「ここをおして」をクリックされてください。
「ここをおして」をクリックされてください。は
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭
脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)
東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成20年4月26日(土曜日)
4月の春になります。
春になり「4月」を経てもう「26日」たちました。
桜は
花の木の存在感はうすれ。
葉桜から桜の木に変わりつつあります。
けれどもまだまだ
朝も夕刻も放射冷却の時期は
急激に「温度」が下がります。
今朝は「ぬくもり」はあるがまだ寒い。
確実に「陽はたかくなり」「木々の若葉」
はより青くなる。
ぼけのはなやまぶきのはな
はなめあわせにさきぬれば
さやかなれどこもれびに
けだかきすがた陽をとらえたり
春から初夏への
前奏曲の旋律は
「四季うらら」と聞こえます。
まだ早朝暗いうちは。
とてもはださむいです。
今年の冬・春は異常な寒さです。
気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。
寒い早朝まっくらの首都高の自動車も
まばらに
さむくはないが。
「寒そうな運転の車」が多いです。
曇っていて月はみえません。
私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。
睡眠時間は「4時間」。
朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。
車のハンドルがまだ冷たい。
朝5:00amに東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。
真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても寒くとてもくつらいです。
朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。
-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------
平成20年2月11日(月曜日)
は祝日です。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
は終わりました。
-------------------------------
平成20年3月20日(木曜日)
は祝日です。
けれどもこの日は「もともと「休診日」」
なのです。
平成20年3月20日(木曜日は
休日診療は行いません。
は終わりました。
-------------------------------
平成20年
4月29日(火曜日)
5月 3日(土曜日)
5月 5日(月曜日)
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
但し
5月 6日(火曜日)は「お休み」
を頂き。5月7日(水曜日)より定常どおり
の診療を行います。
++++++++++++++++++++++
★★★
今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。
1回法=3500円
2回法=7.000円
です。
当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。
-------------------------------
2004年10月15日より厚生労働省により
肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
------------------------------
成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。
------------------------------
入学式。そして目に青葉・山ほととぎす
の候。夏が来て秋が来て。今年もまた冬がくる。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。
再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。
このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。
成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。
はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です
-------------------------------
草木の周りは
まだ冬のようです。
けれども
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。
このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。
難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。
私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。
難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。
「良くなられていく」笑顔に。
心より感謝・感謝。
「今日は何の日」は
世界中から注目された本邦の名画。
1954年 -
黒澤明監督の映画『七人の侍』が公開。
された日です。
『七人の侍』は「わざ」と「性格」の異なる
さらに
「別種「ヒエラルヒー:階層」」の異なる。
「人間」がともに「行動」を
おこすという。
「人類最初から最後までのテーマ」を
見事に映画に描出されている
作品です。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』
(しちにんのさむらい)は、1954年4月26日に公開された
黒澤明監督の日本映画です。
シナリオやアクションシーン、
時代考証などの点を含め、
その「完成度」と「モチーフ」から
世界的に極めて高く評価されており。
以後の映画作品に多大な影響を与えました。
スターウオーズも「そのひとつ」です。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』は。
また他国の映画監督にもファンが多いのです。
フランシス・フォード・コッポラは
「最も影響を受けた映画」と公言しました。
ジョージ・ルーカスは
「『スターウォーズ』シリーズは
SFという舞台で黒澤の『七人の侍』を再現したかった」
と述べています。
幼少期に黒澤作品に触れて
多大な影響を受けたという
スティーヴン・スピルバーグは、
映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、
もの作りの原点に立ち戻るために
必ず『七人の侍』を見ると発言しています。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』は
黒澤が、部分的にではあるが
マルチカム撮影方式を初めて使用した映画です。
本来は撮り直しのできないシーンのための
保険的意味合いでの採用であったが
、黒澤はその効果に驚き、
これ以降の作品では常用することになりました。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』の
伝説の雨の合戦
クライマックスの雨中の合戦では、
黒澤は雨をより激しく見せるため、
雨の中に墨汁を混ぜて撮影を行いました。
映画では9月ごろという設定であるが、
撮影は2月の極寒の積雪の中で行われました。
三船や加藤をはじめ肌着一枚や
ほぼ裸の役者にとってはとてもきついものであったはずです。
実は「雨の決戦」というシチュエーションも、
積雪がある2月の撮影ゆえに誕生したものでした。
オープンセットに積もった雪を溶かすために
大量の水が撒かれたため、
現場全体が泥濘と化し、これを逆に利用したのです。
季節の設定は春から初夏であろうと思われます。
それは映画の冒頭で麦が実り、ラ
ストシーンで田植えを行っていることから推察できます。
+++++++++++++++++
『七人の侍』と天候。
当時のハリウッドにおけるアクション娯楽映画といえば
西部劇がまだ幅を利かしている頃で、対決シーンというと
炎天下の砂塵が吹く中での対決が主流、定番となっており
ました。
(そもそも降雨が少ない)、
豪雨の中での合戦シーンというそれまでになかった手法に。
ハリウッドだけでなく。
世界中の映画関係者、映画ファンを驚かせました。
ジーンケリーの「雨にうたえば」も
『七人の侍』からケリーがヒントを得た
ということです。
++++++++++++++++++++++『七人の侍』の「戦略」の考証。
自衛隊などの
識者の評価。
黒澤が合戦シーン及び侍たちがとった戦法に
リアリティがあるのかどうかを自衛隊などの
識者に聞いて回ったところ
、
皆が戦術として非常に優れていると口を揃えたということです。
しかし、実は戦闘シーンや戦法
(特に村を要塞化するなどの描写)は、
資料が足りなかったのか黒澤たちが適当に描いたものでした。
それゆえに黒澤はわざわざ識者に聞いて回ったのです。
それまでは脇役であった野武士というものの
生態を浮き立たせたのもこの映画の特徴です。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』の各国の映画監督の
リメイク
荒野の七人
ハリウッドで製作された西部劇。
『七人の侍』を見て感激したジェームズ・コバーンら出演者が
「こんな映画を俺達も撮りたい!」と熱望して
ユル・ブリナーが翻案権を買い取りました。
リメイクされた作品。
黒澤作品と同様にここからも多くのスターが誕生し
ました。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』
近年のリメイクの声
近年『七人の侍』はリメイクを希望する声もあるが、
その一方で黒澤が作ったこの作品はキャスト、美術、演出などが
これ以上とないほどよくできているため、
リメイクすべき作品ではないと否定する声が多いです。
近年GONZOによりアニメ『SAMURAI 7』としてリメイクされている。
一つのアニメーション作品としては一定の評価を得ているものの、
原作の重厚感はなく、オリジナルのファンからは否定的な意見も多い。
2004年にスティーブン・スピルバーグがリメイクの企画を上げたが
企画落ちをしたという話がありました。
++++++++++++++++++++++
『七人の侍』
ワインスタイン・カンパニーによるリメイク
アメリカのワインスタイン・カンパニーによる
リメイクが予定されています。
製作総指揮は同社の創設者である
ハーヴェイ・ワインスタインとボブ・ワインスタインで、
脚色はジョン・フスコ。
映画の舞台は現代のタイで、
カーン・ラオという将軍の略奪行為を受けた村から、
1人の村娘タナシーがバンコクへ赴き、
傭兵集めをするところから始まるという物語。
勘兵衛はチャーリーという名の白人男性に変更されるなど、
7人の傭兵はそれぞれ国籍が異なるという設定。
タナシーはチャン・ツィイーが演じる。
++++++++++++++++++++++
「続きを読む」=>*
今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。
おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・
「ここをおして」をクリックされてください。
「ここをおして」をクリックされてください。は
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭
脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
(申し訳ございません。今現在整備中ですがこの「画面」
を正しくみるためには
「ブラウザ」の「表示」=>「文字の「大きさ」」を「最小」
に設定されてご覧下さい。)
++「続きを読むです1」++++++++++++++++++
七人の侍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BE%8D
『七人の侍』(しちにんのさむらい)は、1954年4月26日に公開された黒澤明監督の日本映画。
シナリオやアクションシーン、時代考証などの点を含め、世界的に高く評価されており、以後の映画作品に多大な影響を与えた。また他国の映画監督にもファンが多いと言われている。フランシス・フォード・コッポラは「影響を受けた映画」と公言し[要出典]、ジョージ・ルーカスは「『スターウォーズ』シリーズはSFという舞台で黒澤のサムライ劇を再現したかった」と述べている[要出典]。幼少期に黒澤作品に触れて多大な影響を受けたというスティーヴン・スピルバーグは、映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に立ち戻るために必ずこの映画を見ると発言している[要出典]。
黒澤が、部分的にではあるがマルチカム撮影方式を初めて使用した映画である。本来は撮り直しのできないシーンのための保険的意味合いでの採用であったが、黒澤はその効果に驚き、これ以降の作品では常用することになった。
目次 [非表示]
1 スタッフ
2 登場人物
2.1 七人の侍
2.2 村の百姓達
2.3 町人
2.4 野武士
2.5 その他
3 あらすじ
3.1 寒村
3.2 絶望の淵
3.3 浪人集め
3.4 いざ村へ
3.5 村人の訓練
3.6 百姓の横行
3.7 勝四郎と志乃
3.8 本拠へ襲撃
3.9 決戦
3.10 戦いの後
4 制作の裏側
4.1 製作の意図
4.2 侍のテーマ
4.3 燃える山寨
4.4 伝説の雨の合戦
4.5 予算
4.6 撮影期間
4.7 その他
4.8 この飯、おろそかには食わんぞ。
5 評価
6 影響を受けた作品
6.1 パロディ
7 リメイク
7.1 荒野の七人
7.2 近年のリメイクの声
7.3 ワインスタイン・カンパニーによるリメイク
8 参考文献
スタッフ
製作:本木荘二郎
監督 :黒澤明
監督助手:堀川弘通、広沢栄、田実泰良、金子敏、清水勝弥
脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄
撮影:中井朝一
撮影助手:斎藤孝雄
編集:岩下広一
音楽:早坂文雄
美術:松山崇
美術助手:村木与四郎
美術小道具:浜村幸一
衣装:山口美江子(京都衣裳)
録音:矢野口文雄
録音助手:上原正直
音響効果:三縄一郎
照明:森茂
照明助手:金子光男
美術考証:前田青邨、江崎孝坪
スチル:副田正男
製作担当者:根津博
剣術指導:杉野嘉男 (日本古武道振興会)
流鏑馬指南:金子家教 (日本弓馬会範士) 遠藤茂 (日本弓馬会範士)
記録:野上照代
結髪:中条みどり
粧髪:山田順三郎
演技事務:中津敏雄
現像:東宝現像所
登場人物
七人の侍
島田勘兵衛(志村喬)
戦略家で冷静なリーダー。平造・合口拵えの短刀に、打刀拵えの太刀と、戦国時代後期の初老の侍の最も正統的ないでたちをしている。合戦時には、不安定さを演出するため、肩衣の家紋の「三つ巴」が反転される 。 (平造・合口拵え;ひらづくり・あいくちこしらえ)。
そろそろ五十に手が届く、歴戦の武士だが、負け戦ばかりで、今は初老の浪人。白髪が目立つ風貌で、若い頃の「一国一城の主」という志も肉体的年齢的に既に叶わぬ己の身に一抹の憂いを見せる。
周囲の状況や地形を利用した策略を得意とし、規律を乱したり勝手な行動を取る者には容赦無く激昂し抜刀する一面を持つ、また弓にも長けており、弓によって3人の野武士を屠っている。雨の合戦での弓を射るシーンは、動と静、そして雨を上手く融合させこの作品の名シーンの一つとなっている。
豪農の子供を盗人から救ったことで、利吉達に村を助けて欲しいと懇願されるも、当初は乗り気ではなかった。しかし人足たちによる百姓達の苦痛の訴えに負け、引き受けることを決意。村の地形を考慮し、熟考の末40騎の野武士と戦うなら少なくとも7人の侍が必要と判断する。
片山五郎兵衛(稲葉義男)
勘兵衛の参謀的存在。茫莫たる風貌。塚原卜伝をモデルにしている。百姓の窮状を救うというよりも、勘兵衛の人徳に惚れたという形で傭兵に加わる。いつでも静かで柔和な表情を見せるが、防護柵を作る人夫の先導を取ったり、野武士との合戦に疲弊し怯える百姓達を鼓舞し奮い立たせる役目も持つ。軍学は相当でき、経験豊富な浪人。
ネタばれに注意:ここには、五郎兵衛に関する作品の 「核心」 に至る内容が記述されています。
-- 以下ネタばれ -- [表示]
合戦時、菊千代が持ち場を離れた間に野武士の種子島に撃たれて死亡。
-- ここまでネタばれ --
現在、Template‐ノート:SpoilerH#廃止提案でネタばれ隠し用テンプレートを廃止するかどうか議論中です。
このテンプレートを一記事中に何個も使うと記事の可読性を著しく損ないますし、転送量の問題が生じますので個数を極力減らしてください。また、Template:SpoilerH/docに書かれている使用方法を厳守してください。現在このテンプレートは濫用が目立ち、Wikipediaに大きな負荷がかかっています。これ以上無意味に増えた場合、廃止される可能性があります。
七郎次(加東大介)
勘兵衛の最も忠実なる部下。何時もその影のように付き添って戦ってきた。勘兵衛いわく「古女房 」。勘兵衛の顔付きだけで、その意図するところを知り、ただちにそれに従って動く。先の戦で勘兵衛と生き別れるが、二の丸が焼け落ちた際に死体に隠れ生き延びる。その後、偶然宿場で勘兵衛と遭遇「死んでいたものとばかり」思っていた勘兵衛は再会に破顔し喜び、そのまま傭兵に加わる。七郎次の一番大きな特徴は無私という事である。落ち武者となって竹槍で追われた経験があり、その憎悪は強く、一時百姓に対する悪感情を露にした。
林田平八(千秋実)
苦境の中でも深刻にならない愛想の良い浪人。若く明るく柔軟で生まれつき人懐っこく、グループではムードメーカー的存在に位置。茶屋で無銭飲食し、対価の代償として茶屋の裏で薪割りをしている所を片山五郎兵衛にスカウトされる。自称の流派は薪割り流。ふざけ屋で、冗談ばかり言っており、道化が大好きなように見え、菊千代をよくからかっている。神経が細かく、全てによく気がついているが、リーダーになって何かやるのは不得意である。武士としての腕は少し心もとない(五郎兵衛は「腕は中の下」と評する)。「戦に何か高く翻げるものがないと寂しい」と、トレードマークとなる旗を作る。
ネタばれに注意:ここには、平八に関する作品の 「核心」 に至る内容が記述されています。
-- 以下ネタばれ -- [表示]
野武士のアジトを襲撃時、利吉が伴侶を発見、炎上するアジトの中に消えた伴侶を追おうとした利吉を静止しようとしたところを銃殺され、7人の中で最初の戦死者となる。なお、演じていた千秋は7人の俳優の中で最後まで存命であり、晩年は最後の侍としてのゲスト出演も多かった。
-- ここまでネタばれ --
現在、Template‐ノート:SpoilerH#廃止提案でネタばれ隠し用テンプレートを廃止するかどうか議論中です。
このテンプレートを一記事中に何個も使うと記事の可読性を著しく損ないますし、転送量の問題が生じますので個数を極力減らしてください。また、Template:SpoilerH/docに書かれている使用方法を厳守してください。現在このテンプレートは濫用が目立ち、Wikipediaに大きな負荷がかかっています。これ以上無意味に増えた場合、廃止される可能性があります。
久蔵(宮口精二)
修業の旅を続ける痩躯の侍で凄腕の剣客。無口・孤高・兵法の鬼。宮本武蔵がモデルである。自分自身を求道家的な戒律で律しているため、非常にストイックである。世の中で頼りになるのは自分の腕だけだと思っており、勘兵衛は「己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった男」と評する。しかしそれは必死の努力であり、志乃と逢瀬を重ねる勝四郎を慮るなど、根は優しい男である。 破れ寺で決闘をし終えた所を勘兵衛がスカウトするが断り、落胆させている。しかし出発期日直前になって勘兵衛の元に現れ、参加の意思を見せる。空いた時間があれば百姓に竹槍で突かせる修行等に励み、至近距離から放たれた矢を避けるほどの反射神経を持つに至る。また闇夜に乗じて単身森の中に潜入、2人の野武士を倒し種子島1丁を奪取、そのまま平然と仮眠を取るなど豪胆な面も持つ。現代人的なストイックさを演出するため、史実的にはもっと後世の時代の装いが採用されていて、江戸時代の侍のような、大小拵えの刀を差している。純粋な「少年性」を演出するため、「肩衣」はつけておらず、合戦時も他の侍と異なり、防具等は着用していない。 :
ネタばれに注意:ここには、久蔵に関する作品の 「核心」 に至る内容が記述されています。
-- 以下ネタばれ -- [表示]
豪雨の中の決戦にて野武士の副頭を倒すも、櫓に隠れていた頭目に種子島で撃たれる。最後の力を振り絞って刀を振りかざし、応戦の構えを見せるも、前のめりに倒れそのまま絶命。
-- ここまでネタばれ --
現在、Template‐ノート:SpoilerH#廃止提案でネタばれ隠し用テンプレートを廃止するかどうか議論中です。
このテンプレートを一記事中に何個も使うと記事の可読性を著しく損ないますし、転送量の問題が生じますので個数を極力減らしてください。また、Template:SpoilerH/docに書かれている使用方法を厳守してください。現在このテンプレートは濫用が目立ち、Wikipediaに大きな負荷がかかっています。これ以上無意味に増えた場合、廃止される可能性があります。
岡本勝四郎(木村功)
育ちが良い裕福な家(没落した守護大名の家中。郷里に年老いた母と優しい美人の姉がいる[要出典]。)の末っ子で半人前の浪人。浪人になりたいと親に頼んでも許さないので、家を飛び出して旅をしている。勘兵衛を師として仰ぎ、弟子入りを志願するが断られる、またその勘兵衛に浪人の辛い現実を教えられ、一時動揺、逡巡する表情を見せる。かなりの小遣いが融通できるのか、何者かによって米を盗まれ落胆する与平らに感謝される額の金銭を提供している。勘兵衛達からは「まだ子供だ」とよく言われている。森の中で万造の娘、志乃と出会い、互いに惹かれ恋仲となる。合戦時では主に、勘兵衛の指示を各持ち場へ連絡する役を担当。
菊千代(三船敏郎)
侍然とした勘兵衛に興味を持ち、宿場を出立した勘兵衛達の後を勝手に追ってきた最後の7人目の侍。薩摩刀・野太刀のような、子供っぽい長大な刀を肩に担いで浪人のように振舞っているが、勘兵衛にすぐに「貴様、侍か?」と浪人でない事を疑われる。酒癖が悪く、勘兵衛達の前で酒乱状態になるが、平八に見事にハメられてからかわれる。百姓の狡賢さや武士の横暴さを我が事のように吐露し、それを発端に勘兵衛から「百姓の出か」と看破されるも、逆にその事が百姓と侍達を繋ぎ止める重要な役となる。「菊千代」という名前は、勘兵衛に自分が侍だと思われたいがために、没落した名族の屋敷跡から拝借してきた家系図から適当に選んで名乗った名前であり、後に仲間として受け入れられた時に便宜上そのまま「菊千代(様)」と定着してしまう(本名は不明のまま)。型破りで特別に血がたぎった熱い男。合戦では持ち前の巨躯と豪腕で長剣を振り回す。人懐っこい人物で村の子供達を笑わせたり、鎌を取り上げ刈入れを手伝うなど、百姓と侍を結びつける仲介役も兼ねる。天真爛漫な性格で、刈入れで集まった女の数の多さに狂喜し、常人では扱えないような暴れ馬でも持ち前の強力で強引に乗りこなすが、落馬した際には村中の笑いものになる。作品中に、色々な登場人物と仲良くするエピソードがちりばめられていて(後述の与平など)、見所のひとつとなっている。大木の下で野武士を待ち伏せして襲撃、捕縛する場面では即興で久蔵と息のあった連携を見せる。
ネタばれに注意:ここには、菊千代に関する作品の 「核心」 に至る内容が記述されています。
-- 以下ネタばれ -- [表示]
豪雨の合戦の最中、久蔵が狙撃され目の前で崩れ落ちる姿を見て単身頭目に襲い掛かるも、直前に腹部に被弾、頭目を倒して息絶える
-- ここまでネタばれ --
現在、Template‐ノート:SpoilerH#廃止提案でネタばれ隠し用テンプレートを廃止するかどうか議論中です。
このテンプレートを一記事中に何個も使うと記事の可読性を著しく損ないますし、転送量の問題が生じますので個数を極力減らしてください。また、Template:SpoilerH/docに書かれている使用方法を厳守してください。現在このテンプレートは濫用が目立ち、Wikipediaに大きな負荷がかかっています。これ以上無意味に増えた場合、廃止される可能性があります。
侍としての自我・アイデンティティーの強い、勘兵衛(志村喬)・七郎次(加東)・久蔵(宮口精二)・菊千代(三船)は、必ず「脇差・短刀」を差している。温和な性格の、五郎兵衛(稲葉)・平八(千秋実)・勝四郎(木村功)は、大刀を一本差しにしているのみである。細かい事であるが、キャラクターを演じ分けるためにこういう事をしているのである。
村の百姓達
儀作(高堂国典)
離れの水車小屋に住む長老。村のブレーン的存在。利吉の野武士と戦う提案に「侍(さむれえ)雇うだ」と教える。最期まで水車小屋から離れる事を頑なに拒み、野武士襲撃の際に燃え盛る水車小屋もろとも命を落とす。百姓達からの呼称は「じさま」。
利吉(土屋嘉男)
年若の百姓。迫り来る野武士と戦おうと、絶望する皆の前で真っ先に言い出し、儀作の教えで浪人探しに町へ出る。女房を野武士にさらわれたことで野武士に強い恨みを持っているが、感情を押し殺す性格で常に険しい表情をしている。平八に気遣われるが、心を閉ざし続ける。侍探しには最も積極的だが、つねに断られてばかりである。
村に着いた侍達に家を明け渡し、炊事等の世話役を務める。
茂助(小杉義男)
壮年の百姓。利吉たちと共に浪人探しに出る。普段は百姓達のまとめ役でしっかり者だが、防御線の外にある自分の家を捨てねばならぬと知った途端に自己保身的な行動に走った。しかし勘兵衛の大喝によって泣く泣く家をあきらめ、村を守る為に奔走した。
万造(藤原釜足)
壮年の百姓。志乃という美しい一人娘を持つ。自己保身ばかり考えており、すぐに不貞腐れる、身勝手な性格。野武士と戦うことに消極的であったが儀作の提案で浪人探しに町へ出る。
利吉の女房の二の舞を危惧し、親心から娘を守ろうと泣き叫び抵抗する志乃の髪を切って無理矢理男装させるが、それが原因で村中騒然となる。勘兵衛ら傭兵達にも娘を取られるのではと警戒しており、志乃を男装させたままであった。
与平(左卜全)
少し精神的に「のんびりした」おじさん。意気地が無く、すぐに泣きべそをかく上に、かなりのドジ。利吉たちと共に浪人探しに町へ出る。後に菊千代とは名コンビになる。合戦時菊千代が与平に持ち場を任せたため、弓で襲われて死亡。
志乃(津島恵子)
万造の美しい娘。万造の手により髪を切られ男装することになる。勝四郎に思いを寄せる。情熱的なものを内に秘めている。
利吉の女房(島崎雪子)
収穫物を野武士に強奪される代わりとして、村から人身御供で差し出された女性。野武士のアジトに囚われの身となる。菊千代らの手によってアジトに火が放たれた際、幽鬼のような状態で出てくるが、眼前に現れた夫・利吉に驚き、焼け崩れるアジトの中に姿を消す。
伍作(榊田敬二)
儀作の息子(熊谷二良)
儀作の息子の嫁(登山晴子)
防御線の外にある水車小屋に立てこもっている儀作を、子供をつれて助けに行こうとするが、野武士の放った矢が背中に当たり、救助に来た菊千代に子供を渡して息絶える。
百姓(峰三平)(川越一平)(鈴川二郎)(夏木順平)(神山恭一)(鈴木治夫)(天野五郎)(吉頂寺晃)(岩本弘司)
(今井和雄)(中西英介)(伊原徳)(大塚秀雄)(大江秀)(河辺昌義)(下田巡)(加藤茂雄)(川又吉一)
百姓女(本間文子)(小野松枝)(一万慈多鶴恵)(大城政子)(小沢経子)(須川操)(高原とり子)
百姓の娘(上遠野路子)(中野俊子)(東静子)(森啓子)(河辺美智子)(戸川夕子)(北野八代子)
劇団若草、劇団こけし座、日本綜合芸術社
町人
人足A(多々良純)
仕事が無く、木賃宿でずっと飲んだくれて博打を打っている。侍を雇うという利吉達の提案を馬鹿にして、イヤミをずっと言っている。しかし勘兵衛が利吉たちの頼みに断りを入れて立ち去ろうとする時、一肌脱ぐことに。
人足B(堺左千夫)
人足C(関猛)
腕っ節の強い大男だか、かなり間が抜けている。菊千代と喧嘩をして惨敗。
饅頭売(渡辺篤)
売れ残った饅頭を宿で皆に売ろうとするが、相手にもされずふてくされる。
琵琶法師(上山草人)
豪農家の祖父(小川虎之助)
盗人が娘の子供を人質に豪農家に立てこもった所を、通りがかった勘兵衛に助けを求める。「頭を丸めてくれ」や「握り飯を二つ作ってくれ」という勘兵衛の指示に戸惑う。
豪農家の娘(千石規子)
勘兵衛の指示に従って、訳の分からぬまま握り飯を作る。
豪農の家の亭主(安芸津広)
豪農の前の百姓(堤康久)
豪農の前の百姓(片桐常雄)
豪農の前の百姓女(馬野都留子)
利吉を蹴飛ばす浪人(清水元)
利吉が最初に来てくれと申し出た槍を持った浪人。腹を立てて「たわけ」と一言いい立ち去る。
弱い浪人(林幹)
人足達と博打をやって金を巻き上げられてしまい、腹を立てて刀を振り回したところ逆に袋叩きにされて 今は木賃宿で狸寝入りしている。与平の話を聞いて一時雇われようとするが、人足達にまたちょっかいをかけられてひるんでしまう。
強そうな浪人(牧壮吉)
久蔵と河川敷で竹を使って勝負を行い、引き分けを主張する。久蔵の「拙者の勝ちだ」という言葉が気に入らず真剣勝負を挑むが、あっけなく斬られる。
鉄扇の浪人(山形勲)
勘兵衛が最初に見込んだ侍。知行や恩賞にはまったく縁のない話と聞かされて、「拙者の夢はもうちょっと大きい」と憤然と言い捨て、立ち去る。
茶屋の親爺(杉寛)
五郎兵衛が侍探しに寄った茶店の親爺。飯を食べさせる代わりに茶店の裏で薪割りをしている平八を紹介する。
僧侶(千葉一郎)
盗人騒動の際に通りかかった。頼まれて勘兵衛の髪を剃り落とし、袈裟を貸す。
町を歩く浪人(仲代達矢)
町を歩く浪人(宇津井健)
野武士
野武士の頭目(高木新平)
40人の野武士一団を率いる。雨中の決戦にて、種子島(火縄銃)で久蔵を射殺するが、菊千代に追詰められ相打ちとなる。
副頭目(大友伸)
雨中の決戦にて、久蔵に斬られる。
鉄砲の野武士(高原駿雄)
屋根の野武士(大久保正信)
斥候A(上田吉二郎)
村を偵察に来た所を捕縛され、農民たちに惨殺される。
斥候B(谷晃)
斥候C(中島春雄)
弓の野武士(金子家教、遠藤茂 二人一役(日本弓馬会範士))
逃亡する野武士( 成田孝 )
逃亡する野武士( 大村千吉 )
野武士(西條悦郎)(伊藤実)(坂本晴哉)(桜井巨郎)(渋谷英男)(鴨田清)(広瀬正一)(宇野晃司)(橘正晃)(坪野鎌之)(中恭二)(宮川珍男児)(砂川繁視)(草間璋夫)(天見竜太郎)(三上淳)(松下正秀)(池田兼雄)
その他
盗人(東野英治郎)
子供を人質に豪農家に立てこもった所を、僧侶に扮した勘兵衛に討ち取られる。これを見た利吉たちが、勘兵衛に村に来てほしいと申し出る。
[あらすじ
時は戦国時代。百姓と侍という相対する存在の描写と、彼らの関係に変化が起こる描写を加えつつ、「百姓と侍の連合軍」対「野武士の一団」の合戦が始まる。
寒村
野武士の群れが山間の小さな村を狙っていた。村は、その前の年も野武士達に襲われ、必死の談合で命からがら助かったものの、取られるものは取れるだけとられてしまっていた。野武士達は、麦が実ってきたらまた村を襲うことに決めて去ったが、その様子を偶然居合わせた村人が目撃していた。
ようやく村が立ち直り始めたその時に再び野武士がこの村を狙おうとしている。村の百姓達の寄り合いが絶望的な叫び声、泣き声、死んでしまおうかという声に包まれる中、利吉という若い百姓が我慢の限界に達し憎しみを込めて「野武せりは二度と来ないように皆突き殺すだ」と言い放った。その一言に皆は動揺し震え上がる。百姓たちのまとめ役の茂助が利吉たちの仲間喧嘩を見て長老の判断を仰ぐ。長老は利吉の話を聞き、しばらく考え、「やるべし」と決意する。
その一言に皆は戸惑うばかり、戦の仕方などまったく知らないのをどうすればいいのかと万造が聞くと、義作から侍を雇うという異例の台詞が出てくる。彼はかつて百姓が侍を雇って村の壊滅を防いでいたのを目撃した事があった。
百姓のために戦う侍などいるものかと思う万造は、何を見返りに侍を雇うのかを含めて長老に聞く。「腹の減った侍を探せばよい」という長老の言葉を頼りに、百姓達は侍を探しに町へ出る。
絶望の淵
町に出た利吉、茂助、万造、与平の4人は町を歩く浪人たちを見て立ち尽くす。さっそく利吉はすれ違う浪人に助けを申し込んでみるが蹴飛ばされて泣かされ、しかも侍の良し悪しが分かるはずもなくあきらめの雰囲気が漂う。木賃宿の隣の町の畑の麦が実っているのを見て、利吉達はあまり時間がないことを知り、ますます絶望を深める。
四人が木賃宿で静まり返っている。弱音を吐く与平をみて隣で博打を打っている人足たちが馬鹿にしながら笑う。宿の中ではただ琵琶法師の奏でる琵琶の音色がむなしく鳴っており宿の空気を一層静まり返らせ、明日の見えない百姓たちはついに仲間割れを起してしまう。
そんな中、利吉達は人だかりに出くわした。何ごとかと見ていると、その中から一人の初老の浪人、勘兵衛が現れ、短刀で髷を切り落とし僧侶に頭を丸めてもらっている。どうやら前の晩に盗人が豪農の館に現れ、捕まえようとしたところ豪農の子供を人質に納屋に逃げ込み、そのままずっと立てこもって手が出せない状況らしい。たまたま通りかかった勘兵衛はすぐに解決を引き受けたらしいが、なぜか握り飯を作ってくれと豪農に頼み、さらに通りがかった僧侶に剃髪を頼んだというのだ。
勘兵衛は頭を丸め上げた後、僧侶から袈裟を借りて無防備な僧侶に化け、握り飯を二つ手にして納屋へと歩いていった。興奮している盗人を前に「子供がひもじいと思うので握り飯を持ってきた、一つはお前が食べるが良い」と握り飯を一つづつ中へ投げ込んだ。次の瞬間、勘兵衛は一瞬の隙を付いて納屋の中へ飛び込み、相手の刀を使って盗人を倒した。勘兵衛は感謝する町人たちを尻目に、そそくさと去っていった。
あっけにとられていた利吉達だが、やがて我に返って勘兵衛の後を追う。そこへ、騒ぎを見ていた若侍の勝四郎も勘兵衛に「弟子にしてください」と迫る。侍達の雰囲気に呑まれていた百姓達であったが、利吉は勇気を振り絞って勘兵衛に野武士退治を頼む。
実戦経験のない勝四郎は乗り気だが、勘兵衛は無理だと一蹴。やるとしても、せめて七人の侍が必要だという。しょげかえる利吉達に、木賃宿に居合わせた人足達は「死んじまえ、その方が楽だぜ」と茶々を入れる。人足達に激昂する勝四郎だが、人足達は逆に、百姓の窮状を分かっていながら行動しない侍をなじり、侍が米を食べているのにそれを作る百姓は稗を食べていると叫ぶ。
勘兵衛は、利吉たちの米の椀をとり、「この飯、おろそかには食わんぞ。」といい、飯をかきこんだ。
浪人集め
勘兵衛は百姓たちの代わりに、ある程度能力がある侍を探し勝四郎を使って腕を試す。腕のいい浪人は見つかるが百姓たちの頼みになかなか応じてくれる者がおらず、皆立ち去っていく。そんな中、人柄のよさそうな浪人を見つけ、同様に腕を試そうとするとたちまち見破られてしまった。その浪人、五郎兵衛に話を切り出すと、勘兵衛の人柄の好さに惹かれたと、即応してくれたのだった。
勘兵衛と新たに加わった浪人、五郎兵衛は次々と腕と正義感のある侍たちを集めていく。物売りをしていた勘兵衛のかつての相棒七郎次、茶屋で代金代わりに薪割りをしていた平八、剣術に秀でた久蔵、こうして五人の侍が集まった。勝四郎もついて行きたがるが、勘兵衛は気が進まない。しかし利吉達の強い願いで勝四郎も六人目として迎えられた。
前もって言っていた七人に一人足りないが、勘兵衛は時間の節約を考えあきらめようとする。そんな中、人足達が一人の酔っ払った浪人を連れて来た。以前勘兵衛が盗人を倒した後、帰ろうとする勘兵衛を睨み回していたチンピラ然とした浪人であった。その際に、お前は侍なのかと聞かれたことを根に持っていた浪人は、家系図を持ち出してハッタリをかまして菊千代と名乗るが、すぐに見破られてしまい、散々からかわれる羽目になる。
いざ村へ
村へ向かう六人の侍と利吉達に菊千代はどこまでもついて来た。やがて、利吉達は村に到着するが、村人は全く出てこない。長老に聞くと、侍達に脅えているのだという。百姓達はいつも脅えてばかりいるものだと言う長老に、勘兵衛は「それでは戦にならない」と詰め寄る。
そのとき、村に警報の拍子木が鳴り響いた。村人は外へ飛び出し、侍達にすがる。侍達もあわてて広場へと走るが、野武士の姿は見えない。勘兵衛はパニックを起こす村人を一喝し、誰が板木を叩いているのかと聞いた。名乗り出てきたのは菊千代であった。自分達が村へ来た時は遠巻きに見ていたくせに、自分が板木を叩くとすがり付いてきやがると村人を罵倒する菊千代の言葉に、みな返す言葉もなく立ちつくした。その様子を見て、平八はこれで七人揃ったと笑った。
村人の訓練
勘兵衛たちは村の周囲を回り、弱点を調べ上げて村を要塞化する案を練った。百姓たちは堀や柵作りなど村の要塞化の普請を始め、百姓たちも戦いに加わるために組分けされ、それぞれ個性的な七人の侍たちの指導により鍛え上げられる。
百姓の横行
勘兵衛達が防衛の策を練っているとき、菊千代は鎧を羽織り、刀や槍などを嬉しそうに勘兵衛達の前に持って来る。だが、百姓がこういった装備を手に入れる方法は、落ち武者狩り以外にない。七郎次は怒りにまかせて槍を投げ捨てる。敗走する侍から装備を強奪しながらも、自分たちの危機には守って貰おうとする卑劣さに、他の侍たちも憤りを隠せない。ついには久蔵が「おれはこの村のやつらが斬りたくなった」と吐き捨てるように言った。
突如、菊千代が立ちあがって、侍達に百姓ほど悪ずれした者はいない、百姓をそうさせたのは戦いや略奪を繰り返す侍達だといつもの侍ぶった態度を捨てて叫ぶ。菊千代は勘兵衛に百姓の出であることを見抜かれると、逃げるように小屋を後にした。
勝四郎と志乃
ある梅雨時の日、村は久々に静かな日々を送っている。平八が戦場に掲げる旗を作り菊千代とふざけている中、勝四郎はその場からそそくさと離れていく。 山の中では久蔵が殺陣を行っている中、そそくさ山の中を通り抜けて行く勝四郎を目撃する。
本拠へ襲撃
麦の収穫が行われ、そこへ何も知らない野武士たちがやってくるが、村へは今までどおり入れなくなっていた。唯一の侵入路から入った野武士は入口を閉ざされ、侍と百姓たちにより村の中で各個撃破され、ついにやられっ放しだった野武士に反撃することができた。
村人の利吉の案内で野武士の本拠を見つけた侍たちは野武士の人数を知ることに成功し本拠を焼き討ちするが、逃げ惑っていた者たちの中に野武士にさらわれた利吉の妻がおり、利吉を見ると火の中に身を投じてしまった。平八が必死で利吉を取り押さえるが野武士の弾が平八に命中し致命傷を負う、本拠から逃れるも平八がついに力尽きてしまい残る侍は6人となってしまう。村の墓場に平八が葬られ農民も侍も平八の死を悼み静まり返る。そんな中菊千代はかつて平八が作り上げた旗を村の中心に高く掲げ挙げる。それと同時についに野武士が襲撃を始めついに戦いの火蓋が切って落とされる。
決戦
野武士は一人また一人と倒され数が少なくなるが、侍や村人にも戦死者が出る。村の防衛線の外にある防御の手が回らない農家も、野武士の焼討ちに任せるままにしてしまう。この折、水車小屋に篭った爺様(じさま)を引き戻そうとした息子夫婦が野武士に突き殺され、それを助けようとした菊千代は助かった赤ん坊を抱きながら、「これは俺だ。俺もこうだったんだ。」と叫び、彼の正体は侍ではなく戦に巻き込まれて死んだ百姓の孤児で、侍になりたかっただけだったことが明らかとなる。戦いの合間の一時、いちばん若い侍の勝四郎は村の娘・志乃と短い恋に落ちる。
数が減り食料もない野武士との決戦の迫る前夜、勝四郎は志乃に誘われ逢引するが翌朝ばれてしまい、志乃の父親は激怒する。そこへ折から豪雨が降りだし、野武士の最後の総攻撃が起こり村の中で決戦が始まる。混乱の中、百姓や侍は当初の作戦どおりに戦いを進めることができなくなり、村の中は泥沼の戦場と化す。侍と村人に犠牲が出るが、野武士はついに全滅する。
戦いの後
初夏、脅威から逃れた村では田植えが行われる。百姓たちはついに村の平和を取り戻し喜びと歓喜の中で農作業が行われる。その様子を戦で生き残った勘兵衛、七郎次、勝四郎の3人が眺めている。勝四郎と志乃は一瞬目を合わせるが志乃は何事も無かったのように勝四郎から通り抜け農作業を行った。勘兵衛は威勢よく田植えをしている百姓を眺めながら「また負け戦だったな…、勝ったのはあの者たちだ、わし達ではない…。」と一言つぶやく、侍たちの中には喜びよりただ戦死した4人の仲間達の無念が心へと刻まれていた・・・。
(あの勘兵衛のつぶやきには、それ以前の時代から営々と受け継がれてきた様々な価値観が崩壊した、第2次世界大戦の敗戦という、有史以来の未曾有の事態に、あの戦争で散華していった者たちの事など忘れてしまったかの様に、百花繚乱のごとく咲き乱れる、様々な民衆の戦後風俗・思潮(とくに自由主義思想)・エネルギーに、複雑な感情を抱いていた、黒澤や橋本や小国らの、知識人層・士族層・こころある人々達の、言葉に出来ない思いが投影されていると言われている。)[要出典]。
制作の裏側
製作の意図
黒澤は「生きる」に続く作品に時代劇を撮る予定であった。
それまでの時代劇は歌舞伎などの影響を受けすぎており、黒澤たちはこれまでの時代劇を根底から覆す作品を撮ると言う意思から、まず上泉信綱などの剣豪伝をオムニバスで描く作品を考え脚本を製作したところ、終わりまで繋ぐことが出来ずに断念。
次に、城勤めの下級武士の平凡な一日がストーリーの根幹になる物語を考えたが、「当時の武士の昼食は、弁当持参だったのか、給食が出たのか」「当時は1日2食であり、昼食を摂る習慣はなかったのではないか」等の疑問が解決できなかったため、「物語のリアリティが保てない」という理由でこれも断念。
その後、戦国時代の浪人は武者修行の折りにどこで飯を食わせてもらっているかを調べていったところ、農民達に飯と宿を与えてもらう代わりに寝ずの番をしてヤカラから村を守ると言う話が出てきたため、「武士を雇う農民」をストーリーの根幹に据えることとなった。
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
侍のテーマ
『七人の侍』の中で最も有名な曲である侍のテーマは早坂文雄が作曲した。はじめ黒澤は、早坂が用意していた曲がすべて気に入らずに没案となったが、困った早坂がゴミの中に捨てていた楽譜の一枚をピアノで演奏したところ、採用となった。
燃える山寨
野武士の砦に火を点けるシーンでは実際に砦を燃やして撮影されたが、想像以上に火の勢いが激しかったため、利吉役の土屋が女房を追って砦の中で入るシーンで熱風により気管にやけどを負った。利吉の女房役、島崎雪子はギリギリまで演技をしたため、撮影直後に火ぶくれで顔がみるみる腫上がった。また、その時に大事な小道具を砦の中に落としてしまい、砦もろとも焼失してしまう。消火活動も困難だったらしく、砦のセットの周りの森も焼け果てていた。
伝説の雨の合戦
クライマックスの雨中の合戦では、黒澤は雨をより激しく見せるため、
雨の中に墨汁を混ぜて撮影を行った。
映画では9月ごろという設定であるが、
撮影は2月の極寒の積雪の中で行われ、
三船や加藤をはじめ肌着一枚やほぼ裸の役者にとってはとてもきついものであった。
実は「雨の決戦」というシチュエーションも、
積雪がある2月の撮影ゆえに誕生したものだった。
オープンセットに積もった雪を溶かすために大量の水が撒かれたため、
現場全体が泥濘と化し、これを逆に利用したのである。
季節の設定は春から初夏であろうと思われる。
それは映画の冒頭で麦が実り、ラストシーンで田植えを行っていることから推察できる。
当時のハリウッドにおけるアクション娯楽映画といえば
西部劇がまだ幅を利かしている頃で、対決シーンというと
炎天下の砂塵が吹く中での対決が主流、定番となっており
(そもそも降雨が少ない)、
豪雨の中での合戦シーンというそれまでになかった手法に、
ハリウッドだけでなく世界中の映画関係者、映画ファンを驚かせた。
予算
内容に凝りすぎて予算を使い果たしてしまった黒澤は、
未だ完成のメドが立ってない事に業を煮やした会社から難詰され、
会社の役員向けに試写を行うも、野武士が山の斜面を駆け下りここから
合戦という場面でフィルムがストップする。
騒然とする役員に「これの続きは?」と詰め寄られ、
黒澤は「ここから先はひとコマも撮っていません」と告白、
そのまま予算会議となり、追加予算を付けて貰った。
撮影期間
撮影期間は3ヶ月で行われる予定であったが。設定変更などで大幅に長引き、結局1年がかりで撮影されることとなった。
その他
久蔵役の宮口は、合戦の撮影中に放たれた矢が足に当たり、重傷を負った。
菊千代は当初は膳兵衛という名前で、戦国が生んだ鬼という久蔵に似た暗いキャラクターとして描かれていたが、黒澤が侍の中に型破りで明るいキャラクターが欲しいという要望で、三船の性格をモデルに菊千代へとキャラクターが変更された。
その三船は脚本に軽く目を通した際、黒澤に向かって「この菊千代というのが僕ですね」と配役も告げてない段階で言い当てた。
この飯、おろそかには食わんぞ。
勘兵衛の台詞である。名セリフとして有名になり、日常会話でも盛んに引用された。
評価
一般的に黒澤映画の最高傑作と評されることも多い。
侍や百姓たちは一面的ではなく、
特に百姓たちは善悪や強弱を併せ持った存在として描かれ、
侍たちと百姓たちが相互に関わり合い変化してゆく様がしっかりと描かれている。
また、当時の映画としては破格と言える2億円もの巨費が投じられ、
製作には充分な時間がとられた。
脚本は数人がかりで練りこまれ、
場面毎にアイデアを提出し、その中で良いネタを採用するシステムを取った。
衣裳なども時代劇にありがちなきらびやかなものではなく、
着古したような衣裳が手間をかけて作られて人数分用意され、
百姓の衣装は土の中に埋めてリアリティを持たせた。
撮影は一部スタジオで行われた分を除き、
大部分が東宝撮影所付近の田園に作られた巨大な村のオープンセットと、
伊豆から箱根にかけての各地の山村でのロケで行われた。
ロケ地にもオープンセットと違和感なくつながるように
村の一部を建設したため、建設費も大きくなった。
本作の評価の一つに、時代考証が正確無比だったことが挙げられる。
(ただし、戦国史家の藤木久志は、この作品が傑作であることを認めつつ、
戦国時代の農民は基本的に武装し、
状況に応じて兵士に早変わりする獰猛な存在であって、
刀ひとつ持てないなどということはあり得ないとの批判を述べている)
それは合戦シーンも同じである。
黒澤が合戦シーン及び侍たちがとった戦法に
リアリティがあるのかどうかを自衛隊などの
識者に聞いて回ったところ、
皆が戦術として非常に優れていると口を揃えたという。
しかし、実は戦闘シーンや戦法(特に村を要塞化するなどの描写)は、
資料が足りなかったのか黒澤たちが適当に描いたものだった。
それゆえに黒澤はわざわざ識者に聞いて回ったのである。
それまでは脇役であった野武士というものの
生態を浮き立たせたのもこの映画の特徴であった。
本作は、小津安二郎の『東京物語』、
本多猪四郎の『ゴジラ』等と共に、日本映画という枠のみならず、
世界映画の傑作としてしばしば挙げられ、
国外での評価も高い。
1954年度 ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。
影響を受けた作品
「腕利きの7人(または数人)の個性的なプロフェッショナルが、
弱者を守る・秘宝を盗むなどの目的のために結集して戦う」というプロットは、
「7人」という登場人物の映画・ドラマの原点とも言われている。
連続シリーズ物の1エピソードとして作られた7人ものについては、
多すぎて挙げる事も出来ない程である。
『荒野の七人』
『地獄の七人(Uncommon valor)』
『黄金の七人(Sette uomini d'oro)』
『宇宙の七人(Battle beyond the stars)』
『セブンソード』
『スター・ウォーズ(Star Wars)』 シリーズ
『アルマゲドン(Armageddon)』
『アンタッチャブル(The Untouchables)』
『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』
『プライベート・ライアン(Saving Private Ryan)』
『キング・アーサー(King Arthur)』
『トランスフォーマー(Transformers)』
『オーシャンズ11(Ocean's Eleven)』
『里見八犬伝』
『スーパー戦隊シリーズ』
『仮面ライダー響鬼と7人の戦鬼』
『機動戦士クロスボーン・ガンダム 鋼鉄の7人』
パロディ
『サボテン・ブラザーズ』
『タンポポ』
『七人のおたく』
『七人の弔』
『V・マドンナ大戦争』
『七人のマッハ!!!!!!!』
『ギャラクシー・クエスト』
『バグズ・ライフ』(但しディズニーサイドはパロディとか踏襲したものであるとかのコメントは一切していない)
『L.A.ロー 七人の弁護士』
リメイク
荒野の七人
ハリウッドで製作された西部劇。
『七人の侍』を見て感激したジェームズ・コバーンら出演者が
「こんな映画を俺達も撮りたい!」と熱望して
ユル・ブリナーが翻案権を買い取り、
リメイクされた作品。黒澤作品と同様にここからも多くのスターが誕生した。
近年のリメイクの声
近年『七人の侍』はリメイクを希望する声もあるが、
その一方で黒澤が作ったこの作品はキャスト、美術、演出などが
これ以上とないほどよくできているため、
リメイクすべき作品ではないと否定する声も多い。
近年GONZOによりアニメ『SAMURAI 7』としてリメイクされている。
しかし単なるリメイクではなく、
遠い未来という設定で描かれており、
全身を機械化した侍が登場したりとSF的な要素が盛り込まれ、
キャラクター設定等も大きく変更されており、
独自の展開も目立つ。
一つのアニメーション作品としては一定の評価を得ているものの、
原作の重厚感はなく、オリジナルのファンからは否定的な意見も多い。
2004年にスティーブン・スピルバーグがリメイクの企画を上げたが
企画落ちをしたという話がある。
サミーからPS2用ゲーム『SEVEN SAMURAI 20XX』が発売されている。
ワインスタイン・カンパニーによるリメイク
アメリカのワインスタイン・カンパニーによるリメイクが予定されている。
製作総指揮は同社の創設者であるハーヴェイ・ワインスタインとボブ・ワインスタインで、
脚色はジョン・フスコ。
映画の舞台は現代のタイで、
カーン・ラオという将軍の略奪行為を受けた村から、
1人の村娘タナシーがバンコクへ赴き、傭兵集めをするところから始まるという物語。
勘兵衛はチャーリーという名の白人男性に変更されるなど、
7人の傭兵はそれぞれ国籍が異なるという設定。
タナシーはチャン・ツィイーが演じる。
参考文献
都築政昭 『黒澤明と『七人の侍』 - “映画の中の映画”誕生ドキュメント』 朝日ソノラマ ISBN 4257035765
黒澤明、宮崎駿 『何が映画か - 「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』 徳間書店 ISBN 4195552729
原作:園村 昌弘、漫画:中村真理子『クロサワ/炎の映画監督・黒澤明伝』小学館 ISBN 4091793223
橋本忍『複眼の映像 私と黒沢明』 文芸春秋 ISBN 4163675008
[隠す]表・話・編・歴黒澤明監督作品
姿三四郎 - 一番美しく - 虎の尾を踏む男達 - 續姿三四郎 - わが青春に悔なし - 素晴らしき日曜日 - 醉いどれ天使 - 野良犬 - 静かなる決闘 - 醜聞 - 羅生門 - 白痴 - 生きる - 七人の侍 - 生きものの記録 - どん底 - 蜘蛛巣城 - 隠し砦の三悪人 - 悪い奴ほどよく眠る - 用心棒 - 椿三十郎 - 天国と地獄 - 赤ひげ - どですかでん - デルス・ウザーラ - 影武者 - 乱 - 夢 - 八月の狂詩曲 - まあだだよ
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BE%8D" より作成
++「続きを読むです2」++++++++++++++++++
4月26日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/4%E6%9C%8826%E6%97%A5
できごと
1478年 - イタリアのフィレンツェでパッツィ家の陰謀事件が起きる。
1867年 - マイン川以北の22か国で北ドイツ連邦が成立。
1880年 - 日本地震学会設立
1890年 - 日本で「商法」公布
1915年 - 第一次世界大戦で、イタリアが連合国側に参戦する代わりに、
南チロール、ダルマチアなどを得るロンドン密約(ロンドン秘密協定)が結ばれる。
1924年 - 東京・日比谷公園音楽堂で日本軽体重級拳闘選手権試合を開催
(日本初のボクシングタイトルマッチ)
1925年 - ドイツ大統領選挙にパウル・フォン・ヒンデンブルクが当選する。
1937年 - スペイン内戦でドイツ空軍がスペインのゲ
ルニカの町を無差別攻撃、非戦闘員2千人以上が死亡。
1939年 - 日本で高等小学校・中学校に通学しない
12〜19歳の男子に青年学校への通学を義務化。
1945年 - 日本で空襲により長崎駅2番ホームに停車中の列車に
直撃弾命中、死者90名。駅本屋半壊被災。
1954年 - インドシナ戦争休戦のためのジュネーヴ和平会議開催。
1954年 - 黒澤明監督の映画『七人の侍』が公開。
1956年 - 日本で「首都圏整備法」公布
1959年 - 巨人の王貞治が初ホームラン。それまで開幕以来26試合連続無安打。
1964年 - タンガニーカとザンジバルが合同し、タンザニア連合共和国が成立。
1966年 - 日本で戦後最大の交通ゼネラル・ストライキ、
国労・動労・全日交が共闘し24時間ストに突入し1300万人に影響。
1972年 - イースタン航空がロッキードL-1011 トライスターを初就航させる。
1977年 - 近鉄の鈴木啓示投手が通算200勝を達成。
1986年 - ソ連・ウクライナ共和国の
チェルノブイリ原子力発電所で大規模事故(チェルノブイリ原子力発電所事故)
1991年 - 日本の自衛隊掃海艇派遣が湾岸戦争による
ペルシア湾の機雷除去へ出発、日本にとって初のPKO派遣。
1994年 - 中華航空140便墜落事故。
台北発名古屋行きのエアバスA300が着陸に失敗し、264人が死亡。
1996年 - グランドハイアット福岡が福岡県福岡市博多区に開業。
2001年 - 小泉純一郎が第87代日本国首相に就任。
2005年 - 茨城県美野里町のJR常磐線羽鳥駅で
特急スーパーひたち23号が踏切でトレーラーと衝突・脱線。2人軽傷。
2006年 - 耐震強度偽装事件で、建築士、建設会社幹部、
民間検査機関幹部等8人逮捕される。
2006年 - 森川陽一郎(当時映画監督)、
福井県内の県立高校の女子生徒(当時17歳)に淫らな行為をした
児童買春の疑いにより逮捕。
2007年 - ミャンマー、1983年10月のラングーン事件以来断交していた
北朝鮮との国交を約24年ぶりに回復。
誕生日
121年 - マルクス・アウレリウス・アントニヌス、ローマ皇帝(+ 180年)
1564年 - ウィリアム・シェイクスピア、劇作家・詩人(+ 1616年)
1798年 - ウジェーヌ・ドラクロワ、画家(+ 1863年)
1829年 - テオドール・ビルロート、初めて胃癌切除手術に成功した医師(+ 1894年)
1885年 - 飯田蛇笏、俳人(+ 1962年)
1889年 - ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、哲学者(+ 1951年)
1894年 - ルドルフ・ヘス、政治家・ナチ党副総統(+ 1987年)
1900年 - ハック・ウィルソン、元メジャーリーガー(+ 1948年)
1912年 - A・E・ヴァン・ヴォークト、SF作家(+ 2000年)
1918年 - フランシナ・ブランカース=クン、陸上競技選手(+ 2004年)
1924年 - ヘンリー・マンシーニ、「ピンク・パンサーのテーマ」作曲家(+ 1994年)
1925年 - 胡桃沢耕史、小説家(+ 1994年)
1930年 - 加藤秀俊、評論家
1932年 - フランシス・レイ、作曲家
1933年 - 河上和雄、弁護士、検察官
1940年 - ジョルジオ・モロダー、音楽プロデューサー
1945年 - 大貫隆、宗教学者・聖書学者・東大大学院教授
1946年 - ターザン山本!、元週刊プロレス編集長
1946年 - 浜村孝、元プロ野球選手
1949年 - 風間杜夫、俳優
1951年 - 新谷かおる、漫画家
1951年 - 大木こだま、漫才師(大木こだま・ひびき)
1952年 - 新井宏昌、元プロ野球選手
1952年 - 野田隆、旅行作家
1952年 - 大橋純子、歌手
1959年 - 有栖川有栖、推理作家
1961年 - 島本和彦、漫画家
1961年 - 栗山英樹、元プロ野球選手
1962年 - 池田裕行、キャスター
1962年 - 中西清起、元プロ野球選手
1963年 - 伊秩弘将、音楽プロデューサー
1963年 - ジェット・リー、映画俳優
1966年 - 橋本さとし、俳優
1968年 - 植木通彦、競艇選手
1969年 - 加藤浩次、お笑いタレント(元・極楽とんぼ)
1970年 - 小花美穂、漫画家
1971年 - 田中直樹、お笑いタレント(ココリコ)
1972年 - 品川祐、お笑いタレント(品川庄司)
1972年 - 丸尾英司、元プロ野球選手
1974年 - 団長 (安田大サーカス)
1975年 - 中澤有美子、アナウンサー
1976年 - 綾小路翔、ミュージシャン(氣志團)
1976年 - 桑田鎮典、バレーボール選手
1977年 - 福留孝介、プロ野球選手
1977年 - 橋本三千雄、アイスホッケー選手
1978年 - 麻井寛史、ミュージシャン、作曲家(the★tambourines)
1980年 - マイク・ウッド、プロ野球選手
1980年 - 平沼成基、俳優
1982年 - 荻野忠寛、プロ野球選手
1983年 - 森下理音、AV女優・ストリッパー
1983年 - 阿部まりな、ファッションモデル
1983年 - 飯原誉士、プロ野球選手
1984年 - 北川和歌子、女優、脚本家
1985年 - 中川裕貴、プロ野球選手
1987年 - 石川友紀、バレーボール選手
1989年 - 水崎綾女、グラビアアイドル
1989年 - 古賀さゆり、グラビアアイドル
1989年 - アーロン・ニゲス、サッカー選手
1993年 - 小野明日香、女優
1993年 - 桑田尚典、俳優
1995年 - セイウンスカイ、競走馬
2001年 - ハットトリック (競走馬)
忌日
1192年(建久3年3月13日)- 後白河天皇、第77代天皇(* 1127年)
1489年(延徳元年3月26日) - 足利義尚、室町幕府9代将軍(* 1465年)
1595年(文禄4年3月17日)- 木曾義昌、戦国武将(* 1540年)
1641年(寛永18年3月17日)- 細川忠利、初代熊本藩主(* 1586年)
1655年(承応4年3月20日)- 有馬忠頼、第2代久留米藩主(* 1603年)
1864年(元治元年3月21日)- 堀田正睦、江戸幕府老中・第5代佐倉藩主(* 1810年)
1865年 - ジョン・ウィルクス・ブース、
俳優・第16代米大統領リンカーンの暗殺者(* 1838年)
1866年 - ヘルマン・ゴルトシュミット、天文学者(* 1802年)
1889年 - 河鍋暁斎、絵師(* 1831年)
1910年 - ビョルンスティエルネ・ビョルンソン、詩人・小説家(* 1832年)
1920年 - シュリニヴァーサ・ラマヌジャン、数学者(* 1887年)
1924年 - ヨーゼフ・ラーボア、作曲家(* 1842年)
1924年 - 伊集院彦吉、元外務大臣(* 1864年)
1931年 - ジョージ・ハーバード・ミード、社会学者(* 1863年)
1940年 - カール・ボッシュ、化学者(* 1874年)
1941年 - 石黒忠悳、陸軍軍医総監・日本赤十字社第4代社長(* 1845年)
1945年 - パーヴェル・スコロパーツキイ、ウクライナ国の指導者(* 1873年)
1951年 - アーノルト・ゾンマーフェルト、物理学者(* 1868年)
1951年 - ジョン・オールデン・カーペンター、作曲家](* 1876年)
1957年 - 船越義珍、空手家(* 1868年)
1960年 - グスタフ・リンドブロム、陸上競技選手(* 1891年)
1964年 - 堤康次郎、実業家・第44代衆議院議長(* 1889年)
1965年 - アーロン・アヴシャロモフ、作曲家(* 1894年)
1968年 - ジョン・ハートフィールド、写真家(* 1891年)
1969年 - 植芝盛平、武道家・合気道開祖(創始者)・合気会開設者(*1883年)
1973年 - 石井一郎、暴力団初代石井組(現・石井一家)組長(* 1925年)
1976年 - アンドレイ・グレチコ、ソビエト連邦国防相(* 1903年)
1984年 - カウント・ベイシー、ジャズピアニスト(* 1904年)
1984年 - バリー・グレイ、作曲家(* 1908年)
1984年 - 木村筆之助、大相撲幕内格行司(* 1924年)
1989年 - ルシル・ボール、女優(* 1911年)
1994年 - 大山倍達、空手家(* 1923年)
1997年 - 彭真、元北京市長・全国人民代表大会常務委員会委員長(* 1902年)
1997年 - 藤本英雄、プロ野球選手・監督(* 1918年)
2001年 - ミケーレ・アルボレート、レーシングドライバー(* 1956年)
2004年 - ヒューバート・セルビー・ジュニア、小説家(* 1928年)
2005年 - マリア・シェル、女優(* 1926年)
2005年 - 勝田有恒、法学者(* 1931年)
2006年 - ユヴァル・ネーマン、物理学者(* 1925年)
2007年 - 申鉉ファク、大韓民国第13代国務総理(* 1920年)
記念日・年中行事
アーシューラー(イスラム教、1999年)
連合記念日(タンザニア)
世界知的所有権の日 (World Intellectual Property Day)
知的財産権の啓蒙のため、世界知的所有権機関 (WIPO) が2000年に制定。
リメンバー・チェルノブイリ・デー
1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故に因む。
よい風呂の日
「よい(4)ふ(2)ろ(6)」の語呂合わせ。毎月26日は「風呂の日」になっている。
【日記の最新記事】
- 平成22年1月1日(金曜日)祝祭日 元旦
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...
- 東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリ...

