2008年05月10日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成20年5月10日(土曜日)





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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成20年5月10日(土曜日)



5月の春になります。
春になり「4月」を経てもう「5月」になり
「10日」たちました。
あと三週間で「6月」=「夏」です。


花の木の存在感はうすれ。

花木から若葉の木に。

そして緑木に変わりつつあります。

けれどもまだまだ
朝も夕刻も放射冷却の時期は
急激に「温度」が下がります。



今朝は「ぬくもり」はあるがまだ寒い。
確実に「陽はたかくなり」「木々の若葉」
はより青くなる。





わかば葉あおく
つゆくもつみどり
雨をも陽をもとらえたり
いざわかば葉のたくましき
天高くほこれるすがたなり





春から初夏への
前奏曲の旋律は
「四季うらら」と聞こえます。




まだ早朝暗いうちは。
とてもはださむいです。

今年の冬・春は異常な寒さです。

気象予報で
「明日は暖かくなる」と聞いても
朝は寒いです。
「毎朝寒い」。

寒い早朝まっくらの首都高の自動車も
まばらに
さむくはないが。
「寒そうな運転の車」が多いです。
陽は早く高くなりました。


私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。

車のハンドルがまだ冷たい。


朝5:00amに東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても寒くとてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。










-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成20年2月11日(月曜日)
は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

は終わりました。

-------------------------------


平成20年3月20日(木曜日)
は祝日です。

けれどもこの日は「もともと「休診日」」
なのです。

平成20年3月20日(木曜日は
休日診療は行いません。
は終わりました。

-------------------------------

平成20年
4月29日(火曜日)はおわりました。
5月 3日(土曜日)はおわりました。
5月 5日(月曜日)はおわりました。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

但し
5月 6日(火曜日)は「お休み」
を頂き。
5月7日(水曜日)より定常どおり
の診療を行ってます。
++++++++++++++++++++++



★★★


今年の冬・春はインフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円
2回法=7.000円
です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------




入学式。そして目に青葉・山ほととぎす
の候。夏が来て秋が来て。今年もまた冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。

再び
「寒さ」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬・春は「厳・春」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の冬場や春はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。


麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------


草木の周りは
くりかえしのあゆみのごとく
少しずつ「春夏秋冬」の「四季」を
あゆんでいます。



「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
体調を崩される方が多いものです。
私はこの冬は「厳冬」になり極めて寒さが
激しいと思います。


このような今年の春・冬場はインフルエンザが
大流行するおそれが強い。



難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。





「今日は何の日」
フランスの天才物理学者
(といっても8歳まで読み書きができなかった
そうです)
オーギュスタン・ジャン・フレネルの生誕日。

ナポレオン・ボナパルト
(Napoleon Bonaparte, 1769年8月15日-1821年5月5日)
の時代に。
既に「光」が「波」であることをつきとめて
いました。
「アルバート・アインシュタイン*」の
特殊相対性理論の論文にも「引用」
されています。

-------------------------------
1・「光」が「波動」=「波」であることを証明。

2・この「光」の「波動」は
「その振動方向は
進行方向に対して垂直な横波」*
であるという結論を得た。

(*「音波」は「横波」です。
また「電波」はアンテナの構造により「横波」にも
「縦波」にも。
また電波は「うずまき螺旋」にすることも
可能です。

だから送信アンテナと受信アンテナの縦横が
あっていないと極めて効率が悪い)

-------------------------------
「アルバート・アインシュタイン*」の
「特殊相対性理論」までの「始めの基礎」を作りました。

さらに実用的には「うすいガラス板を重ねて」
「凸レンズ」と同じものができる「実用性」ある
「灯台」の「フレネルレンズ」で有名な。

1788年 - オーギュスタン・ジャン・フレネル、物理学者(+ 1827年)
の生誕日です。

++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネル
(Augustin Jean Fresnel、1788年5月10日 - 1827年7月14日)は、
フランスの物理学者。土木技師です。

オーギュスタン・ジャン・フレネルは
トマス・ヤングとは独立に光の波動説を唱えました。
光の回折や複屈折現象など、
光学に関する理論的研究を行いました。

また、
フレネルレンズを発明するなど、実用的な研究にも業績をのこし
ました。

++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルフレネルは、
1788年にノルマンディーで誕生しました。
父は建築家であった。
子供時代は8歳になっても読み書きが出来ませんでした。

16歳でエコール・ポリテクニークに入学。
そこで卓越した尋常ならざる才能を示しはじめました。

++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルは
2年後、土木学校
(Ecole Nationale des Ponts et Chaussees)に入学。

卒業後、ヴァンデ県、ドローム県、
イル=エ=ヴィレーヌ県の技師を歴任し、
道路建設などに携わりました。

彼は仕事の合間に光学に関する実験などを行っていました。

++++++++++++++++++++++

1815年、失脚していたナポレオン・ボナパルトが
エルバ島を脱出して、フランス本土に上陸した。

オーギュスタン・ジャン・フレネル
は国王ルイ18世のために戦おうとしました。

このために技師としての職を失い、
警察によって軟禁状態におかれてしまいました。

失職したことによりフレネルは「より自由な時間」を得、
光学の実験に没頭することが出来ました。


++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルは
この時期に、
光の波動性によって回折現象が説明できることを示しました
(フレネル回折を参照)。

ナポレオンの百日天下が終わり、
ルイ18世が再び即位すると、
彼も復職しパリにて技師としての仕事を再開致しました。

++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルは。

その後も、仕事の傍ら光学の研究を行いました。
それまで
ホイヘンスやトマス・ヤングらによる、
従来の「光の波動説」では光は音波と同様、
縦波であると考えられていました。

オーギュスタン・ジャン・フレネル
は、偏光の振る舞いから、

「光の波動説を実証し、かつその振動方向は
進行方向に対して垂直な横波」であるという結論を得ました。

++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルの
この理論は1818年に論文として発表されました。

フレネルの光学理論は、
複屈折現象などを上手く説明できることが明らかになり、
驚愕とともに広く受け入れられる様になりました。


++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルは
また同年1818年、地球のような運動する物体の
光行差についての研究を行いました。


この研究は
マイケルソン・モーリーの実験の基礎を与えるものであり、
さらには「アルバート・アインシュタイン*」の
特殊相対性理論につながるものであったのです。

++++++++++++++++++++++
オーギュスタン・ジャン・フレネルは

その後、フランソワ・アラゴと共に光学理論をまとめあげ、
1823年、「反射が偏光に与える諸変形の法則に関する論文」
として発表しました。

この功績により同年、
フランス科学アカデミーの会員に選ばれた。
さらに1824年にはイギリス王立協会会員に選ばれ、
ランフォード・メダルを受賞しました。
++++++++++++++++++++++

オーギュスタン・ジャン・フレネル
は実用的な研究にも業績ものこしました。

灯台を開発する際、
それまでは1枚の巨大なレンズが作られていました。

薄い複数枚のレンズを組み合わせて
同様の性能のレンズを開発することに成功致しました。
このレンズは現在でもフレネルレンズと呼ばれています。
++++++++++++++++++++++

フレネルは病弱であり、絶えず病気に悩まされ続けた。
1827年、結核により死亡。39歳没。

++++++++++++++++++++++
フランスという国は
偉大な数学者と。
偉大な画家と。
偉大な「絵画的」音楽家である
「ジョゼフ=モーリス・ラヴェル:Joseph-Maurice Ravel,」
「クロード・ドビュッシー」

生み出しました。

フランス人は「森羅万象のものごとのエッセンス」を。
明確に「直感しうる」特性に
たけた「能力」をもっているようです。

オーギュスタン・ジャン・フレネルも
病弱でなければ。

相対性理論までいきついていたような
気が致します。
++++++++++++++++++++++
関連項目
フレネルレンズ
フレネルの式
フレネル回折
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%8D%E3%83%AB" より作成
カテゴリ: フランスの物理学者 | 19世紀の自然科学者 | 1788年生 | 1827年没
++++++++++++++++++++++










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今日の東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
の記事は「続きを読む」をどうぞ。これで終了です。

おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・






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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

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オーギュスタン・ジャン・フレネル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%8D%E3%83%AB



オーギュスタン・ジャン・フレネル
(Augustin Jean Fresnel、1788年5月10日 - 1827年7月14日)は、
フランスの物理学者。土木技師。

トマス・ヤングとは独立に光の波動説を唱え、
光の回折や複屈折現象など、光学に関する理論的研究を行った。

また、フレネルレンズを発明するなど、実用的な研究にも業績をのこした。


オーギュスタン・ジャン・フレネルフレネルは、
1788年にノルマンディーで誕生した。父は建築家であった。
子供時代は8歳になっても読み書きが出来なかった。

16歳でエコール・ポリテクニークに入学。
そこで卓越した才能を示した。

2年後、土木学校(Ecole Nationale des Ponts et Chaussees)に入学。
卒業後、ヴァンデ県、ドローム県、イル=エ=ヴィレーヌ県の技師を歴任し、
道路建設などに携わった。
彼は仕事の合間に光学に関する実験などを行った。

1815年、失脚していたナポレオン・ボナパルトが
エルバ島を脱出して、フランス本土に上陸した。

フレネルは国王ルイ18世のために戦おうとしたが、
このために技師としての職を失い、
警察によって軟禁状態におかれてしまった。

失職したことによりフレネルは自由な時間を得、
光学の実験に没頭することが出来た。

この時期に、光の波動性によって回折現象が説明できることを示した
(フレネル回折を参照)。

ナポレオンの百日天下が終わり、
ルイ18世が再び即位すると、
彼も復職しパリにて技師としての仕事を再開した。

その後も、仕事の傍ら光学の研究を行った。
ホイヘンスやトマス・ヤングらによる、
従来の「光の波動説」では光は音波と同様、
縦波であると考えられていた。

フレネルは、偏光の振る舞いから、
光の波動説を実証し、かつその振動方向は
進行方向に対して垂直な横波であるという結論を得た。

この結果は1818年に論文として発表された。
フレネルの光学理論は、
複屈折現象などを上手く説明できることが明らかになり、
広く受け入れられる様になった。

また同年、地球のような運動する物体の
光行差についての研究を行った。
この研究はマイケルソン・モーリーの実験の基礎を与えるものであり、
さらには特殊相対性理論につながるものであった。

その後、フランソワ・アラゴと共に光学理論をまとめあげ、
1823年、「反射が偏光に与える諸変形の法則に関する論文」
として発表した。

この功績により同年、フランス科学アカデミーの会員に選ばれた。
さらに1824年にはイギリス王立協会会員に選ばれ、
ランフォード・メダルを受賞した。

フレネルは実用的な研究にも業績をのこした。
灯台を開発する際、それまでは1枚の巨大なレンズが作られていたが、
薄い複数枚のレンズを組み合わせて
同様の性能のレンズを開発した。
このレンズは現在でもフレネルレンズと呼ばれている。

フレネルは病弱であり、絶えず病気に悩まされ続けた。
1827年、結核により死亡。39歳没。








関連項目
フレネルレンズ
フレネルの式
フレネル回折
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%A5%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%8D%E3%83%AB" より作成
カテゴリ: フランスの物理学者 | 19世紀の自然科学者 | 1788年生 | 1827年没



++「続きを読むです2」++++++++++++++++++
フレネル回折
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%9B%9E%E6%8A%98




フレネル回折 (―かいせつ、Fresnel diffraction) とは、
オーギュスタン・ジャン・フレネルの提唱した計算法により
導出できる回折現象のことである。


[定義
回折はホイヘンスの原理によって球面波の包絡線の一部であるとされてきた。
しかし、この原理だけでは回折する光の強度分布を導出することができない。
フレネルは回折を干渉の一部と考えることにより計算が可能であることを示した。

光の平面波が
開口関数 (開口部を 1, 遮蔽部を 0 とした関数) f(x, y) の開口部を通って、
距離 R だけ離れたスクリーンに照射されるとき、
スクリーンにおける振幅分布 u(x′, y′) は
開口部を通る光波の積分で表される。
すなわち、


f(x, y) : 開口関数
A : 振幅
i : 虚数単位
k : 波数 (伝播定数)
R : 開口部からスクリーンまでの距離
λ : 波長
x, y : 開口面の座標
x′, y′ : スクリーンの座標

となる。
フレネル回折は開口部の大きさがスクリーンまでの距離に対して
十分小さいときのものを指す。
具体的には、


であるときをさす。
このとき、スクリーンにおける振幅分布 u(x′, y′) は最初に出た式を用いて、

(3)
と表される。これがフレネル回折の式となる。


補足
フラウンホーファー回折はさらに近似をしたものである。
よって、フラウンホーファー回折が生じる条件は
フレネル回折より厳しいものである。


[編集] 関連項目
回折
フラウンホーファー回折
オーギュスタン・ジャン・フレネル
この項目「フレネル回折」は、自然科学に関連した書きかけの項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めています。

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%8D%E3%83%AB%E5%9B%9E%E6%8A%98" より作成
カテゴリ: 光学 | 振動と波動 | 自然科学関連のスタブ項目


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5月10日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/5%E6%9C%8810%E6%97%A5



できごと
1534年 - ジャック・カルティエがニューファンドランド島に到着。

1768年 - イギリス王ジョージ3世を批判する記事を書いた廉で
ジョン・ウィルクスが監獄に収監、軍は収監に抗議する群衆に発砲し7名の死者を出す。

1774年 - ルイ16世がフランス王に即位。

1796年 - フランス政府転覆を計画したフランソワ・ノエル・バブーフらが逮捕される
(バブーフの陰謀)。

1824年 - ロンドンでナショナルギャラリーが初公開される。

1857年 - インドでセポイの乱起こる。

1871年 - 独仏間で「フランクフルト条約」調印。普仏戦争終結。

1876年(明治9年) - 日本で最初の広域的な地質図、
200万分の1「日本蝦夷地質要略之図」が
アメリカ人地質学者ライマンらにより作成され、開拓使から発行された。

1900年 - 皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)と九条節子(後の貞明皇后)が結婚。

1902年 - 日本鉄道品川線(品川駅〜赤羽駅)の池袋駅が信号所として開業。

1908年 - アメリカ・フィラデルフィアの教会で世界初の「母の日」を実施。

1921年 - 阪急電鉄伊丹線の稲野駅が開業。

1922年 - キングマン・リーフがアメリカ領となる。

1924年 - ジョン・エドガー・フーヴァーがFBI長官に就任、
1972年の死去に至るまで在任し続ける。

1927年 - 阪急電鉄今津線の阪神国道駅が開業。

1933年 - 検閲:ドイツ各地で、ナチスによる大規模な焚書が公開で行われた。

1936年 - マヌエル・アサーニャがスペイン第二共和制の大統領に就任。1939年4月まで。

1940年 - ウィンストン・チャーチルがイギリス首相に就任。

1940年 - 第二次世界大戦で、ドイツ軍がオランダ・ベルギーに侵入。
ドイツ軍の黄色作戦が始まる。

1940年 - 第二次世界大戦で、イギリス軍がアイスランドに侵攻。

1942年 - 大阪市営地下鉄3号線(四つ橋線) 大国町駅〜花園町駅間が開業。

1960年 - 潜航状態での世界一周を達成したアメリカ海軍の
原子力潜水艦「トライトン」がデラウェア州沖で浮上、潜航時間の世界記録を樹立。

1981年 - フランソワ・ミッテランがフランス大統領に就任。

1987年 - 帝銀事件の死刑囚平沢貞通が獄中で病死。

1988年 - ミシェル・ロカールがフランス首相に就任。

1994年 - 南アフリカ大統領にネルソン・マンデラが就任。南アフリカで初の黒人政権。

2004年 - 徳仁親王の人格否定発言。

2004年 - Winnyの開発者が京都府警に逮捕。

2006年 - イタリアの戦後第11代の大統領に、
現左翼民主党のジョルジョ・ナポリターノが選出された。

















誕生日
213年/214年 - クラウディウス・ゴティクス、軍人皇帝時代のローマ皇帝

1265年 - 伏見天皇(+ 1317年)

1512年 - ジェームズ5世、スコットランド王(+ 1542年)

1788年 - オーギュスタン・ジャン・フレネル、物理学者(+ 1827年)

1838年 - ジェームズ・ブライス、法学者・歴史家・政治家(+ 1922年)

1875年 - グスタフ・シュトレーゼマン、政治家(+ 1929年)

1886年 - カール・バルト、神学者(+ 1968年)

1906年 - 吉行エイスケ、詩人(+ 1940年)

1916年 - 鈴木英夫、映画監督(+ 2002年)

1918年 - 藤本英雄、元プロ野球選手(+ 1997年)

1919年 - 千葉茂、元プロ野球選手・監督(+ 2002年)

1925年 - 橋田壽賀子、脚本家

1928年 - ローター・シュミット、チェスプレーヤー

1931年 - 永井一郎、声優

1933年 - 扇千景、元女優・元参議院議長

1934年 - 高見映、俳優・作家

1937年 - 山口洋子、小説家

1949年 - 喜多嶋隆、小説家

1954年 - 丸山圭子、シンガーソングライター
1956年 - 森達也、映画監督
1957年 - シド・ヴィシャス、ベーシスト、(セックス・ピストルズ)(+ 1979年)
1958年 - 柴田直人、ベーシスト、作曲家・ANTHEM
1959年 - 小松辰雄、元プロ野球選手
1960年 - ボノ、ミュージシャン(U2)
1962年 - デヴィッド・フィチャー、映画監督
1963年 - カルロス・ラフォン=パリアス、調教師
1964年 - 山川周一、元プロ野球選手
1965年 - 梁田清之、声優
1965年 - 草刈民代、バレエダンサー、女優
1965年 - リンダ・エヴァンジェリスタ、スーパーモデル
1965年 - 小川浩一、元プロ野球選手
1966年 - 田代尚子、フジテレビアナウンサー
1966年 - 樋口大輔、漫画家  
1966年 - ひうらさとる、漫画家
1967年 - 武田修宏、元サッカー選手
1968年 - 高木晃次、プロ野球選手
1969年 - デニス・ベルカンプ、サッカー選手
1970年 - 石澤智幸(トモ)、お笑い芸人・テツandトモ
1970年 - 喜多川泰、作家
1971年 - 金正男、北朝鮮の金正日国防委員長の長男
1973年 - いでえいじ、4コマ漫画家
1973年 - 天田ヒロミ、プロフェッショナルファイター
1974年 - 鎌田義、競艇選手
1977年 - 神取恭子、メ〜テレアナウンサー
1977年 - ニック・ハイドフェルド、F1レーサー
1978年 - 山井大介、プロ野球選手
1978年 - トニー・アルバレス、野球選手
1979年 - 井坂俊哉、俳優
1979年 - イ・ヒョリ、歌手
1979年 - 水森さやか、AV女優・ストリッパー
1980年 - クレイグ・ブラゼル、プロ野球選手
1981年 - 岸田護、プロ野球選手
1983年 - 青山朱里、タレント
1985年 - 西村健太朗、プロ野球選手
1987年 - 吉野舞、タレント
1988年 - 西村みずほ、グラビアアイドル
1988年 - 栃下有沙、タレント、女優
1990年 - 片山陽加、AKB48
1993年 - 志田未来、女優
1993年 - 伊藤純平、ジャニーズJr.
1994年 - チアキ・レイシー、子役
生年非公表 - レニー・ハート、ナレーター














忌日
1737年(元文2年4月11日) - 中御門天皇、第114代天皇(* 1701年)

1774年 - ルイ15世、フランス王(* 1710年)

1829年 - トマス・ヤング、科学者・考古学者(* 1773年)

1849年(嘉永2年4月18日) - 葛飾北斎、浮世絵師(* 1760年)

1909年 - 二葉亭四迷、小説家(* 1864年)

1915年 - カール・ゴットハルト・ランプレヒト、歴史家(* 1856年)

1930年 - 下村観山、日本画家(* 1873年)

1971年 - 箕作秋吉、作曲家、化学者(* 1895年)

1991年 - 岩崎勝太郎、実業家(* 1914年)

1998年 - ねこぢる、漫画家(* 1967年)

2000年 - 塩沢兼人、声優(* 1954年)

2002年 - デイヴィッド・リースマン、アメリカ合衆国の社会学者(* 1909年)

2004年 - 大石慎三郎、歴史学者(* 1923年)

2006年 - 松野頼三、政治家(* 1917年)














記念日・年中行事
愛鳥の日
愛鳥週間(5月16日まで)

posted by clinicayamamoto at 07:16| 東京 雨| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする