2018年06月07日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成30年6月7日(木曜日)



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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
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東京都 脳神経外科 山本クリニックのホームページへようこそ。
痛み、苦しみ、病気のことでご心配な方、
何でも、お体のことで悩んでおられる方、絶体絶命の方、
一人で考え込まず、まず山本クリニックへお越しください。
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です。
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成30年6月7日(木曜日)





「なつ」です。


「なつ」の「6月」


になりました。


まばゆいほどに。


ことばでは。


いいつくせないほどに。


まぶしくて。


すがすがしくやさしい。


「季節」の。


黄金(こがね)のように


かがやいている。


透明な。


やさしい朝の陽射しです。


しあわせいろの。


あかるい朝の陽射し。


やさしいあかるい朝の陽射し。





「朝」の陽射しの「あかるさ」は。


なにものにも。


たとえようもありません。


けぶる季節の山焼き。


大気は「かおる」。


しずかなひざしです。


「季節」のあさひ。


「朝陽」の光は。


とてもやさしく。


けれどもちから強くしずかです。






夏朝陽


緑木枝間に


われを見る






まばゆくも


輝く柔しき


眼(まなこ)なりけり








なつあさひ


みどりきえたまに


われをみる







まばゆくも


かかやくやさしき


まなこなりけり





★★★

今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。


1回法=3500円

2回法=7.000円

です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。

インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。





「なつ」になりました。




今年も「なつ」がきました。



「はる」がきて。



今は「6月」。



「季節」がふうせんのように。



ふくらみそしてみのり。



ひろがりゆく季節。



です。







季節のまつりは季節におわり。


野には。


たんぽぽは葉草となり。


季節の花が咲き。


野草は「葉草」となり。


よもぎや。


すぎながいっぱいになりました。


季節の「かれ山水」の風情です。


くさみどりの葉のつつじが。


さえほこっています。





「季節」になり「川の水音」は。

あたかも。

「ゆたかな清流」の。

「みずのながれのおと」の如く。

きこえるようになりました。

「季節」の小川。

「どんどん」ながれる。

季節のおがわ。

高さも低さこそ見えないのに。

あゆみたゆまず。

ながれる水の流れ。

ありがたいような不思議さ。

ずっと流れを追いかけて。

海原までたどれるのだろうか。

海原のもっとさきまで。

たどりつけるのだろうか。

たどりつけるのであれば。

いつのひか。

海原のもっとさきまで。

いってみたいものです。






春分の日もすぎれば。
「さくら」咲きはじめ
「さくら」がおわり。
「4月」が終われば。
「5月」になり。
「5月」もおわれば。
6月に。「夏」になり。
6月も終われば。
7月 たなばた。
7月 もおわれば。
せみのなく8月。
8月の夏はすぎれば。
9月の秋になり秋の虫が鳴く。
そして9月がおわり。
中秋10月なり紅葉の季節。
そして10月がおわり。
「11月」になり。
晩秋「11月」もおわり12月の「冬」。
「12月」になればまた「年」があけ。
また「初春」がくる。
「1月」がおわれば「2月」
そして「春」の「3月」「4月」「5月」
そして「6月」「7月」「8月」
「9月」「10月」「11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
「6月」「7月」「8月」
「9月」「10月」「11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
「6月」「7月」「8月」「9月「10月」「11月」
「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」
「11月」「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」
「5月」
がすぎて。



「6月」です。


「陽」はすでに


日々にながくなりつつあります。


「季節」がきて。


さらにも。


季節のかおりつたえる大地。


その大地をてらす「ひざし」の。


やさしい「光」の日々毎日です。








「なつ」の「6月」です。


「季節」の。


陽は日々これ好陽。


夕暮れ時の夜にゆらぐ。


明るい家々のゆふべの灯火(ともしび)。


あたたかいぬくもり灯火。


しあわせのだんらんのひかり。


きせつに燃えてゆらぐともしび。


しあわせいろの季節のともしび。


団欒のともしび時に。


豆腐屋さんのラッパや。


季節のよるはよなきそばの


らっぱも


むかしは。


聞こえました。





朝陽ののぼるのがおそくなりました。


夕陽がおりるのは、はやくなりました。


季節の「朝」の陽射しは


窓越しにも「まばゆい」


くらいです。


夕暮れの「季節」の陽射しは


「はしりおえた」


「陸上競技の選手」のようです。


つかれて。けれども充実して。


くれてゆきます。


明るい季節の夜の空になりました。






まことに。

冬来たりなば春遠からじ。



ふゆきたりなば


はるとおからじ


(出 典は。


 ひばりを崇拝するイギリスの詩人シェリー*の


『西風に寄せる歌』の一節。


英 語の原文: 


If winter comes,



can spring be far behind? )







「英国:United Kingdom UK」のロマン派の
詩人は。「御自分」のテーマの「鳥」を
紋章のようにもっています。
英国ロマン派の詩人は、
それぞれ愛好し、崇拝する鳥を持っていました。

ジョン・キーツは、
「夜鶯」(ほととぎす)の神秘的な声に魅惑され。
夜の闇に響くその歌声を主題に詩を書いています。

ワーズワースにとって、詩の霊感をもたらし、
彼に生きることの喜びを教えてくれる鳥は、
「郭公」(かっこう)でした。

パーシー・シェリーは「雲雀」(ひばり)の声に魅惑され。
ひばりを崇拝する鳥として。
主題とした詩を書いています。








「季節」から「季節」への


移り変わりは


二階から。


「かけあし」の足音の。


とんときこえぬ。


「空き家」のような。


「うつろいかた」です。



二階から。



「かけあし」の足音がきこえない。



まるで「かげろう」



の「たたずまい」のように。



季節がうつろいました。




昨年。
「9月」の初秋がおわり。
「名月中秋10月11月もおわり」ました。
「11月」もおわりました。
「12月」になりました。
いきつくひまなく。
「新年」。
「初春」の「1月」「2月」もおわり。
「3月」「4月」「5月」「6月」「7月」
「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」「7月」「8月」
「9月」「10月」「11月」「12月」「1月」「2月」「3月」
「4月」「5月」「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」
「11月「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」
「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」
「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」「1月」
「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」「7月」「8月」「9月」
「10月」「11月」「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」
「5月」「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」

がすぎました。



「6月」


「季節」から「季節」への移り変わりは


「かげろう」のようにうつろいでいきます。


そしてまた「年」をこします。







「季節」はひそやかにと。


こっそりと。ゆっくりと。


しのびあしで。あるいて来ます。


そしてゆっくりと。


「あらたな季節」にむかって


あるいて行くようです。




だから。


「新しい季節」をまつのであれば。

「新しい季節」がひそやかに。

しのびあしで。

歩いてくるのをまたなければ。

なりません。


「季節」をまつのであれば。

すぎさる「季節」がゆっくりと。

しのびあしで。

歩いていくのをまたねば。

なりません。

「かぜのおとに*」おどろかされるまで。

またねばなりません。

「かぜのおと」がかわり。

「季節」はなにかが生まれるようにおとずれます。







秋きぬと目にはさやかに見えねども 

風の音にぞおどろかれぬる


(藤原敏行・古今集169)










「季節」はゆっくりとあるいてやってくる。

「季節」がひそやかにかくれてやってくる。




さきのことすぎるかもしれないが「来年」。

このように「時」のうつろいを

心はせれば。


考えると「おそろしいもの」です。

考えなければ。
「なおおおそろしい」
ものであるものかもしれない。

「考えずにいるつけ」がまわって
くるからかもしれません。


「来年」のことを考えれば。


「鬼」が笑う。


ゆく先々を「来年」とすれば。


「来年」のことを考えずに。


すむのであれば。


「鬼」は


笑わないのでしょう。


「鬼」とはなんだろう。


「日本以外の国」にも。


「わらう」。


「鬼」のような「怪物」は。


存在するのだろうか。



今日の深夜早朝03:15amには。

久方ぶりに。

大きな「季節」の「星空」がみえました。

早朝くらいうちは。

空に月。

「お月様」が「雲のじゅうたん」に。

天高くにねそべって。

かさををさしている。

ようです。


「季節」の「夜空」の。


「おぼろ月夜」です。


「クリームいろの月」でした。






05:0amころ日があければ。
まだまだくらい朝日を背に。
西のコバルトの空高く明るい。
とても高い成層圏近くの高い高度に。

西のコバルトの空高に。
「刷毛」でひいたように「絹雲(けんうん)」が
何本も何本も。
描かれて。
たなびいていました。

実に見事な筆捌(ふでさばき)です。
ためらいのない「朝焼け」
「季節」の「朝焼け色」の線描です。



「きせつ」の朝。


「陽射し」ののぼるころは。


「西」の空


のほうが明るいのです。


朝が明けて午前になれば。


まばゆいほどの。


「きせつ」のひざしが。


陽がのぼる。


東から。


窓のカーテンと。


木々の合掌(あいま)をぬって。

「さあ 外においで!」


とさそうがごとく。


大きな声で。


よびかけてくるようです。


ハーメルンの笛吹き男のようです。






高い成層圏近くの高い高度に。
「刷毛でひいたように」「絹雲(けんうん)」
の端には渦巻きのような「ぬけあな」があり
「さらなる遠方の青空」が透けてみえます。

さながらにして。
東山魁夷画伯の描かれた大きな壁画。
大きな屏風絵の世界。

東山魁夷画伯の描かれた大きな絵画を
彷彿とさせますです。

東山魁夷画伯。
「よくえがかけた画伯です」。





この「あおぞら」をみていると。


陽のひかりをみていると。


とても


信じられないくらいに。


元気がわいてくることに。


気が付きました。


「太陽」の「陽射し」。


「陽」の「めぐみ」は。


なんと。


ありがたいことだろう。


なんと尊いことだろう。




そら一杯の青空の



天井(てんじょう)と。



「太陽のひかりのひざし」は。



「生きとし生けるもの」にとって。



なによりもの。



まことの。



「めぐみ」です。



それを戴けるのは。



「よろこび」おおきことです。







「太陽のひかりのひざし」は



「いのちへのめぐみ」。

「いのちのよろこび」。




ありとあらゆる「生命」「いのち」をはぐくみ。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をたたえる。
ありとあらゆる「生命」「いのち」をなぐさめる。

「生きとし生けるもの」の「いのち」に。
さらなる。
「はるかかなた」までの。
「いきるちから」をさずけるものです。
「太陽」。

ありがたいものです。


はやいものです。

ときのたつのは。
はやいものです。

そしてふと考えれば

去年も
「12か月」が
終わりました。

中秋から晩秋にうつろい。
「寒月」の「12月」がおわり。
新年の「1月」がおわり。
「晩冬」の「2月」がおわり。
「初春」の「3月」「4月」がおわり。
「夏」「8月」がおわり。
「秋」「9月」「10月」「11月」はおわり。
「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
そして「6月」「7月」「8月」
「9月」「10月」[11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」
「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」
「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」「7月」
「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」「1月」
「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」「7月」「8月」
「9月」「10月」11月」「12月」「1月」「2月」「3月」
「4月」「5月」「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」
「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」
「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」{1月」「2月」
「3月」「4月」「5月」「6月」「7月」「8月」「9月」「10月」
「11月」「12月」「1月」「2月」「3月」「4月」「5月」「6月」
「7月」「8月」「9月」「10月」「11月」「12月」「1月」「2月」
「3月」「4月」「5月」
がすぎされば。

今は「6月」。





「季節の花」の花の花びら。

ひろって。
手のひらにかかげれば。
「きせつの花」の花のかおりは。
プラチナ色の香りが
致します。



今は。
「季節の花・花々」が。
蕾をふくらませています。
「季節の花」の。

はながは鐘袖(ベル・スリーブ)のように。
ふくらんでいます。



「きせつ」の花の「はなびら」が。

闇夜のあいだに。

朝の早朝まだ。

「花」にもきがつかぬうちに

また地に舞い下りています。







「きせつの花」


には。


ひとのよの。


「人のいのち」の。


「こたえ」があるような


気が致します。






ふと野の花は。


一般的には。


香らない花が。


多いことに気づきました。




伊藤左千夫の「野菊の墓」の「野菊」は。
矢車菊 (やぐるまぎく)
はとても綺麗なむらさきの「のぎく」です。
けれども「のぎく」は香りません。
(Corn lower, Bachelor's-button)です。


因みに
最高級の(今はもうとれない)
インド・カシミール地方で産出されたの
サフアイアの色は

「矢車菊色:やぐるまそう色」といわれます。

「カシミール・ヴァイオレット」。


麦畑やとうもろこし畑の中に 咲いていたことから。
「コーン・フラワー」=「野菊」(Corn flower)
です。

別名 「矢車草(やぐるまそう)」
といわれることがあります。

実は「矢車菊 (やぐるまぎく)」と
「矢車草(やぐるまそう)」まったく違う植物です。
矢車菊 (やぐるまぎく)が「野菊」。
「矢車草(やぐるまそう)」は「高山植物」。

「野菊」は春から夏にかけて咲くむらさきの花です。


古代エジプトのツタンカーメン王の墓 からも
発見された由緒正しき「野菊」。
色は紫。むらさきです。


ツタンカーメン王の。

まだ幼な子王妃が。

「亡きツタンカーメンンに野菊の花束ささげるけなげな姿」
が鮮烈に眼に浮かびます。


この「花」が。


「野菊」です。


「野菊の墓」の「野菊」。


けれども。



「野菊」は


香らない。








毎朝暗い早朝と。


うす暗くなる午後6時ころには。


「季節風」が


ふいている。


「季節風」がかわりばんこに。


あちこちで


「ろうろう」「こうこう」とないています。






「きせつのかぜ」の
「季節風」の
「コーラス」を聞いていると。

ふと。

「この「きせつ」におびえるひと」の気配が
脳裏をはしりました。
はてだれだろう。

うら若き乙女。
貧しさに。
苦労に苦労をかさねて。
苦しんで苦しんだ苦しんだあげくに。
24歳にして世を去った
「樋口一葉」。

樋口一葉の

「うらわかき」
「「冬」と「春」の短歌」がきこえるようです。






散たまるふもとの落葉わけて思ふ
埋もれぬべきは雪の山里


ちりたまるふもとのおちはわけておもふ
うもれぬへきはゆきのやまさと


庭の面につもる紅葉の色見れば
散りての後もにしきなりけり


にわのおもにつもるもみしのいろみれば
ちりてのあともにしきなりけり


世の中の秋にあはじとおくれけん
一もと野ぎく思ひあがりて


よのなかにあきにあはしとおくれけん
ひともとのきくおもひあがりて



折々に散るものどけし春雨の
はれたる軒の山桜ばな

おりおりにちるものどけしはるさめの
はれたるのきのやまさくらばな


わが園のものとおもへば初わかな
はつかなれども嬉しかりけり

わがそののものとおもへばはつわかな
はつかなれどもうれしかりけり

立ち渡る霞をみれば足引きの
山にも野にも春は来にけむ

たちわたるかすみをみれはあしひきの
やまにものにもはるはきにけむ

わたつ海の波のいづこに立ち初て
果なくつゝむ春の霞ぞ

わたつみのなみのいづこにたちそめて
はてなくつつむはるのかすみぞ


さざ波やしがの都のいにしへの
おもかげうすく立つ霞かな

ささなみやしかのみやこのいにしえの
おもかけうすくたつかすみかな

鶯のけさおとづるゝ声聞て
はじめて春の心地こそすれ

うくいすのけさおとつるるこへききて
はしめてはるのここちこそすれ


うれしくもわがものにして聞てけり
このあかつきの鶯の声

うれしきもわかものにしてきこへけり
このあかつきのうくいすのこへ

のどかなるけさの雨にやはるの野の
みどりも色まさるらむ

のとかなるけさのあめにや
はるののの
みとりのいろもまさるらむ

おくれたる友の為にとしをりして
谷間の蕨折り残しけり

おくれたるとものためにとしをりして
たのまのわらひおりのこしけり








ちりたまるふもとのおちはわけておもふ


うもれぬへきはゆきのやまさと


にわのおもにつもるもみしのいろみれば


ちりてのあともにしきなりけり


よのなかにあきにあはしとおくれけん


ひともとのきくおもひあがりて

-------------------------------


おりおりにちるものどけしはるさめの

はれたるのきのやまさくらばな


わがそののものとおもへばはつわかな

はつかなれともうれしかりけり


たちわたるかすみをみれはあしひきの

やまにものにもはるはきにけむ



わたつみのなみのいづこにたちそめて

はてなくつつむはるのかすみぞ



ささなみやしかのみやこのいにしえの

おもかけうすくたつかすみかな




うくいすのけさおとつるるこへききて

はしめてはるのここちこそすれ


うれしきもわかものにしてきこへけり

このあかつきのうくいすのこへ



のとかなるけさのあめにや

はるののの

みとりのいろもまさるらむ



おくれたるとものためにとしをりして

たのまのわらひおりのこしけり







こととき、

「24歳」の「とてもとても貧しい乙女」の。

「春」によろこび。

「春」にもおびえおののく。

隠したくはない「乙女のほこり」

けれども。

隠さざるを得ぬ「乙女のほこり」

かなしさの。おもかげと。

光さす。輝きと。

お若い「御婦人」の「知」「智」が。

ほこりたかくも。

そしてはかなくも。

「ひしひし」とよみとれます。





「秋」の女神(めがみ)の。



「竜田姫(たつたひめ)」の



去り過ぎた「「秋」そして「冬」。



「春」の女神「佐保姫(さほひめ)」が



微笑んみながらまいおりてきました。



また去っていきました。



「季節」がきました。



「竜田姫(たつたひめ)」の微笑みが



ちかくにみえるような気がいたします。








「佐保姫(さほひめ)」の微笑みも。



いまだとおくで、感じられます。




これからは日は。
陽は次第にみじかくなる。
日が短くなる。
朝は明けるのははおそくなり。
夕に暗くなるのははやくなる。



なぜか。
不思議なやさしさ。
やすらぎと。
心やすらかなる
安堵感をかんじます。


心やすらかなる
安堵感をかんじます。

けれども。
「安堵」と「落胆」は。
常に表裏一体。
両羽(もろば)の剣。

「ぬかよろこび」の「ぬか」のような
ものです。

「みじかくなる陽」も両羽(もろば)の剣を
持っています。

そして。
季節には「大気の音色(ねいろ)」もあるようです。


朝空は
陽ははるかに天高く。
空色はミルク色です。
クリームのかかった雲空です。


東京都 山本クリニック世田谷の庭園には

「えどむらさき」という「つつじ」
が「何本」もはえています。
野生種に近いものです。
大きな真紅紫の花を咲かせます。

「つつじ」ですから
盆栽の「皐月:さつき」のような
繊細さはみえません。






この「きせつ」になり。
森山を分け入ると。


木々の根元に隠れ咲く。
だいだい色の花の花のごとくに紅葉したまま
しもがれする
「やまはぜの葉木」が「大好き」です。

「やまうるしの紅葉」もかわいらしく。
「大好き」です。

身の丈以上ほどにもなって群生する。
野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
が。
病院の林の一角に野生のまま
おいしげっています。

野生の「小紫式部:こむらさきしのぶ」
のパープルの真珠が群れたように実る
「実りの木の実」の風にそよぐ音色には。
おどろかされます。

あけびつたもうれしい。
あけびの「実」がみつかればなおなおうれしい。

またたびをみつけました。
根元にねこにかじられきずがある。

里山の季節の時期から。
そしてつぎの「あたらしい」の里山の季節
になりました。

四季の歩みの春夏秋冬のうつろいは
メトロノームの「あゆみ」を
感じさせます。

この「あゆみ」の「質量」は
とてもとても多いです。
質量があれば。あたかも。
重力のように。
四季のリズムにひきよせられていく。
そのような感じがします。

四季の歩みの春夏秋冬は。
フアジーでいてなお着々。
確実な「リズム」を感じます。

ここに。
「メロディ:旋律」とハーモニー:和声」
がくわわれば「音楽の三要素」。
音楽と同じです。

草花や草木につつまれた自然は。
「音楽」と同じように
ひびきとして聴こえます。

自然は
「しぜん」の
「ヴィルトオーゾ」と
「ヴィルトゥオーサ(virtuosa)」
*です。

この「自然のフイルハーモニウム」の。
指揮者は。
太陽なのか大地なのか人なのか。

或は音色をかもし出す自然はオーケストラ
であるのか。
ソリストなのだろうか。

私の尊敬する「合衆国USA」の
女性で小説家(「ノーベル賞受賞者」)
「パール・サイデンストリッカー・バック
(Pearl Sydenstricker Buck)
中国名、賽珍珠(サィ・チンシュ)」
パールバックの「大地」に
その「こたえ」が示唆されています。


古代より芸術家が
自然を音楽や絵画や彫刻
で表現しようとした気持ちが良く判ります。


*ヴィルトゥオーソ(virtuoso)は、
「博識、達人」を意味するイタリア語の男性名詞である。
複数形の場合はヴィルトゥオーシ(virtuosi)
、女性形はヴィルトゥオーサ(virtuosa)となる。
ラテン語のvirtus
(「男らしさ」「美徳」「至高」の意)を語源とし、元来は「有徳の」「誉められるべき」
を意味する形容詞の男性形であった。


実際の楽曲ではこの三要素は。
密接に音楽的に結びつきひとつの楽曲をなします。

但し音楽の「リズム・メロディ・ハーモニー」は
一つだけを明確に取り出せる「成分」というわけ
ではありません。

また「音楽であるため」に。
三要素が絶対必要ということ
でもないでしょう。


邦楽などではリズム・ハーモニーは
存在しないか希薄である事が多いです。
「音楽」として「欠陥」があるわけ
ではありません。

「リズム・メロディ・ハーモニー」
が西洋音楽の常識ではありえないほど
高度な進化を遂げた音楽も存在致します。

邦楽もその一つです。

大和の国 やまとのくにの自然は。
「大和の国の音楽」と同じように思えます。
聴こえます。




「音楽」は「音」「おと」です。
そして「しらべ」=メロディとハーモニーです。
人類が「この音楽」を「楽譜」として
「寸分たがわず」「譜面」という名の「紙」に
「かくことを完成させた」ということは
大変なことです。

人間は。
人類は。
わずか「400年」で。

「音楽の旋律」に対する「楽譜」を。
「あらたな言語」を
完全に「完成」させたことになります。

まさにミューズの神の「神業かみわざ」です。



木々のめぶきの
冬なおも。
ますます力強い息吹を感じます。

「真夏」をすぎ「冬」になると。
再び「若葉」がみられることに。
きづきました。
「ため息」がでるほど木々の「冬若葉」の
「つどい」は「つよく」「うつくしい」。
雪の上のみどり。

木々のてっぺんは萌黄色から
「ふかみどり」
になりました。
そして「しっかりと樹木として
「冬を迎えた葉束」になりました。
これからは
「深まる冬」がすぎさり「春」。
「開花」の炎が。

樹木の上方で。
「春の到来」を.
くすぶりてまちわびてています。
たえしのぶ季節の樹木です。





高い木々の穂先は萌黄から若草色に。
うねるなみのように。
木々の新緑は常緑となり季節のおとずれを
伝えていました。


桜は葉桜から「葉木」
道路沿いの「けやき」の木々も
萌黄から若葉。
そして青葉。
どうもうともいえる青葉。
そして見え隠れする「紅葉葉」。
紅葉葉の10枚20枚がひとつひとつ
の樹木にみえるようになりました。
「黄色調」です。
そして今「樹木」は「葉のいろ」をかえ
「宙」に舞おうとしています。




明らかなる。
「冬から春」とはことなる。
「夏から秋」。
「秋から冬」
そして「季節からあらたなる季節」の「かぜおと」。

木々の四季の。
大気の「色」のうつろい
に気づきます。





今は里山(さとやま)をさまよい。
今は里山(さとやま)をあるきたい。
今は里山(さとやま)の季節。
今は昔々里山(さとやま)であそび。
今は昔々て里山(さとやま)でおぼえ。
今は昔々里山(さとやま)でまなんだ。
今は昔々のその日々の思い出は。
今は黄金(こがね)か。あるいは。
今は銀か。いぶし銀か。
今はもしかしたらプラチナか。
今は思い出色は鉛のように。
今は重さは鉛のようになり。
今は心の奥深くに埋もれて感じられます。


「幸せ色」=「しあわせいろ」

ならばよいです。


けれども
早朝は非常にさむくなりました。




やま中さまよいて
やま中をわけいらば
やま中大樹の根元に隠れたり
やま中あけぼの色のちひさき炎(ほのほ)
やま中みつけたりやまの秋の華。
やま中やまの秋葉木のかくれんぼ
やま中大樹の根元に隠れたり
山はぜの葉木。
やま中やまうるしの葉木。
やま中あきやまはぜとふるやまうるし。
「はだか木」。
元気な木。たくましき木。


山萩(やまはぎ)の
花をかくして燃えたたむ
あきに実りの祭りなり
あき山はぜの葉炎
あき天高く燃ゆ

やまはぎの
はなをかくしてもえたたむ
きせつにみのりのまつりなり
きせつやまはせのほのほ
きせつてんたかくもゆ









ひろくなりけり空(そら)たかし
さとやまに木々のみどり木
こもれびうけて燃えるがごとし
みどりの炎(ほのほ)
ほのほうちけさむかすみはあおし
ほのほにかすみにただよひて
うるわしくかがやきたり
あたたかくかおりたり
あざやかなりけり 
やまさとのやまみどり
やまさとのふかみどり


ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
は「英国:United Kingdom UK」の
「風景画家」
天才画家ですが「緑」が大嫌い
で「黄色」が「大好き」。
「木」をかくのを非常にいやがったそうです。

多分ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
が「修行時代」に「お金にために
「どこの国も同じですが」
「名所絵」をかかされたときの
「反動」ではないかと
今の私は考えます。






「大きな冬みつけた」

から

「冬がすぎてて春間近い」

「小さな春みつけた・。」

そして

「小さな季節みつけた」

そして

「大きな春みつけた」。

そして

「小さい季節」がみつかって。

そして・そして

しだいにおおきな。

「季節」になりました。

「あき」がちかづく「八十八夜」まで・・

秋が過ぎて。ふゆがすぎて。はるがすぎて。
なつがすぎてあきがすぎて。ふゆがきて。

今はふたたび「きせつ」。










私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝4:30am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成21年01月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
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平成21年2月11日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成21年3月20日(金曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成21年4月29日(水曜日)は。


元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。


限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


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平成21年5月4日・5日・6日・
(月曜日)(火曜日)(水曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


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平成21年7月20日(月曜日)は。

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ。

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成21年8月14日(金曜日)と15日(土曜日)
の「二日間」
は病院の医療コンピューターの更新のため。

診療ができないので二日間「休診日」になります。

平成21年8月13日(木曜日)まで平常どおり。
平成21年8月18日(日曜日)から平常どおり。
はおわりました。

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平成21年9月21・22・23日
(月曜日)(火曜日)(水曜日)
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。


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平成21年10月12日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。
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平成21年11月 3日(火曜日)
平成21年11月23日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。
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平成21年12月23日(水曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。
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年末年始の診療
平成21年12月30日(水曜日)*まで
診療を行います。

また
平成22年1月は。
1月4日(月曜日)*より診療を開始致しました。

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年始の診療
平成22年1月11日(月曜日)
平成22年1月11日(月曜日)は。
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成22年3月22日は(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


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平成22年5月3・4・5日
(月曜日)(火曜日)(水曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成22年7月19日(月曜日)祝祭日は
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成22年の8月12日(木曜日)(休診日)
より
平成22年の8月15日(日曜日)まで
の8月12日・13日(金曜日)・14日(土曜日)8月15日
は館内改装のため「夏季休診日」とさせていただきます。
きまっている休診日を除けば
8月13日(金曜日)と8月14日(土曜日)
が休診日となります。
院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。

はおわりました。



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平成22年9月20日は(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。

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平成22年10月11日は(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成22年11月3日(水曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。



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平成22年11月23日(火曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。



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山本クリニック脳神経外科世田谷では
平成22年12月29日(水曜日)まで診療を行います。
そして
平成23年1月4日(火曜日)より診療を開始到します。


平成22年12月30日(木曜日)より
平成23年1月3日(月曜日)までは年末年始体制で
休診日とさせていただきます。院長は常時病院に滞在到します。


はおわりました。
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平成23年1月10日(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成23年2月11日(金曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
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平成23年2月21日(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。
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平成23年4月29日(金曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成23年5月3日(火曜日)
平成23年5月4日(水曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。
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平成23年7月18日(月曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。
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平成23年の8月11日(木曜日)(休診日)
より
平成23年の8月14日(日曜日)まで
の8月12日(金曜日)・8月13日(土曜日)
は館内改装のため「夏季休診日」とさせていただきます。

きまっている休診日を除けば
8月12日(金曜日)と8月13日(土曜日)
が休診日となります。
院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。

  

はおわりました。
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平成23年9月19日(月曜日
平成23年9月23日(金曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

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平成23年10月10日(月曜日

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成23年11月23日(水曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

------------------------------

平成23年12月23日(金曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。

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山本クリニック脳神経外科世田谷では
平成23年12月30日(金曜日)まで診療を行います。
そして
平成24年1月4日(水曜日)より診療を開始到します。

平成23年12月31日(土曜日)より
平成23年1月3日(火曜日)までは年末年始体制で
休診日とさせていただきます。院長は常時病院に滞在到します。
はおわりました。



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平成24年1月9日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


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平成24年2月3日(金曜日)

元来は平常診療日なのですが。

館内設備の点検補修のため、「臨時休診日」
とさせていただきます。


ご迷惑をかけ、申し訳ございません。
(木曜日)(金曜日)と、二連休になってしまいます。


形成外科などで、
(土曜日)2月4日に、御予約の御確認は
2月2日(水曜日)に御願い致します。
はおわりました。

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平成24年2月11日(土曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。


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平成24年3月20日(火曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。



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平成24年4月30日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。


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平成24年5月4日(金曜日)
平成24年5月5日(土曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。

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平成24年7月16日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。

けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。

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平成24年の8月12日(日曜日)(休診日)
より
平成23年の8月16日(木曜日)まで
の8月12日(金曜日)・8月13日(土曜日)
は館内改装のため「夏季休診日」とさせていただきます。

きまっている休診日を除けば
8月13日(月曜日)。14日(火曜日)、
と8月15日(水曜日)・
が休診日となります。
院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。
はおわりました。




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平成24年
9月17日(月曜日)、
9月22日(土曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。




------------------------------

平成24年

10月8日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。


------------------------------


平成24年


11月3日(土曜日)


元来は「祝日で休診日」です。




けれども「完全御予約制」の



御予約の患者さんのみ



限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。








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平成24年


11月23日(金曜日)


元来は「祝日で休診日」です。




けれども「完全御予約制」の



御予約の患者さんのみ



限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました。











------------------------------




平成24年

12月24日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました




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山本クリニック脳神経外科世田谷では.



平成24年12月29日(土曜日)まで診療を行います。
そして
平成25年1月4日(金曜日)より診療を開始到します。



平成24年12月30日(日曜日)より
平成23年1月3日(木曜日)までは年末年始体制で
休診日とさせていただきます。

院長は常時病院に滞在到します。






はおわりました



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平成25年

1月14日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました



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平成25年

2月11日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました



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平成25年

3月20日(水曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました




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平成25年

4月29日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。

はおわりました



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平成25年5月3日(金曜日)
平成25年5月4日(土曜日)は
元来は「祝日で休診日」です。



けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



平成25年5月6日(月曜日)は休診致します。




はおわりました






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平成25年

7月15日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


------------------------------






平成25年の8月14日(火曜日)
より
平成25年の8月16日(木曜日)まで
の8月14日(火曜日)・8月15日(水曜日)
は館内改装のため「夏季休診日」とさせていただきます。

きまっている休診日を除けば
8月14(火曜日)。、
と8月15日(水曜日)・
が休診日となります。

8月12日(月曜日)は診療致します。
8月16日(金曜日)より通常状態にもどります。

院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。

はおわりました。

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平成25年9月16日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。


はおわりました。


------------------------------


平成25年9月23日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。
------------------------------




平成25年10月14日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。
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平成25年11月4日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。





はおわりました。
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平成25年11月23日(土曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。
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山本クリニック脳神経外科世田谷では.



平成25年12月30日(月曜日)まで診療を行います。
そして
平成26年1月4日(土曜日)より診療を開始到します。



平成25年12月31日(火曜日)より
平成26年1月3日(金曜日)までは年末年始体制で
休診日とさせていただきます。

院長は常時病院に滞在到します。






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平成26年2月11日(火曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。



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平成26年3月21日(金曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。
はおわりました。


------------------------------




平成26年7月21日(月曜日)

元来は「祝日で休診日」です。


けれども「完全御予約制」の

御予約の患者さんのみ

限られた時間帯で診療を行います。



はおわりました。
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平成26年8月2日(土曜日)

元来は診療日です。


けれども、館内工事のため
臨時休診日とさせていただきます。

ご迷惑をおかけいたしますが
よろしくお願いいたします。



はおわりました。
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夏季休診日についての御案内。


平成26年の8月13日(水曜日)
より
平成26年の8月15日(金曜日)まで
を夏季休診日とさせていただきます。



院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。




はおわりました。
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夏季休診日についての御案内。


平成27年の8月13日(木曜日)

より

平成27年の8月16日(日曜日)まで

を夏季休診日とさせていただきます。




院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。



はおわりました。

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山本クリニック脳神経外科世田谷では.



平成27年12月30日(水曜日)まで診療を行います。


そして


平成28年1月4日(月曜日)より診療を開始到します。




平成27年12月31日(木曜日)より


平成28年1月3日(日曜日)までは年末年始体制で


休診日とさせていただきます。


院長は常時病院に滞在到します。


はおわりました。


------------------------------


夏季休診日についての御案内。


平成28年の8月11日(木曜日)

より

平成28年の8月14日(日曜日)まで

を夏季休診日とさせていただきます。



院長は病院に常在到します。

よろしくお願いいたします。





はおわりました。


------------------------------

山本クリニック脳神経外科世田谷では.



平成28年12月30日(金曜日)まで診療を行います。


そして


平成29年1月4日(水曜日)より診療を開始到します。




平成28年12月31日(土曜日)より


平成29年1月3日(火曜日)までは年末年始体制で


休診日とさせていただきます。


院長は常時病院に滞在到します。


はおわりました。




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平成29年夏期休診日のお知らせ。


山本クリニック脳神経外科世田谷では.

8月23日(水曜日)まで診療をおこないます。


8月28日(月曜日)より、診療を再開させて


頂きます。


8月23日は木曜日、8月27日は、日曜日です。


よりまして、8月25日金、8月26日土、が


休診ということになります。



院長は、クリニックに常在致します。

宜しくお願い申し上げます。




はおわりました。


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山本クリニック脳神経外科世田谷では.



平成29年12月30日(土曜日)まで診療を行います。


そして


平成30年1月5日(金曜日)より診療を開始到します。

平成29年12月31日(日曜日)より


平成30年1月4日(木曜日)までは年末年始体制で


休診日とさせていただきます。


院長は常時病院に滞在到します。



はおわりました。






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「今日は何の日」は。

ウイキペディアより。
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フィリップ・エドゥアルト・アントン・フォン・レーナルト
(Philipp Eduard Anton von Lenard, 1862年6月7日 ? 1947年5月20日)は
ハンガリーのポジョニ 出身[のドイツの物理学者である。

陰極線の研究で1905年にノーベル物理学賞を受賞した。
レーナルトは、陰極線の吸収の度合いが
通過する物質の密度と比例することに気づいた。

これは陰極線が電磁放射の一種だという説を否定するかに思われた。

また、通常の空気中では数インチしか通過できないことを発見し、
空気中の分子よりも小さい粒子が空気の分子にぶつかって
散乱しているのではないかと考えた。

ジョゼフ・ジョン・トムソンの成果も考慮して、
陰極線は負に帯電したエネルギー粒子の流れだという結論に達した。


彼はヘルムホルツに倣ってこれを
"quanta of electricity" または単に "quanta"(量子)と名付けた。
一方ジョゼフ・ジョン・トムソンは
"corpuscle" と名付けたが、最終的には
"electron"(電子)と呼ばれるようになった。

自身の陰極線を金属に吸収させる実験や先人の成果からレーナルトは、
電子が原子を構成する一部であり、
原子の大部分は何もない空間から成っているという正しい推論を行った。



1862年 - フィリップ・レーナルト、物理学者(+ 1947年)
の生誕日です。



+++++++++++++++++++++++++++++

フィリップ・レーナルト



ノーベル賞受賞者ノーベル賞

受賞年:1905年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:陰極線に関する研究

+++++++++++++++++++++++++++++

フィリップ・エドゥアルト・アントン・フォン・レーナルト
(Philipp Eduard Anton von Lenard, 1862年6月7日 ? 1947年5月20日)は
ハンガリーのポジョニ 出身[のドイツの物理学者である。

陰極線の研究で1905年にノーベル物理学賞を受賞した。
また、熱心な反ユダヤ主義者だったことでも知られている。

+++++++++++++++++++++++++++++



前半生

1862年7月7日、オーストリア帝国のハンガリー王国プレスブルク/ポジョニ
(現在のスロバキアのブラチスラヴァ)に生まれる。

両親はチロル州から17世紀に移住してきたドイツ人の家系で、
ワイン商を営んでいた。

レーナルトは Royal Hungarian Gymnasium でハンガリー語を学んだが、
自伝でも書いているようにその経験(特に Virgil Klatt という先生の影響)が
人格形成に大きく影響している。

若いころのレーナルトは熱心なマジャル人国家主義者だった。
言語としてはハンガリー語が好きで、
主に居住していたハンガリー地方にドイツ風の地名をつけることには
激しく反対した。

自らはハンガリー風に "Fulop Lenard" あるいは
"Lenardi" と名前を綴っていた。

+++++++++++++++++++++++++++++

1880年、ウィーンとブダペストで物理学と化学を学んだ。

1882年にはブダペストを離れプレスブルクに戻ったが、
ブダペスト大学での助手の職につこうとして断わられ、
1883年にハイデルベルクに引っ越した。

ハイデルベルクでは有名なロベルト・ブンゼンに師事し、
1学期だけベルリンのヘルマン・フォン・ヘルムホルツに学び、
1886年に博士号を取得した。

1887年、ブダペストでエトヴェシュ・ロラーンドの助手となる。
その後、アーヘン大学、ボン大学、ヴロツワフ大学、
ハイデルベルク大学 (1896?1898)、キール大学 (1898?1907) に勤め、
1907年にはハイデルベルク大学に創設された
フィリップ・レーナルト研究所の所長に就任した。

1905年にはスウェーデン王立科学アカデミーの会員、
1907年にはハンガリー科学アカデミーの会員に選ばれている。

+++++++++++++++++++++++++++++

初期には、燐光やルミネセンス、炎の伝導率なども研究していた。

+++++++++++++++++++++++++++++

物理学への貢献

陰極線と光電効果の研究

レーナルト最大の業績は1888年から始めた陰極線の研究である。
それ以前の陰極線は、ある程度真空に近づけたガラス管に金属電極を配し、
そこに高電圧を印加することで発生させていた。
したがって陰極線は封印されたガラス管の中にあり、
しかもガラス管内には空気の分子もあるため、
直接的な研究が難しかった。

レーナルトはガラス管に小さな金属箔の窓(レーナルトの窓)を設置し、
圧力差に耐えられる程度に厚いが陰極線が通過する程度には薄いものにすることで、
この問題を解決した。
これをレーナルト管と呼ぶ。

これを使って陰極線をその窓から実験室内に出したり、
別の完全に真空にした部屋に出したりすることができるようになった。
これによって燐光物質を塗布した紙を使った陰極線の検知が容易になり、
その強度も測定できるようになった。

+++++++++++++++++++++++++++++

レーナルトは、陰極線の吸収の度合いが
通過する物質の密度と比例することに気づいた。

これは陰極線が電磁放射の一種だという説を否定するかに思われた。

また、通常の空気中では数インチしか通過できないことを発見し、
空気中の分子よりも小さい粒子が空気の分子にぶつかって
散乱しているのではないかと考えた。

ジョゼフ・ジョン・トムソンの成果も考慮して、
陰極線は負に帯電したエネルギー粒子の流れだという結論に達した。


彼はヘルムホルツに倣ってこれを
"quanta of electricity" または単に "quanta"(量子)と名付けた。
一方ジョゼフ・ジョン・トムソンは
"corpuscle" と名付けたが、最終的には
"electron"(電子)と呼ばれるようになった。

自身の陰極線を金属に吸収させる実験や先人の成果からレーナルトは、
電子が原子を構成する一部であり、
原子の大部分は何もない空間から成っているという正しい推論を行った。

+++++++++++++++++++++++++++++

クルックス管を使った研究では、
真空中の金属に紫外線を照射した際に生じる放射線(光電効果)が
陰極線と同じであることを示した。

特にその放射線のエネルギーが照射する光の強さとは無関係だが、
光の波長が短いほど強くなることを発見した。
後にこれを量子効果として説明付けたのがアルベルト・アインシュタインである。

その理論では、陰極線エネルギーと光の波長を
グラフにプロットしたとき、
その傾斜がプランク定数 h と等しくなると予測されていた。

これは数年後に事実であることが判明している。

アインシュタインは光電効果の研究でノーベル物理学賞を受賞している。

+++++++++++++++++++++++++++++

大気電気学

1892年、レナード効果と呼ばれるようになる現象を発見した。
これは水滴が落下中に微粒化するとき、
帯電するという現象である。
但し、正確には「発見した」のではなく、
以前から知られていたこの現象を物理学的に説明したというのが正しい。

+++++++++++++++++++++++++++++

彼は様々な大きさと形状の水滴を研究し、
水粒子を数秒間一定の位置に保つことができる斬新な風洞を建設した。
大きな水滴が涙状の形ではなくハンバーガーのような形であることを
最初に明らかにしたのもレーナルトである。


+++++++++++++++++++++++++++++

「ドイツ物理学」と反ユダヤ主義

レーナルトは研究の業績のほかに、
いくつかの行動によって悪名を残している。
レントゲンがX線の発見に際してレーナルト管を用いたのに、
彼の名を引用しなかったことに激しく怒った。

レーナルトはドイツ・ナショナリズムの熱心な信奉者としても記憶されており、
ドイツからアイデアを盗んだとして
イギリスの物理学を軽蔑していた。

また、電流の単位としてフランスの物理学者
アンドレ=マリ・アンペールに因んだアンペアを用いることを気に入らず、
その代わりにドイツの物理学者ヴィルヘルム・ヴェーバーの名を用いるよう指示し、
ハイデルベルクの研究所にある全ての機器の単位を
ヴェーバーに書き換えさせたというエピソードが残る
(なお、ヴィルヘルム・ヴェーバーに因んだ「ウェーバ」は磁束の単位である)。

+++++++++++++++++++++++++++++

早くから国家社会主義ドイツ労働者党の党員になっており、
ナチス・ドイツ時代には非科学的な「ドイツ物理学」を提唱し、
「ユダヤ物理学」は人を惑わす間違った学問だとして無視した。
これは主にアルベルト・アインシュタインの相対性理論を指しての言である。
アドルフ・ヒトラーの科学顧問として、
ナチスのドイツ物理学部門の代表となった。

+++++++++++++++++++++++++++++

1933年に出版した "Great Men in science, a History of scientific progress"
(科学の偉人たち 科学発展の歴史)から、
科学者たちについてのレーナルトの見方がうかがえる。

なお、この本は Edward Andrade の序文付きで英訳され、
第二次世界大戦後も世界各地の大学で広く読まれた。

レーナルトがアインシュタインやキュリーをその本に含めなかった点について、
Andrade は「この作者のような個性の強い人は、
個人的判断を強く主張する傾向がある」と注記している。

1954年の英語版のページ xix には次のような出版社による注記がある。

+++++++++++++++++++++++++++++

レーナルト教授の科学の先人たちについての研究は、
深い知識と見事なバランスを示しているが、
彼の同時代の科学者については個人的偏見に判断を動かされる傾向があった。

彼が存命だったなら、最近の研究に基づいた改訂に同意しなかっただろう。

+++++++++++++++++++++++++++++

レーナルトは1931年、ハイデルベルク大学の理論物理学教授職を引退した。
その後は名誉教授となったが、1945年に連合国に占領されると、
その職を追われた。1947年、メッセルハウゼンで死去。

+++++++++++++++++++++++++++++

受賞歴
ランフォード・メダル (1896) - 王立協会
マテウチ・メダル (1896) - イタリア科学アカデミー
フランクリン・メダル (1932) - Franklin Institute
ノーベル物理学賞 (1905)

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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・
















































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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

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http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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フィリップ・エドゥアルト・アントン・フォン・レーナルト
(Philipp Eduard Anton von Lenard, 1862年6月7日 ? 1947年5月20日)は
ハンガリーのポジョニ 出身[のドイツの物理学者である。

陰極線の研究で1905年にノーベル物理学賞を受賞した。
レーナルトは、陰極線の吸収の度合いが
通過する物質の密度と比例することに気づいた。

これは陰極線が電磁放射の一種だという説を否定するかに思われた。

また、通常の空気中では数インチしか通過できないことを発見し、
空気中の分子よりも小さい粒子が空気の分子にぶつかって
散乱しているのではないかと考えた。

ジョゼフ・ジョン・トムソンの成果も考慮して、
陰極線は負に帯電したエネルギー粒子の流れだという結論に達した。


彼はヘルムホルツに倣ってこれを
"quanta of electricity" または単に "quanta"(量子)と名付けた。
一方ジョゼフ・ジョン・トムソンは
"corpuscle" と名付けたが、最終的には
"electron"(電子)と呼ばれるようになった。

自身の陰極線を金属に吸収させる実験や先人の成果からレーナルトは、
電子が原子を構成する一部であり、
原子の大部分は何もない空間から成っているという正しい推論を行った。



1862年 - フィリップ・レーナルト、物理学者(+ 1947年)
の生誕日です。



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フィリップ・レーナルト



ノーベル賞受賞者ノーベル賞

受賞年:1905年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:陰極線に関する研究

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フィリップ・エドゥアルト・アントン・フォン・レーナルト
(Philipp Eduard Anton von Lenard, 1862年6月7日 ? 1947年5月20日)は
ハンガリーのポジョニ 出身[のドイツの物理学者である。

陰極線の研究で1905年にノーベル物理学賞を受賞した。
また、熱心な反ユダヤ主義者だったことでも知られている。

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前半生

1862年7月7日、オーストリア帝国のハンガリー王国プレスブルク/ポジョニ
(現在のスロバキアのブラチスラヴァ)に生まれる。

両親はチロル州から17世紀に移住してきたドイツ人の家系で、
ワイン商を営んでいた。

レーナルトは Royal Hungarian Gymnasium でハンガリー語を学んだが、
自伝でも書いているようにその経験(特に Virgil Klatt という先生の影響)が
人格形成に大きく影響している。

若いころのレーナルトは熱心なマジャル人国家主義者だった。
言語としてはハンガリー語が好きで、
主に居住していたハンガリー地方にドイツ風の地名をつけることには
激しく反対した。

自らはハンガリー風に "Fulop Lenard" あるいは
"Lenardi" と名前を綴っていた。

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1880年、ウィーンとブダペストで物理学と化学を学んだ。

1882年にはブダペストを離れプレスブルクに戻ったが、
ブダペスト大学での助手の職につこうとして断わられ、
1883年にハイデルベルクに引っ越した。

ハイデルベルクでは有名なロベルト・ブンゼンに師事し、
1学期だけベルリンのヘルマン・フォン・ヘルムホルツに学び、
1886年に博士号を取得した。

1887年、ブダペストでエトヴェシュ・ロラーンドの助手となる。
その後、アーヘン大学、ボン大学、ヴロツワフ大学、
ハイデルベルク大学 (1896?1898)、キール大学 (1898?1907) に勤め、
1907年にはハイデルベルク大学に創設された
フィリップ・レーナルト研究所の所長に就任した。

1905年にはスウェーデン王立科学アカデミーの会員、
1907年にはハンガリー科学アカデミーの会員に選ばれている。

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初期には、燐光やルミネセンス、炎の伝導率なども研究していた。

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物理学への貢献

陰極線と光電効果の研究

レーナルト最大の業績は1888年から始めた陰極線の研究である。
それ以前の陰極線は、ある程度真空に近づけたガラス管に金属電極を配し、
そこに高電圧を印加することで発生させていた。
したがって陰極線は封印されたガラス管の中にあり、
しかもガラス管内には空気の分子もあるため、
直接的な研究が難しかった。

レーナルトはガラス管に小さな金属箔の窓(レーナルトの窓)を設置し、
圧力差に耐えられる程度に厚いが陰極線が通過する程度には薄いものにすることで、
この問題を解決した。
これをレーナルト管と呼ぶ。

これを使って陰極線をその窓から実験室内に出したり、
別の完全に真空にした部屋に出したりすることができるようになった。
これによって燐光物質を塗布した紙を使った陰極線の検知が容易になり、
その強度も測定できるようになった。

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レーナルトは、陰極線の吸収の度合いが
通過する物質の密度と比例することに気づいた。

これは陰極線が電磁放射の一種だという説を否定するかに思われた。

また、通常の空気中では数インチしか通過できないことを発見し、
空気中の分子よりも小さい粒子が空気の分子にぶつかって
散乱しているのではないかと考えた。

ジョゼフ・ジョン・トムソンの成果も考慮して、
陰極線は負に帯電したエネルギー粒子の流れだという結論に達した。


彼はヘルムホルツに倣ってこれを
"quanta of electricity" または単に "quanta"(量子)と名付けた。
一方ジョゼフ・ジョン・トムソンは
"corpuscle" と名付けたが、最終的には
"electron"(電子)と呼ばれるようになった。

自身の陰極線を金属に吸収させる実験や先人の成果からレーナルトは、
電子が原子を構成する一部であり、
原子の大部分は何もない空間から成っているという正しい推論を行った。

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クルックス管を使った研究では、
真空中の金属に紫外線を照射した際に生じる放射線(光電効果)が
陰極線と同じであることを示した。

特にその放射線のエネルギーが照射する光の強さとは無関係だが、
光の波長が短いほど強くなることを発見した。
後にこれを量子効果として説明付けたのがアルベルト・アインシュタインである。

その理論では、陰極線エネルギーと光の波長を
グラフにプロットしたとき、
その傾斜がプランク定数 h と等しくなると予測されていた。

これは数年後に事実であることが判明している。

アインシュタインは光電効果の研究でノーベル物理学賞を受賞している。

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大気電気学

1892年、レナード効果と呼ばれるようになる現象を発見した。
これは水滴が落下中に微粒化するとき、
帯電するという現象である。
但し、正確には「発見した」のではなく、
以前から知られていたこの現象を物理学的に説明したというのが正しい。

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彼は様々な大きさと形状の水滴を研究し、
水粒子を数秒間一定の位置に保つことができる斬新な風洞を建設した。
大きな水滴が涙状の形ではなくハンバーガーのような形であることを
最初に明らかにしたのもレーナルトである。


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「ドイツ物理学」と反ユダヤ主義

レーナルトは研究の業績のほかに、
いくつかの行動によって悪名を残している。
レントゲンがX線の発見に際してレーナルト管を用いたのに、
彼の名を引用しなかったことに激しく怒った。

レーナルトはドイツ・ナショナリズムの熱心な信奉者としても記憶されており、
ドイツからアイデアを盗んだとして
イギリスの物理学を軽蔑していた。

また、電流の単位としてフランスの物理学者
アンドレ=マリ・アンペールに因んだアンペアを用いることを気に入らず、
その代わりにドイツの物理学者ヴィルヘルム・ヴェーバーの名を用いるよう指示し、
ハイデルベルクの研究所にある全ての機器の単位を
ヴェーバーに書き換えさせたというエピソードが残る
(なお、ヴィルヘルム・ヴェーバーに因んだ「ウェーバ」は磁束の単位である)。

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早くから国家社会主義ドイツ労働者党の党員になっており、
ナチス・ドイツ時代には非科学的な「ドイツ物理学」を提唱し、
「ユダヤ物理学」は人を惑わす間違った学問だとして無視した。
これは主にアルベルト・アインシュタインの相対性理論を指しての言である。
アドルフ・ヒトラーの科学顧問として、
ナチスのドイツ物理学部門の代表となった。

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1933年に出版した "Great Men in science, a History of scientific progress"
(科学の偉人たち 科学発展の歴史)から、
科学者たちについてのレーナルトの見方がうかがえる。

なお、この本は Edward Andrade の序文付きで英訳され、
第二次世界大戦後も世界各地の大学で広く読まれた。

レーナルトがアインシュタインやキュリーをその本に含めなかった点について、
Andrade は「この作者のような個性の強い人は、
個人的判断を強く主張する傾向がある」と注記している。

1954年の英語版のページ xix には次のような出版社による注記がある。

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レーナルト教授の科学の先人たちについての研究は、
深い知識と見事なバランスを示しているが、
彼の同時代の科学者については個人的偏見に判断を動かされる傾向があった。

彼が存命だったなら、最近の研究に基づいた改訂に同意しなかっただろう。

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レーナルトは1931年、ハイデルベルク大学の理論物理学教授職を引退した。
その後は名誉教授となったが、1945年に連合国に占領されると、
その職を追われた。1947年、メッセルハウゼンで死去。

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受賞歴
ランフォード・メダル (1896) - 王立協会
マテウチ・メダル (1896) - イタリア科学アカデミー
フランクリン・メダル (1932) - Franklin Institute
ノーベル物理学賞 (1905)

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6月7日
できごと
671年(天智天皇10年4月25日) - 日本で、漏刻と鐘鼓による時報(水時計)を開始。
871年(貞観13年5月16日) - 鳥海山が噴火。
923年(延長元年閏4月20日) - 903年に大宰府で亡くなった菅原道真を右大臣に復し正二位を贈る。
1099年 - 第1回十字軍: エルサレム攻囲戦 が始まる。
1494年 - スペインとポルトガルの間でトルデシリャス条約が締結。新大陸における両国の境界を定める。
1576年(天正4年5月11日) - 安土城天守閣が完成。
1628年 - イングランド王チャールズ1世が権利の請願受託の署名を行う。
1654年 - フランス王ルイ14世が戴冠。
1692年 - ジャマイカのポート・ロイヤルで大地震(英語版)。
1776年 - リチャード・ヘンリー・リーが、アメリカ独立を求めるリー決議案(英語版)を大陸会議に提出。
1863年 - メキシコ出兵:フランスがメキシコシティを占領。
1868年(明治元年閏4月17日) - 明治政府が、長崎・浦上で発見されたキリシタンを流罪にする。(浦上四番崩れ)
1880年 - 太平洋戦争 (1879年-1884年): アリカの戦い(英語版)
1884年 - 商標条例制定。日本で商標の制度が始まる。
1893年 - マハトマ・ガンディーが最初の市民的不服従を行う。
1905年 - ノルウェー議会で同君連合スウェーデン=ノルウェーからの分離・独立を宣言。
1913年 - 北米大陸最高峰のマッキンリーに、アメリカの宣教師のスタックらが初登頂。
1919年 - セッテ・ジューニョの暴動(英語版): マルタで、パンの公定価格の値上げに端を発し、イギリス支配に反対する住民の暴動が起こる。英軍が住民に発砲し、4人が死亡。
1921年 - 小協商: ルーマニア・ユーゴスラビア相互援助条約が締結される。
1924年 - 第二次護憲運動により清浦奎吾内閣が総辞職。
1926年 - スペインの建築家、アントニ・ガウディが路面電車に轢かれる。3日後に死亡。
1935年 - スタンリー・ボールドウィンがイギリスの第59代首相に就任し、挙国一致の第3次ボールドウィン内閣(英語版)が発足。
1936年 - 多摩川スピードウェイにて第1回全国自動車競走大会が開催。
1938年 - DC-4Eが初飛行。
1939年 - 満蒙開拓青少年義勇軍壮行会が明治神宮外苑競技場にて開催。
1941年 - アメリカ海軍の戦艦サウスダコタが進水。
1941年 - 愛知銀行・名古屋銀行・伊藤銀行が合併し東海銀行(現:三菱UFJ銀行)を設立。
1942年 - 第二次世界大戦: ミッドウェー海戦が終結。
1942年 - 第二次世界大戦・アリューシャン方面の戦い: 日本軍がアリューシャン列島のキスカ島を占領。
1945年 - ノルウェー国王ホーコン7世が亡命先のイギリスから帰国。
1948年 - チェコスロバキアのエドヴァルド・ベネシュ大統領が辞職。
1951年 - (旧)計量法公布。
1951年 - 日本初の信販会社、日本信用販売(後の日本信販、現:三菱UFJニコス)が創立。
1955年 - 日本が関税および貿易に関する一般協定 (GATT) に加盟。
1955年 - 東京で第1回日本母親大会が開かれる。
1957年 - ヨーロッパ横断特急 (TEE) が運行開始。
1981年 - イラク原子炉爆撃事件。イスラエル空軍がイラク・タムーズのオシラク原子炉を奇襲攻撃、破壊する。
1982年 - エルヴィス・プレスリーの自宅「グレイスランド」の一般公開が始まる。
1983年 - 東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件
1986年 - 広島東洋カープの衣笠祥雄が日本プロ野球史上初の2,000試合連続出場を達成。
1991年 - ピナトゥボ山から高さ7,000メートルの噴煙が立ちのぼる。
1995年 - ユナイテッド航空をローンチカスタマーとしてボーイング777が運用開始。
2017年 - ミャンマー空軍のY-8が墜落し、乗員122人が死亡[1]。(ミャンマー空軍Y-8墜落事故)




















誕生日
1402年(応永9年5月7日) - 一条兼良、公卿、歌人(+ 1481年)
1770年 - 第2代リヴァプール伯爵ロバート・バンクス・ジェンキンソン、イギリス首相(+ 1828年)
1778年 - ジョージ・ブライアン・ブランメル、セレブリティ、ダンディスト(+ 1840年)
1811年 - ジェームズ・シンプソン、産科医(+ 1870年)
1825年 - ギュスターヴ・エミール・ボアソナード、法学者(+ 1910年)
1840年 - シャルロッテ・フォン・ベルギエン、メキシコ皇帝マクシミリアンの皇后(+ 1927年)
1845年 - レオポルト・アウアー、ヴァイオリニスト、指揮者、作曲家(+ 1930年)
1848年 - ポール・ゴーギャン、画家(+ 1903年)
1862年 - フィリップ・レーナルト、物理学者(+ 1947年)
1868年 - チャールズ・レニー・マッキントッシュ、建築家、デザイナー、画家(+ 1928年)
1879年 - クヌート・ラスムッセン、極地探検家、人類学者(+ 1933年)
1886年 - アンリ・コアンダ、発明家、航空エンジニア(+ 1972年)
1893年 - ギリス・グラフストローム、フィギュアスケート選手(+ 1938年)
1896年 - ナジ・イムレ、ハンガリー首相(+ 1958年)
1897年 - ジョージ・セル、指揮者(+ 1970年)
1904年 - 井口新次郎、野球選手(+ 1985年)
1907年 - マリオ・フィリッペスキ、テノール歌手(+ 1979年)
1909年 - ジェシカ・タンディ、女優(+ 1994年)
1911年 - 村川幸信、プロ野球選手(+ 没年不詳)
1913年 - 芳賀直一、プロ野球選手(+ 没年不詳)
1920年 - ヨアヒム・キルシュナー、ドイツ空軍のエース・パイロット(+ 1943年)
1924年 - ドナルド・デービス、計算機科学研究者(+ 2000年)
1926年 - 木部佳昭、政治家(+ 2001年)
1927年 - 南原宏治、俳優(+ 2001年)
1928年 - ジェームズ・アイヴォリー、映画監督
1929年 - 若山セツ子、女優(+ 1985年)
1931年 - オコト・ビテック、作家、詩人、社会学者、サッカー選手(+ 1980年)
1940年 - トム・ジョーンズ、歌手
1941年 - ハイメ・ラレード、ヴァイオリニスト、指揮者
1942年 - 辻野欣也、プロ野球選手
1943年 - 中山成彬、政治家
1943年 - 中島啓之、騎手(+ 1985年)
1943年 - 松川隆志、官僚
1944年 - 大下英治、作家
1946年 - 原初也、高校野球指導者
1947年 - ドン・マネー、プロ野球選手
1949年 - 岸部四郎、タレント
1950年 - 井上高志、俳優
1951年 - ボビー・マルカーノ、プロ野球選手(+ 1990年)
1952年 - オルハン・パムク、作家
1952年 - リーアム・ニーソン、俳優
1953年 - 中村まり子、女優
1953年 - 若原瞳、女優
1954年 - 木田勇、プロ野球選手
1955年 - 村本善之、騎手
1957年 - 薩洲洋康貴、大相撲力士
1957年 - 山下泰則、アナウンサー
1958年 - プリンス、ミュージシャン(+ 2016年)
1959年 - 小林武史、音楽家、My Little Lover
1960年 - 荒木飛呂彦、漫画家
1960年 - ジム・パチョレック、プロ野球選手
1960年 - 松下一也、ミュージシャン(+ 2004年)
1960年 - 和田秀樹、精神科医、評論家
1961年 - 白井一幸、プロ野球選手
1961年 - 岡崎郁、プロ野球選手
1961年 - 手塚理美、女優
1962年 - 秋山大学、俳優
1963年 - 厦門潤、漫画家
1964年 - 徳永善也、ミュージシャン(ドラマー)、チェッカーズ(+ 2004年)
1964年 - 永井利光、ミュージシャン(ドラマー)
1964年 - 相場勤、野球選手
1965年 - ミック・フォーリー、プロレスラー
1965年 - ダミアン・ハースト、現代芸術家
1966年 - 喜田あゆ美、声優、女優
1967年 - デイヴ・ナヴァロ、ギタリスト(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)
1969年 - 加藤高康、プロ野球選手
1970年 - 平良幸一、プロ野球選手
1970年 - 大神友明、サッカー選手
1970年 - カフー、サッカー選手
1972年 - 揚田.あき、タレント、実業家
1973年 - 寺本比呂文、プロ野球選手
1973年 - 佐々木健一、プロ野球選手
1974年 - 穴井夕子、タレント
1974年 - マヘシュ・ブパシ、テニス選手
1974年 - ベア・グリルス、作家、冒険家
1975年 - アレン・アイバーソン、バスケットボール選手
1977年 - 松田純、タレント
1977年 - 矢部みほ、タレント
1977年 - 朴明桓、野球選手
1978年 - 三浦敦子、女優
1978年 - 佐藤茜、アナウンサー
1978年 - エイドリアン・フランツ、女優
1978年 - 小田孔明、プロゴルファー
1978年 - 林韋君、女優
1979年 - こいとちくわ、お笑い芸人
1979年 - 田中健太郎、プロ野球選手
1979年 - チェイス・ランビン、プロ野球選手
1979年 - 池端陽介、サッカー選手
1979年 - 手島和希、サッカー選手
1979年 - 山本義幸、アナウンサー
1980年 - 宮崎奈緒美、ローカルタレント
1980年 - 諫山実生、ミュージシャン
1980年 - イバン・マルドナド、野球選手
1980年 - ベルニ・ロドリゲス、バスケットボール選手
1980年 - ヘンカ・ブラックスミス、ミュージシャン
1981年 - アンナ・クルニコワ、テニス選手
1982年 - 松岡健一、プロ野球選手
1982年 - 鵜飼宏長、サッカー選手
1982年 - 塩谷瞬、俳優
1982年 - 下小鶴綾、女子サッカー選手
1983年 - 浅見れいな、女優
1983年 - マーク・ロウ、メジャーリーガー
1983年 - ダグ・マシス、プロ野球選手
1984年 - 将司昂親、大相撲力士
1984年 - 牧田哲也、俳優(D-BOYS)
1985年 - カレン・ロバート、サッカー選手
1985年 - 北勝国英明、大相撲力士
1985年 - 三宅麻理恵、声優
1986年 - 高橋勇丞、プロ野球選手
1986年 - 市川卓、プロ野球選手
1987年 - 高麗美菜、グラビアアイドル
1988年 - 吉田早希、グラビアアイドル
1988年 - フィリップ・ティッシェンドルフ、フィギュアスケート選手
1989年 - 小林誠司、プロ野球選手
1990年 - 高島良介、俳優
1990年 - 橋本直樹、野球選手
1991年 - エミリー・ラタコウスキー、ファッションモデル、女優
1991年 - 岩谷美里、野球選手
1993年 - ジョーダン・フライ、俳優、声優
1993年 - 三好匠、プロ野球選手
1993年 - 呉念庭、プロ野球選手
1994年 - 大崎望絵、女優
1994年 - 島田智之介、俳優
1996年 - さユり、歌手
1996年 - 宗佑磨、プロ野球選手
1997年 - 渡邉大樹、プロ野球選手
2002年 - 村山蒼也、俳優






















忌日
960年(天徳4年5月6日) - 藤原師輔、平安時代の公卿(* 908年)
1329年 - ロバート1世、スコットランド王(* 1274年)
1358年(延文3年/正平13年4月30日) - 足利尊氏、室町幕府初代将軍(* 1305年)
1492年 - カジミェシュ4世、ポーランド王(* 1427年)
1612年(慶長17年5月8日) - 近衛前久、安土桃山時代の公卿(* 1536年)
1821年 - トゥドル・ウラジミレスク、ワラキア農民蜂起の指導者(* 1780年)
1826年 - ヨゼフ・フォン・フラウンホーファー、光学技術者(* 1787年)
1840年 - フリードリヒ・ヴィルヘルム3世、プロイセン王(* 1770年)
1848年 - ヴィッサリオン・ベリンスキー、文芸評論家(* 1811年)
1876年 - ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ、スウェーデン王オスカル1世の妃(* 1807年)
1891年 - 中村正直、啓蒙思想家(* 1832年)
1935年 - イヴァン・ミチューリン、生物学者(* 1855年)
1937年 - ジーン・ハーロウ、女優(* 1911年)
1945年 - 西田幾多郎、哲学者(* 1870年)
1951年 - オットー・オーレンドルフ、ナチス・ドイツの親衛隊中将(* 1907年)
1954年 - アラン・チューリング、数学者(* 1912年)
1964年 - 高群逸枝、民俗学者、詩人(* 1891年)
1965年 - ジュディ・ホリデイ、女優(* 1921年)
1966年 - 安倍能成、教育者、評論家、哲学者(* 1883年)
1966年 - ジャン・アルプ、彫刻家、画家、詩人(* 1886年)
1968年 - ダン・デュリエ、アメリカ合衆国の俳優(* 1907年)
1970年 - E・M・フォースター、小説家(* 1879年)
1976年 - 嶋田繁太郎、日本の海軍大臣(* 1883年)
1977年 - オットー・カイザー、フィギュアスケート選手(* 1901年)
1978年 - ロナルド・ノーリッシュ、化学者(* 1879年)
1980年 - ヘンリー・ミラー、小説家(* 1891年)
1981年 - 琴ヶ濱貞雄、大相撲の力士(* 1927年)
1987年 - 呉昌征、プロ野球選手(* 1916年)
1995年 - 久松定武、愛媛県知事(* 1899年)
2001年 - ビクトル・パス・エステンソロ、ボリビア大統領(* 1907年)
2004年 - コロムビア・トップ、漫才師、政治家(* 1922年)
2006年 - 大橋節夫、歌手、スチールギター奏者(* 1925年)
2006年 - 岡野加穂留、政治学者、第11代明治大学学長(* 1929年)
2006年 - ジョン・テンタ、プロレスラー(* 1963年)
2006年 - アブー=ムスアブ・アッ=ザルカーウィー、テロリスト(* 1966年?)
2008年 - 寛吉、大相撲の呼出(* 1930年)
2008年 - ホルスト・スコッフ、テニス選手(* 1968年)
2009年 - ピーター・タウンゼント、社会学者(* 1928年)
2015年 - クリストファー・リー、俳優(* 1922年)


















記念日・年中行事

マルタの祝日「Sette Giugno」。
1919年の英軍によるマルタ民への発砲事件を記念

ジャーナリストの日(アルゼンチンの旗 アルゼンチン)
1810年のこの日、五月革命を主導したマリアノ・モレノらが
『Gazeta de Buenos Ayres(ブエノスアイレス新聞)』を創刊したことを記念して1938年に制定。

セッテ・ジューニョ(マルタの旗 マルタ)
1919年のイギリス支配に反対する暴動を記念し、英軍によるマルタ市民への発砲による
4人の犠牲者を追悼する祝日。セッテ・ジューニョ(Sette Giugno)はイタリア語で「6月7日」の意。

連邦解体記念日(英語版)( ノルウェー)
1905年のこの日、ノルウェー議会で同君連合スウェーデン=ノルウェーからの分離・独立を宣言したことを記念。

国旗の日(ペルーの旗 ペルー)

母親大会記念日(日本の旗 日本)
1955年のこの日、第1回母親大会が東京で開催されたことを記念。
母親たちの社会活動の意欲がこの大会によって高まったと言われている。

緑内障を考える日(日本の旗 日本) 緑内障の患者やその家族で作る
緑内障フレンド・ネットワーク」が制定。「りょく(6)ない(7)しょう」の語呂合せ。

むち打ち治療の日(日本の旗 日本)
むち打ち治療協会が制定。「む(6)ちうちをな(7)おそう」の語呂合せ。

計量記念日(日本の旗 日本、1952年 - 1992年)
通商産業省(現:経済産業省)が1952年に制定。
1951年6月7日、それまでの「度量衡法」を全面的に改正した「計量法」が公布されたことを記念。

1993年11月1日に「計量法」が全面改正されたのに伴い、
計量記念日は11月1日に変更された。




























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posted by clinicayamamoto at 13:42| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする