2008年06月03日

東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳
平成20年6月3日(火曜日)




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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mddmsci
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東京 都 世田谷 区 の 評判 山本クリニックの毎日の日記帳

平成20年6月3日(火曜日)





もう「6月3日」です。
6月になりました。3日たちました。
6月=初夏になります。
もう梅雨いりしたようです。



私は寒い新潟の寒村の百姓のうまれです。
毎朝03:15amには起床致します。

睡眠時間は「4時間」。

朝の病院への移行に車をつかいます。
まっくらです。




朝5:00am前に東京 都 世田谷 区 山本クリニック
の明かりがともります。

真っ暗な中で。
病院の事務局と病院の診察室との
往復はとても気温が低いと
とてもくつらいです。

朝の日の出前までの間は今日御来院される患者さん
の「診療録:カルテ」のチエックと
朝の申し送りの準備です。






昨今。

早朝「そら」をみあげれば。
晴れているはず。日差しも強いはず。
けれども空には
「雲がいっぱい」=「空はくもりそら」
です。ふしぎな六月のひざしです。

ふとかんがえれば・・。
夏至もちかい。
真夏の太陽から若葉をまもる
「ソフトフイルター」の役目の
「おぼろくもりそら」。


自然とは・。
よくできたものです。
大気に漂う霞がごとし。



深い山の奥に住むという
仙人の心境がとてもよくわかる。



街路樹もそうそうたる。
羽振りのよい木々になってきました。

街路樹は「落葉樹」がよいです。
街路樹が「松や杉」のような「常緑樹」では
冬はうっそうとして。
夏場は枝ぶり葉っぱから日の光を
さえぎれない。
四季のリズムがあいません。

「枯れ葉」のシャンソンや
フランツ・シューベルトの「菩提樹」の歌曲
も「うまれません」。

強いからといって「からまつ」をうえられても
困ります。
私の「大好き」な北原白秋の「からまつの詩」
の「からまつ」は
街路樹にはそぐいません。



-------------------------------
北原白秋
 
「水墨集」より

  
 落葉松
-------------------------------

      一
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 からまつをしみじみと見き。
 
 からまつはさびしかりけり。
 
 たびゆくはさびしかりけり。


      二
                 
 からまつの林を出でて、
 
 からまつの林に入りぬ。
 
 からまつの林に入りて、
 
 また細く道はつづけり。


      三
 
 からまつの林の奥も
 
 わが通る道はありけり。
  きりさめ
 霧雨のかかる道なり。
 やまかぜ
 山風のかよふ道なり。


      四
 
 からまつの林の道は、
 
 われのみか、ひともかよひぬ。
 
 ほそぼそと通ふ道なり。
 
 さびさびといそぐ道なり。


      五
 
 からまつの林を過ぎて、
 
 ゆゑしらず歩みひそめつ。
 
 からまつはさびしかりけり、
 
 からまつとささやきにけり。


      六

 からまつの林を出でて、
  あさま ね
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 浅間嶺にけぶり立つ見つ。
 
 からまつのまたそのうへに。


      七
 
 からまつの林の雨は
 
 さびしけどいよよしづけし。
 
 かんこ鳥鳴けるのみなる。
 
 からまつの濡るるのみなる。


      八
 
 世の中よ、あはれなりけり。
 
 常なれどうれしかりけり。
 
 山川に山がはの音、
 
 からまつにからまつのかぜ。

-------------------------------


木々の若葉の房が早朝くらい中でも
うかびあがります。
とりわけ私は
くすのき科が。
「大好き」な「木」の
ひとつです。
ポプラも好きです。
イチョウもすきです。
けやきもすきです。


木々の穂先は毛氈(もうせん)
のようにあざやかな萌黄色と緑です。
まるで大きな里山の森のうねりのようです。
今年は木々のわかばのめばえがとてもとても
鮮烈です。

街角の雑草も花はおわり。
6月の草花・
「ひるがお」「つるくさ」が
ますます姿を大きくしています。

雑草も。
同じく夏草へと変貌しつつある。


朝暗いうちは。
まだまだ。はださむい気が致します。




東京 都 世田谷 区 山本クリニックには。
ふとい孟宗竹のたけやぶ
があります。
竹はせがたかいから。

クリニック館内からはすこし離れた所にある。
はなれていても。
とおくからもみえます。



うめのみ(実)うめのき(木)たわわなり
みどりぎいらかにかぜはやみ
なつかぜひるむやうつろひの
けふのつきひもはやいくとせ



地にも木にも
みどりの葉のひらきたり
みどり木ときわ木ひろがりて
いふことのなし
ゆたかなりけり夏





-------------------------------
ミニ伝言板
★当院は完全予約制です。★
-------------------------------




平成20年2月11日(月曜日)は祝日です。


「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

は「おわりました」。

-------------------------------

平成20年3月20日(木曜日)
は「祝日」です。
けれども
(木曜日)は休診日であるために。
「祝日診療」は行いません。


祝日が(日曜日)(木曜日)とかさなわない場合
に限り。
「休日体制」で患者さんの診療を行います。
はおわりました。

-------------------------------

平成20年

4月29日(火曜日)はおわりました。
5月 3日(土曜日)はおわりました。
5月 5日(月曜日)はおわちました。

「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。


但し
5月 6日(火曜日)は「お休み」
を頂き。
5月7日(水曜日)より定常どおり
の診療を行います。
7月21日(月曜日)は
「祝日」で元来は「休診日」です。
けれども「完全御予約制」の
御予約の患者さんのみ
限られた時間帯で診療を行います。

++++++++++++++++++++++





★★★


今年の春・から冬は予期せぬ
インフルエンザ*の
大規模な流行が予想されます。

東京 都 世田谷 区 山本クリニックでは。
薬事法の「能書」にあるとおり
「正規の」
「2回法によるインフルエンザワクチン」の
予防接種を行います。
御予約が必要です。

1回法=3500円
2回法=7.000円
です。


当院ではいつでも御来院されれば
インフルエンザ予防接種が可能です。
まだ。
インフルエンザ予防接種をされて
いないかたは
ぜひともうけられてください。



-------------------------------


2004年10月15日より厚生労働省により

肺炎球菌ワクチン
が努力義務のある予防接種の対象
とされました。当院でも接種可能です。
御予約が必要です。
去年2007年の「5月ころ」NHKの
放映があり。
昨年は全国で「肺炎球菌ワクチン」が
たりなくなってしまいました。

------------------------------

成人の風疹急増。
御婦人で風疹の既往が定かでない
場合は。
風疹抗体価血液検査と風疹ワクチン予防接種を
御勧め致します。
御予約が必要です。

------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がきます。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著であろうと推察されます。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」
であることを懸念しています。
そして気候の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表される。
ウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です


-------------------------------



学校の入学式。桜の花。
そして「眼に青葉やまほととぎす・」
の時期。
そして紫陽花が咲き夏になり
秋になりまた今年も冬がくる。

インフルエンザをはじめ「ウイルス系」の
「感染・伝染」が急増致します。


今年は猛暑と厳寒。
「地球温暖化による大気温度差の拡大」が
顕著です。

体調を崩される方が多いものです。
私はこの夏は「猛暑」になり極め厳しい「暑さ」が。
そして気膠の変動は
激しいと思います。


このような今年からは
冬場や春にかぎらずインフルエンザに
代表されるウイルス性感染症が
大流行するおそれが強い。



-------------------------------
麻疹(はしか)の大きな流行が予想されます。


成人しての麻疹(はしか)は重傷化しやすいです。

はしか(麻疹)のワクチンの予防接種を行っています。
御予約が必要です。

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「地球温暖化による大気温度差の拡大」で
季節の変わり目に「反復性上気道感染」に
なられるかたが多いです。

「世情は不安定」であり何かひとつ
生活しづらい日々を感じられる
かたも多いものです。。


人間は「倒れるまではたっています」。
人間は「冬・春」の旅に(度に)齢を重ねる。

昔の「数え年」は「たいした物」だと思います。


難易度の高い「病態」をお持ちの
患者さんが増えています。
難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが
「良くなられていく」笑顔を思い浮かべながら。



私 院長の山本博昭と
東京都 世田谷区 山本クリニックの
「全員」が頑張ります。

難易度の高い「病態」の患者さんの良くなられる
「笑顔」は何物にも変えがたい。


難易度の高い「病態」の患者さんが患者さんが。

「良くなられていく」笑顔に。


心より感謝・感謝。



「今日は何の日」
1965年 - アメリカの
2人乗り有人衛星「ジェミニ4号」が打ち上げられ。

E・ホワイト少佐がアメリカの宇宙飛行士として
初めての船外活動。

圧縮ガスとジェットによる操縦装置を使い
21分間宇宙で過ごした日です。

当時の新聞は
「人類の宇宙空間での活動がこれほど早く実現するとは」
という「驚愕」の「報道」を伝えていた
ことを鮮明に覚えています。
++++++++++++++++++++++


宙開発競争(うちゅうかいはつきょうそう、

宇宙開発レース、スペースレース、Space Race)とは。

アメリカ合衆国とソビエト連邦との間で宇
宙開発をめぐって戦われた、
非公式の競争のことです。

おおよそ1957年から1975年までの間続いたこの競争のもと、
それぞれが人工衛星を打ち上げ、
人間を宇宙空間へ送り、
月に人間を立たせるための計画を平行して行いました。

この競争の発端は、
初期のロケット技術の競争や、
第二次世界大戦後の国際的な緊張のなかに
すでに潜在的に存在したものです。

実際に始まったといえるのは
1957年10月4日のソビエト連邦による
スプートニク1号の打ち上げの後でした。

++++++++++++++++++++++
宇宙開発競争(Space Race)という用語は
公式な用語ではなく、
軍備拡張競争(Arms race)から
類推して生まれた言葉です。

宇宙開発競争は、
冷戦中のソ連とアメリカによる文化と科学技術の競争の中で
決定的な役割を果たしました。

宇宙技術は、ミサイルなど軍事技術への応用が可能なことと、
国民の誇りやモラル、世界の人々へのイメージ向上に
与える影響が大きく
心理学的な利益があると考えられたことから、
両国の競争と摩擦の主戦場となりました。

緒戦ではソ連が宇宙開発史上初の成果をことごとく独占したが、
アメリカは最も印象的な月面着陸を成功させました。

アメリカの一応の勝利と双方の疲弊によって、
宇宙開発競争は一段落したが、
21世紀に入り様相は変わってきています。

++++++++++++++++++++++


衛星打ち上げ順位
衛星を自力で打ち上げた実績を持つ国は多くはありません。
打ち上げ順に
旧ソ連、米国、フランス、日本、中国、英国、インド、イスラエルの8ヶ国です。
(2007年2月現在)。
その他国際機関や多国籍企業も打上げています。
カザフスタン(旧ソ連)はロケット・衛星開発技術と射場を持ち、
ウクライナ(同)は射場は持たないが、
ロケット・衛星開発技術を有します。

++++++++++++++++++++++

順位 打ち上げ年月日 打ち上げ国 衛星名称 打ち上げロケット 備考
-------------------------------
1 1957年10月4日 ソビエト連邦 スプートニク1号 R-7 84kg
2 1958年1月31日 アメリカ合衆国 エクスプローラー1号 ジュピターC 13.7kg
3 1965年11月26日 フランス Aesterix 1号 ディアマン
4 1970年2月11日 日本 おおすみ L-4S 5号機 23.8kg
5 1970年4月24日 中国 東方紅 長征1型
6 1971年10月28日 イギリス プロスペロ ブラックアロー オーストラリアで打上
7 1979年12月24日 ESA CAT アリアン1型(L01) 現・欧州連合の意味で掲載
8 1980年7月18日 インド ロヒニ1号 SLV
9 1988年9月19日 イスラエル オフェク1号 シャビット 西向きに打上げ

++++++++++++++++++++++
国別衛星打ち上げ個数
世界の衛星打上げ累計個数は、
2006年12月末時点で5736個。

CISと米国だけで約88%を占める。

日本は119個で、世界第3位に付けています。

国・地域・国際機関・多国籍企業別累計衛星打上げ個数(
2006年12月末。括弧内は05年12月末)
順位 打上げ国 個数
-------------------------------
1 旧ソ連(CIS) 3228(3212)
2 米国 1815(1781)
3 日本 119(111)
4 中国 99(92)
〇 インテルサット 70(69)
〇 ESRO/ESA 64(63)
5 フランス 54(52)他に独と共同保有2
6 ドイツ 38(37)他に仏との共同保有2
7 インド 38
8 英国 35
9 カナダ 27(26)
10 イタリア 20(19)
-------------------------------
注記:共同保有は含めず。
ただし2006年の米国の34機の内6機は台湾と、
1機はフランスとの共同開発。
++++++++++++++++++++++
宇宙船基地・射場保有国
射場を保有する国は以下の15カ国である。

日本
アメリカ
ロシア(CIS)
カザフスタン(CIS)
フランス
イタリア
オーストラリア
スウェーデン
ノルウェー
インド
ブラジル
イスラエル
韓国
中国
イラン
++++++++++++++++++++++


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おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・おわり・








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東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭(脳神経外科専門医)
東京都 世田谷区 山本クリニック 山本 博昭

脳神経外科・神経内科・内科・外科・形成外科・美容外科・
心療内科・耳鼻咽喉科

山本クリニック形成外科・皮膚外科・美容外科
形成外科・美容外科・・レーザー治療・レーザー外科
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宇宙開発競争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E9%96%8B%E7%99%BA%E7%AB%B6%E4%BA%89




宙開発競争(うちゅうかいはつきょうそう、宇宙開発レース、スペースレース、Space Race)とは、アメリカ合衆国とソビエト連邦との間で宇宙開発をめぐって戦われた、非公式の競争である。おおよそ1957年から1975年までの間続いたこの競争のもと、それぞれが人工衛星を打ち上げ、人間を宇宙空間へ送り、月に人間を立たせるための計画を平行して行った。

この競争の発端は、初期のロケット技術の競争や、第二次世界大戦後の国際的な緊張のなかにすでにあったが、実際に始まったといえるのは1957年10月4日のソビエト連邦によるスプートニク1号の打ち上げの後であった。宇宙開発競争(Space Race)という用語は公式な用語ではなく、軍備拡張競争(Arms race)から類推して生まれた言葉である。

宇宙開発競争は、冷戦中のソ連とアメリカによる文化と科学技術の競争の中で決定的な役割を果たした。宇宙技術は、ミサイルなど軍事技術への応用が可能なことと、国民の誇りやモラル、世界の人々へのイメージ向上に与える影響が大きく心理学的な利益があると考えられたことから、両国の競争と摩擦の主戦場となった。緒戦ではソ連が宇宙開発史上初の成果をことごとく独占したが、アメリカは最も印象的な月面着陸を成功させた。アメリカの一応の勝利と双方の疲弊によって、宇宙開発競争は一段落したが、21世紀に入り様相は変わってきている。

目次
1 歴史的背景
1.1 初期のロケットと軍事
1.2 ロケットに対するドイツの貢献
1.3 宇宙開発競争の萌芽
2 人工衛星開発競争
2.1 スプートニク
2.2 衛星通信
2.3 その他特筆すべき衛星
3 さらなるソビエトの成功:宇宙に動物と人間を送る
3.1 動物を宇宙へ
3.2 人類を宇宙へ
4 月着陸競争
4.1 無人探査機
4.2 月面に人類を送る
4.3 アポロ11号、月に一番乗り
5 他の宇宙技術競争
5.1 惑星へのミッション
5.2 ランデブー、ドッキング、ステーション
6 宇宙の軍事利用競争
7 米ソによる「宇宙開発競争」の変化
7.1 デタント
7.2 アポロ・ソユーズテスト計画、競争の終結
7.3 SDI構想とソ連崩壊
8 競争にかかわった組織、予算、経済効果
8.1 アメリカのNASA創設
8.2 ソ連の予算不足と組織乱立
9 宇宙開発での犠牲
9.1 飛行士
9.2 両国財政・経済
10 宇宙開発競争の遺産・技術と教育の進歩
11 宇宙開発競争の再来
11.1 日本
11.2 欧州・ロシアの挑戦
11.3 中国、インドなどの台頭
11.4 ブラジル、韓国、イランなど
11.5 民間宇宙開発競争
11.6 衛星打ち上げ順位
11.7 国別衛星打ち上げ個数
11.8 宇宙船基地・射場保有国
12 関連項目
12.1 アメリカ
12.2 ソ連
13 脚注
14 参考文献
15 外部リンク



歴史的背景

初期のロケットと軍事
ロケットは長年に渡り、科学者やアマチュア科学者らを魅了してきた。中国人は早くも11世紀、これを兵器として利用している。

19世紀末、ロシアのアマチュア科学者、コンスタンチン・E・ツィオルコフスキーは宇宙に到達できる多段式の液体燃料ロケットを理論化している。実際に液体燃料ロケットを打ち上げたのは1926年、アメリカ人のロバート・ゴダードであったが、二人とも世間から注がれる目は冷ややかなものがあった。ゴダードは彼のロケット打ち上げ研究を辺鄙な場所で続けていたが、科学者のコミュニティからも、大衆からも、ニューヨーク・タイムズ紙からさえも彼は嘲笑された。

ロケット技術の評価が高まるのは、結局は第二次世界大戦という戦争を通してであった。これは、いかに「ロケット研究は政治や軍事とは関係のない純粋に科学的な研究であり、平和のためでもある」というレトリックを駆使しようと、あらゆる宇宙開発競争は国家の軍事に対する野望と避けがたく結びついてしまうという未来への先触れであった。


ロケットに対するドイツの貢献
詳細はV2ロケットを参照。

1920年代半ばにドイツ人科学者たちは、液体推進燃料で作動する、高空や遠距離に届くロケットの実験を開始した。1932年、ヴァイマル共和政下の共和国国防軍(ライヒスヴェーア、後のナチス時代のヴェーアマハト・ドイツ国防軍)は長距離砲としてのロケットに強い関心を持つようになった。熱意のあるロケット科学者、ヴェルナー・フォン・ブラウンはロケット研究に加わり、苦心の末、ナチス・ドイツが第二次大戦で使用することとなる長距離砲撃兵器の開発に成功した。フォン・ブラウンはアメリカで相手にされていなかったゴダードの研究から多くのアイデアを借り、ゴダードのロケットを研究し進化させた。

1942年に打ち上げられたドイツのA-4ロケットは、人類が初めて宇宙空間に到達させた人工物体となった。1943年、ドイツはA-4をV-2(報復兵器2号)の名で大量生産した。射程距離300km、積載可能な弾頭の重さ1トンというV-2を国防軍は数千発もイギリスなど連合国側の国土に打ち込み、多大な損害と多くの犠牲者を生み出した。しかし、V-2の着弾で死んだ人数よりも、ドーラ強制収容所でのV-2製造過程で殺された強制労働従事者のほうが多い状態であった。

第二次大戦が終わりに近づくにつれ、ソビエト、イギリス、アメリカの軍や科学者の間で、バルト海沿岸のペーネミュンデ(現在のドイツ連邦共和国北東端、メクレンブルク=フォアポンメルン州内)にあったドイツのロケット開発計画の施設や研究者や技術の奪い合いが始まった。その結果、アメリカが最も大きい果実を奪っていった。「ペーパークリップ作戦」によって、多数の科学者-その多くは、フォン・ブラウンも含めナチス党員であり、それが故にソ連に拘束された後の身の危険を恐れた-がドイツからアメリカに移送された。アメリカで、これらドイツ人科学者たちはドイツ製ロケットを、イギリスなどへの爆撃の代わりに、アメリカのための科学研究や軍事研究などの目的で使用するため研究を続けることとなる。また、イギリスもV-2の実機や研究者を捕らえるなどいくらかの成功を収めた。

ソビエト軍(赤軍)はフォン・ブラウンなどの主な研究者が去った後のペーネミュンデを占領し(その後ペーネミュンデはドイツ民主共和国(東ドイツ)へ編入)、多くのV-2の実機や研究者を捕らえた上で、ソ連国内へ連行してロケット開発に当たらせた。ただし、その後ソ連は、ドイツの技術の継承ではなく、晩年はソ連科学アカデミーに所属していたツィオルコフスキーの研究、およびその死後(1937年)も続けていた独自の技術研究を基にした開発に進んだ。

戦後の科学者はロケットを上層大気の観測(気温や気圧など)、宇宙線の観測など科学目的で使うようになった。これらはアメリカの研究機関の一員となったフォン・ブラウンとその同僚たちにより細々と続けられた。





ブラジル、韓国、イランなど
ブラジル、韓国、イランなども(外国の技術を取り入れながら)自主開発ロケットで衛星打ち上げを目指している。ブラジルは1997年、1999年、2003年と3回、自主開発ロケットで衛星打ち上げを試みたが、何れも失敗している。韓国は、衛星開発能力は既に有し、2008年に独自のロケットで打ち上げる計画を持つ。イランは、2007年2月及び、2008年2月にロケットの打ち上げ実験に成功している。何れも、1998年に開発した長距離弾道ミサイル「シャハブ3」の改良型である可能性が高い。2009年3月に打ち上げ予定の同国初の人工衛星のために行われたもので、07,08年の実験では、高度150kmに達したと見られるが、人工衛星を地球周回軌道に投入するには、ロケットを少なくとも高度350kmの低軌道まで打ち上げる必要があるため、さらなる改善が必要とされている。


民間宇宙開発競争

ホワイト・ナイトに搭載されて飛行中のスペース・シップ・ワン米ソ間や米欧間、米中間の宇宙競争のような、国同士の競争でない「宇宙競争」も民間分野で起こっている。初期の民間宇宙競争は軌道上に観光客を送り込む「宇宙旅行」をめぐって行われた。2001年4月28日、アメリカ人実業家のデニス・チトー(Dennis Tito)は約2,000万ドルの費用を支払ってロシアのソユーズTM-32に乗って国際宇宙ステーションを訪問し、史上初の全額自己負担による宇宙観光客となり世界を驚かせた。民間による有人宇宙船打ち上げ(弾道飛行でもかまわない)に対し1,000万ドルの賞金を懸けた「アンサリ・エックス賞」は、民間企業同士による新しい宇宙競争への期待を高めた。2004年10月、スペース・シップ・ワンが高度100kmの有人飛行に成功、民間初の有人宇宙船となり賞金を手にした。2004年の暮れ、ヴァージングループを率いるイギリスの実業家リチャード・ブランソンは宇宙旅行会社「ヴァージン・ギャラクティック」の設立を発表、スペース・シップ・ワンの技術供与を受けて2008年までに旅客を乗せて弾道飛行を行うことにしている。


衛星打ち上げ順位
衛星を自力で打ち上げた実績を持つ国は多くない。打ち上げ順に旧ソ連、米国、フランス、日本、中国、英国、インド、イスラエルの8ヶ国である(2007年2月現在)。その他国際機関や多国籍企業も打上げている。カザフスタン(旧ソ連)はロケット・衛星開発技術と射場を持ち、ウクライナ(同)は射場は持たないが、ロケット・衛星開発技術を有する。

順位 打ち上げ年月日 打ち上げ国 衛星名称 打ち上げロケット 備考
1 1957年10月4日 ソビエト連邦 スプートニク1号 R-7 84kg
2 1958年1月31日 アメリカ合衆国 エクスプローラー1号 ジュピターC 13.7kg
3 1965年11月26日 フランス Aesterix 1号 ディアマン
4 1970年2月11日 日本 おおすみ L-4S 5号機 23.8kg
5 1970年4月24日 中国 東方紅 長征1型
6 1971年10月28日 イギリス プロスペロ ブラックアロー オーストラリアで打上
7 1979年12月24日 ESA CAT アリアン1型(L01) 現・欧州連合の意味で掲載
8 1980年7月18日 インド ロヒニ1号 SLV
9 1988年9月19日 イスラエル オフェク1号 シャビット 西向きに打上げ


国別衛星打ち上げ個数
世界の衛星打上げ累計個数は、2006年12月末時点で5736個。CISと米国だけで約88%を占める。日本は119個で、世界第3位に付けている[2]。

国・地域・国際機関・多国籍企業別累計衛星打上げ個数(2006年12月末。括弧内は05年12月末)
順位 打上げ国 個数
1 旧ソ連(CIS) 3228(3212)
2 米国 1815(1781)
3 日本 119(111)
4 中国 99(92)
〇 インテルサット 70(69)
〇 ESRO/ESA 64(63)
5 フランス 54(52)他に独と共同保有2
6 ドイツ 38(37)他に仏との共同保有2
7 インド 38
8 英国 35
9 カナダ 27(26)
10 イタリア 20(19)

注記:共同保有は含めず。ただし2006年の米国の34機の内6機は台湾と、1機はフランスとの共同開発。

宇宙船基地・射場保有国
射場を保有する国は以下の15カ国である。

日本
アメリカ
ロシア(CIS)
カザフスタン(CIS)
フランス
イタリア
オーストラリア
スウェーデン
ノルウェー
インド
ブラジル
イスラエル
韓国
中国
イラン

関連項目
宇宙開発
ロケット・ミサイル技術の年表
世界の宇宙開発一覧
月面着陸
人工衛星

アメリカ
NASA
タイタン (ロケット)
マーキュリー計画
ジェミニ計画
アポロ計画

ソ連
スプートニク
ボストーク
ソユーズ
ソ連の有人月旅行計画



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6月3日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/6%E6%9C%883%E6%97%A5


できごと
527年 - 磐井の乱:近江毛野が軍を率いて新羅に攻められた
任那の失地回復に向かうが筑紫国造磐井がこれをはばみ反乱をおこす。

602年 - 来目皇子が病により新羅征討を中止する。

789年 - 征東将軍紀古佐美の軍が蝦夷の頭領・阿弖流爲の軍に敗退。

1040年 - 荘園整理令、発布。

1098年 - 第1回十字軍:アンティオキアが8日間の包囲戦ののち、十字軍により陥落。

1140年 - フランスの神学者ピエール・アベラール、異端と宣告される。

1177年 - 鹿ケ谷事件で処断:平家追討の密議に加わっていた
俊寛以下後白河法皇に仕える面々が平清盛に捕らえられる。
藤原成親を備前に流し、俊寛らを鬼界ヶ島に流す。

1282年 - イベリア半島アラゴン王ペドロ3世の艦隊がファンゴス湾を出航する。

1309年 - ローマ皇帝ハインリヒ7世がスイス同盟を認める
(原初同盟3邦に「自由特許状」を付与する)。

1326年 - ノヴゴロド条約(en)、ロシアとノルウェーの国境をフィンマルク郡と定める。

1332年 - 討幕運動が露見し逮捕された日野俊基が鎌倉の葛原岡で処刑された。

1403年 - 相国寺の七重塔が落雷のため焼失する。

1539年 - エルナンド・デ・ソトがフロリダをスペイン領と主張。

1582年 - 魚津城の戦い:
魚津城にこもっていた中条景泰らが切腹し魚津城を開城。
柴田勝家ら織田軍・北陸担当部門が北陸を制圧。
夜、備中高松城の戦いで備中在陣中の羽柴秀吉のもとに本能寺の変の知らせが届く。

1610年 - 加藤清正が名古屋城天守閣一円を普請する。

1621年 - オランダ西インド会社、ニューネーデルラントに対する勅許状を得る。

1624年 - 秋田藩の佐竹義宣がキリスト教徒33人を処刑する。

1651年 - 井伊直孝、酒井忠勝、松平信綱、阿部忠秋、松平乗寿らが大奥を巡察して、
不用の建物をことごとく取り壊させる。

1781年 - イタリア、カーリで地震 - M6.2、死者300人

1793年 - フランスで亡命貴族の財産売却法が成立する。

1807年 - アメリカ船が長崎に来航し、薪と水を要求する。

1810年 - フランスで警察大臣ジョゼフ・フーシェが更迭される。

1818年 - マラーター戦争:マラーター宰相がイギリス東インド会社軍に降伏する。

1819年 - 阿波国那賀郡仁字谷に一揆が起こる。

1839年 - 林則徐が広東虎門でアヘンを公開処分。
後にアヘン戦争を引き起こすきっかけとなる。

1850年 - ミズーリ州カンザスシティ、開基。

1853年 - 黒船来航:浦賀沖にマシュー・ペリー米東インド艦隊指令長官率いる
黒船四隻が大統領の親書を携え来航。

1855年 - スペインで鉄道法が公布される。

1878年 - 東京で、山形県庄内のワッパ騒動に関する判決が下される。

原告森藤右衛門らが勝訴する。
しかし、三島県令は還付金の大半を両羽橋架橋の費用に充てることになる。

1883年 - 隅田川で海軍カッター競漕大会を開催。日本初のボートレース。

1885年 - カナダ領内でのノースウェストの反乱最後の戦闘。
クリーw:Cree族の酋長ビッグ・ベアーがノースウェスト騎馬隊から逃走。

1889年 - カナダ太平洋鉄道、が大西洋岸から太平洋岸まで全通。

1896年 - ロシアと中国の間で、李鴻章−ロバノフ密約が結ばれ、
日本の領土侵略の場合の相互援助を約束する。ロシアは東清鉄道の敷設権を獲得する。

1900年 - フランスのボージェがオートバイで時速63.79キロを出し、
当時のスピード世界新記録を達成する。

1906年 - 神戸・六甲山ゴルフコースにてドルフィンガーが
日本初のホールインワンを達成する。

1910年 - 閣議が、併合後の韓国に対する施政方針を決定する。

1915年 - サンマリノがオーストリアに宣戦布告する。

1916年 - アメリカで国家防衛法が成立する。正規軍、州兵が強化される。

1917年 - アルバニアのフェレロ将軍が、イタリアの保護の下に独立を宣言する。

1920年 - 日本軍がソヴィエトのニコラエフスクを占領する。

1920年 - アメリカ海軍の戦艦テネシーが就役。

1922年 - 森永製菓が練乳の製造を開始する。

1924年 - カルピスの広告が新聞に初掲載される。
「黒人マーク」を掲載。1989年に使用中止。

1929年 - ギリシアで共和国憲法が批准される。

1929年 - 日独伊が蒋介石の中国国民政府を正式に承認。

1929年 - チリとペルーの間に国境に関する協定が調印される。タクナ・アリカ紛争が解決する。

1930年 - 政府通達による国産品愛用運動開始。

1932年 - 小津安二郎監督の「生れてはみたけれど」が封切りとなる。

1932年 - ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリックが、
対アスレチックス戦で4打席連続本塁打を放つ。

1935年 - ベーブ・ルースが現役を引退する。

1937年 - イギリス王室ウィンザー公がウォリス・シンプソンと結婚。

1940年 - 第二次世界大戦:ドイツ空軍のパリ空襲。市民254人が死亡。

1940年 - 第二次世界大戦:
ダンケルクの戦いがドイツ軍の勝利に終わり連合国軍は完全撤退。
日本軍がアリューシャン列島に侵攻する。

1943年 - 第二次世界大戦:「戦時必需日用品」262品目が指定される。

1946年 - フランス軍の撤収でシリアが独立を果たす。

1946年 - 東宝が第1回ニューフェースの審査を行う。
応募者は約4千人で採用は三船敏郎、久我美子、岸旗江ら男性16人、女性32人。

1946年 - NHKでアナウンサーが街頭で人々に意見を聞く番組『街頭録音』が放送開始。
 テーマは「貴方はどうして食べていますか」。

1947年 - 文部省が学校での宮城遥拝の廃止を通達。天皇神格化を廃止。

1947年 - フランスの作曲家、フランシス・プーランクのオペラ
『ティレジアスの乳房』初演。

1948年 - カリフォルニア州のパロマ山に、
世界最大の200インチの反射望遠鏡を備えた天文台が完成する

1949年 - 測量法が公布される。(測量や地図作成の規範)

1950年 - 標高・世界第10位の山アンナプルナがフランスの
モーリス・エルゾーグ、ルイ・ラシュナル率いるフランス隊によって初登頂がなされた。
人類が足跡を刻んだ初めての8,000m峰である。

1951年 - 日本ダービーでトキノミノルがコースレコードで快勝。
10戦無敗したが20日に病死し幻の名馬に。

1951年 - 日本橋三越でプロ野球の試合を実験的に実況TV中継。

1954年 - 警察法改正法案審議で乱闘になった衆院本会議で
議長の要請で初めて警官隊が院内に出動。

1954年 - 近江絹糸(現オーミケンシ)争議。
女子工員の結婚の自由・信書の開封廃止など22項目を要求し106日間の争議を開始。

1958年 - 日ソ定期航路開設協定調印。

1959年 - シンガポールが独立宣言。

1960年 - 大島渚監督の映画『青春残酷物語』が封切り。
以降、吉田喜重の『ろくでなし』など「日本のヌーベルバーグ(新しい波)」
と呼ばれる作品が話題に。

1960年 - 日本娯楽物産株式会社(後のセガ・エンタープライゼス)が設立される。

1965年 - 第1次佐藤内閣第1次改造内閣が発足。

1965年 - アメリカの2人乗り有人衛星「ジェミニ4号」が打ち上げられ、
E・ホワイト少佐がアメリカの宇宙飛行士として初めての船外活動。
圧縮ガスとジェットによる操縦装置を使い21分間宇宙で過ごす。

1969年 - 都市再開発法」公布。

1969年 - 文化放送の深夜番組『セイヤング』が放送開始。

1970年 - オートレース八百長と野球の八百長にも関わったとして(黒い霧事件)、
中日のエース・小川健太郎投手が永久追放処分。

1973年 - ソ連の超音速旅客機Tu-144、パリ航空ショーにて墜落。死者14人。

1975年 - 戦後初の国産戦闘機であるF-1が初飛行を行った。

1979年 - 春日山部屋土俵開き 。

1980年 - ハワイ出身の力士・高見山が日本に帰化。

1980年 - 冷戦:アメリカ戦略空軍指令部のコンピュータに、
ソ連がアメリカに対し核兵器を発射したとの情報が流れ、
誤報とわかるまでの3分間、対ソ各戦争の非常警戒態勢がとられる。

1983年 - 阪急の福本豊が939盗塁の世界新記録を樹立。
ヤクルトの大杉勝男が日本球界初の両リーグ1000本安打を達成。

1986年 - ファミリーコンピュータ ディスクシステム向けゲームソフト
「スーパーマリオブラザーズ2」発売。

1989年 - 天安門事件:民主化要求運動で数百万人の市民が集結していた
北京の天安門広場に軍が戦車・装甲車で出動し武力鎮圧。死者数百人。

1989年 - ソ連・ウラル地方で天然ガスのパイプラインから漏れたガスが大爆発し、
通りかかった列車2本が吹き飛ばされて607人が死亡する。

1989年 - ウズベク共和国で民族暴動が発生する。

1989年 - 北海道旅客鉄道(JR北海道)地北線この日限りで廃止。
翌日(6月4日)第三セクターふるさと銀河線(北海道ちほく高原鉄道株式会社)
に転換、営業開始。

1989年 - 宇野宗佑内閣が発足。

1991年 - 雲仙普賢岳で小〜中規模な火砕流発生。報道関係者なども巻き込まれ43人死亡。

1993年 - ウェスティンホテル大阪が大阪市の新梅田シティに開業。

1995年 - ノルウェー中部に大雨が襲い、1870年からの観測史上最悪の洪水となる。

1997年 - リオネル・ジョスパン、フランス首相に就任。

1997年 - 京都市営地下鉄烏丸線・国際会館〜北山間が延伸開業。

1998年 - ドイツの高速鉄道ICEが脱線し、一部の車両が橋脚に激突する。101人死亡。

2002年 - タカラによるアスキーアートキャラクター・ギコ猫の登録出願申請が取り下げられる。

2005年 - バーレーンマナマにて行われたFIFAクラブワールドカップアジア地区最終予選にて
日本代表が1-0でバーレーン代表を降す。

2006年 - モンテネグロが独立賛成多数の国民投票の結果を受け
セルビア・モンテネグロからの離脱・独立を宣言。











誕生日
1534年(天文3年4月22日) - 細川幽斎、戦国武将、歌人、茶人(+ 1610年)

1726年 - ジェームズ・ハットン、地質学者

1808年 - ジェファーソン・デーヴィス、アメリカ南部連邦の大統領(+ 1889年)

1865年 - ジョージ5世、イギリス王(+ 1936年)

1870年 - 阪田三吉、将棋棋士(+ 1946年)

1873年 - オットー・ローウィ、医学者(薬理学)

1886年 - 石坂泰三、東芝社長、第2代経済団体連合会(経団連)会長

1899年 - 左藤義詮、政治家

1899年 - ジョージ・ベケシー、生物学者

1900年 - 北川冬彦、詩人

1901年 - 張学良、軍人・政治家(+ 2001年)

1904年 - 高見澤潤子、作家、田河水泡の妻 

1905年 - 山田六郎、大阪名物くいだおれ創業者

1906年 - ジョセフィン・ベーカー、ジャズシンガー

1906年 - 八田一朗、レスリング

1908年 - 曽我廼家明蝶、俳優

1915年 - 泉靖一、文化人類学者

1922年 - アラン・レネ、映画監督

1924年 - トールステン・ウィーゼル、医学者(生理学)

1924年 - 上原賢六、作曲家

1925年 - トニー・カーティス、俳優

1929年 - ヴェルナー・アーバー、医学者(細菌学)

1929年 - 高鳥修、政治家

1930年 - 原勝彦、野球

1930年 - マリオン・ジマー・ブラッドリー、SF作家(+ 1999年)

1930年 - 和田勉、テレビディレクター

1931年 - フランソワーズ・アルヌール、演出家

1931年 - 内田康男、コニカ電子技術者

1934年 - 田中克彦、言語学者

1935年 - 木村勉、経営者

1939年 - キャサリーン・ウッディウィス、作家

1941年 - 石井裕士、ゴルフ

1941年 - 小林峻一、演出家

1942年 - カーティス・メイフィールド、ミュージシャン

1943年 - 武田邦彦、工学者

1945年 - ヘール・アーウィン、ゴルフ

1946年 - 倉田誠、元プロ野球選手

1947年 - 瀬戸孝則、政治家
1949年 - マモル・マヌー、ミュージシャン(ザ・ゴールデン・カップス)
1949年 - 山田茂、俳優
1951年 - 三枝美恵子、女優(愛の戦士レインボーマン・ミッチー)
1951年 - 村上もとか、漫画家
1952年 - 湯口敏彦、元プロ野球選手(+ 1973年)
1955年 - 佐野稔、フィギュアスケート
1956年 - 松元真一郎、ニッポン放送アナウンサー
1957年 - 林一郎、中京テレビアナウンサー
1958年 - 中西英敏、柔道
1958年 - 中村由利子、ミュージシャン
1960年 - アネット・ペッチ、フィギュアスケート
1960年 - 右田一彦、プロ野球選手
1961年 - 黒田知永子、ファッションモデル
1961年 - ローレンス・レッシグ、法学者
1962年 - 堤久美子、歌手
1963年 - 唐沢寿明、俳優
1964年 - 亀田誠治、ベーシスト(東京事変)
1964年 - 出津孝一、騎手
1964年 - 斎藤哲也、TBSアナウンサー
1964年 - 中瀬ゆかり、編集者
1965年 - 山田和利、元プロ野球選手
1965年 - 道傳愛子、NHKアナウンサー
1966年 - リック・ルーファス、キックボクサー
1966年 - 須貝尚介、騎手
1966年 - 石黒亜実、女優
1966年 - 藤尾領、ミュージシャン(A-JARI)
1967年 - 入来智、野球
1967年 - スベン・オットケ、ボクシング
1967年 - タマス・ダルニュイ、水泳
1967年 - ハニホー・ヘニハー、元外国人タレント
1968年 - 長嶋三奈、スポーツ記者
1968年 - 長峯かおり、サッカー
1969年 - 貴水博之、ミュージシャン(access)
1969年 - 畠山鎮、将棋
1969年 - 嶺川貴子、ミュージシャン
1970年 - エフゲニー・ベルツィン、ロードレース
1971年 - 小林健、俳優
1971年 - 早瀬恵子、女優
1974年 - 大内登、タレント
1974年 - ステファン・レコ、プロフェッショナルファイター
1975年 - 早川大輔、プロ野球選手(千葉ロッテマリーンズ)
1975年 - 吉武真太郎、プロ野球選手(読売ジャイアンツ)
1975年 - 田中充、プロ野球選手
1975年 - 松田千晴、タレント
1976年 - 菅原智、サッカー
1977年 - クリスチアーノ・マルケス・ゴメス、サッカー
1977年 - 櫻井健介、テレビ朝日アナウンサー
1979年 - 花男、ミュージシャン(太陽族)
1980年 - 鈴木桂治、柔道
1980年 - 松本あまり、タレント
1981年 - 川崎宗則、プロ野球選手(福岡ソフトバンクホークス)
1981年 - 細野佑美子、タレント
1982年 - エレーナ・イシンバエワ、棒高跳
1982年 - 若林菜美子、タレント
1982年 - 石神深一、騎手(JRA)
1982年 - 牧田明久、プロ野球選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)
1983年 - 秦裕二、プロ野球選手(横浜ベイスターズ)
1983年 - 福士誠治、俳優
1983年 - 増田義雄、関東大学ダンス連盟第16代会長 兼 株式会社自由 名誉会長(フリーダム)
1984年 - 矢野喬子、サッカー
1985年 - 村岡沙耶香、タレント
1986年 - 大島あすみ、タレント
1986年 - 竹島由夏、タレント
1986年 - ラファエル・ナダル、テニス
1987年 - 長澤まさみ、女優
1988年 - 柳下大、俳優、D-BOYSメンバー
1988年 - 三浦翔平、俳優
1989年 - ケイティ・ホフ、水泳
1990年 - 清水芽衣、声優
1995年 - 安西かな、グラビアアイドル
生年不明 - 笹野ちはる、4コマ漫画家
生年不明 - KOHTA、ミュージシャン(ex.PIERROT、Angelo/ベース)
生年不明 - LEVIN、ミュージシャン(La'cryma Christi/ドラムス)














忌日
979年 (天元2年)- 藤原?子、64代円融天皇后 関白藤原兼通の長女

1615年(慶長20年5月7日) - 真田信繁(幸村)、武将(* 1567年)

1615年(慶長20年5月7日) - 御宿勘兵衛、武将(* 1566年?)

1657年 - ウイリアム・ハーベー、医学者(* 1578年)

1865年(慶応元年5月10日) - 岡田以蔵、幕末四大人斬りの一人(* 1838年)

1875年 - ジョルジュ・ビゼー、作曲家(* 1838年)

1877年 - ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル、ケッヘル番号創始者(* 1800年)

1899年 - ヨハン・シュトラウス2世、作曲家(* 1825年)

1924年 - フランツ・カフカ、小説家(* 1883年)

1946年 - ミハイル・カリーニン、ソビエト連邦最高会議幹部会議長(* 1875年)

1949年 - 佐藤紅緑、小説家・俳人(* 1874年)

1963年 - ヨハネ23世、第261代ローマ教皇(* 1881年)

1967年 - アーサー・ランサム、児童文学作家・ジャーナリスト(* 1884年)

1967年 - アンドレ・クリュイタンス、指揮者(* 1905年)

1968年 - 石黒宗麿、陶芸家(* 1893年)

1975年 - 佐藤栄作、第61-63代内閣総理大臣(* 1901年)

1976年 - [川崎弘子]]、女優,福田蘭童の妻(* 1912年)

1977年 - ロベルト・ロッセリーニ、映画監督(* 1906年)

1983年 - 前嶋信次、イスラム史研究者(* 1903年)

1989年 - ルーホッラー・ホメイニー、イラン・イスラム革命指導者(* 1900年?)

1990年 - ロバート・ノイス、インテル設立(* 1927年)

1991年 - 永田武、地球科学者(* 1913年)

1991年 - カティア・クラフト、火山学者、雲仙普賢岳火砕流の犠牲者のひとり(* 1942年)

1991年 - モーリス・クラフト、火山学者、雲仙普賢岳火砕流の犠牲者のひとり、
カティア・クラフトの夫(* 1946年)

1995年 - ジョン・エッカート、ENIAC開発者のひとり(* 1919年)

2001年 - アンソニー・クイン、俳優(* 1915年)

2007年 - 若前田英一朗、大相撲力士、関脇(* 1930年)

















記念日・年中行事
測量の日
1949年に測量法が制定されたことを記念して、
当時の建設省(現在の国土交通省)が制定した。

ムーミンの日
トーベ・ヤンソン作の「ムーミン」を愛する日本のファンらによって制定。
「ムー(6)ミン(3)」の語呂合せ。

ウェストン記念日
イギリス人宣教師で日本アルプスを初めて踏破した日本近代登山の祖、
ウェルター・ウェストンを偲んで、
長野県上高地の梓川河畔にあるウェストン碑の前で献花、記念講演、合唱等が行われる。

マレーシア国王誕生記念日



記念花・誕生日石
誕生花
亜麻 花言葉:「感謝、親切が身に滲みる」
カスミソウ 花言葉:「清らかな心」
ユキノシタ 花言葉:「深い愛情」






誕生日石
逆四分ゴールド 石言葉:「可愛い背信」

posted by clinicayamamoto at 07:10| 東京 雨| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする