は
笑わないのでしょう。
「鬼」とはなんだろう。


今日の深夜早朝03:15amには。
久方ぶりに大きな新年の「星空」がみえました。
早朝くらいうちは。
空に月。
「お月様」が「秋雲のじゅうたん」
天高くにねそべっている
ような「寒月」です。


06:00amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「朝焼け色」の線描です。

朝の「陽射し」ののぼるころは。

「西」の空

のほうが明るいのです。




高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。




この「あおぞら」をみていると。

とても
信じられないくらいに。
元気がわいてくることに気が付きました。
「太陽」の「陽射し」。
「陽射し」の「めぐみ」のおかげ。

「そら一杯の青空の天井(てんじょう)」と
「太陽のひかりのひざし」は。
なによりもの「生きとし生けるもの」への。
まことの。
「ごほうび」であるのでしょう。


「太陽のひかりのひざし」は



「いのちへのめぐみ」です。



ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくむもの。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえるもの。
「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる「はるかかなた」までの。
「いきるちから」を「いま」さずけるものです。


はやいものです。
ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も

「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
いまや
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」がおわり。

「2月」です。




病院の庭園に「何本」もある
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」の大木が。
いずれもが紅白の花を

緑野に見え隠れする蓮華草
のように
枝にみのらせています。

「やぶつばき」は。
「はつはな」で初々しいたです。
けれども。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)は。
は雨に打たれると。
花は地面に紅白の毛氈(もうせん)
のように落花致します。

くれない色としろ色の積雪のようです。


「山茶花(さざんか)」「やぶつばき」の花の放ち。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「やぶつばき」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致しました。



今は。
「やぶつばき」や山茶花(さざんか)が。
蕾をふくらませています。
「やぶつばき」の蕾がふくらんでいます。


山茶花(さざんか)の「はなびら」が
闇夜のあいだに。
今朝の早朝まだ「花」にもきがつかぬうちに
また地に舞い下りていました。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちったようです。

みつめれば。
木枯らしに弓射られた白鷺(しらさぎ)
のはねが舞っているようでした。

この寒い冬も。
「昆虫」の少ない時期に。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
は花をさかせ
どのように授粉して「実る」のだろう。


山茶花(さざんか)の花ひとつさいて
夜の木枯らしでちる。
「やぶつばき」も「花」はすぐに
落下する。
このあたりに。



「山茶花(さざんか)」

と「やぶつばき」

に。

「人生」の。

「解答」があるような

気が致します。






ふと野草の花は一般的には。
香らない花が多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。



因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は「矢車菊色」=
「カシミール・ヴァイオレット」。

麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn lower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物。

矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」で色は紫です。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンにささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かぶ。


この「花」が。


「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は


香りません








毎朝暗い早朝と暗くなる午後4時ころには。
「木枯らし」が
鳴いている。

木枯らしがかわりばんこに。
あちこちで
「ろうろう」「こうこう」とないています。




「木枯らし」の「声」を聞いていると。

ふと。
いにしえの
「寒さにおびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の
「うらわかき」「冬の短歌」がきこえるようです。





散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべき雪の山里



ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり



にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて



よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて




ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて





「24歳」の「とても貧しい乙女」の。

かなしさの「おもかげ」と。

光さし輝きはずむいまだお若い「御婦人」の「知」が。

「ひしひし」とよみとれます。





「冬至」はすでにすぎました

これからは日は。
陽は次第にながくなる。
日が長くなる。
朝は明けるのは早くなり。
夕に暗くなるのは遅くなる。



しだいに陽がながくなる。
なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「ながくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音色(ねいろ)」もあるようです。



朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都世田谷区山本クリニックの庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。



「やぶつばき」の大木が4本と山茶花(さざんか)が4本
あります。

「初春」をつたえるがごとく。
「においつばき」の木が
「香り花」が開花致しました。


「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」が
蕾を大きくしています。

山茶花(さざんか)も「やぶつばき」も私は「大好き」
な花木です。


「花」はみえない頃からもう
「においつばき」
は「香っています」。
「やぶつばき」は冬にも若葉をだします。
「やぶつばき」は「荒い木」
です。
けれども「生き様」は。
樹木として
とてもとても麗しいと思います。
ある意味では威風堂々です。



「山茶花(さざんか)」は
のんびりやの気がする。

山茶花(さざんか)の「花」はさいたまま
「花がさいた」を忘れたかのように
ぼんやりと木にのっている。
いつ花が散るのだろう。
ふと考えるまえにちります。





考えれば山茶花(さざんか)の蕾が
思い出せない。
ひらけばちるからかしら。
花の咲く存在感のない植物は
「山茶花(さざんか)」です。
うすぼんやりした花木です。
水墨画の主人公にはなりえない。






この「1月」時期になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の冬の時期から。
そして初春の里山の季節
になりました。




四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても高いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。



古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。



実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。
樹木の上方で。
「雪の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ冬の樹木です。



「若葉」の「新緑」から「深緑」です。

高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり冬のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。
今現在は冬。
はだか木です



明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「冬」の「木枯らし」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。



「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常に寒くなりました。




冬春やま中さまよいて
冬春やま中をわけいらば
冬春やま中大樹の根元に隠れたり
冬春やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
冬春やま中みつけたりやまの秋の華。
冬春やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
冬春やま中大樹の根元に隠れたり
冬春山はぜの葉木。
冬春やま中やまうるしの葉木。
冬春やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
冬春こす「はだか木」。
冬春こす元気な木。たくましき木。


冬春山萩(やまはぎ)の
冬春花をかくして燃えたたむ
冬春に実りの祭りなり
冬春山はぜの葉炎
冬春天高く燃ゆ

ふゆやまはぎの
ふゆはなをかくしてもえたたむ
ふゆにみのりのまつりなり
ふゆやまはせのほのほ
ふゆてんたかくもゆ










ふゆひろくなりけり空(そら)たかし
ふゆさとやまに木々のみどり木
ふゆこもれびうけて燃えるがごとし
ふゆみどりの炎(ほのほ)
ふゆほのほうちけさむかすみはあおし
ふゆほのほにかすみにただよひて
ふゆうるわしくかがやきたり
ふゆあたたかくかおりたり
ふゆあざやかなりけり 
ふゆやまさとのやまみどり
ふゆやまさとのふかみどり



ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな夏みつけた」
から
「夏がすぎてて真秋間近い」

「小さな秋みつけた・。」

そして
「小さな冬みつけた」
そして
「大きな冬みつけた」。
今は「冬」

もうすぐに。


もうすぐ。「小さい春」がみつかるでしょう。









私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。



-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------









+++++++++++++++++++++


平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

++++++++++++++++++++++


平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++



平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++












★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により



肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらず
インフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。

患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。



難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。


私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。




「今日は何の日」は。
「線形加速器による
高エネルギー電子散乱の研究と核子の構造に関する発見」
によりノーベル物理学賞を受賞した。
「合衆国USA」の物理学者。

1915年 - ロバート・ホフスタッター、物理学者(+ 1990年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

ロバート・ホフスタッター(Robert Hofstadter、
1915年2月5日 ニューヨーク生まれ -
1990年11月17日 スタンフォード没) は
アメリカ合衆国の物理学者です。

1961年
「線形加速器による高エネルギー電子散乱の
研究と核子の構造に関する発見」
により。

ノーベル物理学賞を受賞致しました。
とりわけ
「核子の構造に関する発見」をされたことでは
高名です。

++++++++++++++++++++++

ロバート・ホフスタッター:Robert Hofstadterは。

ニューヨークにポーランド系ユダヤ人移民の息子に生まれました。
ニューヨーク市立大学シティカレッジを卒業後。

プリンストン大学で博士号を取得致しました。

戦時研究を行った後1946年プリンストン大学に戻り
1950年から1985年の間スタンフォード大学で研究致しました。

++++++++++++++++++++++

ロバート・ホフスタッター:Robert Hofstadterは。

1956年スタンフォード大学で線形加速器を用いて
水素や鉛などの安定核に電子を衝突させて。

原子核の構造を調べる研究を行いました。

そして。
陽子や中性子は「点」ではなくて。
「広がり」をもつことなどを発見致しました。

この研究により1961年ノーベル物理学賞を受賞致しました。

++++++++++++++++++++++

ちなみに。
ロバート・ホフスタッター:Robert Hofstadterの。

人工知能研究者でピューリッツァー賞受賞者の
ダグラス・ホフスタッター(1945年-)は。

ロバート・ホフスタッター:Robert Hofstadterの
息子です。

++++++++++++++++++++++




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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・





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posted by clinicayamamoto at 10:12| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月4日(水曜日)








「ここをおして」をクリックされてください。




東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)









東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月4日(水曜日)



「初春」「新年」の「2月」も
「4日」たちました。
あと「3日」まで。
最後の「冬月」の「2月」
です。
そしてあと「24日」たてば。
「春」の「3月」になります。

「春」は。

まちどおしいもののひとつ

であることが

あらためて身にしみて。

感じられます。




★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。

まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。








「初春」です。
「1月」は終わり。

「2月」は
「4日」たちました。

今現在は
「2月」。
「新年」の「初春」の「晩冬」です。


「昨年」の晩秋には。
晩秋の花木。
「金木犀:きんもくせい」花を咲かせました。
日々ますます花をさかせていました。
「実りの花」。

「金木犀:きんもくせい」は「秋」に「2度」咲きました。
「銀木犀:きんもくせい」も咲きました。
「金木犀:きんもくせい」の花は黄金色です。
「銀木犀:きんもくせい」の花は「プラチナ色」です。

かおりも全く違います。
「金木犀:きんもくせい」より。
「銀木犀:きんもくせい」は10日遅れで咲きました。


今は「新年」「初春」の「1月」。

「銀木犀:きんもくせい」も「銀木犀:きんもくせい」も

はるかかなたに。

「花」はおわりました。

そして。

「木犀:もくせい」は今「初春」「新年」を迎え。

さらなる深い冬越しと「春」まちの準備をしています。

「木犀:もくせい」は常緑樹です。

「冬」になると。

「葉色」と「葉のあつさ」がかわります。

「木枯らしに耐える葉の厚さ」になります。




「初春」の「新年」の。

山茶花のつぼみがみえます。

「やぶつばき」のつぼみがみえます。






「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は
不思議な木です。

「山茶花(さざんか)」や。
「やぶつばき」の「花」は。

「夜の「木枯らし」」に
弓射られて地上に落花致します。

「冬」の「花粉」を運ぶ「昆虫」の少ない
時期に「花は咲きます」。
「花ひらく」と同時にちります。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の木下には「毛氈(もうせん)花壇」のように。
「紅白の花びら」が。
舞いおりてています。

その地上の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の存在を誇示するがごとくです。

「やぶつばき」や「山茶花(さざんか)」
一夜での落花現象は「謎」です。

「初春」の「新年」の「晩冬」に。
花粉を授粉してくれる
昆虫は極めて少ないはずです。

「種の保存」から。
なんらかの「方法」で。

「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」は。

地上の「紅白」のはなびらで。
昆虫にその存在を
探知させているのかもしれません。





地面の上の「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
が「花びら」で存在を誇示しても。

木々の「花」は天上。
「花」こそみえません。

けれども
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」
の「いのちの芳香」は。

とくとくと。
遠くまでただよっているかのごとくです。

「新年」「初春」。
「2月」の冬になりました。
常緑の。
山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は元気です。



山茶花(さざんか)や「やぶつばき」は
花が落ちて。
「木の下」に「フェルマータ"fermata"」*
が楽譜のように記譜されているような「木」です。

「落花生」のような「木」です。




-------------------------------
C・

イタリア語におけるフェルマータ"fermata"とは。
英語"stop"に相当する名詞です。
(例えばイタリアのバス停の
標識には"Fermata"の表示があります)。

音楽美学の世界では。

絵画には限られた面積があるのと同じように。
音楽には。
「限られた時間」―つまり「初め」と「終わり」―があることが
宿命とされています。

古い時代の楽譜のときはその終止線の上下や終結音の
上下に現在のフェルマータのマークの基となったデザインが
配されました。

そこで音楽の終わりを意味致しました。


時間の流れを止めることはできません。
けれども曲の終わりでは。
音楽を止めることによってその時空に終わりが
発生することとなります。

「停止」という意味の"fermata"の概念はそのように
発生したと解されます。


付与された音符や休符で音楽の時間の流れを
停止させる意味を持ちます。


「♪」
に付与されれば
「♪」
その音のまま「停止」=「ずっと鳴り続ける」
「休止符」
に付与されれば
「休止符」
その旋律は「停止」=「ずっと鳴らない」
ことになります。

楽譜の節目の
縦線に付与される場合には。
一記譜上に存在しない挿入された休符が空白時間として
求められます。

ただし
前の音から伸ばされたタイ(スラー)が。
縦線の上を横切っている場合と
そこにピアノにおけるペダルなどの保続効果の指示が見られる場合は。
空白時間として処理されず音を保続させる時間を
別途挿入することとなります。


フェルマータ"fermata"。

そのマークは「一日の終わりである日没」
に由来したデザインとも言われています。

-------------------------------



旧暦では「11月」から「冬」です。
「昨年」12月が終わり。

今現在は。
「2月」は「初春」「新年」の「晩冬」です。

「冬将軍」のくる
「冬」です。

今朝早朝の真っ暗な時間に
「吐息」が「白く」みえます。

急速に。
とりわけ朝暗いうちは。
かけあしで
「とてもとてもさむくなってきました」。

今朝早朝は
暗いうち晴れて。
霧雨の合間に。
久方ぶりにたくさんのたくさんの
星をみました。

そして天井の空高くひさしぶりに「月」の
かがやきをみました。



地上の変化(へんげ)が天高くたちのぼり
月や星に結晶して。
芳香をはなつがごとく光をはなつように
見えます。

空気が澄み。
大気がすんでいるからでしょう。



「天高く」とはなるほどと考えます。












「木枯らし」の合唱も。
なかなかすてきです。

ブラスでもない。木管でもない。弦でもない。
グラスハープの。
オーケストラを聴いているようです。

そして「12月」になり
「木枯らし」の鳴き声は「アリア」として。
次第に出番が多くなりました。

寒い中でも
「極めて大きな声でうたっている」
「木枯らし」が
「1-2」はいるのが不思議です。

山茶花の木の上か。
電線にとまったり。
またさらに
上空で「木枯らし」は歌っているようです。


うっすらと「ドア」を開けると。

不協和音の「魔王:Erlkönig」の吹く。

オカリナのような。

音色ではいりこもうとします。








そぞろ そぞろに。
静かながらに。


「1月」の朝焼けと。
夕焼けどきに。

ひそやかながらもあきらかに。
「冬将軍」の気配にあと押しされて。
「確かな冬」のかおりが。
大気にかげろううや蜃気楼のように
ただよいはじめています。




昼間はあたたかい
小春の陽射しを感じることが
あります。



「初春」「新年」の「2月」。

雪国の冬です。




2月の冬の気配は。
あっというまに。
冬の「霞(かすみ)」に「霊気(れいき)」
のように変化して。
次第に「深い冬」の気配にうつろいていく。
「井戸のつるべ」がおちるようです。

「冬の2月」。
ふかまりゆく
「冬からの冬将軍の登場」は。
威風堂々と。
感じられるような気がします。

そしてさらに。

冬そしてさらに。

「もっと深い冬」のピアニッシモ。
ppで。
しのびよる深い冬の気配が
かんじられます。

朝日と東の朝焼け青空に。
「朝焼け」の。

空にはそらいろとピンクのレースのような

あやにしきの
「くれゆくふゆいろ」が感じられます。



冬春陽射し(ひさし)やさしき冬。
冬春空にも地にも天高くはれ。
冬春の大気のひそみかくれ。
冬春そらにみちてあふれれば。
冬春吐息(ためいき)となり。
冬春吐息が霧雨か霞になり。
冬春おりてくるような感じです。
冬春「冬はふかまりゆく」気配
になりました。






冬なお「力強い」の木々のめぶきは
初冬の息吹から深い冬への息吹への。
変化(へんげ)を感じます。

早朝は「とても寒い」です。
今年は「寒い」です。

百姓のうまれなので「冷冬」が心配です。





街路樹はしっかりと
冬ながらも枝木の穂先もたわわにつよく
「晩冬」の萌黄色の若芽もち。
「初春」のあおい「木」にかわりました。
「新年」のあおい「木」は。
「実りの冬」のおとづれを。
そしてさらなる「冬の深まり」を超えて。

そしていま厳しい冬をがんばって。
「あたたかい「春」」をむかえようとしています。



「本物の冬」から「もともっと寒い冬」

「新年」「初春」の「晩冬」
です。

「晩冬」の気配に加えて。






東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

冬山椒(さんしょう)の木の芽が
冬にも若葉はそだち。
冬若葉は冬の若枝となり。
冬若枝は天高くすこやかにのび。
冬のふかまりにますますすこやかに。
冬山椒(さんしょう)の木のみどり葉。
冬空に燃えるが如くの炎葉です。






さんしょうを
木の芽(このめ)といふは
なるほどと
かんがえる



冬深まりたり
冬空たかく
冬あやにしき
冬みどり木
冬さんしょう木
冬陽をあびてかがやけり
冬いざいまこそは
冬金色(かがね)にかわり
冬赤き秋空に燃えたたむ






冬春さんしょう木
冬春もえぎの炎(ほのほ)は芽葉(めは)
冬春わかば葉はいずるは花ならむ
冬春(ふゆ)こす枝は幹ならむ
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)たかくもえたたむ
冬春金色(こがねいろ)なる
冬春さんしょう木
冬春(ふゆ)深まれり


山本クリニックの庭には水槽が
「2つ」あります。
めだかが泳いでいます。



冬春ふかく草を浮かべる水面(おも)に
冬春めだかのむれのひかりたり
冬春むれておよげるひめだかの
冬春みずのなかなるちいさないのち
冬春みずのなかなるおおきないのち
冬春みのりてあまたにとほときいのちこそ
冬春いざみずもにうつしはぐくまむ



けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




小さなふゆみつけたから
しだいに大きなあきみつけた
大きなふゆみつけたから
大きな大きなふゆみつけたは



ちょっと「こころしずまる気」がします
「初冬」かえあ
「晩冬」になります。






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年1月12日(水曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成21年2月11日(水曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。

けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた診療スタッフで。
限られた時間帯で診療を行います。


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平成21年3月20日(金曜日)

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
限られた診療スタッフで。
御予約の患者さんのみ。
限られた時間帯で診療を行います。


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私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。


★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



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2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

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学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。







「今日は何の日」
は。

ウィーンの
ユダヤ系ドイツ人(ユダヤ系)の家庭に生まれた
オーストリア出身の指揮者。

カラヤンやバーンスタインの陰に
隠れた存在ではあった。

けれども。
プロコフィエフの管弦楽作品全曲のレコーデイングを
初めて実現したり。
マーラーの演奏に名演を残すなど堅実な活躍を続け。

超一流で著名なオーケストラから
リハーサルの要請が絶え間なかった指揮者。

クラシック界を
陰で支え続けた功績は極めて大きい。


1912年 - エーリヒ・ラインスドルフ、指揮者(+ 1993年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ
(Erich Leinsdorf,
1912年2月4日 - 1993年9月11日)は
オーストリア出身の指揮者です。

エーリヒ・ランダウアー
(Erich Landauer)
としてウィーンのユダヤ系ドイツ人(ユダヤ系)の家庭に生まれ。
同地で音楽を学びました。

++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:
Erich Leinsdorfは。

1934年から1937年までザルツブルク音楽祭で
ブルーノ・ワルターや。
アルトゥーロ・トスカニーニの助手を務めました。

1938年からニューヨーク市の
メトロポリタン歌劇場で指揮者を務めました。

とりわけ。
リヒャルト・ワーグナーの解釈で名声を博しました。


++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:Erich Leinsdorfは。

クリーヴランド管弦楽団音楽監督の地位は。
3年と短かったのです。

比較的若かったためと。
アメリカ国籍を取得したばかりだったために。

第二次世界大戦中にアメリカ陸軍からの徴兵を
まぬかれ得なかったからです。

++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:Erich Leinsdorfは。

終戦までに軍楽隊のバンドリーダーという地位から
何とか離れようと致しました。

けれどもクリーヴランド時代の名声に付けられた
傷は深く契約は更改されませんでした。

++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:Erich Leinsdorfは。

1947年から1955年まで。
ロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者に。

1962年から1969年まで
ボストン交響楽団の音楽監督に就任致します。

その後は数々のオーケストラに客演致しました。


++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:Erich Leinsdorfは。

カラヤンや
バーンスタインの陰に隠れた存在ではありました。

けれども。
プロコフィエフの管弦楽作品全曲のレコーデイングを
初めて実現したり。
マーラーの演奏に名演を残すなど堅実な活躍を続けました。

++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:Erich Leinsdorfは。

また練習台としても超一流で著名なオーケストラから
リハーサルの要請が絶え間なかったのです。

クラシック界を
陰で支え続けた功績は極めて大きいものです。

++++++++++++++++++++++

エーリヒ・ラインスドルフ:Erich Leinsdorfは。

1963年11月22日、ボストン交響楽団の公演中に
ラインスドルフは演奏を中断して。
聴衆にケネディ大統領の暗殺を告げました。

テロリストへの憤りと、大統領への哀悼の意を述べた。

回想録(Cadenza: A Musical Career )は
1976年に上梓されました。

++++++++++++++++++++++




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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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posted by clinicayamamoto at 07:20| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月3日(火曜日)






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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci

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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月3日(火曜日)



平成21年の「2月」も「3日」たちました。
あと「25日」で最後の「冬」。
「晩冬」の「2月」はおわります。
そして。
あと「25日」で。
「春」の「3月」になります。




★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。






「昨年」
「9月」がおわわりました。
「10月」も終わりました。
「11月」もおわり。
「12月」で「冬」になりました。
「12月」がおわり。
「昨年」はおわりました。
今は
「初春」です。

「冬」も「年」を越しました。
「1月」がおわり。
「晩冬」の「2月」です。


「初春」の。
「冬」「晩冬」はしずかに。
しずかに。しずかに。


能の舞(のうのまい)
の。
「おきなのあゆみ」のように。
そそとした「冬舞台」の上を。
さらにふかまりつつ冬の景色の舞台の上を。

あゆみつつあります。
「冬」から「春」にむかっています。

「初春」です。「晩冬」です。
深い「冬」です。





暗い朝の早朝に。
南の天に「明けの明星」が
輝いています。
闇夜の天高いかがやく惑星。

「明けの明星」金星に。
毎日「おはよう」のあいさつを
します。




「晩冬」から「初春」の。

早朝に。

はるか暗い早朝に「こおろぎ」の
かすかな。ひとりぼっちの。
鳴き声がきこえたような気が致しました。


けれどもそれは。

木枯らしの声。


毎朝の暗いうちの木枯らしの「音色」は。
毎日違います。

「ろうろう」「こうこう」

耳をすませば。
木枯らしの鳴き声は。
「独唱」から次第に「合唱」に
なってきました。

そしてオーケストラの楽器の配列のように。
一風一かぜ(ひとかぜ)の
「木枯らし」の鳴いている場所も。
わかるように。なってきました。


木枯らしも
「もっと深冬(ふかふゆ)」。
そして「もっと深い冬の先」
の季節 にむけての。

ころもがえやひっこしをしている
ことがわかります。



「木枯らし」は。

「鳥」のように。

木々の上から電線のうえにやどるようです。

木枯らしは

「街路樹」にとまって。

「冬」を過ごすのでしょう。




陽ののぼる時刻はとても遅くなりました。
そして
陽のおりる夕暮れは。
とてもはやくなりました。
つるべがおちるようにすとんと
暗くなります。


朝の04:30amにはふたたび「真っ暗」
の時期になりました。
あさの06:00amでもなお暗い東空
です。


けれども「昨年」冬至もおわり。
これから日々ゆっくりと
日は長くなります。陽はたかくなります。
よるは短くなりはじめます。





これからは天上の太陽は。
「冬」から「春」に向かいます。

けれども「地上」では。
「今」「晩冬」であり「真冬」です。




あさは曇っていて。
さらに昼間でも「さむい」ことがある。
私がおきるまっくらな早朝は。
とてもとても。
とても寒いです。

雪国うまれの私はさむいのがつらい
です。








早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しもあるはず。

けれども空には
「雲がいっぱい」で「空はくもりそら」
です。
ふしぎな「冬」のひざしです。

ふとかんがえれば・・。

そして「冬」にも。

「初春」の「中冬」「晩冬」の。
「若芽」をまもる
「冬」の太陽から。さらなる恵みを
「実る木の芽」にあたえる。

「空」こそは。
「ソフトフイルター」の役目を。
深い「冬」の「おぼろくもりそら」が
しているようです。




自然とは。
とてもよくできたものです。

変幻自在であり
そして規則も正しい。
なおかつにして。
自由が自在。

春夏秋冬。
大気に漂う霞がごとし。





深い山の奥に住むという

仙人の心境(こころ)が。

とてもよくわかります。





冬の街路樹もそうそうたる。
ふかまる冬の羽振りを。
まとう木々に姿になってきました。

そして冬の。
紅葉の冬。
枯れ葉も冬をむかえています。
木々のまとう枯れ葉は木々の
セーターのようです。
少しでも暖かければ。

街路樹は「落葉樹」がよいです。

街路樹が「松や杉」のような。
「常緑樹」では
冬はうっそうとして
陽の光をえられない。

夏場は枝ぶり葉っぱから陽の光を
さえぎれない。
晩秋も「針葉樹の落葉」では
木枯らしもつりがあわない。
とどのつまり
四季のリズムはつくれません。





ヴイバルデイの
「四季」の「夏」にある
木陰で休む羊飼いの旋律
も。
フランツ・シューベルトの
「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。



落葉の針葉樹で
強いからといって私の「好き」な。
「からまつ」をうえられても
街路樹には叶(かな)わないでしょう。

私の「大好き」な。
北原白秋の「からまつの詩」。

「からまつ」は

街路樹にはそぐはないかもしれません。


播磨の俳人滝野瓢水の句



「手に取るなやはり野におけ蓮華草」




のように。

やはり野におけ蓮華草。

やはり野におけから松木。

「からまつ」も蓮華草と同じくに。

清楚な華やかさとはかなさを

もっています。



やはり野におけ。

蓮華草とからまつ


「晩冬」の「からまつ」です。

そしていま。
「冬」のからまつの時期になりました。






-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------



木々の青葉の房が
早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。
カエデもすきです。
もみじもすきです。
松もすきです。
杉もすきです。
からまつも好きです。

いまは
「冬」です。



「初春」「晩冬」ながら。
裸木の。
木々の穂先は小さいけれども毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。

まるで。
大きな里山の森の冬のうねりのようです。
今年は木々のわかばの冬のめばえがとてもとても
鮮烈です。
「春」の芽はえも「鮮烈」なことと見守ります。
冬の木枯らしが若芽のうえを吹き抜けていきます。


街角の雑草も
冬草に変貌して。

「木枯らし」になり。
道端のくさばなは。
「遠慮がち」にながら堂々と一本の茎。

雑草も。
冬草へと変貌しつつながらえています。




朝暗いうちは。
とてもはださむいです。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




木枯らしいてつく冬竹(ふゆたけ)の
笹葉は蒼くふるえたり
みどり葉笹葉にかぜはやみ
冬陽をうつすやうつろひの
竹の葉木枯らしはやいくとせ



冬春地にも空にも
冬春みどり葉ひらき
冬春みどり木冬空
冬春天高くひろがりけり
冬春ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春ゆたかなりけりふゆはる






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成21年1月12日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います。

はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は祝日です。



「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は祝日です。




「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた時間帯で。
診療を行います

-------------------------------





私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

-------------------------------



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。






「今日は何の日」は。


「長崎の鐘」「この子を残して」の著者として。
放射線医学者として。そして著作家として高名な。

永井隆(ながいたかし)*の生誕日です。
(*1908年(明治41年)2月3日 -
1951年(昭和26年)5月1日)。
「光りつつ 秋空高く 消えにけり」 辞世の句。
++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)の生涯
1908年(明治41年)2月3日 島根県松江市にて。

医師であった父寛、母ツネの長男(5人兄弟)
として誕生致しました。

祖父文隆より1字を授かり隆と命名されました。

幼少青年期を三刀屋町(現・雲南市)ですごします。

1928年(昭和3年)4月 松江中学を経て。

長崎医科大学(現:長崎大学医学部)に入学
致しました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は 。

大学入学まではスポーツの苦手な優等生であったのです。

けれども
身長171センチ、体重70キロと大柄な体格であったことから
長崎医大篭球部に誘われメモ書きを怠らない熱心さで。

明治神宮で行なわれた
全国大会3等、西日本選手権制覇などに貢献致しました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。

1931年(昭和6年)
浦上天主堂近くの森山家に下宿致します。

なお森山家の一人娘が。
後に妻となる緑(洗礼名:マリア)でした。

森山家はカトリックであったことから。

永井隆(ながいたかし)は
カトリックに興味を持ち始めたと言われています。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。

1932年(昭和7年)4月 大学卒業後。

助手として放射線医学教室に残り
放射線物理療法の研究に取り組みました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。

1933年(昭和8年)2月1日
幹部候補生として広島歩兵連隊に入隊し
満州事変に出征致しました。

1934年(昭和9年)
2月1日 帰還。大学の研究室助手に復帰致しました。

6月 洗礼を受け、カトリックの信徒組織である
聖ヴィンセンシオ会に入会(洗礼名:パウロ)。

無料診断・無料奉仕活動などを行ないました。

この頃に培った奉仕の精神が。
晩年の行動へと結びついて行きました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。
8月 森山緑と結婚致しました。

緑との間には一男二女
(長女は原爆投下前に夭折)をもうけました。

1937年(昭和12年)
長崎医科大学講師に就任致しました。

日華事変に第5師団衛生隊隊長として出征致します。

1940年(昭和15年)
長崎医科大学助教授・物理的療法科部長に就任致しました。

1944年(昭和19年)3月3日
『尿石の微細構造』で医学博士号を授与されました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。
1945年(昭和20年)
6月 長年の放射線研究による被曝で
白血病と診断され。
余命3年の宣告を受けました。

この時、白血球数10万8000、
赤血球数300万であったのです。
(正常値は白血球7000程度、赤血球500万程度)

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)が白血病と診断された
「3ヵ月後」に。

8月9日 長崎に原子爆弾が投下されました。

爆心地から700メートルの距離にある
長崎医大の診察室にて被爆致しました。

右側頭動脈切断を伴う頭部外傷を
負いながらも布を頭に巻くのみで、
救いを求める人々の為に尽力致しました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。

8月10日 帰宅。
台所跡から骨片だけの状態となった緑の遺骸を発見致します。

骨片を拾い埋葬。
8月12日 救護班を組織し被爆者の救護に当たりました。

9月10日頃 昏睡状態に陥ります。

直前、辞世の句として一句。

「光りつつ 秋空高く 消えにけり」

9月20日 再び昏睡状態に陥りました。
このため救護班は解散となりました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。

10月15日 「原子爆弾救護報告書」(第11医療隊)を作成。
長崎医大に提出致しました。

1946年(昭和21年)
1月28日 長崎医科大学教授に就任致しました。

7月 長崎駅近くで倒れる。以来、病床に伏すことになる。
11月17日 長崎医学会にて研究発表。

題名は「原子病と原子医学」。
1948年(昭和23年)

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。
永井隆が死までの3年あまりの日々を過ごした
如己堂(長崎県長崎市)。
荒野となった浦上の地に花を咲かせようと。

桜の苗木1000本を浦上天主堂をはじめとする
各所に寄贈致しました。

これらの桜は「永井千本桜」と呼ばれました。

3月 浦上の人たちやカトリック教会の協力により、
永井が療養を行なうための庵が完成致しました。

「己の如く人を愛せよ」の言葉から、
庵の名前を「如己堂(にょこどう)」と名付けました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。
8月 大学を休職し、療養に専念する。
10月18日 来日中のヘレン・ケラーが見舞いに訪れました。

1949年(昭和24年)
5月27日 昭和天皇に会いました。

5月30日 ローマ教皇特使として
ギルロイ枢機卿が見舞いに訪れました。

8月1日 長崎市長から表彰を受けます。
9月30日 長崎医科大学教授を退官致しました。

12月3日 長崎市名誉市民の称号を受けました。

1950年(昭和25年)
5月14日 ローマ教皇特使として
フルステンベルグ大司教が見舞いに訪れ
ロザリオを下賜されました。

++++++++++++++++++++++

永井隆(ながいたかし)は。
1951年(昭和26年)
2月3日 白血球数が39万を超えました。
4月25日 右肩内出血により執筆不能となります。

5月1日 長崎大学付属病院に緊急入院。
21時50分、逝去。享年43。

5月2日 遺体解剖(医学解剖に献体する)。

5月3日 教会葬が執り行われる。

5月14日 長崎市公葬。長崎市坂本町にある
国際外人墓地に葬られました。

1952年(昭和27年) 長崎市に永井隆記念館が開館。

2001年(平成13年)4月4日
遺児の長男 永井誠一(まこと)氏逝去。享年66。
2008年(平成20年)2月2日
遺児の次女 筒井(旧姓永井)茅乃(かやの)氏逝去。享年66。

++++++++++++++++++++++



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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・







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2009年02月02日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月2日(月曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月2日(月曜日)



平成21年です。

「初春」です。

もう「ひと月」たちました。

「2月」。

最後の「冬」月です。

平成21年の「2月」の「2日日」です。

あと「26日」で。「2月」がおわれば。

「初春」の「春」の「3月」になります。




今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種を行います。

御予約が必要です。




1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





「新年」「初春」になり。
「1月」がおわると。
きゅうにさむくなりました
とてもとてもさむくなりました




「昨年」
夏がおわり。
「9月」「初秋」も終わりました。

そして
「10月」がおわり。
「10月」中秋もおわり「11月」。
「中秋」から「晩秋」へとうつろいゆき。
「11月」がおわりました。
昨年の「冬」「12月」が過ぎれば。
今は。
「新年」「初春」の「2月」「晩冬」
です。




そろそろ とぼとぼと。

深まり行く。
「たしかなる」「冬」のかおり。
「あきらかなる」「晩冬」の。
あゆみのしらべから。

「新年」「2月」の「冬」の気配が。
手応えはしっかりと。

いてつくようなさむさで。

「木枯らし」に。
おわれながら。
ただよいはじめています。




「初春」の「冬」へとかわり

深まる「2月」の「かおり」。

この

「新年」の

「冬のかおりへの変化(へんげ)」は。

毎年ちがいます。

「冬のかおりの変化(へんげ)」は。

「毎年」新しい。

「うれしい新品のかおり」

がします。

寒い大気の織り成す(たいきのおりなす)。

冬の季節の風から。

「新たなる新品のかおり」の「冬」

を恵まれることは。

とても幸せなことなのではないかと考えます。

けれども

きゅうにさむくなりました

とてもとてもさむくなりました。

「初春」「新年」。








暗い早朝に。
「昨年」「12月」には
「木枯らし」の鳴き声が聞こえました。

陽がのぼるにつれ。
「木枯らし」の声は小さくなってゆきます。
そして「「木枯らし」のつぶやき」になり。
聞こえなくなりました。

こおろぎの鳴き声はとうに
聞こえません。

「初春」の。「2月」の「冬」の。
「木枯らし」の鳴き声にかわりました。




「冬」の「木枯らし」の鳴き声は。
「夏」の「せみ」と異なり
「いわにしみいる」ねいろでは
ありません。

「ふうせん」のような。
「寒い風にとばされる」
冬の風鈴(ふうりん)をおもわせる鳴き声です。
「寒い風」にとばされるように。


「木枯らしの声」の
声楽4声(ソプラノ・アルト・テノール・バス)が。
混声の合唱で聞こえます。

「ろうろう」。






まだ真暗い早朝の朝もやから。
「深い冬のおとずれ」の「大気」が。

かすみのような「香り」で。
しのびよる気配は。
ろうそくの灯(ともしび)
のようにゆらぎながら。

「初春」の「深い冬のおとずれ」の「大気」が。
何かを。行く先をさがしながら。
何かをさがしながら。
照らすかのようにさまよい。
近寄りしのびよることが
わかります。




「冬」です。

「初春」です。



昨年も終わり
「新年」「初春」です。


はやいものです。

はやいものです。





「1月」の「初春」から「2月」にかけては。
「さらに」。
「大気」と「自然の気配」に。
「特有の独特の気配と香り」が混じります。
感じられるようです。
不思議な感しが致します。


木々は
「冬の終わり」までの準備をすませて。

これからの。
「初春」の。
「冬へのあらたな実り」に向けての。
息吹が力強く感じられます。

今早朝は「とても肌寒い」です。
今年はとてもとても「寒い」です。


街路樹はしっかりと。
「初春」の枝木の穂先もたわわにつよく。
「春」に向けての。
萌黄色から若葉の芽吹きをそなえ
「冬」の「木」に
かわりました。

そしていま。
「冬」にも若葉を抱こうと。
さらにうつろいてかわろうと
しています。






「昨年」はあっというまに
「7月」が終わりました。
「8月」です。
「8月」=せみのしぐれなく夏です
「8月」が終わりました。
「9月」が終わりました。
「10月」=「実りの秋」です。
「11月」収穫の晩秋です。
「12月」木枯らしの冬です。

「12月」がおわり。

「初春」「新年」の「2月」です。



木々がへったため。
夏にはせみの声も少なくなりました。
けれども「一昨年」より
「昨年」はは鳴き声は多かった
ようにおもえます。

こおろぎの声も「一昨年」より
「昨年」は多かったように
おもえました。

今は。
「初春」「新年」の「冬」の木枯らしの「こえ」。

「ろうろう」。


みかんの木に「木枯らし」
がとまっているようです。

「鳥」(とり)の様です。
「木枯らし」の声はいつもかわります。

みかんの木は。
とても沢山の実をつけています。

冬ですから
いずれみかんのみのうえにも。
みかんの白い雪が積もることでしょう。
黄金にプラチナのみかんになります。




「初春」の気配に加えて。


東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。

山椒(さんしょう)の木の芽が
「初春」の若葉にすくすくとそだち。
若枝も冬天高くすこやかにのび。
ますますに。ますますに。
「冬の陽」をあびて。
「初春」の山椒(さんしょう)の葉の。
みどりがとても。
奇麗です。

山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。




冬春さんしょう木
冬春萌黄(もえぎ)鮮やかに芽葉(めは)
冬春みどり葉わか葉いずる花のごと
冬春夏(なつ)こすわか枝は幹ならむ
冬春なりてたゆまずとまらず
冬春冬あゆみそだちて
冬春幹は天たかくそだちたり
冬春いざいまこそは
冬春空(そら)にもえたたむ
秋冬春金色(こがね)の炎
秋冬春さんしょう木秋冬春


けれども
早朝は本当にはだ寒いのです。




「小さな冬みつけた」から
しだいに「大きな冬みつけた」
「大きな冬みつけた」から。
そして「大きな大きな冬」みつけた・は。

ちょっと「安心する気」が致します。
もう「冬」なのです。
そして「佐保姫(さほひめ)」の導く
「春」は間近です。







-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------


-------------------------------

平成21年1月12日(月曜日)
は。
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ限られた
時間帯で診療を行います。


はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。
限られた
時間帯で診療を行います。


-------------------------------







私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。

★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。



1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により


肺炎球菌ワクチン

が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------


成人の風疹急増。

御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」は。

ロシア生まれの
「合衆国USA」の女流作家。

自らの哲学を
"Objectivism"
(日本語では、「客観主義」と訳されることが多い)
と呼び。
この客観主義は一般のアメリカ人の間に熱狂的なフアンのいる
ことで有名な。

また1991年のアメリカ国会図書館の調査では。

「20世紀アメリカで
聖書の次に影響力を持った小説」

書いた「御婦人」の小説家。

1905年 - アイン・ランド、小説家(+ 1982年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++

アイン・ランド(Ayn Rand,
1905年2月2日 - 1982年3月6日)は。

アメリカの小説家、作家、哲学者です。
ロシア・サンクトペテルブルク生まれのユダヤ人です。

代表作に『水源』、『肩をすくめるアトラス』など。
リバタリアニズムの代表的作家として挙げられることが多い。

けれども本人はリバタリアニズムとは距離を置き。

自らの哲学を
"Objectivism"
(日本語では、「客観主義」と訳されることが多い)
と呼びました。

この客観主義は一般のアメリカ人の間に熱狂的な信奉者がいます。

++++++++++++++++++++++

アイン・ランド:Ayn Rand

「合衆国USA」では、
「ランド大好き人間」のことをランディアン(Randian)或は
ランドロイド(Randroid)と呼称致します。

このような言葉があるくらいに。
アメリカでは超有名人気作家です。

アイン・ランド:Ayn Randの小説はとりわけ
「合衆国USA」では影響力が強いのです。

++++++++++++++++++++++



アイン・ランド:Ayn Randの
略歴
レニングラード大学に学びました。

1926年ロシア革命後に米国に逃れたのちに。

1929年にフランク・オコーナーと結婚致します。
夫が1979年に死去するまで50年間連れ添いました。

++++++++++++++++++++++

アイン・ランド:Ayn Randは。

映画のシナリオライター、劇作家として活躍したのち。
『水源』(The Fountainhead, 1943.)、
『肩をすくめるアトラス』(Atlas Shrugged, 1957.)で
小説家として成功をおさめました。


++++++++++++++++++++++

アイン・ランド:Ayn Randの。

『水源』は、1949年にゲーリー・クーパー主演、
ランド自身の脚本によって映画化
(オリジナルタイトルは、The Fountainhead ですが。

日本では、「摩天楼」という邦題で公開されました。

++++++++++++++++++++++

アイン・ランド:Ayn Randの。

1998年のランダムハウス/モダンライブラリーの。

「アメリカの一般読者が選んだ20世紀の小説ベスト100で

『肩をすくめるアトラス』が第一位、
『水源』が第二位を獲得致しました。
また10位内に4つの作品がランクイン致しました。


また1991年のアメリカ国会図書館の調査では。
「20世紀アメリカで聖書の次に影響力を持った小説」と
紹介されています。


++++++++++++++++++++++


アイン・ランド:Ayn Randの。

『肩をすくめるアトラス』には。
自己主張と競争を正当化するランドの
「客観主義」の思想がよく示されています。

++++++++++++++++++++++







「続きを読む」=>



今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・




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2009年02月01日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成21年2月1日(日曜日)







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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成21年2月1日(日曜日)



「新年」になりました。平成21年です。

「2月」になりました。

平成21年も。

もう「一ヶ月」もたちました。


「晩冬」「2月1日」の

今日は(日曜日)です。

とてもとても。

とても「寒い日々」が続いています。



今年の「冬」・から「春」は予期せぬ

インフルエンザ*の

大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。

薬事法の「能書」にあるとおり

「正規の」

「2回法によるインフルエンザワクチン」の

予防接種をおすすめいたします。

常時いつでも接種可能です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。





昨年の。
冬間近くの。
さらなる前の「晩秋」のころ。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」の。
花の蕾が淡い黄金色にかがやいて。
が見えてから「10日間」で。
花は去りました。
黄金色のじゅうたんが毛氈(もうせん)ように。
地面「金色」に広がりました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」に続いて。
「銀木犀:きんもくせい」もプラチナ色の
花が咲き始めました。

「昨年」の。
「秋」の日の。
「金木犀:きんもくせい」のあとを追って。
「銀木犀:きんもくせい」の花は去り。
地面に「プラチナ」が一面に広がっていました。



「新年」。「初春」。

今は私の「大好き」な。

「やぶつばき」と「山茶花(さざんか)」

の「蕾(つぼみ)」と「花」のふくらむ

「やぶつばき」の季節になりました。




山本クリニックの庭園には。
大昔は。
雑木林であったそうです。

「野生」の。
「山茶花(さざんか)」や「やぶつばき」が
とても沢山群生してはえています。

日々の毎日にどんどんと。
みるみるうちに。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」が。
つぼみや「花」を大きくしています。

けれども「山茶花(さざんか)」は
蕾が大きくなったそのよるには。

花咲き。
暗い寒い朝にちっていることが
多いです。





「種の保存」の理論からすれば
昆虫の少ない「寒い冬」の日々に。

「寒い冬」に「花粉」を運んでくれる
昆虫はとても少ないはずだから。

花期はながければ長いほど「実」「種」
が「たくさん実る確率は高くなる」
はずです。

だから。
「花期」が「極めて短命」とは。
とても不思議なことです。







山茶花(さざんか)は

ぬばたまの

闇夜の暗きに

木枯らしの

風に弓射られて

花ぞ舞い散る



ささんかは

ぬばたまの

やみよのくらきに

こからしの

かせにいられて

はなそまいちる



早朝には「白鷺の羽」
のように地面に
舞い降ちています。



昨年の。
「晩秋」
「木犀:もくせい」の花の
「芳香」は蕾のみえるまえから
あります。
花が去ったあとは
「あっというまに芳香が消えます」。

「晩秋」の
「木犀:もくせい」たちのかおりがさり。

年が改まれば。


今度はいよいよ。

「晩冬」「初春」
つぼみを日々
大きくしている。

山茶花(さざんか)や「やぶつばき」
の季節の。
「初春」の「新年」。

そして。
「山茶花(さざんか)」と「やぶつばき」
をみまもるのは。

「みかんの木」の「丸いみかん」の
「丸い群れ」。
「丸いみかんん」はたわわになりて。
まるで「ぶどう」のようです。

お互いに「植物語」で話しをしているに
ちがいありません。




私は山茶花(さざんか)よりは。
「やぶつばき」がずっとすきです。

山本クリニックの庭園には。
いずれも野生の「やぶつばき」と
野生の「山茶花(さざんか)」ばかりです。



堂々たる。
木枯らしの吹く。
「1月」
本物の「冬」になりました。




さらに「冬」がふかまり。

「もっと深い冬」のトンネルをこえれば。

そこは「雪国の冬」です。

「木枯らし」は

遠くの蒸気機関車の鳴き声のように

に聞こえます。

近くに「トンネル」があることも

わかります。

「魔王:Erlkönig」の吹く「オカリナ」

のような鳴き声です。

そして。

「木枯らし」をなだめるように。

「粉雪」が舞います。

「粉雪」のほうが「役者」は上です。

「粉雪」は突如(とつじょ)天から舞い降り

ます。

そして遠くから

春の姫君「佐保姫(さほひめ)」

が春のころもをまといながめています。





きょうは。
とてもとても寒い。

「木枯らし」が吹いています。
「木枯らし」は「夜」は「木」にとまって
一晩をすごすようにみえます。

「木枯らし」の鳴き声が。
きこえます。




最近は
朝くらい早朝には「星がみえます」。
「明けの明星」の金星が南の空に高くみえます。

病院の明かりが灯り暗闇のなか。
朝はやく。


「明けの明星」の金星に「おはよう」を
毎日こえで「御挨拶」を伝えます。
「明けの明星」の金星から「おはよう」と
返事がかえってくる声をききながら。
病院の明かりをともします。
まだ真っ暗なのですが。



夏場の早朝のくらい時には。
明星はみえずらかった。
季節が「冬へとあゆみ」。
いよいよ。
大気が「澄んできた」ということでしょう。






冬霧雨(ふゆきりさめ)の。
冬霞(ふゆかすみ)の大気。

こおろぎの「なきごえ」はいつしか。
もうとっくにきこえなくなり。

「こうろぎ」の「ろうろう」は
木枯らしの「音」にかわりました。
「ろうろう」「こうこう」
「木枯らし」の鳴き声




朝暗く寒いいうちの「木枯らし」の合唱は。

「冬」の「ふうりん」のごとし。

あれ沢山の「ふうりん」かな。

「冬」の「ふうりん」の音色です。

「ろうろう」。

さびさびと「さむい音」です。

「こうこう」

わびわびと。

「たき火をよんでいる音」です。




「ススキの穂先」は
「そぞろに「深い晩秋・初冬」の旅愁」すら
をも感じさせます。

「ススキの穂先」には「冬ふくろう」が
何匹も集ってつどい。
何匹ものふくろうが。
皆で何かを真剣に考えているようにみえます。


「雪」がつもれば。
「ススキの穂先」は。
「しあわせと幸福を手招き」している
何本もの「手」のように。
みえます。

エドヴァルド・ムンク:Edvard Munch
の絵画のようです。





私も「日々を旅ゆく人間」です。



奥の細道の序文に松尾芭蕉が。

「月日は百代の過客(ひゃくたいのかかく)
にして行かふ年も又旅人也。」

「つきはひゃくたいのかかくにして
いきかふとしもまたたひひとなり」

とかたり。詠みました。



私は

「日々の月日」を道連れにして。

「時」を旅をするひとりの旅人(たびびと)」

です。

「日々月日の旅のつれあい」は。

「きょう」と「あす」しか。

いません。


「きょう」と「あす」しか。

私にはありません。





朝くらいとき。
陽の出の直後は。
いつも一瞬は晴れています。
いまだ かすかにも。
のこる「中冬」の気配
であるけれども。

あきらかに。
そしてしっかりと。
しのびよるもっともっと奥の。
深く深まる冬からの大気。

「ふかまる冬」の気配が。
「確かに」。
そして明らかに。
そして輪郭もはっきりと。

感じられるようになりました。

「新年」の「2月」になりました。
今年も平成21年がはじまり
「一ヶ月」がたちました。
「初春」「新年」。

はやいものです。
速いものです。
早いものです。




街路樹もそうそうたる
羽振りの木々から
「ふかまりゆく冬の樹木」にうつろうように
変化しています。

「初春」の「冬」にも。
「樹木の若葉の芽生え」があることに
気がつきました。


春の芽吹くときには。
街路樹のポプラも
幹や枝葉の穂先が。
ろうそくのともしびのように。
「炎の様」になっていました。
あたかも
ゴッホの描いた「夜の糸杉」のように。
春の早朝はみえました。

夏になり。
この「穂先」が一気に「ポプラの葉」へと
扇・おおぎのごとく開きました。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「夜の糸杉」から。
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画の「ひまわり」
のように。
一斉に開きました。
8月にはいってからのことです。

10月そして11月。
今現在は落ち着いた「冬」の葉木。
「冬」の木々の「葉」
へと。

「みのりの冬」にむけて。
「あつく」うつろいています。



ポプラも。つばきもくすのきも。
「晩秋」には「中秋の若葉」が。
ハンカチをふるように
「「冬」のわかば」の「めばえ」がみえました。
今もみえます。
今は「「冬」のわかば」の「めばえ」は
すこし大きくなりました。










そして「冬がくると」。
空と木枯らしのかなでる「蛍の光」や
「冬のコンチエルト」にあわせるように。

ポプラの葉や芽葉は。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
ハンカチは木を去っていきます。

樹木のハンカチは。
大地を訪ねて飛翔し。
大地にまいおり大地にもどります。
そして大地となります。

そして。
ポプラの葉や芽葉が。
ハンカチのようにふわふわと。
ふわふわと。
「穂先から葉葉」は「舞い振りまがら」
木を去っていくのは。
「夜の魔法」「夜のガスパール」
のようです。

「葉の去った枝」には。
もう「「初春」の若芽のつぼみ」
がみえます。







木々の「葉」が「枝や幹」を
「保護する役割をしている」
ことに気づきました。

4月の桜の花の時期とうってかわり
桜の木の公園
の桜の木々が。
夏になりとても獰猛な気配を放つ。
初めて気がついた・。



けれども今は

「おせどのこおろぎはなきやみ」

「電線に「木枯らし」がとまってないている」

「深い冬」です。

「新年」「初春」の「晩冬」です。





「さくら」は冬の濃い緑の樹肌になり。
やさしさとおだやかさ
が感じられます。

そしていつしか
幹先に黄色い葉もまじえています。
しだいにしだいに。
紅黄色の葉が消えていくことに
きがつきます。

さくらから。
さくらはのきえるころ
です。

紅葉から。
「木枯らし」

桜の樹木も「丸くなりました」。
桜の樹木も毎年毎年と毎日毎日。
「旅(たび)をしている」のでしょう。

朝陽をあびる落葉樹は
「すべてがあざやかな黄金色」に
かがやきます。
朝陽をしっかりと。
「いうにいわれぬ美しい絵のごとく」
受け止めています。

「冬の朝陽」は真東に大変鋭いことに
気づきました。
眩しいです。



春は別として。
桜の木は木の下で。
は心安らかに。
「休める木ではないなあ」
と思います。
昨年は
秋になり
桜の樹木も安堵の葉色
になりました。
ちょっとばかりびっくり致しました。

枝や幹からは秋の陽の木漏れ日がみえます。

夏桜の木は獰猛なほど葉をおいしげらせ
ていました。
夏には
桜の木の下で木陰で。心安らかにやすもうという
気はおきません。

いまは晩秋から「冬」になりました。
そよかぜに揺れる残り葉は
招き誘われるような気すら致します。

冬になり幹にはもう「枯れ葉散る」。
ちったあと枝の根元には。
「春の芽栄え(めばえ)」
がみえます。




けれども
やはり夏桜の木は

シューベルトの歌曲の旋律にある「菩提樹」
ではないのです。



冬の桜木(さくらぎ)。
冬になり
人生に果てて(はてて)
なれるが如く桜樹木はかわりました。
良い木になってきました。
素敵(すてき)です。
冬の桜木(さくらぎ)。











木々でも。
いちょうや。松や。杉などの針葉樹
は。またソテツなどは。
「古い時代の木」です。

「チャールズ・ダーウィンの進化論」からは
「針葉樹」から。
「常緑樹」「広葉樹」「落葉樹」にと。
「進化」しているはずです。

「原始的」な樹木ほど。
「硬い幹」です。
例外はありません。

硬ければ。
幹は硬ければ動物に
「かじられる」ことはないでしょう。




いにしえの古代の時代にも。

恐竜をはじめめとする
「大型」の草食動物にも。

かたければかじられることは
なかったでしょう。







街並みを彩る街路樹には「落葉植物」が多いです。

ふと。考える。

街路樹が「松や杉」のように。
「冬も葉を持つ針葉の常緑樹」では。

冬はうっそうとして道端では
やさしい暖かな陽射しをかくしてしまう。

夏場は枝ぶり葉っぱぶりからつよすぎる日の光は
さえぎれません。
そして
「秋」の「夕焼け陽」には。
「金色のちいさき鳥の形して」
秋の夕焼けの陽射しに舞うこともできません。

常緑樹の針葉樹では。
は四季のリズムをつたえる

北大路魯山人のいう


「ざっくり感(ざっくりかん)」



のリズムヤハーモニー或は旋律が
ありません。



木々の夏の萌黄が早朝暗い中でも
うかびあがります。
私はくすのきが「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
モミジもすきです。
カエデもすきです。
松や杉もすきです。
月桂樹やシナモンもすきです。
オリーブもすきです。
オレンジの木もすきです。
「そてつ」の木もすきです。
ツバキもすきです。
ソテツもすきです。
南天もすきです。
木や植物がすきです。

木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな秋の萌黄色です。
まるで大きな深い山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばの秋のめばえが非常に鮮か
です。
木々は「夏樹」の役目をおわりました。
「秋木」とかわろうとしています。
「秋木」とかわりました。
そして
さらに
「冬木」へとかわろうとしています。
「冬木」へとかわりました。
「冬木」から春の「春木」への準備
もしています。



街角の雑草も花は咲き終わり。
盛夏の姿となりそして秋を迎えそして「冬」を迎える。
「ほとけの座」や「はこべ」が
「かたばみ」や「いたどり」が
ますます姿を大きくして。

そして「すすき」もくわわりました。

夏草から秋草へ。
そして秋草へのたたずまいをしています。
そしてもうすっかり秋冬草へと黄金色に転した
街角には雑草もあります。
こがねいろ。

雑草も。
同じく花をさかせ自ら種をとばし
夏葉がみえる。
そして秋を迎える。
冬が来て。木枯らしに吹かれ。
雪をかむり。そして。
春がくる。





ツツジは潅木。
ツツジの花の葉の優しさには
あらためてびっくりしました。
黄緑・草色のビロードです。

のぞきこむと若葉はまだ沢山ある。
何故か得をしたように思えました。



そして雨にうたれてそのまま地に落ちた
ツツジの若葉は幾何学的に裏側を下にむけて
逆さじょうごのように
落下していることに気がつきました。
まるで
「若草色」のキノコが沢山はえているようです。




木から落ちても。
まだ「若葉」です。
ふと。
ヴェルディの「椿姫」「La Traviata」
の「つばき」を思い出しました。



1852年パリに滞在したヴェルディは
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)
の戯曲版『椿姫』の上演を見て感激し
ました。
そのころ新作の作曲依頼を受けていた
ヴェネツィアのフェニーチェ劇場のために。
翌1853年初めに比較的短時間で作曲された
『椿姫 』(La Dame aux camelias、1848年出版)
は。
アレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)が
実際の体験を基にして書いた長編小説。
主人公のモデルはかつて作者が交際をしていた
マリー・デュプレシという高級娼婦。
恋人アルマンのイニシャルである
『AD』は
小デュマのイニシャルと同じです。

この作品は人々に愛されて幾度も舞台、映画化され
続けてきました。






朝暗いうちは。

とても。

はださむいです。







東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。




山本クリニックには。
検見川の落合遺跡の遺跡発掘の際に
みつかった「古代のハスの種子」から。


2000年ぶりに発芽したことで有名な。
「古代蓮(ハス)」があります*。
【大賀ハス:おおがはす】です。
「有名な古代ハス」です。
とても勇壮なハスで。
花のいろはとてもあまりにも美しく。
たとえ様もありません。



ハスの花がさき。
「「蓮(ハス)」の実」になりました。
「はすの実」も「はす」の葉も。
2mくらい水面から高いところに
あります。

睡蓮(すいれん)があります。
睡蓮(すいれん)は「葉」が水に浮び。
はのきれこみは羊の足のようです。
睡蓮(すいれん)を「ひつじぐさ」とは
なるほどと考える。
睡蓮(すいれん)の茎の長さには
おどろかされます。

「姫睡蓮(ひめすいれん)」でさえも。
池はばが長ければ四方八方に「水の中の枝」。

「モネ」の描いた睡蓮(すいれん)の
「水の中の枝」は「どれほど長いのだろう」。

睡蓮(すいれん)も「太古の時代」に
陸の動物に「かじられないように」
水中に「逃げ込んだ」のでしょう。





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大賀ハス(オオガハス、おおがはす)とは。
1951年(昭和26年)、千葉県千葉市検見川
(現・千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある
東京大学検見川厚生農場
(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された
今から2000年以上前の古代のハスの実から
発芽・開花したハス(古代ハス)のことです。


戦時中に東京都は燃料不足を補うために
花見川下流の湿地帯に豊富な草炭が埋蔵されていた
「草炭」を採掘していました。

採掘は戦後も継続して行われていました。
1947年(昭和22年)7月28日に作業員が採掘現場でたまたま
1隻の丸木舟と6本の櫂を掘り出しました。

その調査によりもう2隻の丸木舟と
ハスの果托などが発掘されました。

「縄文時代の船だまり」であったと
推測され落合遺跡と呼ばれました。

植物学者でハスの権威者でもある大賀一郎博士
(当時・関東学院大学非常勤講師)が
発掘品の中にハスの果托があることを知り。
1951年(昭和26年)3月ボランティアの協力
を得てこの遺跡の発掘調査を行いました。

翌日で打ち切りという
30日の夕刻になって花園中学校の女子生徒により
地下約6mの泥炭層からハスの実1粒が発掘され予定を延長し
4月6日に2粒、計3粒のハスの実が発掘されました。

大賀博士は5月上旬から発掘された
3粒のハスの実の発芽育成を試みるも2粒は失敗に終わりました。
だが1951年3月30日に出土した1粒が育成に成功致しました。


翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせました。
このニュースは国内外に報道されて多いな「驚愕」を与えました。
同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」
として掲載され博士の姓を採って「大賀ハス」と命名されました。



シカゴ大学のリピー博士らによって放射性炭素年代測定が行われました。
ハスの実は今から2000年前の弥生時代以前のものであると推定された。



この古代ハスは、
1954年(昭和29年)6月8日に「検見川の大賀蓮」として
千葉県の天然記念物に指定されました。
また1993年(平成5年)4月29日には千葉市の花として制定され、
現在日本各地は元より世界各国へ根分けされ、
友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っています。

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ふと「パンの神」を思い出しました。
(「牧神パン(Pan)」=「Pan」=「パン」=
「飯(はん)」=「全般の般」=「パンアメリカンのパン」=

「パン」「pan」は「すべて」という意味の
古代ギリシャ語そして「サンスクリット」も同じ。

古典ギリシア語 Παν、Pan「パンの神」は。
幼少時からゼウスから他の神々全て*に好かれたので
(古代ギリシャ語でTheophilusテオフイルス/ラテン語では
amadeus アマデウス**)
「パン」と名づけられました。

「頭は人間で胴体は山羊」です。

「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」
ギリシア神話に登場する魔神***。
に追いかけられ
あわてて身を守るため川に飛び込み「頭は人間で胴体は人魚」
に変身したために。

「パニック」=「panic:パン的」
という言葉が生まれました。

星座に「山羊座」という星座があります。

山羊座は不思議ですが
「あわてて身を守るため川に飛び込み
「頭は人間で胴体は人魚」」
に変身した「パンの神」を示しています。
山羊ではありません。

むしろ正確には人魚です。

だから。
「山羊座」という「意味」はわかります。
けれども「命名」の観点から。
「山羊座」というのはかなり「妙」な気が致します。
「人魚座」というのが正しい。





名称「パンの神」の由来は「ギリシャ神話」でも
非常に多くの「言い伝え」がいくつがあります。
その「言い伝えの数」に正比例して「混乱」があります。

**
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
「アマデウス」とは「パンの神」のことです。
(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
ヴォルフガングは「おおかみが行く」という意味です。
よって
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは

「狼のように歩み神に愛されたモーツアルト」

ということになります)

***
「テュホン:テューホーン:Τυφών: Typhon」は
「台風:たいふう」と日本語では名前を変えています。

****
タイフーン級原子力潜水艦は
旧ソ連・ロシアの941型(プロジェクト941)
戦略ミサイル搭載原子力潜水艦のことです。
タイフーンはそれに付けられたNATOコードネームですが
この名称は日本の「台風」とは「直接関係」はありません。












日曜の

朝黄金に晴れて

はじめて気づく

にわの小ささ




にちようの

あさこがねにはれて

はじめてきづく

にわのちいささ





朝晴れて

にわの小さき

気づかぬときは

病(やまい)なるらむ

日曜の朝



あさはれて

にわのちいさき

きづかぬときは

やまいなるらむ

にちようのあさ





休診日ですが。
早朝に朝まだ暗いうちから
首都高を走って病院に到着致します。

空はきらきらのラピス・ラズリの
紺碧のジュースから
ミルク色のはいった
トルコ石の「プリン」に変わるように変化
していきます。

遠くにぽかぽか浮ぶ「雲々」は
トルコ石の「プリン」の上の「クリーム」の
ようです。
にわのあじさいは「アイスクリーム」
のようです。




冬春きらきらラピス・ラズリの空(そら)
冬春紺碧のカクテルいろの空(そら)
冬春ミルクをそそそいだ空(そら)
冬春トルコいしのプリンの空(そら)
冬春はるかにとほくたかい空(そら)
冬春ほかほか浮ぶ雲々(くもぐも)そら
冬春プリンの上のクリームのような空(そら)
冬春睡蓮(すいれん)の水面に空(そら)
冬春睡蓮(すいれん)のうえに空(そら)
冬空春空(そら)の向こうにまた空(そら)
冬春空(そら)そのまたむこうにももっと大きな空(そら)





春のうららのこもれびに

緑木いらかをかぜはやみ

青風ひるむやうつろひの

四季のつきひははやいくとせ



夏のうららのこもれびに

緑木いらかのつねなりて

赤き空(そら)にて炎えたたむ

四季のつきひははやいくとせ



秋のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜさやか

秋風かたれるやすらきの

四季のつきひははやいくとせ



冬のうららのこもれびに

緑木いらかにかぜつよし

冬風弓(ゆみ)射る木枯らしの

四季のつきひははやいくとせ



日々のうららのこもれびに

祈想い(おもい)のいらかにかぜつよし

生きる力に祈りはせ

四季のつきひははやいくとせ







冬春椎木(しいのき)は枝高し
冬春そらに吼える若葉の穂束
冬春そらに吼える蒼き獅子のごとし
冬春天にも地にもみどりはさける
冬春のあさふかまりて
冬春陽の光ゆたかなりけり
冬春いふことのなし
冬春いふことがなし
冬春いふことはなし
冬春いふこともなし
冬春ゆたかなるかな冬春






-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




-------------------------------


平成21年1月12日(月曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の。
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------


平成21年2月11日(水曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

-------------------------------


平成21年3月20日(金曜日)は。

「祝日」で元来は「休診日」です。


けれども「完全御予約制」の御予約の。
患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。


-------------------------------






★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円
です。



当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------



2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


「完全御予約制」の御予約で。
これからの1週間にお越しになる
患者さんの「診療録:カルテ」。

1週間の患者さんの「治療戦略」で
「診療録:カルテ」
をすべからくチエックします。

「御既往」を問診票にお書きいただいており
前回「お書き戴いた文章のあいだ」をよみとる。

「お書き戴いた文章のあいだ」=
行間には「さまざまなものが見えます」。

お書き戴いた
「問診票」は大切な貴重な情報源です。
「問診票」のお書きいただいた文章は
「同じこと」がかかれているようで
わずかにも・内容多くにも・患者さんの
「御自覚症状」を伝えてくれます。



「囲碁・将棋・チエス」で言う所の
「3千手」位までは「先読み」致します。

すなわち患者さんの場合極端に言えば
「10年後」くらいまでのことも考えます。

そのためには逆に考えると今現在から
「10年前」の「病態」の推察も欠かせません。



患者さん御自身「10年前」のことなど
覚えていらっしゃらないことが多いけれども。
「まず外れません」「はずしません」。

考えて。考えをまとめる。
考える。また考える。そしてまた考える。
考えて。考えをまとめる。
考えて。考えをまとめたら。その結果をまた考える。


作業は予想以上に大変で
「1日仕事」になります・・・・。




難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら
私と東京都 世田谷区 山本クリニックの
「スタッフ全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
よくなられていかれる「笑顔」に。

私そして東京都 世田谷区 山本クリニックの
職員はなによりもの「喜び」を感じます。

難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔に。

心より。

感謝・

感謝。









「今日は何の日」
は。

「合衆国USA」の。
ジークムント・フロイトらに代表される。
「合衆国USA」の分析精神医学の体系を。

当初はマオナーに考えられていた
「合衆国USA」精神医学を.
「世界の精神医学」*まで持上げた心理学者。

(*今現在
-------------------------------
1・ドイツ主流のヤスパース精神医学
2・「合衆国USA」の分析精神医学*
-------------------------------
(ちなみに「合衆国USA」では精神科の先生は
「analyst:アナリスト」と言います。
有名な映画でマフイアのボスがノイローゼになる
ロバート・デ・ニーロが主役の。
「analyze me!」という
タチトルは
「先生診てください!」という意味です))


1844年 - スタンレー・ホール、心理学者(+ 1924年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++


グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hall,
1844年2月1日 - 1924年4月24日)
はアメリカの心理学者です。

19世紀末から。
20世紀初頭にかけての
心理学草創期に活躍した心理学者です。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hallは。

マサチューセッツ州アシュフィールド
に生まれました。

1867年、ウィリアムズ大学を卒業致しました。

その後ユニオン神学校に学びました。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hallは。

ヴィルヘルム・ヴントの
『生理学的心理学綱要』に触発されて心理学を志し
ました。

ハーヴァード大学の
ウィリアム・ジェームズの下で学位を取得致しました。

さらに、ライプツィヒ大学に留学して。
ヴィルヘルム・ヴントに直接教えを受けました。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hallは。

ジョンズ・ホプキンズ大学教授を経て。
1888年にクラーク大学の初代総長に就任致します。

また1892年にはアメリカ心理学会を
組織して初代会長に就任致しました。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hallは。

教育心理学、児童心理学、青年心理学、宗教心理学などの
新しい研究領域を精力的に
開拓致しました。

また「応用心理学」の振興に力を尽くしました。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hall
は。

1909年。
ホールはクラーク大学の創立20周年記念式典に。

ジークムント・フロイトらの
「合衆国USA」を始め欧州の。
精神分析運動の主導者たちを招き
ました。
そして講演の機会を与えました。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hallの
この一見ささいなイヴェントは予想外の
結末を得ることになりました。

「合衆国USA」の「分析精神医学」は。

ヨーロッパのアカデミズムからほ
とんど無視されていたのです。

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hallの
この一見ささいなイヴェントは。

精神分析がアメリカにおいて
社会的認知を得るきっかけとなった
出来事に発展致しました。

++++++++++++++++++++++

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hall

「クラーク大学の創立20周年記念式典に。
ジークムント・フロイトらの
「合衆国USA」を始め欧州の。
精神分析運動の主導者たちを招き
ました。
そして講演の機会を与えました。」



「機会を与えること」が「物事の発展」に
大きく寄与するとういう
「合衆国USA」の「たましい:spirit*」
の「代表例」ともいえましょう。

グランヴィル・スタンレー・ホール:
Granville Stanley Hall
は。
偉大な「合衆国USA」の心理学者であったと
考えます。


++++++++++++++++++++++


The English word "spirit" comes from t
he Latin "spiritus" (breath).
The term is commonly used to
refer to a supernatural being which is
transcendent and therefore metaphysical in nature.

For many people, however, spirit, like soul,
is a natural part of a being, and is identified with mind,
or consciousness, or the brain

++++++++++++++++++++++





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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。



おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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posted by clinicayamamoto at 10:39| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする