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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭
脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科
山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成20年6月2日(月曜日)
初夏のかおりがただよいはじめています。
五月(さつき)がおわり。
六月の初夏独特の気配が感じられるような気が致します。
木々のめぶきの息吹を力強く感じます。
けれども早朝はまだまだ「肌寒い」です。
今年は「寒い」です。
街路樹はしっかりと
枝木の穂先もたわわにつよく
萌黄色から若葉そして
夏の「木」にかわりました。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックの
庭の。
山椒(さんしょう)の木の芽が
若葉にそだち。
そして若枝も天高くすこやかにのび。
ますますに
山椒(さんしょう)はみどりの葉がとても。
奇麗です。
山椒のことを
「きのめ」=木の芽とはなるほどと
かんがえる。
さんしょう木
芽葉(めは)のもえぎあざやかなり
わかば葉いずるは花ならむ
夏(なつ)まつわか枝は幹ならむ
いざいまこそは
空(そら)にもえたたんさんしょう木
けれども
まだ早朝は本当にはだ寒いのです。
「小さな夏みつけた」から
しだいに「大きな夏みつけた」
「大きな大きな夏みつけた」はまだです。
そして「小さい夏」みつけた・は。
ちょっと「怖い気」が致します。
もう初夏です。
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ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
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平成20年2月11日(月曜日)は祝日です。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
は「おわりました」。
-------------------------------
平成20年3月20日(木曜日)
は「祝日」です。
けれども
(木曜日)は休診日であるために。
「祝日診療」は行いません。
祝日が(日曜日)(木曜日)とかさなわない限り。
「休日体制」で患者さんの診療を行います。
は終わりました。
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GWの予定ですが。
平成20年4月29日(火曜日)
は祝日です。(はおわりました)
-------------------------------
平成20年5月 3日(土曜日)
平成20年5月 5日(月曜日)
は
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
(4・29 5・3 5.5)
=>
平成20年5月 6日(火曜日)
は同じく祝日ですが
は「お休み」を頂く予定です。
5月7日(水曜日)より「定常どおり」
になります。
7月21日(月曜日)は。
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。
-------------------------------
私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。
睡眠時間は「4時間」。
朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。
朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。
真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。
朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。
★★★
今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。
東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。
1回法=3500円
2回法=7.000円
です。
当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。
-------------------------------
2004年10月15日より厚生労働省により
肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。
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成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。
------------------------------
学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。
インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。
今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。
体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。
このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。
成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。
はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です
-------------------------------
「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。
「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。
人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。
昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。
難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。
私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。
難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。
「良くなられていく」笑顔に。
心より感謝・感謝。
「今日は何の日」は
行進曲「威風堂々」第1番(1901年)の
トリオ(中間部)の旋律は
英国王エドワード7世に気に入られ、
国王のために書かれた「戴冠式頌歌」(1901年)
では歌詞をつけて用いられている。
この旋律は今日「希望と栄光の国」として愛唱され、
英国の第2の国歌と称されています。
行進曲「威風堂々」の作曲家。
そして正規の音楽教育を一切受けていない
「独学の音楽家」である。
1857年 - エドワード・エルガー、作曲家(+ 1934年)
の生誕日です。
++++++++++++++++++++++
サー・エドワード・ウィリアム・エルガー
(Sir Edward William Elgar、1857年6月2日 -
1934年2月23日)はイギリスの作曲家・指揮者です。
もとは音楽教師でありヴァイオリニストでもあったのです。
H.パーセル、G.F.ヘンデル以降低迷していた
英国楽壇の「中興の祖」とされる作曲家です。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーの
略歴
エルガーは1857年6月2日ウスター近郊のブロードヒース
で生まれました。
父親は楽器商を営むとともに
、聖ジョージ・カトリック教会のオルガニストも
務めていました。
経済的な問題から専門的な音楽教育を受けることができず、
独学によって作曲法を修得しました。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーは
ヴァイオリン教師として収入を得るかたわら、
たびたびロンドンへ出かけてはさまざまな音楽を聴き、
特にシューマン、ワーグナーに強い影響を受けたといわれます。
1889年にピアノの教え子だった
キャロライン・アリス・ロバーツと結婚致しました。
婚約に際しアリスのために作曲した
「愛の挨拶」はのちに広く知られるようになります。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーは
その頃は作曲家としては地元の合唱音楽祭のために
作品を委嘱される程度でした。
けれども
夫人の多大な協力もあり徐々に作曲家として
認められるようになりました。
エルガーの作曲家としての
確たる地位をもたらせた作品は1899年の
「独創主題による変奏曲」(「エニグマ(謎)」変奏曲)でした。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーの
「独創主題による変奏曲」(「エニグマ(謎)」変奏曲)は。
ハンス・リヒターの指揮による
初演の成功で英国中にその名を知らしめ、
さらに翌1900年のオラトリオ「ゲロンティアスの夢」は
ドイツ初演で大成功を遂げました。
作曲家リヒャルト・シュトラウスから賞賛され。
エルガーの名声はヨーロッパ中に広まりました。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーの
なお「ゲロンティアスの夢」は
英国初演では失敗に終わったものの、
ドイツにおける成功からまもなく傑作として認められる
ようになりました。
現在ではヘンデルの「メサイア」、
メンデルスゾーンの「エリヤ」とともに
英国3大オラトリオの1つとされています。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーの
行進曲「威風堂々」第1番(1901年)の
トリオ(中間部)の旋律は英国王エドワード7世に気に入られ
ました。
国王のために書かれた「戴冠式頌歌」(1901年)
では歌詞をつけて用いられています。
この旋律は今日「希望と栄光の国」として愛唱され、
英国の第2の国歌と称されています。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーは
以降、オラトリオ「使徒たち」(1903年)、
オラトリオ「神の国」(1906年)、
交響曲第1番(1908年)
、ヴァイオリン協奏曲(1910年)、
交響曲第2番(1911年)、
交響的習作「フォールスタッフ」(1913年)、
チェロ協奏曲(1919年)といった傑作を次々と作曲致しました。
名実共に英国楽壇の重鎮となりました。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーは
1920年、夫人アリスの死去とともに
創作意欲を落とすが
1923年以降は徐々に作曲活動を再開。
劇音楽「アーサー王」(1923年)、
劇音楽「伊達男ブランメル」
(散逸、メヌエットのみ知られる。1928年)、
ブラス・バンドのための「セヴァーン川組曲」(1930年)、
組曲「子ども部屋」(1931年)
といった作品を手がけました。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーは
最晩年には交響曲第3番、歌劇「スペインの貴婦人」、
ピアノ協奏曲といった大作に次々と着手致しました。
けれども
いずれも未完成のまま1934年2月23日、癌のため死去しました。
最後の完成作品は愛犬をモチーフにした
管弦楽小品「ミーナ(Mina)」(1933年)でした。
1914年(旧吹込み)以来エルガーはレコーディング活動にも
積極的であり、新しく開発された
マイクロフォンによる電気吹込みによって
自身の作品の主だったものを
録音しており、演奏家としての活動も注目されました。
++++++++++++++++++++++
エドワード・エルガーは
なお1シーズンのみであるが
1911年にロンドン交響楽団の首席指揮者に就いています。
エルガーは
1904年(47歳)のときにナイトに叙されました。
また1931年(74歳)准男爵にも叙されています。
また1924年(67歳)には「国王の音楽師範」の
称号も得ていました。
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エドワード・エルガー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC
サー・エドワード・ウィリアム・エルガー(Sir Edward William Elgar、1857年6月2日 - 1934年2月23日)はイギリスの作曲家・指揮者。もとは音楽教師でありヴァイオリニストでもあった。H.パーセル、G.F.ヘンデル以降低迷していた英国楽壇の「中興の祖」とされる作曲家である。
目次
1 略歴
2 代表作品
2.1 交響曲
2.2 管弦楽曲
2.3 弦楽合奏曲
2.4 協奏曲
2.5 室内楽曲
2.6 器楽曲
2.7 声楽曲
3 関連文献
4 関連項目
5 外部リンク
5.1 ウェブ上の音源
略歴
エルガーは1857年6月2日ウスター近郊のブロードヒースで生まれた。父親は楽器商を営むとともに、聖ジョージ・カトリック教会のオルガニストも務めていた。経済的な問題から専門的な音楽教育を受けることができず、独学によって作曲法を修得した。ヴァイオリン教師として収入を得るかたわら、たびたびロンドンへ出かけてはさまざまな音楽を聴き、特にシューマン、ワーグナーに強い影響を受けたといわれる。
1889年にピアノの教え子だったキャロライン・アリス・ロバーツと結婚。婚約に際しアリスのために作曲した「愛の挨拶」はのちに広く知られるようになる。その頃は作曲家としては地元の合唱音楽祭のために作品を委嘱される程度だったが、夫人の多大な協力もあり徐々に作曲家として認められるようになる。エルガーの作曲家としての確たる地位をもたらせた作品は1899年の「独創主題による変奏曲」(「エニグマ(謎)」変奏曲)だった。ハンス・リヒターの指揮による初演の成功で英国中にその名を知らしめ、さらに翌1900年のオラトリオ「ゲロンティアスの夢」はドイツ初演で大成功を遂げ、作曲家リヒャルト・シュトラウスから賞賛されるなど、エルガーの名声はヨーロッパ中に広まった。なお「ゲロンティアスの夢」は英国初演では失敗に終わったものの、ドイツにおける成功からまもなく認められ、現在ではヘンデルの「メサイア」、メンデルスゾーンの「エリヤ」とともに英国3大オラトリオの1つとされている。
行進曲「威風堂々」第1番(1901年)のトリオ(中間部)の旋律は英国王エドワード7世に気に入られ、国王のために書かれた「戴冠式頌歌」(1901年)では歌詞をつけて用いられている。この旋律は今日「希望と栄光の国」として愛唱され、英国の第2の国歌と称されている。以降、オラトリオ「使徒たち」(1903年)、オラトリオ「神の国」(1906年)、交響曲第1番(1908年)、ヴァイオリン協奏曲(1910年)、交響曲第2番(1911年)、交響的習作「フォールスタッフ」(1913年)、チェロ協奏曲(1919年)といった傑作を次々と作曲し、名実共に英国楽壇の重鎮となる。
1920年、夫人アリスの死去とともに創作意欲を落とすが1923年以降は徐々に作曲活動を再開。劇音楽「アーサー王」(1923年)、劇音楽「伊達男ブランメル」(散逸、メヌエットのみ知られる。1928年)、ブラス・バンドのための「セヴァーン川組曲」(1930年)、組曲「子ども部屋」(1931年)といった作品を手がける。最晩年には交響曲第3番、歌劇「スペインの貴婦人」、ピアノ協奏曲といった大作に次々と着手するが、いずれも未完成のまま1934年2月23日、癌のため死去した。最後の完成作品は愛犬をモチーフにした管弦楽小品「ミーナ(Mina)」(1933年)だった。
1914年(旧吹込み)以来エルガーはレコーディング活動にも積極的であり、新しく開発されたマイクロフォンによる電気吹込みによって自身の作品の主だったものを録音しており、演奏家としての活動も注目される。なお1シーズンのみであるが1911年にロンドン交響楽団の首席指揮者に就いている。
エルガーは1904年(47歳)のときにナイトに叙され、また1931年(74歳)准男爵にも叙されている。また1924年(67歳)には「国王の音楽師範」の称号も得ていた。
代表作品
交響曲
交響曲第1番 変イ長調 作品55
交響曲第2番 変ホ長調 作品63
交響曲第3番 ハ短調 作品88(未完成。A.ペインによる完成稿あり。)
管弦楽曲
組曲「子供の魔法の杖」("The Wand of Youth")第1、2番 作品1A,1B (1907年の作。)
ポルカ「ネリー」(Polka "Nelly")
3つの性格的小品(Three Characteristic Pieces) 作品10
マズルカ(Mazurka)
ムーア風セレナード(Serenade Mauresque)
「コントラスツ」(ガヴォット1700−1900)("Contrasts" (The Gavotte 1700−1900))
2つの小品(Two Pieces)作品15 (ヴァイオリンとピアノの稿あり。)
「夜の歌」("Chanson de Nuit")
「朝の歌」("Chanson de Matin")
演奏会用序曲「フロワッサール」(Concert Overture "Froissart") 作品19
3つのバイエルン舞曲(Three Bavarian Dances) 作品27 (合唱曲「バイエルンの高地より」から抜粋・管弦楽編曲。)
「踊り」("The Dance" Allegro giocoso)
「子守歌」("Lullaby" Moderato)
「射手」("The Marksman" Allegro vivace)
独創主題による変奏曲(「エニグマ(謎)」変奏曲)(Variations on an Original Theme("Enigma")) 作品36
行進曲「威風堂々」第1〜6番(Military Marches "Pomp and Circumstance") 作品39-1〜6(第6番は未完成。A.ペインによる完成稿あり。)
序曲「コケイン(首都ロンドンにて)」("Cockaigne"("In London Town")) 作品40
劇音楽「グラーニアとディアーミッド」("Grania and Diarmid") 作品42
序曲「南国にて(アラッショ)」("In The South"("Alassio")) 作品50
戴冠式行進曲(Coronation March) 作品65
組曲「インドの王冠」(Suite "The Crown of India") 作品66 (劇音楽からの編曲。)
交響的習作「フォールスタッフ」(Symphonic Study "Falstaff") 作品68
「鐘」("Carillon") 作品75
交響的前奏曲「ポローニア」(Symphonic Prelude "Polonia") 作品76
劇音楽「星明かりの急使」("The Starlight Express") 作品78
バレエ曲「真紅の扇」(Ballet "The Sanguine Fan") 作品81
劇音楽「アーサー王」(Incudental music to "King Arhur" (Laurence Binyon))(1923年)
劇音楽「伊達男ブランメル」(Incidental music to "Beau Brummel" (B. P. Matthews))(散逸、メヌエットのみ知られる。1928年)
「セヴァーン川組曲」("Severn Suite")作品87 (ブラス・バンド曲。ブラス・バンドのスコアリングはヘンリー・ギール(Henry Geehl)による。のちに作曲者が管弦楽曲に編曲する。なおアイヴァー・アトキンスによってオルガン独奏用に編曲された稿はオルガン・ソナタ第2番ともいう。)
「ミーナ」("Mina")(小管弦楽)
弦楽合奏曲
弦楽セレナード ホ短調 作品20
序奏とアレグロ(Introduction and Allegro) 作品47
エレジー(Elegy) 作品58
「ソスピーリ(ため息)」("Sospiri") 作品70 (ヴァイオリンとピアノの稿あり。)
協奏曲
ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 作品61
ロマンス(Romance) 作品62 (ファゴットと管弦楽のための作品)
チェロ協奏曲 ホ短調 作品85
ピアノ協奏曲 作品90(未完成。ロバート・ウォーカーによる補筆完成稿あり。)
室内楽曲
ロマンス(Romance) 作品1 (ヴァイオリンとピアノ)
「愛の挨拶」("Salut d'Amour" ("Liebesgruss")) 作品12 (ヴァイオリンとピアノ。その他にピアノ独奏、チェロとピアノ、小管弦楽などさまざまな稿あり。)
「気まぐれ女」("La Capricieuse") 作品17 (ヴァイオリンとピアノ)
ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 作品82
弦楽四重奏曲 ホ短調 作品83
ピアノ五重奏曲 イ短調 作品84
器楽曲
ソナティナ ト長調 (1887年、1930年改訂)(ピアノ曲)
オルガン・ソナタ(第1番) ト長調 作品28
演奏会用アレグロ (Concert Allegro) 作品41(または作品46)(ピアノ曲)
声楽曲
「黒い騎士」("The Black Knight") 作品25
合唱曲「バイエルンの高地より」("From the Bavarian Highlands") 作品27
オラトリオ「生命の光」("The Light of Life") 作品29
「オラフ王のサガからの情景」("Scenes from the Saga of KIng Olaf") 作品30
バラッド「聖ジョージの旗」("The Banner of St George") 作品33
カンタータ「カラクタクス」("Caractacus") 作品35
連作歌曲集「海の絵」("Sea Pictures") 作品37
オラトリオ「ゲロンティアスの夢」("The Dream of Gerontius") 作品38
戴冠式頌歌(Coronation Ode) 作品44
オラトリオ「使徒たち」("The Apostles") 作品49
オラトリオ「神の国」("The Kingdom") 作品51
「ミュージック・メイカーズ」("The Music Makers") 作品69(アルト・合唱・管弦楽のための作品)
「イングランドの精神」("The Spirit of England") 作品80(ソプラノ・テノール・合唱・管弦楽のための作品)
関連文献
磯田健一郎著『ポスト・マーラーのシンフォニストたち エルガー、シベリウスから現代まで』音楽之友社、1996年10月、ISBN 4276351316
マイケル・トレンド著『イギリス音楽の復興 音の詩人たち、エルガーからブリテンへ』旺史社、2003年7月、ISBN 4871190781
原著: Michael Trend, The Music Makers : The English Musical Renaissance from Elgar to Britten, Schirmer Books Published, October 1985, ISBN 0028730909
水越健一著『エドワード・エルガー希望と栄光の国』武田書店、2001年6月、ISBN 4886890164
[関連項目
Category:エルガーの楽曲
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、エドワード・エルガー に関連するカテゴリがあります。Edward Elgar(The Elgar Societyのページ)
エドワード・エルガー/希望と栄光の国(日本語)
ウェブ上の音源
The Classical Music Archive: ELGAR, Sir Edward(1857-1934) (英語)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC" より作成
カテゴリ: イギリスの作曲家 | ロマン派の作曲家 | イギリスの指揮者 | 1857年生 | 1934年没
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6月2日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/6%E6%9C%882%E6%97%A5
できごと
907年(天祐4年4月19日) - 朱全忠が大梁国(後梁)を建国する。
1859年 - 日米修好通商条約に基づき、神奈川(横浜港)、
長崎(長崎港)、箱館(函館港)が開港される。
1901年 - 第一次桂太郎内閣発足。
1909年 - 両国国技館が完成。
1946年 - イタリアが国民投票で王制廃止を決定。10日に共和国宣言。
1952年 - 菅生事件が発生。
1953年 - イギリス女王エリザベス2世の戴冠式挙行。
1954年 - 参議院、
「自衛隊の海外出動(≒自衛隊海外派遣)を為さざることに関する決議」
を全会一致で可決。
1978年 - JALのボーイング747(機体番号:JA8119)が
大阪国際空港で「しりもち事故」を起こす。
(後の1985年8月12日に起こった史上最悪の単独航空機事故となる
JAL123便墜落事故の最大原因である。)
1986年 - 衆議院解散(死んだふり解散)
1989年 - 竹下登内閣が総辞職。
1992年 - 関東鉄道列車突入事故
2003年 - 欧州宇宙機関 (ESA) が火星探査機マーズ・エクスプレスを打ち上げ。
2006年 - 成田国際空港第一ターミナル南ウイング(第5サテライト)オープン。
全日空などスターアライアンス各社一斉に第2ターミナル、
または第1ターミナル北ウイングから移動。
誕生日
1428年(正長元年4月19日) - 朝倉孝景、朝倉氏七代目当主(+ 1481年)
1535年 - レオ11世、第232代ローマ教皇(+ 1605年)
1731年 - マーサ・ワシントン、初代アメリカ合衆国大統領ワシントンの妻(+ 1802年)
1740年 - マルキ・ド・サド、小説家(+ 1814年)
1743年 - カリオストロ、魔術師・錬金術師(+ 1795年)
1798年(寛政10年4月18日) - 中山みき、天理教教祖(+ 1887年)
1815年 - フィリップ・カーニー、アメリカ陸軍の軍人(+ 1862年)
1835年 - ピウス10世、第256代ローマ教皇(+ 1914年)
1838年 - アレクサンドラ・ペトロヴナ、ロシア帝国の皇族(+ 1900年)
1840年 - トーマス・ハーディ、小説家(+ 1928年)
1857年 - エドワード・エルガー、作曲家(+ 1934年)
1857年 - カール・ギェレルプ、詩人・小説家(+ 1919年)
1863年 - フェリックス・ワインガルトナー、指揮者(+ 1942年)
1898年 - 河野一郎、政治家(+ 1965年)
1904年 - ジョニー・ワイズミュラー、競泳選手・俳優(+ 1984年)
1906年 - 橋本龍伍、元文部大臣・厚生大臣(+ 1962年)
1917年 - ハインツ・ジールマン、写真家・ドキュメンタリー映画製作者(+ 2006年)
1920年 - 関沢新一、作詞家・脚本家・写真家(+ 1992年)
1920年 - マルツェル・ライヒ=ラニツキ、文芸評論家
1926年 - 千代の山雅信、大相撲第41代横綱(+ 1977年)
1929年 - ケン・マグレガー、テニス選手(+ 2007年)
1932年 - 小田実、作家(+ 2007年)
1940年 - コンスタンティノス2世、ギリシャ王
1941年 - ステイシー・キーチ、俳優
1941年 - チャーリー・ワッツ、ロックドラマー(ローリング・ストーンズ)
1944年 - 平泉成、俳優
1944年 - 上田みゆき、声優
1944年 - マーヴィン・ハムリッシュ、作曲家
1946年 - 西村知道、声優
1946年 - 薮野祐三、政治学者
1949年 - 鷲尾真知子、女優・声優
1950年 - 島野修、元プロ野球選手
1951年 - 仁科時成、元プロ野球選手
1954年 - 川島千代子、元声優
1956年 - ヤン・ラマース、F1ドライバー
1962年 - ダネル・コールズ、元プロ野球選手
1965年 - 今野緒雪、小説家
1965年 - 富田京子、ミュージシャン(ドラマー・元プリンセス・プリンセス)
1967年 - 橋口たかし、漫画家
1967年 - 豊田次郎、元プロ野球選手
1970年 - 西川大輔、体操選手
1970年 - 松山将樹、調教師
1970年 - 吉野弘幸、脚本家
1971年 - ロベルト・ペタジーニ、元プロ野球選手
1974年 - 五月女ケイ子、イラストレーター
1975年 - 桑原和生、俳優
1976年 - アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、総合格闘家
1976年 - アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ、総合格闘家
1976年 - 政井マヤ、アナウンサー
1976年 - 増田こうすけ、漫画家
1978年 - 柳沼淳子、フリーアナウンサー
1980年 - 末續慎吾、陸上選手
1980年 - 又吉直樹、お笑い芸人(元線香花火・現ピース)
1982年 - 伊藤義弘、プロ野球選手
1983年 - Mocchi、ミュージシャン(ベーシスト・AJISAI)
1984年 - 兼崎健太郎、俳優
1984年 - 吉本勝治、芸術家
1984年 - 尾崎匡哉、プロ野球選手
1985年 - 沢城みゆき、声優
1985年 - 宮西尚生、プロ野球選手
1986年 - 浦えりか、女性タレント、グラビアアイドル、プロレスラー、女優、歌手
1987年 - 黒羽根利規、プロ野球選手
1988年 - 齋藤彩夏、声優
1988年 - 乾貴士、サッカー選手
1988年 - 岩沼俊介、サッカー選手
1988年 - セルヒオ・アグエロ、サッカー選手
1989年 - フレディー・アドゥー、サッカー選手
1989年 - 浅田美穂、ファッションモデル、歌手
1990年 - フワン・デ’グリフィン、バスケットボール選手
1993年 - 加藤冠、ジャニーズJr.
2000年 - 工藤優、女優
生年不詳 - 天野有希子、舞台女優・声優
忌日
912年 - 朱全忠、後梁の初代皇帝(* 852年)
1392年(応永4年5月7日)- 細川頼元、室町幕府管領(* 1343年)
1602年(慶長7年4月14日)- 里村紹巴、連歌師(* 1525年)
1607年(慶長12年閏4月8日) - 結城秀康(松平秀康)、
戦国武将・初代福井藩主・徳川家康の次男(* 1574年)
1615年(元和元年5月6日) - 木村重成、豊臣秀頼の小姓(* 1593年)
1615年(元和元年5月6日) - 増田盛次、武将
1621年 - トーマス・ハリオット、数学者・天文学者(* 1560年頃)
1625年(寛永2年4月27日) - 毛利輝元、初代長州藩主(* 1553年)
1761年(宝暦11年4月29日)- 伊藤宗看 (3代)、将棋指し(* 1706年)
1872年 - ベンジャミン・スタントン、第6代オハイオ州副知事(* 1809年)
1882年 - ジュゼッペ・ガリバルディ、イタリア王国のリソルジメント指導者(* 1807年)
1885年 - カール・アントン (ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯)、
プロイセン王国宰相(* 1811年)
1890年 - 松平春嶽、第14代福井藩主(* 1828年)
1901年 - 大河内正質、大多喜藩主・江戸幕府の老中格(* 1844年)
1901年 - 馬偕、宣教師・教育家(* 1844年)
1903年 - アンドリュー・コンモン、天文学者(* 1841年)
1905年 - 津田出、日本陸軍の少将・貴族院議員(* 1832年)
1936年 - 大槻快尊、心理学者(* 1880年)
1937年 - ルイ・ヴィエルヌ、作曲家(* 1870年)
1939年 - エンリケ・フェルナンデス・アルボス、
作曲家・ヴァイオリニスト(* 1863年)
1941年 - ルー・ゲーリッグ、メジャーリーグベースボール選手(* 1903年)
1945年 - アグネス・ベーデン=パウエル、
ガールガイド(ガールスカウト)運動創始者(* 1858年)
1945年 - 平山信、天文学者(* 1867年)
1951年 - エミール=オーギュスト・シャルティエ、哲学者(* 1868年)
1962年 - ヴィタ・サックヴィル=ウェスト、小説家・詩人・造園家(* 1892年)
1966年 - 宮沢胤勇、運輸大臣(* 1887年)
1969年 - マイク・ベローイズ、プロボクサー(* 1911年)
1970年 - ブルース・マクラーレン、F1レーサー・マクラーレン創始者(* 1937年)
1973年 - 近衛秀麿、指揮者(* 1898年)
1974年 - 鈴木誠一、レーシングドライバー(* 1936年)
1974年 - 風戸裕、レーシングドライバー(* 1949年)
1977年 - スティーヴン・ボイド、俳優(* 1931年)
1978年 - サンティアゴ・ベルナベウ、サッカー選手・レアル・マドリード元会長(* 1895年)
1988年 - ナジーブ・ジガーノフ、作曲家(* 1911年)
1989年 - 渡辺岳夫、作曲家(* 1933年)
1990年 - レックス・ハリソン、俳優(* 1908年)
1994年 - 神保史郎、漫画原作者(* 1948年)
1995年 - 宮内幸平、声優(* 1929年)
1996年 - 川崎祐宣、医師・川崎医科大学創設者(* 1904年)
1996年 - 井出一太郎、内閣官房長官(* 1912年)
1996年 - エイモス・トベルスキー、心理学者(* 1937年)
1997年 - 数住岸子、ヴァイオリニスト(* 1952年)
1998年 - 高森文夫、詩人・元宮崎県東郷町長(* 1910年)
1998年 - 武末悉昌、元プロ野球選手(* 1922年)
1999年 - 岡義達、政治学者(* 1921年)
2000年 - 薮内清、天文学者(* 1906年)
2000年 - スヴャトスラフ・フョードロフ、眼科医・政治家(* 1927年)
2003年 - フレッド・ブラッシー、プロレスラー(* 1918年)
2003年 - 小鶴誠、プロ野球選手(* 1922年)
2004年 - ニコライ・ギャウロフ、バス歌手(* 1929年)
2007年 - 黄菊、中華人民共和国国務院第一副総理(* 1938年)
2007年 - 羽田健太郎、作曲家・ピアニスト(* 1949年)
記念日・年中行事
横浜港開港記念日・長崎港記念日(日本)
安政6年(1859年)6月2日(西洋暦では7月1日)、
日米修好通商条約の締結により、横浜港・長崎港が開港したことから。
共和国記念日(イタリア)
1946年6月2日、国民投票により王制に代わって共和制を政体とすることを決定した。
カレーの日
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